There Is No Spoon

S3-3 分離 対 結合

S3-3 分離 対 結合

本節では、「偽りの癒し」、つまり、分離するための癒しについて語られます。「真の癒し」を可能にするのは、他者とはまさに自分自身と同じだという理解であり、このような理解を抱く者には偽りの癒しをなすことはできません。とくに身体の癒しは偽りの癒しになりがちですが、少しでも不平等性に基礎を置く癒しは、分離するための癒しです。分離するための癒しは、学識と経験のある有能で賢明な誰か、優れた高みにある人物が、彼よ...

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T29-2 賓客の来臨

T29-2 賓客の来臨

今回はテキスト第二十九章から「賓客の来臨」という一節をご紹介します。「賓客」は聖霊のことを指しています。聖霊が私たちの許に訪れたという表現がなされてはいますが、聖霊は元から私たちの心の中の分離していない部分にいるので、正確には、私たちの認識の変化(正しい知覚への進化)によって、分離幻想という障害が取り除かれて、そこにいた聖霊の存在に気づけるようになったことで、私たちの自覚の中に聖霊が到来したという...

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T28-3 ひとつに結ばれることへの同意

T28-3 ひとつに結ばれることへの同意

今回はテキスト第二十八章から「ひとつに結ばれることへの同意」という一節をご紹介します。本節では、分離幻想の名脇役である"The gap"「隔たり」が出てきます。隔たりは、分離世界が成り立つためにエゴなどの主役級の役者に劣らない働きをしますが、表舞台にしゃしゃり出ることは決してしない黒衣のような存在ですが(黒衣は、歌舞伎や人形浄瑠璃で、観客からは見えないという約束事のもとに舞台上に現われ、後見として役者や人...

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T19-1 癒しと信頼

T19-1 癒しと信頼

今回はテキスト第十九章から「癒しと信頼」という一節をご紹介します。「癒し」というと、私たちは身体の癒しをイメージしがちです。コースも癒しの成果として身体の癒しが起こることは否定しませんが、それは心が癒された結果でしかありません。身体の健康と病気は、心が身体をどう知覚するかに完全に依存しているので、身体を癒しの対象と捉えることには意味がなく、その必要はないということです。「The body is healed because...

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T12-2 神を思い出す方法

T12-2 神を思い出す方法

今回はテキスト第十二章から、「神を思い出す方法」という一節をご紹介します。2.「2. The light in them shines as brightly regardless of the density of the fog that obscures it. 病人たちの中にある光は、その光を覆い隠している霧の濃さにかかわらず、燦然と光り輝いています。 If you give no power to the fog to obscure the light, it has none. もしあなたがその霧に光を覆い隠す力を一切与えなければ、霧は何の力...

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T10-5 神を否認すること

T10-5 神を否認すること

今回はテキスト第十章から「神を否認すること」という一節をご紹介します。病気の信念は、病いの神を偶像として崇拝することだということでした。私たちは偶像崇拝によって、コースでいう「神」、すなわち、非二元論、不二一元論で言う究極の創造主である一者、真の神にして愛の神である大いなる神以外に、病いの神を含むさまざまな偶像である小さな神を作り出して、それらを真の神の前において優先することで大いなる神を否認する...

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レッスン356「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」

レッスン356「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」

レッスン356です。「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。T26-7 癒しの法則が参考になると思います。実在するのは愛のみであり、愛の対概念は愛の不在に名前をつけた恐れです。実在する一者である大いなる愛を多様な側面から見ることで、切り取り方によって多様な側面があり、その切り口次第で、神...

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レッスン328「一番を得るために、私は二番を選ぶ」

レッスン328「一番を得るために、私は二番を選ぶ」

レッスン328です。「一番を得るために、私は二番を選ぶ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。1.「It seems that we will gain autonomy but by our striving to be separate, and that our independence from the rest of God's creation is the way in which salvation is obtained.  一見すると、私たちが懸命に分離していようと苦闘することによってのみ、私たちは自律性を獲得でき、私たちが自分...

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P2-IV 病気のプロセス

P2-IV 病気のプロセス

心理療法から、病気のプロセスについての一節をご紹介します。心理療法全体の序文で、病むことができるのは心だけなので、癒されうるのは心だけだから、存在しうる治療法は心理療法のみだということが示されていました。本節では、これを裏側から、すべての病気は心理的な病いであることが述べられます。その心理的な病いとは、神の子に対して間違った価値判断を下して裁くことによって、真理を虚偽とみなして偽りを真実だと狂信す...

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T8-8 身体は目的、道具?

T8-8 身体は目的、道具?

前節では、身体はエゴに従うなら攻撃の手段に、聖霊に従うなら、コミュニケーションの手段になるということが語られました。今回は、テキスト第八章から身体の位置づけ、捉え方に関する一節をご紹介します。本節では、エゴの本末転倒ぶりがわかりやすく説かれます。2.「The ego makes a fundamental confusion between means and end as it always does. エゴは、いつもそうするように、手段と目的とを根本的に混同しています。」...

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T28-7 安全の方舟

T28-7 安全の方舟

今回は、テキスト第二十八章から「安全の方舟」という一節をご紹介します。「3. Either there is a gap between you and your brother, or you are as one. あなたと兄弟の間に隙間があるか、それとも、あなたたちはひとつになっているか、そのどちらかです。 There is no in between, no other choice, and no allegiance to be split between the two. その中間はないし、ほかの選択肢もないし、両方に忠誠心を分配することも...

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レッスン148「レッスン135と136の復習」

レッスン148「レッスン135と136の復習」

レッスン148です。今日はレッスン133と134の復習です。今日ご紹介するのは、シャッター・アイランドです。ウィキあらすじ「1954年、連邦保安官テディ・ダニエルズ(レオナルド・ディカプリオ)とチャック・オール(マーク・ラファロ)ら捜査部隊は、ボストン港(英語版)の孤島(シャッターアイランド)にあるアッシュクリフ精神病院を訪れる。この島でレイチェル・ソランドという女性が、「4の法則。67番目は誰?」(The...

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レッスン140「治療と呼ぶことができるのは救済だけだ」

レッスン140「治療と呼ぶことができるのは救済だけだ」

レッスン140です。「治療と呼ぶことができるのは救済だけだ」が今日のテーマです。私たちは、病人が抱える心身の病気が癒えることを癒しと捉え、病気を治すことが治療だと考えています。「Atonement does not heal the sick, for that is not a cure. 贖罪は病人を癒すのではありません。というのも、病人を癒すことは治癒ではないからです。 It takes away the guilt that makes the sickness possible. 贖罪は、病気を可能...

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レッスン137「私が癒されるとき、私だけが癒されるのではない」

レッスン137「私が癒されるとき、私だけが癒されるのではない」

レッスン137です。今日のテーマは「私が癒されるとき、私だけが癒されるのではない」です。奇跡のコースの病気と癒しについての説明を読むと、自分が健康であることをいいことに、なんだか病気になるのは、その人の迷いのせいであって、幻想から目覚めない愚かさの証明であるなどと解釈して、病気の人のことを貶めるような残念な発想に陥ってしまうこともあるかもしれません。はたしてご自身や家族のどなたかが大病を患っている...

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レッスン136「病気になることは、真理に逆らって防衛しようとすることだ」

レッスン136「病気になることは、真理に逆らって防衛しようとすることだ」

レッスン136です。「病気になることは、真理に逆らって防衛しようとすることだ」が今日のレッスンです。レッスンでは、病気は、偶然降りかかる災厄ではなく、自分を身体だと誤信させて自己欺瞞に陥らせるための狂気の仕掛けだということが語られます。一瞬よりも短い時間で、自分が信じたがっている信念=身体が自分だという信念が真理によって脅威にさらされていると評価し、逃げる必要があると判断し、実在のものと判断した真...

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T8-9 癒しとは知覚を修正して心の完全性を回復すること

T8-9 癒しとは知覚を修正して心の完全性を回復すること

今回は、テキスト第八章から、「修正された知覚としての癒し」という一節をご紹介します。そもそも分離自体が錯覚で、世界や身体が幻想なのだとしたら、癒すべき対象自体が実在しないわけで、分離を癒す、世界を救済する、病気や身体を癒すということを観念すること自体、本来、意味をなしません。これに対して、このような錯覚を生み出すように心が機能不全を起こして間違った知覚が生じているのは確かです。したがって、正確には...

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T10-3 病いの神を去らせる

T10-3 病いの神を去らせる

テキスト第十章から、病気について偶像崇拝の観点から説明する一節をご紹介します。反キリスト、真の共感とは?が参考になると思います。病気は偶像崇拝だということが語られます。神の子は完全な存在ですが、幻想世界の中で人間という制限された卑小な存在になっている夢を見ています。偶像崇拝とは、エゴの欺瞞を信じて、自分を卑小で無力な存在だと信じて、自分の外にある小さな神(偶像)を作り出して、自分に対する制限を付加...

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T11-8 問題と答え

T11-8 問題と答え

今回は、「問題と答え」についてのテキストの一節をご紹介します。1.「The end of the world is not its destruction, but its translation into Heaven. 世界の終わりとは、世界が破滅することではなく、世界が天国へと変容することです。」世界は幻想だというコースの主張は、インパクトがあるだけに、単につまみ読みしただけだと、幻想は偽りだから、世界は消し去らねばならないという考え方を導き出し、世界を否認し、攻撃し...

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M22 癒しと贖罪は別のもの?

M22 癒しと贖罪は別のもの?

癒しと贖罪の関係についての一節です。言葉のイメージとしては、癒しと贖罪は違うもののように感じますが、結論としては、癒しと贖罪は同じものだということです。赦すことが癒すことになると。そして、癒しは、誰が癒しを必要としているのか、それを神の教師が気づく結果として起こるということです。その誰かというのは、目の前の病人として見えているその人ではなく、教師自身でもなく、自分たちの本当の姿、大いなる自己として...

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M6 癒しが起こらない!どうして?

M6 癒しが起こらない!どうして?

今回は、前回に引き続いて、教師のためのマニュアルから、第6節の「癒しが起こるのは確かだろうか?」をご紹介します。第6節で出てきたように、癒しが起こるのは本人の決断によるのであり、本人こそが癒し主だということでした。今回は、この癒し主の思いによって癒しが時を待たねばならない場面がありうることについて触れられます。究極的には自分である他者としての兄弟、自分以外のアバターに対する基本的なスタンスが示され...

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M5 「癒し」の仕組みとは?

M5 「癒し」の仕組みとは?

今回は、教師のためのマニュアルから第5節「どのように癒しは達成されるのか」をご紹介します。奇跡のコースでは、癒しのことを、分離幻想を解消し、神の子の完全性を回復するという贖罪と同様の意味を持つ概念として用いており、身体的な病気や疲労からの回復だけの意味に限定して用いてはいませんが、この一節では、とくに病気との対比によって癒しの意味を説明していきます。この一節には、受け止め方によっては、病気で苦まれ...

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レッスン14「神は、無意味な世界を創造しなかった」

レッスン14「神は、無意味な世界を創造しなかった」

今日はレッスン14です。ワークブックのレッスンでは、日中に、数回の実習をすることを指示されます。そして、この実習こそがレッスンの本質であり、その日のレッスンの箇所の本の文章を読むことがレッスンをしたことになるわけではないということはとことん自覚しておく必要があります。とはいえ、文章の指示を見ずに日中にレッスンの指示どおりに実習するのは困難なので、つねに座右にその日のレッスンの文章を携えて読める状態...

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    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
    ┣  レッスン1〜10 (10)
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    ┗  レッスン211〜220 (10)
    ワークブック・パート② (158)
    ┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
    ┣  レッスン221〜230 (10)
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    ┗  レッスン361〜365 (3)
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    心理療法 (13)
    用語解説 (8)
    祈りの歌 (15)