There Is No Spoon

ARTICLE PAGE

M28 復活とは何か

マニュアルから第28節の復活についてです。



Section 28

What Is the Resurrection?
復活とは何か。





1. Very simply, the resurrection is the overcoming or surmounting of death.
 きわめてシンプルに言えば、復活とは、死に打ち勝って克服することです。

 It is a reawakening or a rebirth; a change of mind about the meaning of the world.
 復活とは、再び目覚めること、つまり、生まれ変わることであり、それは、この世界が意味することについて心が変化することです。

 It is the acceptance of the Holy Spirit's interpretation of the world's purpose; the acceptance of the Atonement for oneself.
 復活は、この世界の目的についての聖霊の解釈を受け入れることです。世界の目的についての聖霊の解釈とは、自分のために贖罪を受け入れるということです。

 It is the end of dreams of misery, and the glad awareness of the Holy Spirit's final dream.
 復活は、悲惨な夢の終焉です。そして、聖霊の最後の夢を喜んで自覚することです。

 It is the recognition of the gifts of God.
 復活は、神からの贈り物を認識することです。

 It is the dream in which the body functions perfectly, having no function except communication.
 復活とは、夢です。その夢の中では、コミュニケーションを取る以外に一切の役目を持たない身体が完璧に役割を果たしています。

 It is the lesson in which learning ends, for it is consummated and surpassed with this.
 復活は、学習が終わるレッスンです。というのも、そのレッスンとともに学習は完結し、修了することになるからです。

 It is the invitation to God to take His final step.
 復活は、神に最後の一歩を踏み出してくれるようにと招待することです。

 It is the relinquishment of all other purposes, all other interests, all other wishes and all other concerns.
 復活は、それ以外の他のすべての目的、他のすべての利益、他のすべての願い、そしてすべての他の心配事をひとつ残らず手放すことです。

 It is the single desire of the Son for the Father.
 復活は、子がただ父だけを望むことです。




2. The resurrection is the denial of death, being the assertion of life.
 復活は、生命を宣言することなので、死を否認することです。

 Thus is all the thinking of the world reversed entirely.
 かくして、この世界のすべての思考は完全に逆転させられることになります。

 Life is now recognized as salvation, and pain and misery of any kind perceived as hell.
 生命は今や、救済として認識されます。そして、いかなる種類であれ、苦痛や惨めさとして知覚されるものは、地獄として認識されることになります。

 Love is no longer feared, but gladly welcomed.
 はもはや恐れられることはなく、喜んで迎え入れられます。

 Idols have disappeared, and the remembrance of God shines unimpeded across the world.
 偶像たちは消え去り、神の思い出が何の妨げもなく世界中に輝きます。

 Christ's face is seen in every living thing, and nothing is held in darkness, apart from the light of forgiveness.
 生きとし生けるものの中にキリストの顔が見えます。そして、何ものも、赦しの光から離れて闇の中に保たれることはありません。 

 There is no sorrow still upon the earth.
 地上にはもはや一切の悲しみがありません。

 The joy of Heaven has come upon it.
 天国の喜びが地上に訪れたのです。




3. Here the curriculum ends.
 ここにおいてカリキュラムが終わります。

 From here on, no directions are needed.
 ここから先は、何の導きも必要ありません。

 Vision is wholly corrected and all mistakes undone.
 ヴィジョンが完全に修正され、すべての過ちは取り消されました。

 Attack is meaningless and peace has come.
 攻撃は意味を失い、平安がやってきました。

 The goal of the curriculum has been achieved.
 カリキュラムの目標は達成されたのです。

 Thoughts turn to Heaven and away from hell.
 あらゆる思いは、地獄から去って、天国へと駆けつけます。

 All longings are satisfied, for what remains unanswered or incomplete?
 すべての希望は叶えられました。というのも、答えられていないものや不完全なものは何ひとつ残っていないからです。

 The last illusion spreads across the world, forgiving all things and replacing all attack.
 あらゆる物事を赦してすべての攻撃に取って代わりながら、最後の幻想が世界中に広がってゆきます。

 The whole reversal is accomplished.
 完全なる逆転が完了したのです。

 Nothing is left to contradict the Word of God.
 神の大いなる言葉に逆らうものは何ひとつ残ってはいません。

 There is no opposition to the truth.
 真理に対抗しようとするものは何もありません。

 And now the truth can come at last.
 だから、今、真理はついにやってくることができます。

 How quickly will it come as it is asked to enter and envelop such a world!
 真理に入ってきてほしいと頼んだなら、なんと速やかに真理はやってきて、そんな世界を包み込んでくれることでしょう。




4. All living hearts are tranquil with a stir of deep anticipation, for the time of everlasting things is now at hand.
 すべての生ける思いたちは、永遠に続くものを今まさに手にしようという時が迫っているという深い予感の波紋とともに静まり返ります。

 There is no death.
 死というものは存在しません。

 The Son of God is free.
 神の子は自由なのです。

 And in his freedom is the end of fear.
 そして、神の子の自由の中にこそ、恐れの終わりがあります。

 No hidden places now remain on earth to shelter sick illusions, dreams of fear and misperceptions of the universe.
 今や地上には、病んだ幻想や、恐ろしい夢や宇宙の誤った知覚などを匿う秘密の場所は、どこにも残されてはいません。

 All things are seen in light, and in the light their purpose is transformed and understood.
 すべてのものは、光の中で見られるようになります。そして、その光の中で、すべてのものの目的は変容され、そして理解されます。

 And we, God's children, rise up from the dust and look upon our perfect sinlessness.
 そして、私たち神の子供たちは、塵の中から立ち上がり、自分たちの完全なる罪の無さを見つめることになります。

 The song of Heaven sounds around the world, as it is lifted up and brought to truth.
 世界が持ち上げられ、真理の下へともたらされるとき、天国の歌声が世界中に轟きます。




5. Now there are no distinctions.
 今や、いかなる区別もありません。

 Differences have disappeared and Love looks on Itself.
 様々な相違は姿を消し、そして、大いなるが自分自身を見つめています。

 What further sight is needed?
 これ以上、目にすべき何があるというのでしょうか。

 What remains that vision could accomplish?
 ヴィジョンが達成しうる何が残っているというのでしょうか。

 We have seen the face of Christ, His sinlessness, His Love behind all forms, beyond all purposes.
 私たちは、あらゆる目的を超えて、あらゆる形の向こう側にあるキリストの顔を、キリストの無罪を、キリストの大いなるを見たのです。

 Holy are we because His Holiness has set us free indeed!
 キリスト神聖さが私たちを本当に自由にしてくれるとは、私たちはなんと神聖なのでしょう。

 And we accept His Holiness as ours; as it is.
 だから、私たちは、キリスト神聖さをありのままにわがものとして受け入れます。

 As God created us so will we be forever and forever, and we wish for nothing but His Will to be our own.
 神が私たちを創造してくれたままに、私たちは永遠に果てしなく在りつづけることでしょう。そして、私たちは、ただ神の大いなる意志だけを自分のものにしたいと望みます。

 Illusions of another will are lost, for unity of purpose has been found.
 他の意志があるという幻想はもはや去りました。なぜなら、目的の統合が見出されたからです。




6. These things await us all, but we are not prepared as yet to welcome them with joy.
 このようなことが、私たちみんなのことを待ち受けているのです。しかし、私たちはまだ、それらを喜びをもって迎え入れる用意ができてはいません。

 As long as any mind remains possessed of evil dreams, the thought of hell is real.
 不幸な夢に取りつかれたままの心があるかぎりは、地獄という考えは本物であり続けます。

 God's teachers have the goal of wakening the minds of those asleep, and seeing there the vision of Christ's face to take the place of what they dream.
 神の教師たちは、眠り込んでいる者たちの目を覚まさせて、彼らが夢見ていたものの代わりに、キリストの顔のヴィジョンを見るという目標を持っています。

 The thought of murder is replaced with blessing.
 殺したいとの思いは祝福によって置き換えられます。

 Judgment is laid by, and given Him Whose function judgment is.
 価値判断による裁きは手放され、価値判断を役目とする聖霊へと渡されます。

 And in His Final Judgment is restored the truth about the holy Son of God.
 そして、聖霊の最後の審判によって、聖なる神の子についての真理が回復されます。

 He is redeemed, for he has heard God's Word and understood its meaning.
 神の子は救われました。というのは、彼は神の大いなる言葉を聞いて、その意味を理解したからです。

 He is free because he let God's Voice proclaim the truth.
 神の子は自由です。なぜなら、神の子は、神の大いなる声に真理を宣言してもらうことにしたからです。

 And all he sought before to crucify are resurrected with him, by his side, as he prepares with them to meet his God.
 そして、彼が以前には磔にしようとしていたすべての者たちが彼と一緒に復活して、彼の傍にいるので、彼はそれらの者たちと一緒に自らの神に会う準備を整えることになるのです。





いつも読んでいただき、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ACIMへ
ポチリよろしく!


ポチッとお願いします!
関連記事
復活磔刑準備最後の審判キリスト神の教師幻想統合神聖

Comments 0

Leave a reply