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S1-1 真の祈り


1.- I. True Prayer
 真の祈り



1. Prayer is a way offered by the Holy Spirit to reach God.
 祈りは、神に到達するために聖霊が提案する方法です。

 It is not merely a question or an entreaty.
 祈りは、単なる問いかけや嘆願ではありません。

 It cannot succeed until you realize that it asks for nothing.
 あなたが祈りは何も求めないと理解するまでは、祈りが効果を生むことはないはずです。

 How else could it serve its purpose?
 それ以外に、どのようにして祈りがその目的に奉仕できるでしょうか。

 It is impossible to pray for idols and hope to reach God.
 偶像に祈りながら、神に到達しようと望んでも、それは不可能です。

 True prayer must avoid the pitfall of asking to entreat.
 真の祈りは、嘆願して求めるという落とし穴を避けなければなりません。

 Ask, rather, to receive what is already given; to accept what is already there.
 そうではなく、すでに与えられているものを受け取ること、つまり、すでにあるものを受け入れることを求めなさい。



2. You have been told to ask the Holy Spirit for the answer to any specific problem, and that you will receive a specific answer if such is your need.
 あなたは、どんな特殊な問題でも、聖霊に答えを求めるようにと告げられてきました。また、もしそれがあなたに必要であれば、あなたは具体的な答えを受け取るだろうとも告げられてきました。

 You have also been told that there is only one problem and one answer.
 あなたはまた、ただひとつの問題とひとつの答えしか存在しないとも告げられてきました。

 In prayer this is not contradictory.
 祈りにおいて、これは矛盾ではありません。

 There are decisions to make here, and they must be made whether they be illusions or not.
 ここに下すべき決断があり、それらが幻想であろうとなかろうと、これらの決断は下されるべきものです。

 You cannot be asked to accept answers which are beyond the level of need that you can recognize.
 あなたに認識できる必要性のレベルを超える答えを受け入れることがあなたに求められるはずがありません。

 Therefore, it is not the form of the question that matters, nor how it is asked.
 したがって、質問の形や、質問がどのように尋ねられるかは問題ではありません。

 The form of the answer, if given by God, will suit your need as you see it.
 もし神によって与えられるなら、答えの形はあなたが理解する通りのあなたの必要に沿ったものになるでしょう。

 This is merely an echo of the reply of His Voice.
 これは、単に神の大いなる声が答えるのを繰り返すこだまにすぎません。

 The real sound is always a song of thanksgiving and of Love.
 真の音は、つねに感謝と大いなる愛の歌なのです。



3. You cannot, then, ask for the echo.
 したがって、あなたは、そのこだまを求めることはできません。

 It is the song that is the gift.
 贈り物は、歌のほうだからです。

 Along with it come the overtones, the harmonics, the echoes, but these are secondary.
 その歌と一緒に、上音や倍音や反響が訪れますが、これらは副次的なものです。

 In true prayer you hear only the song.
 真の祈りにおいては、あなたはただその歌だけを聞きます。

 All the rest is merely added.
 その歌以外の残りのすべては単に付随的なものです。

 You have sought first the Kingdom of Heaven, and all else has indeed been given you.
 あなたはまず天の王国を探し求めたので、残りのすべては確かにあなたに与えられたのです。



4. The secret of true prayer is to forget the things you think you need.
 真の祈りの秘密は、自分が必要だと思っている物事をあなたが忘れることです。

 To ask for the specific is much the same as to look on sin and then forgive it.
 具体的なものを求めるのは、罪を見て、それから、その罪を許すのとまったく同じことです。

 Also in the same way, in prayer you overlook your specific needs as you see them, and let them go into God's Hands.
 祈りにおいてもこれと同じように、あなたは自分にそれらが見える通りのものとしての自分の具体的な必要性を無視して、それらを神の手の中に託すのです。

 There they become your gifts to Him, for they tell Him that you would have no gods before Him; no Love but His.
 そこでは、あなたの具体的な必要性は、あなたから神への贈り物となります。というのも、それらの必要性をあなたが神に差し出すことは、神にあなたが大いなる神の前にいかなる神々も置かず、神の大いなる愛以外のいかなる愛も抱かないと告げることになるからです。

 What could His answer be but your remembrance of Him?
 神の答えは、あなたが神を思い出すこと以外のどんなものになりうるでしょうか。

 Can this be traded for a bit of trifling advice about a problem of an instant's duration?
 この神の答えを、ごくわずかな期間続くだけの問題についてのいくらかのわずかな助言と交換することなどできるでしょうか。

 God answers only for eternity.
 神の答えはただ永遠のためのものです。

 But still all little answers are contained in this.
 それでもなお、すべての些細なことについての答えがこの神の答えの中に含まれています。



5. Prayer is a stepping aside; a letting go, a quiet time of listening and loving.
 祈りは、脇に退いて問題を過ぎ去らせる、傾聴と愛に満ちた静かな時です。

 It should not be confused with supplication of any kind, because it is a way of remembering your holiness.
 祈りをいかなる種類の嘆願とも混同してはなりません。なぜなら、祈りは、あなたの神聖さを思い出す方法だからです。

 Why should holiness entreat, being fully entitled to everything Love has to offer?
 大いなる愛が差し延べるはずのすべてのものを完全に得る資格があるというのに、どうして神聖な存在が何かを得るために祈願しなければならないのでしょうか。

 And it is to Love you go in prayer.
 それに、祈りの中であなたは大いなる愛に達するのです。

 Prayer is an offering; a giving up of yourself to be at one with Love.
 祈りとは捧げる行為であり、大いなる愛とひとつになるために自分自身を明け渡すことです。

 There is nothing to ask because there is nothing left to want.
 求めるべきものは何もありません。なぜなら、望むべきものは何も残されていないからです。

 That nothingness becomes the altar of God.
 この何も望むべきものがないことこそが、神の祭壇となります。

 It disappears in Him.
 それは神の中に消え去ります。



6. This is not a level of prayer that everyone can attain as yet.
 これはまだ、誰もが到達できる祈りのレベルではありません。

 Those who have not reached it still need your help in prayer because their asking is not yet based upon acceptance.
 このレベルに到達していない者たちは、依然として祈りにおいてあなたの助けを必要としています。なぜなら、彼らの求めはまだ受容に基礎を置いていないからです。

 Help in prayer does not mean that another mediates between you and God.
 祈りにおける援助は、誰かがあなたたちと神との間を調停することを意味するわけではありません。

 But it does mean that another stands beside you and helps to raise you up to Him.
 そうではなく、祈りにおいて助けることが意味するのは、誰かがあなたたちの傍に立って、あなたたちを神の下へと昇らせる手助けをすることです。

 One who has realized the goodness of God prays without fear.
 神の善良さを認識する者は誰でも、恐れることなく祈ります。

 And one who prays without fear cannot but reach Him.
 だから、恐れることなく祈る者は、神に到達せずにはいられません。

 He can therefore also reach His Son, wherever he may be and whatever form he may seem to take.
 したがって、その者は、たとえ神の子がどこにいようとも、彼がどんな形を取っているように見えようとも、神の子にも到達できるのです。



7. Praying to Christ in anyone is true prayer because it is a gift of thanks to His Father.
 誰かの内なるキリストに祈ることこそ、真の祈りです。なぜなら、それはキリストの父に感謝の贈り物を捧げることだからです。

 To ask that Christ be but Himself is not an entreaty.
 キリストにただありのままのキリスト自身であるよう求めることは、嘆願ではありません。

 It is a song of thanksgiving for what you are.
 それは、本当のあなたへの感謝の歌です。

 Herein lies the power of prayer.
 ここに祈りの力があります。

 It asks nothing and receives everything.
 祈りは、何も求めることなくして、あらゆるものを受け取ります。

 This prayer can be shared because it receives for everyone.
 この祈りは、あらゆる者たちのために受け取るがゆえに、分かち合うことができます。

 To pray with one who knows that this is true is to be answered.
 これが真実だと知る者とともに祈ることは、答えを得ることです。

 Perhaps the specific form of resolution for a specific problem will occur to either of you; it does not matter which.
 おそらく特別な問題に対する特別な形の解決があなたたちのいずれかに訪れるでしょう。どちらに訪れるかは問題ではありません。

 Perhaps it will reach both, if you are genuinely attuned to one another.
 もしあなたたちがお互いに本当に調和しているなら、おそらくその解決はあなたたち双方にもたらされるでしょう。

 It will come because you have realized that Christ is in both of you.
 解決が訪れるのは、あなたたちがキリストが自分たち双方の中にいると気づいたからです。

 That is its only truth.
 それがその解決の持つ唯一の真理です。


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