There Is No Spoon

S2-Intro 赦し 序文

S2-Intro 赦し 序文

この序文では、祈りの姉妹である赦しについて語られます。赦しと祈りの両者は固く結ばれる姉妹関係にあり、赦しの伴わない祈りは少しも階梯を昇ることはできませんが、赦しを伴うなら、赦しは、祈りが神の下にまで上昇するのを強力に支援し、その上昇速度を増してくれます。したがって、幻想の終わりは、祈りと赦しの両者と一緒に訪れることになります。もっとも、両者の間には、梯子を昇り終えたら、祈りは神と愛と感謝を交わす本...

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T30-5 唯一の目的

T30-5 唯一の目的

今回はテキスト第三十章から「唯一の目的」という一節をご紹介します。唯一の目的とは、世界の目的についてのものです。世界という幻想は、分離が実在することを証明するために、神の子に分離という罪について罪悪感を抱かせ、神からの処罰への恐怖で満たして、偶像崇拝へと追いやり、不平不満から非難と攻撃の応酬のループが継続するようにするための仕組みとして生み出されました。ですから、エゴに従う場合の世界の目的は、分離...

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T22-6 神聖な関係の光

T22-6 神聖な関係の光

今回はテキスト第二十二章から「神聖な関係の光」という一節をご紹介します。「8. You will see your value through your brother's eyes, and each one is released as he beholds his savior in place of the attacker who he thought was there. あなたは自分の兄弟の目を通して、自分の真価を理解するようになります。そして、自分を攻撃する者がいたと思いこんでいた相手の中に自分の救い主を見るようになるとき、一人ひとり...

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T21-3 信頼、信念、そしてヴィジョン

T21-3 信頼、信念、そしてヴィジョン

今回はテキスト第二十一章から「信頼、信念、そしてヴィジョン」という一節をご紹介します。エゴの目的は罪であり、聖霊の目的は神聖さです。エゴに従う私たちは、神の子が本来持っている確信を忘れて見失って、罪を見つけるために、知覚、信念、信頼という手段を作り出し、エゴに従って、知覚と信念と信頼を心から身体へと与えていました。身体の五感を通して他者を身体だと知覚することで、価値判断して他者を罪深い存在だと裁い...

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T20-8 潔白さのヴィジョン

T20-8 潔白さのヴィジョン

今回はテキスト第二十章から「潔白さのヴィジョン』という一節をご紹介します。前節では、目的と手段の不一致を、神聖な救済という目的にエゴの不浄な目的を割り込ませて揺るがせないことについて述べられました。神聖な関係の目的も手段も、私たちが作り出すものではなく、与えられるものであり、私たちは求めさえすれば、目的も手段も与えてもらえるのだから、私たちがなすべきことは、兄弟を罪なき者と見ようと望むことだけだと...

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T8-7 コミュニケーションの手段としての身体

T8-7 コミュニケーションの手段としての身体

今回はテキスト第八章から「コミュニケーションの手段としての身体」という一節をご紹介します。聖霊の手にかかると、この世界の中のどんな物事も救済のための道具に変わります。3.「The Holy Spirit does not see the body as you do, because he knows the only reality of anything is the service it renders God on behalf of the function he gives it. 聖霊はあなたが見ているように身体を見てはいません。なぜなら、聖霊...

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T22-2 あなたの兄弟に罪はない

T22-2 あなたの兄弟に罪はない

今回はテキスト第二十二章から「あなたの兄弟が無罪であること」という一節をご紹介します。「5. Both reason and the ego will tell you this, but what they make of it is not the same. 理性とエゴの両方があなたに、例外はありえないと教えようとします。ただし、例外がないことについての両者の解釈は同じではありません。」の"this"が何を指すのか、いまひとつわかりにくいと思います。 直前の4.の末尾の文章には、これ...

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T20-7 手段と目的の整合性

T20-7 手段と目的の整合性

テキスト第二十章から「手段と目的の整合性」という一節をご紹介します。本節では目的と手段の不一致について語られます。私たちが関係性の目的をエゴの不浄な関係から聖霊の神聖な関係に変えることに同意したにもかかわらず、いまだに不安や不快を感じるとすれば、その理由は、聖霊に目的の達成手段を委ねるのを拒絶しているためだということです。誰も目的を達成することを真に望みながら、その達成手段のほうを学ぶ気はないと本...

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T23-4 戦場の上空へ

T23-4 戦場の上空へ

今回は、テキスト第二十三章から、戦場の上空へという一節をご紹介します。私たちは、身体が自分だと信じて地上の戦場に身を置いているかぎり、自分が戦闘の一部となり、殺すことを選択してしまいます。戦闘がリアルなものになるのは地上にいるからです。上空から戦場を見下ろせば、時間や空間や卑小な自己概念に縛られなくなるので、殺人ではなく奇跡を選択することになります。そこで、攻撃したいという誘惑にさらされた場合には...

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T13-1 罪がないということは死はないということ

T13-1 罪がないということは死はないということ

昨日の序論に続き、第十三章の第一節の「無罪性と不死性」をご紹介します。神は死を創造しませんでした。神は愛であり、神と同質の生命を創造することはできても、生命の不在に名前をつけた概念でしかなく実体を持たない死は創造しようがないからです。死は、神の子が拡張に原理を置く創造ではなく、二極対立に基づく投影を原理にして作り出した幻想世界の中に「存在」するエゴ・身体にとってのみ生じうる状態です。身体でも、体内...

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T17-8 平安の条件

T17-8 平安の条件

今回は、テキストから、平安の条件という一節をご紹介します。平安の条件は、信頼です。真理は信頼に値します。信頼がそれにふさわしいものに置かれるだけなので、真理を信頼することにストレスなどありません。これに対して、真理を信頼せずに拒絶することで背負うことになる重圧は非常に大きなものです。聖霊の呼び声を認めるようになった私たちは、以前よりも、この重圧が増したように感じます。しかし、これは錯覚で、以前から...

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T19-4Di 平安への障害4−2

T19-4Di 平安への障害4−2

テキスト第19章4節平安への障害から、今回は、第四の障害である「神への恐れ」の続きの「ヴェールをあげる」をご紹介します。今回は、キリストの顔の前にかけられたヴェールをあげることについて語られます。私たちがこのヴェールをあげる際には、私たちはひとりだけでなすのではなく、兄弟と一緒になすのだということです。救済はひとりきりではなしえず、他者との関係の中での助け合いを通じてしかなしえないという救いの公式...

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レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354です。「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。テキストの最初のほうで、イェシュアは次のように語ります。「There is nothing about me that you cannot attain. 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつ...

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レッスン353「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」

レッスン353「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」

レッスン353です。「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。P2-IV 病気のプロセスのエッセイが参考になると思います。自分を怒らせる他者は自分が振り上げた剣を振り下ろして自分と一緒に相手を幽閉するか剣を背けて一緒に解放するか機会を与えてくれる救...

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レッスン333「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」

レッスン333「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」

レッスン333です。「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。今日のレッスンは、前に続くふたつのレッスンレッスン331「私の意志はあなたの意志なのですから、矛盾などありません」レッスン332「恐れがこの世界を束縛している。赦しは、この世界を解放する」を統合するものです。実在するものの反映と、実在するものの反映に際して生まれる実在の影、実...

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レッスン318「私の中では、救済の手段と目的はひとつのものだ」

レッスン318「私の中では、救済の手段と目的はひとつのものだ」

レッスン318です。「私の中では、救済の手段と目的はひとつのものだ」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。目的とは到達したいと意図、願望する状態、手段とは目的を達成するために必要で役立つ行為、方法、要素です。この世界では通常、弓矢で遠くの的を射るように、目的と手段は別ものです。手段の自己目的化と称される、本来の目的を忘れて本来手段でしかないはずの行動を行うこと自体がいつの間...

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レッスン308「存在する唯一の時間は、この瞬間だけだ」

レッスン308「存在する唯一の時間は、この瞬間だけだ」

レッスン308です。「存在する唯一の時間は、この瞬間だけだ」が今日のテーマです。まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。T13-9 罪悪感の雲のエッセイが参考になると思います。エゴは時間の役目は、過去と未来をひとつに保つことだとみなしています。過去から未来へと進む時間(ここについては、「罪悪感の雲」のエッセイを読んでください)の中では、過去の出来事が前提となって、未来の出来事を左右し、ビリヤードボー...

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レッスン276「神の大いなる言葉が私に与えられているのは、私がそれを語るためだ」

レッスン276「神の大いなる言葉が私に与えられているのは、私がそれを語るためだ」

レッスン276です。「神の大いなる言葉が私に与えられているのは、私がそれを語るためだ」が今日のテーマです。まず、キリストってなに?をご覧ください。「1. What is the Word of God?  神の大いなる言葉とは何だろう。 "My Son is pure and holy as Myself."  それは、『私の子は、私自身と同じく清らかで神聖だ』という言葉だ。 And thus did God become the Father of the Son He loves, for thus was he created.  こ...

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レッスン257「自分の目的が何なのか、私に思い出させてください」

レッスン257「自分の目的が何なのか、私に思い出させてください」

レッスン257です。「自分の目的が何なのか、私に思い出させてください」が今日のテーマです。まず、罪とは何かをご覧ください。神の平安に達するという目的を心に掲げて忘れずにいれば、その手段となる赦し以外の役目は、目的達成を促進するどころか阻害するだけなので、次第に目的と矛盾するものとして、思考と行動から外れてゆくことになります。心に掲げるといっても、日常の忙しさに紛れて、朝、今日1日はこの目的を忘れな...

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T29-6 時間の終わり

T29-6 時間の終わり

テキストから、赦しと時の終焉という一節をご紹介します。神の子は、神と同じく永遠の不死なる存在です。神の子は夢の中で、自分を無数の小さな自己に分裂させて、自他の隔たりという幻想の現れである時間と空間を持つ幻想世界を作り出して、身体というアバターに自己同一化して、死すべき人間として生きています。人間として生きるかぎり、危険と破滅、罪と死、狂気と殺人、悲嘆と喪失の夢に終わりが訪れる見込みはありません。し...

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P intro,1 心理療法(目的、プロセス、そして実践)

P intro,1 心理療法(目的、プロセス、そして実践)

心理療法の「目的、プロセス、そして実践」の序文と1.心理療法の目的をご紹介します。序文の冒頭から、実は、私たちはみんな、幻想である世界を「現実」だと信じ込む狂気に陥っている狂人なので、治療法になりうるのは心理療法のみであるということが語られます。コースに馴染んできている人からすれば、このように言われることにもだいぶ慣れていて違和感がなくなっていると思いますが、はじめてコースに触れる人からすると、カ...

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レッスン236「私は、ただ私だけが支配しなければならない自分の心を支配する」

レッスン236「私は、ただ私だけが支配しなければならない自分の心を支配する」

レッスン236です。「私は、ただ私だけが支配しなければならない自分の心を支配する」が今日のテーマです。まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。私たちは、自分の心の王国を支配する王としての責任を放棄して、臣下にすぎない諸々の願望が次々と私たちが空席にしている王座に座って、各自が好き勝手に暴政を敷くのを容認しています。私たち神の分霊たる魂と心の中の諸々の願望という思考とは精神的な想...

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レッスン226「私の故郷が私を待っている。私は急いで帰郷する」

レッスン226「私の故郷が私を待っている。私は急いで帰郷する」

レッスン226です。「私の故郷が私を待っている。私は急いで帰郷する」が今日のテーマです。レッスンに入る前に、特別解説1「赦しとは何か」をまずご覧ください。今日のレッスンは、何かにハマっている人がそこから抜け出すことを望む状態ならどんなものにもあてはまります。1. もし私がそうすることを選ぶなら、私はこの会社から完全に去ることができる。 この会社を去ることを可能にするのは、解雇されることではなく、仕事...

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レッスン205(レッスン185)

レッスン205(レッスン185)

レッスン205です。今日は、レッスン185の復習です。今日は、「史上最高に面白いファウスト」(ゲーテ原著、中野 和朗翻訳著作 )をご紹介します。岩波文庫版等で途中で挫折した人にもおすすめです。【序文】1.これからの復習では、私たちは毎日ひとつの考えだけを取りあげて、その考えをできるだけ頻繁に実践します。朝と夜に15分以上の時間を捧げるほかに、1日を通して1時間ごとにその日の考えを思い出すだけでなく、そ...

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T27-6 罪の証人

T27-6 罪の証人

今回は、テキストから、罪の証人についての一節をご紹介します。T7-10 苦しいのが気持ちいいってどういうこと?が参考になると思います。苦痛も快楽も、身体が実在し罪は本当にあると証言する証人です。聖霊は、身体が実在しないと知っているので、罪の証人を奇跡によって置き換えます。...

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T24-4 特別であることが素晴らしいってほんと?

T24-4 特別であることが素晴らしいってほんと?

今回はテキスト第二十四章から「特別性 対 無罪性」という一節をご紹介します。特別性は、他者と自分が分離していることを前提に、自分が他者よりも優秀で、他者が自分よりも愚劣であると認識することです。他者が有罪であることは、他者を貶めて相対的に自分が高い位置にあるように思えることなので、特別性は罪を歓迎します。しかし、他者の罪を歓迎し、他者に罪悪感を抱かせ、罪に対する処罰を要求することは、本当はひとつであ...

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T3-2 正しい知覚による奇跡

T3-2 正しい知覚による奇跡

テキストから正しい知覚としての奇跡という一節をご紹介します。奇跡ってなに?が参考になると思います。タイトルの通り、奇跡は、間違った知覚が修正されて正しく知覚することで起こる認識の変化であると捉えることができます。「6. The way to correct distortions is to withdraw your faith in them and invest it only in what is true. 歪みを修正する方法は、あなたが虚構を信じるのをやめて、真実であるものだけを信じる...

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奇跡のコース-生徒のためのワークブック 序文

奇跡のコース-生徒のためのワークブック 序文

Kinoさんからワークブックの取り組み方の形式についてご質問をいただきました。Kinoさん、コメントどうもありがとうございました。「15分とか時間指定のあるワークショップは、多少嗜んだことのある坐禅のやり方に準じて行うようにしていますが(声は未だ聞こえず)、各々のやりたい形で取り組めば良いですか?acimの推奨型とかはあるんでしょうか。」長いほうの実習は、心を静めて行った方が望ましいので、よい方法だとおもいます...

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レッスン29「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」

レッスン29「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」

レッスン29です。今日のテーマは「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」です。今日の考え方は、明らかに汎神論的な宣言です(”pantheism”は、万物は神の現れであり、万物に神が宿っており、一切が神そのものであるとする宗教・哲学観。ちなみに、汎「神」論ではなく汎「心」論”panpsychism”は、生物・無生物に関係なく万物に心があるとする宗教・哲学観)。コースを学ばれている方には、神はこの幻想世界を創造しなかったし、...

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    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
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    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
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    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
    ┣  レッスン1〜10 (10)
    ┣  レッスン11〜20 (10)
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    ワークブック・パート② (158)
    ┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
    ┣  レッスン221〜230 (10)
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