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T2-8 最後の審判

全体のブラッシュアップの一環として複数の節をまとめている記事から一節だけを抜き出しておきます。





テキスト 第二章 

VIII.The Meaning of the Last Judgment
八 最後の審判の意味


1. One of the ways in which you can correct the magic-miracle confusion is to remember that you did not create yourself.
 あなたが魔術と奇跡の混同を修正できるようになるための方法のひとつは、あなたが自分自身を創造したのではないと思い出すことです。

 You are apt to forget this when you become egocentric, and this puts you in a position where a belief in magic is virtually inevitable.
 あなたは自己中心的になると、このことを忘れがちになり、そのせいで、ほとんど魔術を信じずにはいられなくなってしまいます。

 Your will to create was given you by your creator, who was expressing the same will in his creation.
 あなたの創造しようとする意志は、創造主によってあなたに授けられました。創造主は、自らが創造をなすに際しても、その同じ意志を表現していたのです。

 Since creative ability rests in the mind, everything you create is necessarily a matter of will.
 創造する能力は心の中にあるので、あなたが創造するあらゆるものは必然的にあなたの意志次第ということになります。

 It also follows that whatever you alone make is real in your own sight, though not in the Mind of God.
 あなたの創造はあなたの意志次第ということはまた、あなたがひとりで作るものは何であっても、神の大いなる心の中においては本物になるわけではないとしても、あなた自身の目に見えるかぎりにおいては本物になるということを導きます。

 This basic distinction leads directly into the real meaning of the Last Judgment.
 この基本的な区別が、直接、最後の審判の真の意味へとつながります。




2. The Last Judgment is one of the most threatening ideas in your thinking.
 あなたたちの考えによると、最後の審判は最も脅迫的な概念のひとつだということになっています。

 This is because you do not understand it.
 こうなってしまったのは、あなたたちが最後の審判を理解していないからです。

 Judgment is not an attribute of God.
 裁くことは神の備える属性ではありません。

 It was brought into being only after the separation, when it became one of the many learning devices to be built into the overall plan.
 最後の審判は単に、分離が起こったあと、それが数ある学習の道具のひとつとして総合的な計画の中に組み込まれたときに、実在の中へともたらされたものです。

 Just as the separation occurred over millions of years, the Last Judgment will extend over a similarly long period, and perhaps an even longer one.
 ちょうど分離が何百万年もの長きに亘って起こったように、最後の審判も同じくらい長くかかるでしょう。もしかすると、もっと長い年月を要するかもしれません。

 Its length can, however, be greatly shortened by miracles, the device for shortening but not abolishing time.
 しかし、奇跡によって、最後の審判にかかる長さを大幅に短縮できます。奇跡は時間を完全に撤廃するための道具ではないとしても、時間を短縮するための道具だからです。

 If a sufficient number become truly miracle-minded, this shortening process can be virtually immeasurable.
 もし十分な数の者たちが真に奇跡を志向する心を持つようになるなら、この短縮のプロセスは実際に計り知れないほどのものになりえます。

 It is essential, however, that you free yourself quickly, because you must emerge from the conflict if you are to bring peace to other minds.
 しかし、最も重要なのは、あなたが自分自身を一刻も早く解放することです。なぜなら、あなたがもし他の者たちの心に平安をもたらそうとするなら、まずあなたが葛藤から脱していなければならないからです。


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3. The Last Judgment is generally thought of as a procedure undertaken by God.
 最後の審判は、一般的には、神によって裁きが執行されることだと思われています。

 Actually it will be undertaken by my brothers with my help.
 しかし実際には、最後の審判は、私の助けを受けながら私の兄弟たちが果たすことなのです。

 It is a final healing rather than a meting out of punishment, however much you may think that punishment is deserved.
 最後の審判は、罰を科すことなどではなく、むしろ最終的な癒しをなすことです。たとえどれほどあなたが罰のほうが自分に対しては当然の報いだと思っていたとしても、このことは変わりません。

 Punishment is a concept totally opposed to right-mindedness, and the aim of the Last Judgment is to restore right-mindedness to you.
 罰することは、正しい心の状態とはまるっきり正反対の概念です。そして、最後の審判が目指すのは、あなたに正しい心の状態を回復させることです。

 The Last Judgment might be called a process of right evaluation.
 最後の審判とは、正しく評価するプロセスだといってもよいでしょう。

 It simply means that everyone will finally come to understand what is worthy and what is not.
 これは単純に、誰もがみな最終的には何が価値あるものであり、何が無価値なものなのか理解するようになるという意味です。

 After this, the ability to choose can be directed rationally.
 この正しい評価がなされたあとには、選択する能力は理に適うように導いてもらえるようになります。

 Until this distinction is made, however, the vacillations between free and imprisoned will cannot but continue.
 しかし、こうした区別がつくまでは、自由意志と拘禁された意志の間で迷いつづけざるをえないでしょう。




4. The first step toward freedom involves a sorting out of the false from the true.
 自由に向かうための第一歩として、真実から間違ったものを選り分けることが必要です。

 This is a process of separation in the constructive sense, and reflects the true meaning of the Apocalypse.
 これは建設的な意味での分離のプロセスであり、黙示録の真の意味を示しています。

 Everyone will ultimately look upon his own creations and choose to preserve only what is good, just as God himself looked upon what he had created and knew that it was good.
 究極的には誰もがみな、自分自身の創造したものたちを眺めて、善良なものだけを保存することを選ぶようになります。それはちょうど、神自身、自らが創造したものを眺めて、それを良きものと知ったというのと同じことです。

 At this point, the mind can begin to look with love on its own creations because of their worthiness.
 ここに至って、心は自らが創造したものたちを、それらの真価のゆえに、初めて愛を込めて見はじめることができるようになります。

 At the same time the mind will inevitably disown its miscreations which, without belief, will no longer exist.
 それと同時に、心は必然的に自らが誤って創造したものたちとの縁を切ることになります。心が誤って創造したものたちは、信じられることがなくなれば、もはや存在しなくなります。


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5. The term "Last Judgment" is frightening not only because it has been projected onto God, but also because of the association of "last" with death.
 「最後の審判」という言葉が恐れを抱かせるのは、その言葉が神に投影されてきたからだけではなく、「最後の」という言葉が死を連想させるためでもあります。

 This is an outstanding example of upside-down perception.
 これは倒錯した知覚の仕方の顕著な一例といえます。

 If the meaning of the Last Judgment is objectively examined, it is quite apparent that it is really the doorway to life.
 もし最後の審判が持つ意義を客観的に検討してみれば、それが実際には、生命へと続く戸口であることはきわめて明らかなはずです。

 No one who lives in fear is really alive.
 恐れの中で生きる者は誰も、真に生きているとはいえません。

 Your own last judgment cannot be directed toward yourself, because you are not your own creation.
 あなた自身の最後の審判を、あなた自身に向けてなすことはできません。なぜなら、あなたはあなた自身の創造物ではないからです。

 You can, however, apply it meaningfully and at any time to everything you have made, and retain in your memory only what is creative and good.
 しかしながら、あなたが作ったものに対してであれば、そのすべてに対して、あなたは最後の審判を有意義に、かつ、いつでも適用することができます。そして、創造的で良いものだけを、あなたの記憶の中に留めておくことができます。

 This is what your right-mindedness cannot but dictate.
 あなたの心が正しい状態にあるなら、このようにしないではいられないはずです。

 The purpose of time is solely to "give you time" to achieve this judgment.
 時間の目的とは、この判断を成し遂げられるように「あなたに時間を与える」ことに尽きます。

 It is your own perfect judgment of your own perfect creations.
 それは、あなたが完全に創造したものたちに対するあなた自身の完全な価値判断です。

 When everything you retain is lovable, there is no reason for fear to remain with you.
 あなたが記憶に留めることのすべてが愛に満ちているなら、恐れがあなたとともに居座る理由はなくなってしまいます。

 This is your part in the Atonement.
 こうすることこそ、贖罪におけるあなたの役割なのです。


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Manual for Teachers
教師のためのマニュアル

Section 15 Is Each One to Be Judged in the End?
第15節 誰もが最後には審判を受けることになるのか




Indeed, yes!
もちろん、その通りです。

No one can escape God's Final Judgment.
誰ひとりとして、神の最後の審判から逃れられる者はいません。

Who could flee forever from the truth?
誰が真理から永遠に逃げ続けることなどできるでしょう。

But the Final Judgment will not come until it is no longer associated with fear.
しかし、そんな最後の審判も、それが恐怖と関連づけられることがもはや無くなるそのときまでは、やってくることはありません。

One day each one will welcome it, and on that very day it will be given him.
いつの日か、誰もが最後の審判を喜んで迎えることになります。そして、まさにその日にこそ、最後の審判が彼に与えられることになります。

He will hear his sinlessness proclaimed around and around the world, setting it free as God's Final Judgment on him is received.
彼は、自らが無罪であるとの宣言が世界中にこだまするのを聞くことになります。そして、彼が自分に与えられた神の最後の審判を受け入れるにつれて、この世界は解放されてゆきます。

This is the Judgment in which salvation lies.
これこそが、救済を見出すことのできる裁きです。

This is the Judgment that will set him free.
これこそが、その人を解放する裁きです。

This is the Judgment in which all things are freed with him.
これこそが、その人と一緒にありとあらゆるものが自由になる裁きです。

Time pauses as eternity comes near, and silence lies across the world that everyone may hear this Judgment of the Son of God:
永遠が近づいてくるにつれて、時間は休止します。そして、誰もが神の子についての次の審判を聞くことができるようにと、静寂が世界を覆います。




Holy are you, eternal, free and whole, at peace forever in the Heart of God.
あなたは、永遠に自由にして完全な聖なる者であり、神の大いなる心の中で永遠に平安に包まれている。

Where is the world, and where is sorrow now?
世界はどこに行ったのだろう、そして、今、どこに悲しみがあるというのだろう。




Is this your judgment on yourself, teacher of God?
神の教師よ、あなたは自分自身の価値をこのように判断できているでしょうか。

Do you believe that this is wholly true?
あなたは、この裁きが完全に真実であると信じられるでしょうか。

No; not yet, not yet.
いいえ。まだまだあなたには信じられないはずです。

But this is still your goal; why you are here.
しかし、これこそ、今なお、あなたの目標なのです。このためにこそ、あなたはここにいるのです。

It is your function to prepare yourself to hear this Judgment and to recognize that it is true.
この裁きを聞いて、それが真理であることに気づくことができるようになるために自分自身の準備を整えることがあなたの役割です。

One instant of complete belief in this, and you will go beyond belief to Certainty.
このことを完全に信じることができた瞬間、あなたは信じることを通り越して確信するに至ります。

One instant out of time can bring time's end.
時間の外に抜け出した一瞬が、時間の終焉をもたらすことができるのです。

Judge not, for you but judge yourself, and thus delay this Final Judgment.
裁いてはなりません。なぜなら、あなたは自分自身を裁くことにしかならず、そうなると、この最後の審判を遅らせてしまうだけだからです。

What is your judgment of the world, teacher of God?
神の教師よ、あなたはこの世界にどんな裁きを下すのでしょうか。

Have you yet learned to stand aside and hear the Voice of Judgment in yourself?
あなたはもう、脇に退いて、自分自身の中に大いなる裁きの声を聴くことを学んだでしょうか。

Or do you still attempt to take His role from Him?
それとも、あなたは、なおも、聖霊から彼の役割を奪い取ろうとするのでしょうか。

Learn to be quiet, for His Voice is heard in stillness.
静かになることを学びなさい。というのも、聖霊の声は静寂の中でこそ聴こえるものだからです。

And His Judgment comes to all who stand aside in quiet listening, and wait for Him.
そして、聖霊の裁きは、静寂の中に耳を澄まして、聖霊を待ち受ける者たちすべての許へとやってきます。




You who are sometimes sad and sometimes angry; who sometimes feel your just due is not given you, and your best efforts meet with lack of appreciation and even contempt; give up these foolish thoughts!
ときに悲しみ、ときに怒るあなたよ、そして、ときに自分が受けるべき当然の報いが自分には与えられず、自分の最善の努力が何の感謝も受けないばかりか、侮辱を受けすらしているように感じているあなたよ、そんな馬鹿げた思いなど放り捨ててしまいなさい。

They are too small and meaningless to occupy your holy mind an instant longer.
そんな思いは、あなたの聖なる心をほんの一瞬でも占領するには、あまりにちっぽけで無意味なものでしかないのです。

God's Judgment waits for you to set you free.
あなたを解放するために、神の裁きがあなたのことを待ち受けています。

What can the world hold out to you, regardless of your judgments on its gifts, that you would rather have?
その捧げ物の価値をあなたがどう評価するかは別として、あなたに神の裁きよりもまして我が物としたいと思うようなどんなものをこの世界があなたに差し出すことができるというのでしょうか。

You will be judged, and judged in fairness and in honesty.
あなたは裁かれることになっており、それは公平かつ誠実な裁きであることでしょう。

There is no deceit in God.
神には偽りなどありません。

His promises are sure.
神の約束は確実なものです。

Only remember that.
ただそれだけを覚えておいてください。

His promises have guaranteed His Judgment, and His alone, will be accepted in the end.
神の約束は、神の裁きを保証するものです。そして、神の裁きだけが最後には受け入れられることになります。

It is your function to make that end be soon.
その最後のときが早くやってくるようにすることがあなたの役目です。

It is your function to hold it to your heart, and offer it to all the world to keep it safe.
神の約束を自分の心に抱き、そして、それを安全に保つために世界中に捧げることこそ、あなたの役目なのです。
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