There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

支払いの問題

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心理療法から「支払いの問題」をご紹介します。




3. III. The Question of Payment
 支払いの問題


1. No one can pay for therapy, for healing is of God and He asks for nothing.
 誰も治療に対して代金を支払うことはできません。というのも、癒しは神に由来するものであり、神は何も求めないからです。

 It is, however, part of His plan that everything in this world be used by the Holy Spirit to help in carrying out the plan.
 しかしながら、神の計画を成し遂げる助けとしてこの世界の万物が聖霊によって活用されることは神の計画の一部です。

 Even an advanced therapist has some earthly needs while he is here.
 たとえ進歩したセラピストですら、この地上にいるかぎり、ある程度の現世的な必要を持っています。

 Should he need money it will be given him, not in payment, but to help him better serve the plan.
 もし彼がお金を必要とするなら、彼にはお金が与えられることになります。それは支払いとしてではなく、彼がよりよく計画に奉仕できるよう助けるためです。

 Money is not evil.
 お金は悪いものではありません。

 It is nothing.
 お金は無です。

 But no one here can live with no illusions, for he must yet strive to have the last illusion be accepted by everyone everywhere.
 しかし、この世界にいる者は誰でも、まったく幻想を持たずに生きることはできません。というのも、彼はなお、最後の幻想があらゆる場所のあらゆる人々によって受け入れられることを目指して全力を捧げなければならないからです。

 He has a mighty part in this one purpose, for which he came.
 彼にはこの唯一の目的を果たすうえで重要な役目があり、そのために彼はやってきたのです。

 He stays here but for this.
 彼が地上に留まるのは、ただこのためだけです。

 And while he stays he will be given what he needs to stay.
 そして、彼が留まる間は、彼が留まるために必要とするものが彼に与えられることになります。



2. Only an unhealed healer would try to heal for money, and he will not succeed to the extent to which he values it.
 ただ癒されていない癒し主だけがお金のために癒そうとします。そして、彼がお金に価値を置くその程度に応じて、彼は癒しに成功しないことになります。

 Nor will he find his healing in the process.
 しかも、癒しのプロセスにおいて、彼自身が癒されることもないでしょう。

 There will be those of whom the Holy Spirit asks some payment for His purpose.
 もっとも、聖霊の目的を果たすために聖霊からある程度の代価の支払いを求められる者たちもいるでしょう。

 There will be those from whom He does not ask.
 他方で、聖霊から何も求められない者たちもいるでしょう。

 It should not be the therapist who makes these decisions.
 セラピストがこのことを決めるべきではありません。 

 There is a difference between payment and cost.
 お金を支払うことと代償を払って損失を負担することの間には違いがあります。

 To give money where God's plan allots it has no cost.
 神の計画がお金を差し出すべきものと定めるところでお金を与えることは、損失にはなりません。

 To withhold it from where it rightfully belongs has enormous cost.
 お金を払うのが正しいところでお金を払わずにいることには、莫大な代償が伴います。

 The therapist who would do this loses the name of healer, for he could never understand what healing is.
 このようなことをするセラピスト癒し主と名乗れなくなるでしょう。というのも、彼は癒しが何であるのか決して理解できないからです。

 He cannot give it, and so he does not have it.
 彼は癒しを与えることができないので、彼が癒しを得ることはありません。



3. The therapists of this world are indeed useless to the world's salvation.
 この世界のセラピストたちは、実は世界の救済にとって何の役にも立ちません。

 They make demands, and so they cannot give.
 彼らは要求するので、彼らは与えることができません。

 Patients can pay only for the exchange of illusions.
 患者は、幻想を幻想に交換するためにしか支払うことができません。

 This, indeed, must demand payment, and the cost is great.
 このことは実際に支払いを要求することになるので、損失は大きなものになります。

 A "bought" relationship cannot offer the only gift whereby all healing is accomplished.
 「買われた」関係には、すべての癒しを成就する手段となる唯一の贈り物を差し延べることができません。

 Forgiveness, the Holy Spirit's only dream, must have no cost.
 聖霊の唯一の夢である赦しには、いかなる代価もかからないに違いありません。

 For if it does, it merely crucifies God's Son again.
 というのも、もし代償を要するなら、それは単に神の子を再び磔刑にするだけだからです。

 Can this be how he is forgiven?
 神の子を再び磔にすることが赦しの手段になりうるでしょうか。

 Can this be how the dream of sin will end?
 これが罪の夢を終わらせる手段になりうるでしょうか。



4. The right to live is something no one need fight for.
 生きる権利は、誰もそれを得るために戦う必要などないものです。

 It is promised him, and guaranteed by God.
 生きる権利は誰にでも約束されており、神によって保証されています。

 Therefore it is a right the therapist and patient share alike.
 したがって、セラピスト患者も等しく生きる権利を共有しています。

 If their relationship is to be holy, whatever one needs is given by the other; whatever one lacks the other supplies.
 もし彼らの関係を神聖なものにしようとするなら、何であれ一方の必要とするものを他方が与え、何であれ一方が欠くものを他方が供給することです。

 Herein is the relationship made holy, for herein both are healed.
 こうすることで、その関係は神聖なものとなります。というのも、こうすることで両者は癒されるからです。

 The therapist repays the patient in gratitude, as does the patient repay him.
 セラピストは感謝することで患者に報い、同じように患者もセラピストに報います。

 There is no cost to either.
 お互いに何の損失もありません。

 But thanks are due to both, for the release from long imprisonment and doubt.
 もっとも、長きに亘る幽閉と疑いからの解放に対して、両者には感謝が与えられるべきです。

 Who would not be grateful for such a gift?
 そのような贈り物に対して誰が感謝を捧げずにいられるでしょうか。

 Yet who could possibly imagine that it could be bought?
 それにしても、幽閉と疑念からの解放を買い取ることができると想像する者などいるでしょうか。


5. It has well been said that to him who hath shall be given.
 持つ者には与えられるというのは至言です。

 Because he has, he can give.
 彼は持っているがゆえに与えることができるからです。

 And because he gives, he shall be given.
 そして、彼は与えるので、彼は与えられることになるからです。

 This is the law of God, and not of the world.
 これは神の法であり、この世界の法則ではありません。

 So it is with God's healers.
 神の癒し主たちも同様に、この世界に属してはいません。

 They give because they have heard His Word and understood it.
 彼らは神の大いなる言葉を聞き、それを理解したがゆえに与えるのです。

 All that they need will thus be given them.
 したがって、彼らが必要とするものはすべて、彼らに与えられます。

 But they will lose this understanding unless they remember that all they have comes only from God.
 しかし、彼らが自分たちが持つものはただ神のみに由来することを覚えていなければ、彼らはこの理解を失ってしまうでしょう。

 If they believe they need anything from a brother, they will recognize him as a brother no longer.
 もし彼らが自分がある兄弟から何かを得る必要があると信じるなら、彼らはその人のことをもはや兄弟とは認識しなくなるでしょう。

 And if they do this, a light goes out even in Heaven.
 そして、もし彼らがそう信じたら、たとえ天国においてすら、光は消えてしまいます。

 Where God's Son turns against himself, he can look only upon darkness.
 神の子が自分自身に敵対するような場所では、彼はただ闇しか見ることができません。 

 He has himself denied the light, and cannot see.
 彼は自分で光を拒んだので、見ることができないのです。


6. One rule should always be observed:
 つねに遵守すべきひとつの決まりがあります。

 No one should be turned away because he cannot pay.
 それは、その人が代価を支払えないという理由で、誰のことも拒んではならないというルールです。

 No one is sent by accident to anyone.
 誰の許にも偶然に送られてくる者はひとりもいません。

 Relationships are always purposeful.
 どの関係性にもつねに目的があります。

 Whatever their purpose may have been before the Holy Spirit entered them, they are always His potential temple; the resting place of Christ and home of God Himself.
 聖霊がその関係に入りこむ前の関係性の目的がどのようなものであったにせよ、どの関係もつねに、キリストの憩う場所であり神自身の家である聖霊の神殿となりうる可能性を秘めています。

 Whoever comes has been sent.
 訪れる者は誰もみな送られてきたのです。

 Perhaps he was sent to give his brother the money he needed.
 もしかしたら彼は、兄弟にその人が必要とするお金を与えるために送られてきたのかもしれません。

 Both will be blessed thereby.
 彼が兄弟にお金を与えることで二人は祝福されるでしょう。

 Perhaps he was sent to teach the therapist how much he needs forgiveness, and how valueless is money in comparison.
 もしかしたら彼は、そのセラピストがどんなに自分が赦しを必要としており、それに比べてお金はいかに無価値であるかを教えるために送られてきたのかもしれません。

 Again will both be blessed.
 それを教え教わることで、同じように、両者は祝福されるでしょう。

 Only in terms of cost could one have more.
 一方が他方より多くを持つことがありうるとすれば、代償という観点においてのみです。

 In sharing, everyone must gain a blessing without cost.
 共有の観点では、すべての者が必ず代償を払うことなく祝福を得ることになります。


7. This view of payment may well seem impractical, and in the eyes of the world it would be so.
 支払いに関するこの見解は、現実離れしているように思えるかもしれません。そして、この世界の目線で見るかぎり、非現実的だということになるはずです。

 Yet not one worldly thought is really practical.
 しかし、世界の常識は本当は何ひとつ実用的なものではありません。

 How much is gained by striving for illusions?
 幻想を追い求めたところで、いったいどれほどのものを得られるというのでしょう。

 How much is lost by throwing God away?
 神を投げ捨てることによって、どんなに多くを失うことになるでしょうか。

 And is it possible to do so?
 それに、神を捨て去ることなど可能なことでしょうか。

 Surely it is impractical to strive for nothing, and to attempt to do what is impossible.
 無を追い求めて不可能なことをなそうと試みることは、間違いなく非現実的なことです。

 Then stop a while, long enough to think of this:
 そこで、しばらく立ち止まって次のことを十分に時間をとって考えてみてください。

 You have perhaps been seeking for salvation without recognizing where to look.
 自分はどこを探せばよいのかわからないまま救済を探していたのかもしれない、と。

 Whoever asks your help can show you where.
 あなたの助けを求める者なら誰でも、それがどこなのかあなたに示すことができます。

 What greater gift than this could you be given?
 はたしてこれ以上に偉大な贈り物をあなたはもらうことができるでしょうか。

 What greater gift is there that you would give?
 あなたが与えたいと思う贈り物で、これ以上に偉大なものがあるでしょうか。



8. Physician, healer, therapist, teacher, heal thyself.
 医師よ、癒し主よ、セラピストよ、教師よ、自分自身を癒しなさい。

 Many will come to you carrying the gift of healing, if you so elect.
 もしあなたがそうすることを選ぶなら、多くの者たちが癒しという贈り物を持ってあなたの許にやってきてくれるでしょう。

 The Holy Spirit never refuses an invitation to enter and abide with you.
 聖霊は、入ってきて自分と一緒に留まってほしいという招待を決して拒むことはありません。

 He will give you endless opportunities to open the door to your salvation, for such is His function.
 聖霊は、あなたの救済のための扉を開くための数えきれない機会をあなたに与えてくれるでしょう。

 He will also tell you exactly what your function is in every circumstance and at all times.
 聖霊はまたあなたに、あらゆる状況とあらゆる時間におけるあなたの役割が何なのかを正確に告げてくれるでしょう。

 Whoever He sends you will reach you, holding out his hand to his Friend.
 聖霊があなたに送って寄越す者たちはみなあなたのところに到着して、自らの大いなる友に向けて自分の手を差し出すでしょう。

 Let the Christ in you bid him welcome, for that same Christ is in him as well.
 あなたの中にいるキリストに彼を迎え入れてもらいなさい。というのも、その同じキリストが彼の中にもいるからです。

 Deny him entrance, and you have denied the Christ in you.
 彼が入ってくるのを拒むなら、あなたは自分の中のキリストを拒んだのです。

 Remember the sorrowful story of the world, and the glad tidings of salvation.
 世界という悲惨な物語と救済という喜ばしい便りのことを思い出してください。

 Remember the plan of God for the restoration of joy and peace.
 喜びと平安を回復するための神の計画を思い出してください。

 And do not forget how very simple are the ways of God:
 そして、神の道を歩むのはどんなに平易なことか忘れないようにしなさい。


You were lost in the darkness of the world until you asked for light.
あなたが光を求めるまでは、あなたは世界という闇の中で道に迷っていました。

And then God sent His Son to give it to you.
そこで、神は光をあなたに与えるためにわが子を送ったのです。
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