There Is No Spoon

ARTICLE PAGE

復活2

マニュアル第28節「復活とは何か」の参考にテキストからいくつか抜粋してご紹介します。


「4. Each day, each hour and minute, even each second, you are deciding between the crucifixion and the resurrection; between the ego and the Holy Spirit.
 毎日、一時間ごと、そして一分、一秒ごとにさえ、あなたは磔刑と復活の間で決定しているのです。それはエゴ聖霊のどちらを取るのかの選択です。

 The ego is the choice for guilt; the Holy Spirit the choice for guiltlessness.
 エゴは罪を選択することを、聖霊無罪を選択することを意味します。

 The power of decision is all that is yours.
 決定する力こそ、あなたの持つ力のすべてです。

 What you can decide between is fixed, because there are no alternatives except truth and illusion.
 あなたが決定できる選択肢は二つに固定されています。なぜなら、真理幻想以外に選べるものなど何もないからです。

 And there is no overlap between them, because they are opposites which cannot be reconciled and cannot both be true.
 そして、真理幻想の二つには、重複するところはありません。なぜなら、両者は、調和することができないし、二つながらにして真実であるということもありえない対極にあるからです。

 You are guilty or guiltless, bound or free, unhappy or happy.
 あなたには罪があるか無罪か、束縛されているか自由か、不幸せか幸せか、そのいずれかなのです。」(テキスト第十四章 III. The Decision for Guiltlessness 三 罪悪感を持たない決意)





「7. Your resurrection is your reawakening.
 あなたの復活とは、あなたが再び目を覚ますことです。

 I am the model for rebirth, but rebirth itself is merely the dawning on your mind of what is already in it.
 私は生まれ変わるためのモデルですが、再生それ自体は、単に、あなたの心の中にすでにあるものが現れはじめることでしかありません。

 God placed it there Himself, and so it is true forever.
 神自ら再生をあなたの心に置いたのだから、あなたの心の中にあるものは、永遠に真実です。

 I believed in it, and therefore accepted it as true for me.
 私はあなたの再生を信じ、それゆえに、あなたが再生することこそ、私にとっての真実であるとして受け入れたのです。

 Help me to teach it to our brothers in the name of the Kingdom of God, but first believe that it is true for you, or you will teach amiss.
 神の王国の名において、再生を私たちの兄弟たちに教えるために私の手助けをしてください。しかし、まず第一に、あなたにとって、再生が真実であると信じてください。さもないと、あなたは間違って教えることになってしまいます。

 My brothers slept during the so-called 'agony in the garden', but I could not be angry with them because I knew I could not be abandoned.
 いわゆる「ゲッセマネの園での苦悶」の間、私の兄弟たちは、ずっと眠っていました。しかし、私は自分が見捨てられることはあり得ないとわかっていたので、私が彼らに対して、腹を立てたはずがないのです。


12. The crucifixion cannot be shared because it is the symbol of projection, but the resurrection is the symbol of sharing because the reawakening of every Son of God is necessary to enable the Sonship to know its wholeness.
 キリストの磔刑は、分かち合うことはできません。なぜなら、それは投影の象徴だからです。しかし、復活は、分かち合いの象徴です。なぜなら、神の子全体が自らの完全さを知るためには、一人ひとりの神の子がみんな再び目覚めることが必要だからです。

 Only this is knowledge. ただ、これだけが知識です。」(テキスト 第六章 I. The Message of the Crucifixion 一 キリストの磔刑とその意味)


「10. The crucifixion had no part in the Atonement.
キリストの磔刑贖罪において何の役割も持っていませんでした。

 Only the resurrection became my part in it.
 ただ復活だけが、贖罪における私の役割になったのです。

 That is the symbol of the release from guilt by guiltlessness.
 復活は、潔白さによって罪悪感から解放されることを象徴しています。

 Whom you perceive as guilty you would crucify.
 あなたが誰かに罪があると知覚すれば、あなたは彼を十字架にかけようとしているのです。

 Yet you restore guiltlessness to whomever you see as guiltless.
 しかし、あなたが誰であれ罪がないと見れば、あなたは彼に潔白さを回復させることになります。

 Crucifixion is always the ego's aim.
 磔刑はいつでもエゴが目指す目的です。

 It sees everyone as guilty, and by its condemnation it would kill.
 エゴは誰を見ても罪人と見なし、罪の宣告をすることによって、殺してしまおうとします。

 The Holy Spirit sees only guiltlessness, and in His gentleness He would release from fear and re-establish the reign of love.
 聖霊はただ潔白さだけを見て、優しく恐怖から解放し、愛が治める心境を再び確立してくれます。

 The power of love is in His gentleness, which is of God and therefore cannot crucify nor suffer crucifixion.
 聖霊の優しさの中には愛の力があります。愛の力は神に由来するものなので、それは磔刑にできないばかりか、磔刑に苦しむこともありません。

 The temple you restore becomes your altar, for it was rebuilt through you.
 あなたが修復した神殿はあなたの祭壇になります。というのも、それはあなたを通して再建されたからです。

 And everything you give to God is yours.
 そして、あなたが神に捧げるものはすべてあなたのものになります。

 Thus He creates, and thus must you restore.
 このように神は創造します。それゆえに、あなたもこのように回復しなければなりません。」(テキスト第十四章V. The Circle of Atonement 五 贖罪の輪)



「2. Would you join in the resurrection or the crucifixion?
 あなたはキリストの復活に加わりたいのでしょうか、それともキリストの磔刑に加わりたいのでしょうか。

 Would you condemn your brothers or free them?
 あなたは、自分の兄弟たちに有罪の宣告をしたいのでしょうか、それとも解放したいのでしょうか。

 Would you transcend your prison and ascend to the Father?
 あなたは自分の牢獄を越えて父の許へ昇る気があるのでしょうか。

 These questions are all the same, and are answered together.
 これらの質問はすべて同じであり、まとめて答えることができます。

 There has been much confusion about what perception means, because the word is used both for awareness and for the interpretation of awareness.
 知覚が何を意味するのかについては、とても混乱されてきました。なぜなら、この知覚という言葉は認識していることと、認識したことについての解釈の両方に用いられているからです。

 Yet you cannot be aware without interpretation, for what you perceive is your interpretation.
 しかし、あなたは解釈しないで認識することはできません。なぜなら、あなたが知覚するのは、あなたの解釈だからです。





4. I am your resurrection and your life.
 私は、あなたの復活であり、あなたの生命です。

 You live in me because you live in God.
 あなたは、神の中に生きているので、私の中にも生きています。

 And everyone lives in you, as you live in everyone.
 そして、あなたが全ての者の中に生きているのと同じように、すべての者はあなたの中に生きています。

 Can you, then, perceive unworthiness in a brother and not perceive it in yourself?
 そうだとすれば、あなたは、ある兄弟の中に無価値さを知覚しておきながら、あなた自身の中に無価値さを知覚せずにいることなどできるでしょうか。

 And can you perceive it in yourself and not perceive it in God?
 そして、あなた自身の中に無価値さを知覚しておきながら、神の中に無価値さを知覚せずにいることなどできるでしょうか。

 Believe in the resurrection because it has been accomplished, and it has been accomplished in you.
 復活を信じなさい。なぜなら、それはすでになし遂げられており、それも、あなたの中でなし遂げられているからです。

 This is as true now as it will ever be, for the resurrection is the Will of God, which knows no time and no exceptions.
 このことは今、真実であるように、これからも真実であり続けます。というのは、復活は神の意志であり、神は時間など知らないし、いかなる例外も知らないからです。

 But make no exceptions yourself, or you will not perceive what has been accomplished for you.
 しかし、あなた自身で例外を作らないでください。さもないと、あなたは、あなたのためになし遂げられているものを知覚することができません。

 For we ascend unto the Father together, as it was in the beginning, is now and ever shall be, for such is the nature of God's Son as his Father created him.
 なぜなら、始まりも、今も、これからも、私たちは一緒に父の許へと昇るからです。というのも、それこそ父に創造されたままの神の子の生来の性質だからです。


6. Resurrection must compel your allegiance gladly, because it is the symbol of joy.
 復活は、きっとあなたに、喜んで忠誠を尽くすようにさせるに違いありません。なぜなら、復活こそ、喜びの象徴だからです。

 Its whole compelling power lies in the fact that it represents what you want to be.
 復活の持つ思わず圧倒されてしまう迫力は全て、復活があなたのこうありたいと望む姿を表しているという事実によります。

 The freedom to leave behind everything that hurts you and humbles you and frightens you cannot be thrust upon you, but it can be offered you through the grace of God.
 あなたを傷つけたり、卑屈にさせたり、恐怖を抱かせたりするものをことごとく置き去りにする自由を、あなたに押しつけることはできません。しかし、神の恵みを通して、その自由を差し延べることはできます。

 And you can accept it by His grace, for God is gracious to His Son, accepting him without question as His Own.
 そして、あなたは、神の恵みによって、その自由を受け入ることができます。というのは、神は、神の子のことを、何の疑いもなく自らに属するものとして受け入れて、子を慈悲深くもてなしてくれるからです。

 Who, then, is your own?
 それでは、あなたに属するものとは誰のことでしょうか。

 The Father has given you all that is His, and He Himself is yours with them.
 父は、自らに属するものすべてを、あなたに与えてくれています。だから、父自身も、父に属するものと共に、あなたのものなのです。

 Guard them in their resurrection, for otherwise you will not awake in God, safely surrounded by what is yours forever.
 あなたに属するものが復活するに際して、彼らのことを守ってください。というのも、そうしなければ、あなたは、永遠にあなたに属するものに囲まれて、神の中で安全に目覚めることができなくなるからです。



7. You will not find peace until you have removed the nails from the hands of God's Son, and taken the last thorn from his forehead.
 あなたが神の子の両手から釘を抜き去り、神の子の額から最後の棘を取り去るまで、あなたが平安を見出すことはないでしょう。

 The Love of God surrounds His Son whom the god of crucifixion condemns.
 そして、神の愛が、磔刑の神に罪の宣告を受けた神の子を取り囲みます。

 Teach not that I died in vain.
 私が無駄に死んだなどと教えないでください。

 Teach rather that I did not die by demonstrating that I live in you.
 むしろ、私があなたの中に生きていることを実証することによって、私が死ななかったのだということを教えてください。

 For the undoing of the crucifixion of God's Son is the work of the redemption, in which everyone has a part of equal value.
 なぜなら、神の子を磔刑にすることを取り消すことが、救いのためになすべきことだからです。そして、この救いのために、一人ひとりが等しく重要な役割を担っているのです。

 God does not judge His guiltless Son.
 神は、罪の無い子に裁きを下したりしません。

 Having given Himself to him, how could it be otherwise?
 神自らを神の子に与えておきながら、どうして神が裁きを下したりなどできるでしょうか。



8. You have nailed yourself to a cross, and placed a crown of thorns upon your own head.
 あなたは、自分自身を十字架に釘づけにし、自分の頭に荊の冠を被せました。

 Yet you cannot crucify God's Son, for the Will of God cannot die.
 しかし、あなたは神の子を十字架にかけることはできません。なぜなら、神の意志であるものが死ぬことなど不可能なことだからです。

 His Son has been redeemed from his own crucifixion, and you cannot assign to death whom God has given eternal life.
 神の子は、自分自身の磔刑から救われています。そして、あなたは、神から永遠の生命を与えられた者に死を割り当てることなどできません。

 The dream of crucifixion still lies heavy on your eyes, but what you see in dreams is not reality.
  磔刑の夢は、いまだにあなたの目に重々しくのしかかっています。しかし、あなたが夢の中で見ていることは現実ではありません。

 While you perceive the Son of God as crucified, you are asleep.
 あなたが神の子が磔刑にされたものと知覚している間は、あなたは眠り込んでいるのです。

 And as long as you believe that you can crucify him, you are only having nightmares.
 そして、あなたが自分が神の子を磔刑にできると信じるかぎり、あなたはただ悪夢を見ているだけです。

 You who are beginning to wake are still aware of dreams, and have not yet forgotten them.
 あなたは目覚めはじめてはいますが、いまだに夢を意識しており、まだ夢を忘れ去ってはいません。

 The forgetting of dreams and the awareness of Christ come with the awakening of others to share your redemption.
 夢の忘却とキリストとしての自覚は、あなたの救済を分かち合うために、他の者たちが目覚めることと一緒にやってきます。」(テキスト 第十一章 六 贖いへの目覚め)


いつも読んでいただき、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ACIMへ
ポチリよろしく!


ポチッとお願いします!
関連記事
十字架聖霊無罪磔刑エゴ真理幻想再生贖罪自由

Comments 0

Leave a reply