There Is No Spoon

T26-7 癒しの法則

T26-7 癒しの法則

今回は、テキスト第二十六章から「癒しの法則」という一節をご紹介します。すべての病気は分離を起源とする罪という想念から生じるので、分離が否認されれば、病気をもたらしていた罪という想念が癒されて正気に取って代わられるので、病気は消え去ります。病気という結果の原因は罪ですが、この因果関係に理性の光が当たって原因と結果と見抜かれないままになるよう注意深く温存されるように、その関連性は自覚から隠されたまま保...

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T3-4 誤りとエゴ

T3-4 誤りとエゴ

今回は、テキスト第三章から「誤りとエゴ」という一節をご紹介します。本節では、人間の意識について語られます。「2. Consciousness, the level of perception, was the first split introduced into the mind after the separation, making the mind a perceiver rather than a creator. 意識という知覚のレベルは分離以後に心の中に取りこまれた最初の分裂でした。この意識が、心を創造するものではなく、知覚するものに変えて...

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T1-5 完全さと霊

T1-5 完全さと霊

今回は、テキスト第一章から「完全さと霊」という一節をご紹介します。私たちの本当の姿は、大いなる霊である神の子です。それは、偉大な光源である神の拡張としての光であり、子の役目は、光を拡張し、万物を創造することです。そんな神の子が分離幻想という狂気に陥って、自分が光源である神から分離した独立した存在だと信じることで、神から授かった無限の創造力が誤って作用して、とてつもない規模の妄想世界が生み出されまし...

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T25-3 知覚と選択

T25-3 知覚と選択

今回は、テキスト第二十五章から「知覚と選択」という一節をご紹介します。4.については「4. There is another Maker of the world, the simultaneous Corrector of the mad belief that anything could be established and maintained without some link that kept it still within the laws of God; not as the law itself upholds the universe as God created it, but in some form adapted to the need the Son of God believ...

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T28-5 恐怖の夢に代わるもの

T28-5 恐怖の夢に代わるもの

今回はテキスト第二十八章から、「恐怖の夢に代わるもの」をご紹介します。1.「God is the Alternate to dreams of fear. 神こそが恐怖の夢の代わりになってくれる大いなる存在です。」神が恐怖の夢の代わりになってくれて、恐怖の夢の代わりに真の世界という幸せな夢で置き換えてくれます。これが救済の達成であり、贖罪の成就であり、復活であり、最後の審判です。最後の幻想である真の世界に到達したあとは、最後の一歩を神が...

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T13-8 知覚から知識へ

T13-8 知覚から知識へ

今回は、テキスト第十三章から、「知覚から知識へ」をご紹介します。コースでは、知覚については詳細に語られますが、知識についてはまったくといってよいほど語られることはありません。「11. This course will lead to knowledge, but knowledge itself is still beyond the scope of our curriculum. このコースは知識へと導きはしますが、知識それ自体は、なおも私たちの学ぶカリキュラムで扱う範囲を越えるものです。」(T28...

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T21-5 理性の働き

T21-5 理性の働き

今回は、テキスト第二十一章から「理性の働き」という一節をご紹介します。2. の”But never believe because it is your faith it makes reality.”の意味がわかりにくいです。”never believe”の直後には対象となる単語がありませんが、”it is your faith it makes reality.”の文章を強引に分割しようと思えば、”it is your faith”と”it makes reality.”に切り分けることもできるので、”never believe”の対象を ”it makes reality.”...

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T1-3 贖罪と奇跡

T1-3 贖罪と奇跡

今回はテキスト第一章から贖罪と奇跡についての一節をご紹介します。1.「As you share my unwillingness to accept error in yourself and others, you must join the great crusade to correct it; listen to my voice, learn to undo error and act to correct it. あなたやほかの者たちが自分が何者か誤解したままでいることを断じて容認しない私の思いにあなたが共鳴するなら、きっとあなたはこの誤解を正す偉大な改革に加わ...

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T14-7 聖霊と知覚を共有する

T14-7 聖霊と知覚を共有する

今回はテキスト第十四章から、聖霊と知覚を共有することについての一節をご紹介します。聖霊の知覚はキリストのヴィジョンです。T12-6 キリストのヴィジョン、レッスン271「今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ」が参考になると思います。キリストのヴィジョンには、実在するものだけが、つまり、神の子自身が見えています。神が創造したのは神の子だけであり、神の子は万物を所有しているだけでなく、万物そのものでもあり...

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T3-5 知覚の超越

T3-5 知覚の超越

今回はテキスト第三章から、知覚の超越という一節をご紹介します。本節では、"create" 「創造」と"make"「作り出すこと」の相違について説明されます。神の現実においては、光源である光の拡張として創造された神の子は、父と同じように光を拡張して創造することがその役割です。これに対して、分離幻想を抱くことで罪を犯したと信じて罪悪感を抱き、処罰の恐怖の暗雲で光である自分自身を包み込んでしまった神の子は、光の拡張と...

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T7-7 王国の全体性

T7-7 王国の全体性

今回は、テキスト第七章から王国の全体性という一節をご紹介します。1.の次の文章はとても重要です。「Denial has no power in itself, but you can give it the power of your mind, whose power is without limit. 否認することそれ自体には何の力もありません。しかし、あなたは、限界のない自分の心の力を否認に与えることができます。 If you use it to deny reality, reality is gone for you. もしあなたが自分の無限の...

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T26-10 不正の終わり

T26-10 不正の終わり

今回は、テキスト第二十六章から不正の終わりという一節をご紹介します。前節までに、他者との間に保とうとする隔たりが時間と空間を生み出し、キリストの顔に影を落として、キリストの顔を見えなくして神を思い出せなくするということが語られました。本節では、私たちがこの隔たり、影を取り除いて、キリストと神が臨在することに気づくためになすべきことが語られます。それは、攻撃が正当化される場合と攻撃が不正で許されない...

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T16-3 教えの報い

T16-3 教えの報い

テキスト第十六章から教えの報いという一節をご紹介します。コースは 教えることは、手本となって実証することであり、教えることは学ぶことに等しいと言います。「The course, on the other hand, emphasizes that to teach < is > to learn, so that teacher and learner are the same. これに対して、このコースは教えることは学ぶことと『同義』であり、それゆえ、教師と生徒は同じであると力説します。 It also emphasizes...

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T12-3 現実への投資

T12-3 現実への投資

今回は、テキスト第十二章から、現実への投資という一節をご紹介します。"Investment"には、投資という意味があります。投資とは、見返りを得るために資本、元手を投下することです。本節での投資は、救済という見返りを期待して思いを注ぎ込むことというニュアンスになります。そして、救済をどのようなものとして捉えるかによって、投資の対象が変わることになります。この質問は二段構えになっていて、①何が救われるべきか、②ど...

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T15-9 神聖な瞬間と神の魅力

T15-9 神聖な瞬間と神の魅力

今回はテキストから、「神聖な瞬間と神の魅力」という一節をご紹介します。「1. As the ego would limit your perception of your brothers to the body, so would the Holy Spirit release your vision and let you see the Great Rays shining from them, so unlimited that they reach to God. エゴがつねに、あなたが自分の兄弟たちを身体としてしか知覚できないよう制限するのに対して、聖霊はいつでも、あなたのヴィジョン...

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T19-4Ai 平安への障害1−2

T19-4Ai 平安への障害1−2

今回は、テキスト第十九章、4の平安への障害から、罪悪感の魅力についての一節をご紹介します。本節では、エゴが使役する恐れの使者と聖霊の遣わす愛の使者が出てきます。いずれの使者も知覚という同じ作用ですが、エゴという主人に仕えるか、聖霊という主人に仕えるかによって、まったく別の存在となります。恐れの使者は、五感によって分離と死や恐怖という実在の影である幻想を知覚する作用を恐怖心によって厳しく調教された猟...

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レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351です。「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。ひとつ前のレッスンでも、神の子が神を思い出して救済を達成するためには赦しがその鍵となることが示されていました。そして、ひとつ前のレッスンのエッセイで述べたように、赦しは兄弟抜きにひ...

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レッスン346「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」

レッスン346「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」

レッスン346です。「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。本当にあるのは天国に実在する愛だけです。この大いなる愛は神であり、光であり、生命であり、平安であり、永遠の神聖さです。分離が真実だという錯覚によって生まれたこの世界は幻の世界ですが、愛の不在である恐れや生命の不在である死のような、実在の不在で...

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レッスン336「赦しが、個々の心はひとつに結びついていることを、私にわからせてくれる」

レッスン336「赦しが、個々の心はひとつに結びついていることを、私にわからせてくれる」

レッスン336です。「赦しが、個々の心はひとつに結びついていることを、私にわからせてくれる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。レッスン228「神は私を咎めたことはない。私もこれ以上は咎めないことにする」のエッセイで、個々の心を凍結した湖の湖面に空いた穴に喩えました。一体であることがこの世界の実相であるがゆえに、本当はひとつに結ばれているのに、一見したところ個別に分離している...

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レッスン335「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」

レッスン335「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」

レッスン335です。「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。私たちの本質は、天国に神とともにいる神の子です。この神の子が分離幻想を抱いて自らを無数に分裂させて幻想世界の中に散らばらせて壮大な解離性同一性障害に陥った状態がこの世界であり、その多重人格の一人ひとりが私たちです。私たちは、自分が本当は神の子であることを忘れ、自分たちアバターが...

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レッスン314「私は、過去とは違う未来を求める」

レッスン314「私は、過去とは違う未来を求める」

レッスン314です。「私は、過去とは違う未来を求める」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。旧来の知覚は、過去の罪が未来を処罰で束縛して、過去から未来へと連続する時間の再生を確立し、未来は過去と同じものとなります。新たな知覚によって、現在が解放され、過去の間違いが未来を規定することはなくなり、未来は現在の拡張でしかなくなります。...

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レッスン312「私はあらゆる物事を自分がそう見たいように見ている」

レッスン312「私はあらゆる物事を自分がそう見たいように見ている」

レッスン312です。「私はあらゆる物事を自分がそう見たいように見ている」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。幻想を見るために作り出されたがゆえに、知覚には価値判断に従って私たちの願望に奉仕する作用しか果たせません。そのため、私たちは、見ようとするもの、見ることを選択したものを必ず見ることになります。この知覚の仕組みは、エゴに従うかぎりはエゴに奉仕しますが、聖霊に委ねれば、...

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レッスン304「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」

レッスン304「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」

レッスン304です。「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」が今日のテーマです。まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。「What you project or extend is real for you. あなたが投影したり拡張したりするものは、あなたにとっての現実となります。 This is an immutable law of the mind in this world as well as in the Kingdom. あなたが投影したり拡張するものがあなたの現実となるという...

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レッスン300「この世界が持ちこたえるのは、ほんの一瞬でしかない」

レッスン300「この世界が持ちこたえるのは、ほんの一瞬でしかない」

レッスン300です。「この世界が持ちこたえるのは、ほんの一瞬でしかない」が今日のテーマです。まず、真の世界とは何かをご覧ください。「6. The working out of all correction takes no time at all. すべての修正を成し遂げること自体には、少しも時間はかかりません。 Yet the acceptance of the working out can seem to take forever. しかし、修正が完了していることを受け入れるには、永遠の時を要するように思えま...

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レッスン292「すべての物事に幸福な結末が訪れるのは間違いない」

レッスン292「すべての物事に幸福な結末が訪れるのは間違いない」

レッスン292です。「すべての物事に幸福な結末が訪れるのは間違いない」が今日のテーマです。まず、真の世界とは何かをご覧ください。私たちは、どうしても自分の力で独立して人生を切り開いて目標を達成したいという思いに駆られます。それほど自分の思い通りに生きたい、自分の人生、生き方を自分で決定したいという欲求は強いものです。この欲求は、私たちの本質である生命、神の子の自由意志の発露であり、決して無意義なも...

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W2ST-8.真の世界ってなに?

W2ST-8.真の世界ってなに?

ワークブックパート2から「真の世界とは何か」をご紹介します。キリストのヴィジョン、T13-7 真の世界の幕開け、T16-6 真の世界への架け橋、T18-9 ふたつの世界が参考になると思います。真の世界は、依然として実在する天国ではなく、天国の実在を反映する幻想世界ではあるものの、この世界のように、実在を反映するに際して生じていた、恐れ、死、葛藤、等々といった影、闇が一切なくなって実在する属性のみが反映される世界であ...

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レッスン284「私には、傷つける思考すべてを変える選択ができる 」

レッスン284「私には、傷つける思考すべてを変える選択ができる 」

レッスン284です。「私には、傷つける思考すべてを変える選択ができる」が今日のテーマです。まず、聖霊とは何かをご覧ください。私たちは、真理から逃れて虚構からなる幻想世界を作り出してその中の生物になりきって生きています。望んで偽りの中に安住している者にとっては、真理は自分の安寧を脅かす敵であり、真理が真実だからといって受容されるわけではないし、むしろ、受け入れたくないものであるがゆえに、真理のほうこ...

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レッスン270「私は今日、肉眼を用いないことにする」

レッスン270「私は今日、肉眼を用いないことにする」

レッスン270です。「私は今日、肉眼を用いないことにする」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。少し前のレッスン265では、見えるものは思考の反映であるということが述べられていました。「What is reflected there is in God's Mind.  世界に反映されているものは、神の大いなる心の中にある。 The images I see reflect my thoughts.  私の見る光景は、私の思いの反映だ。」(レッスン265「私に...

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レッスン265「私に見えるのは、創造物の優しさだけだ」

レッスン265「私に見えるのは、創造物の優しさだけだ」

レッスン265です。「私に見えるのは、創造物の優しさだけだ」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。私たちがエゴに従って自他が分離している世界を見ていたときには、罪は実在し、自分の罪悪感を恐怖によって他者に投影し、他者を非難、攻撃し、他者が自分を非難し攻撃する残酷な世界が見えていました。「What is reflected there is in God's Mind.  世界に反映されているものは、神の大いなる心の中にある...

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レッスン262「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」

レッスン262「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」

レッスン262です。「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」という今日のテーマのいう「相違」をどのように捉えるかが今日のレッスンではとても重要です。これは、この世界にある多様性を全否定して、各自の個性や役割も否定して相違を知覚しないようにせよという意味でしょうか。ひとつ前のレッスン26...

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W2ST-4.罪ってなに?

W2ST-4.罪ってなに?

レッスン251からのSpecial Thoughtは「罪とは何か」です。罪とは、神の子に分離幻想をリアルに知覚させて世界が存続するようにさせる仕組みの中核概念です。罪は取り返しのつかない修正不能な誤りがあるという観念であり、一度罪を犯したが最後、罪人には消すことのできない烙印が押されることになります。罪は時間という幻想とタッグを組むことで、分離した個別の心たちに、過去の罪を悔い、現在は罪悪感を味わい、未来の処罰...

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レッスン243「今日、私は、何が起ころうとも、価値判断しないことにする」

レッスン243「今日、私は、何が起ころうとも、価値判断しないことにする」

レッスン243です。「今日、私は、何が起ころうとも、価値判断しないことにする」が今日のテーマです。まず、世界とは何かをご覧ください。M10 価値判断の重圧から解放されるには?、「最後の審判」って恐ろしいものなの?(テキスト 第三章 VI. Judgement and the Authority Problem 六 価値判断と権威問題)と正義とは何かが価値判断に関する記事ですので、あわせて読んでいただければと思います。「1. I will be honest w...

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レッスン236「私は、ただ私だけが支配しなければならない自分の心を支配する」

レッスン236「私は、ただ私だけが支配しなければならない自分の心を支配する」

レッスン236です。「私は、ただ私だけが支配しなければならない自分の心を支配する」が今日のテーマです。まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。私たちは、自分の心の王国を支配する王としての責任を放棄して、臣下にすぎない諸々の願望が次々と私たちが空席にしている王座に座って、各自が好き勝手に暴政を敷くのを容認しています。私たち神の分霊たる魂と心の中の諸々の願望という思考とは精神的な想...

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レッスン198「ただ私が非難することだけが私を傷つける」

レッスン198「ただ私が非難することだけが私を傷つける」

レッスン198です。「ただ私が非難することだけが私を傷つける」が今日のテーマです。神の子は不死なる存在なので、傷つくことなどできません。そして、神の子は自由なので、囚われの身になることなどできません。しかし、妄想が作り上げる幻想世界では、思う存分、勘違い、錯覚し放題なので、本来ありえない状態になることができます。だから、この世界では、自他が分離していると錯覚できるし、自分や他者は死にゆく脆弱な生き...

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レッスン196「私には自分自身を磔にすることしかできない」

レッスン196「私には自分自身を磔にすることしかできない」

レッスン196です。「私には自分自身を磔にすることしかできない」が、今日のテーマです。エゴの生存戦略は、争い事やトラブルや不幸といったマイナスの出来事による混乱ぶりをアピールして注目を集めようとする、いわゆる「炎上商法」です。エゴは観客となる神の子の分裂した魂たちが、エゴの上演する劇の主人公に感情移入して同一化してくれることで、偽りの生命を得て存続しています。この世界は神の子を幽閉するための牢獄で...

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レッスン195「愛こそが、私が感謝しながら歩む道だ」

レッスン195「愛こそが、私が感謝しながら歩む道だ」

レッスン195です。「愛こそが、私が感謝しながら歩む道だ」が今日のテーマです。レッスンの冒頭から、世界を誤解する者にとって感謝することを学ぶのは困難な課題であり、彼らにできるは、他者が自分よりも苦境にあるのを見て、それと比較して自分は他人よりもましだと思って満足することくらいだということが語られます。自分よりも恵まれない他者に想いを馳せて足ることを知り謙虚な気持ちを忘れないということはエゴとしての...

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レッスン193「すべてのことは、神が私に学ばせようとするレッスンだ」

レッスン193「すべてのことは、神が私に学ばせようとするレッスンだ」

レッスン193です。「すべてのことは、神が私に学ばせようとするレッスンだ」が今日のテーマです。神が私たちに学ばせようとしている優しさに溢れるレッスン、すべてのレッスンに通じる中核のレッスンは次のようなものだと述べられます。3.「It is this: その中身とはこれです。Forgive, and you will see this differently.赦しなさい。そうすれば、あなたはこのことを違ったように見るでしょう。」赦しがすべての試練や苦難...

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レッスン190「私は、苦痛の代わりに神の喜びを選択する」

レッスン190「私は、苦痛の代わりに神の喜びを選択する」

レッスン190です。「私は、苦痛の代わりに神の喜びを選択する」が今日のテーマです。このテーマを見て、苦痛よりも喜びを選ぶ、そんなの当たり前じゃないか?と誰もが思うはずです。生きるうえで苦痛は避けることができないものなのであって、自分ですき好んで苦痛を選んでいるわけじゃないと。T7-10 苦しいのが気持ちいいってどういうこと?が参考になると思います。エゴという錯覚が本来ありもしない苦痛を生み出します。人体...

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T3-3 知覚と知識ってどう違うの?

T3-3 知覚と知識ってどう違うの?

今回はテキスト第三章から、知覚と知識について述べる一節をご紹介します。一般的な用語としての「知識」は、物事を認識することによって得られた成果を指し、外部から取り込まれた情報を活用できる形で体系的に身につけた観念のことを意味します。これに対して、コースでいう知識は、知識を持つ主体が神の子であることから、一般的な語法とは相違が出てきます。神の子はもともと神に完全に創造されているので、知識を得たり失った...

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W2ST-3.世界ってなに?

W2ST-3.世界ってなに?

ワークブックパート2から、「世界とは何か」をご紹介します。奇跡のコースはつねに「世界」について語っています。この世界は、神の子である本当の私たちが、神から離れて神が入り込めない場所にするつもりで作り出した幻であり、分離という誤った思いを源とする夢でしかないので、神の子が眠り込んで、分離という間違った想念を抱いている間しか存続できません。知識である神に対する攻撃として知覚が誕生し、真理を覆い隠して、...

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T5-3 ガイド選び、間違ってませんか?

T5-3 ガイド選び、間違ってませんか?

今回はテキスト第五章から「救いへのガイド」という一節をご紹介します。「1. The way to recognize your brother is by recognizing the Holy Spirit in him. あなたの兄弟の真価を認識するための方法は、その兄弟の中に聖霊を認識することです。」4.「If you make the mistake of looking for the Holy Spirit in yourself alone your thoughts will frighten you because, by adopting the ego's viewpoint, you are undertaki...

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T3-2 正しい知覚による奇跡

T3-2 正しい知覚による奇跡

テキストから正しい知覚としての奇跡という一節をご紹介します。奇跡ってなに?が参考になると思います。タイトルの通り、奇跡は、間違った知覚が修正されて正しく知覚することで起こる認識の変化であると捉えることができます。「6. The way to correct distortions is to withdraw your faith in them and invest it only in what is true. 歪みを修正する方法は、あなたが虚構を信じるのをやめて、真実であるものだけを信じる...

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T15-10 再生のときは今

T15-10 再生のときは今

テキスト第十五章から「再生の時」をご紹介します。5. 「When you are willing to regard them, not as separate, but as different manifestations of the same idea, and one you do not want, they go together. しかし、そんな恐れのとるさまざまな姿は別々のものではなく、単に同一の想念が異なった形で現われているだけで、その想念を自分が望まないものだとみなす気になったなら、それらの多様な恐れの姿はすべて一緒に消...

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T21-4 怖がらないで覗きこんじゃっていいんです!

T21-4 怖がらないで覗きこんじゃっていいんです!

テキスト第二十一章から、「内面を見ることに対する恐れ」をご紹介します。私たちは、自分は罪深いと思っているので、自分の内面をみつめて、そこにあるはずの罪に直面することを恐れています。このことであれば、私たちは恐れることなく認めるし、エゴも諸手を挙げて賛同します。私たちが罪を信仰することでエゴの神殿は確立し、エゴは安泰でいられるからです。しかし、自分の内面に罪があるはずだというのは、私たちが恐れの源だ...

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T7-9 王国の拡張

T7-9 王国の拡張

テキスト第七章から王国の拡張という一節をご紹介します。1.「Selfishness is of the ego, but Self-fullness is of spirit because that is how God created it. エゴに支配されると利己的になります。しかし、霊が支配するなら、真の自己に満足します。なぜなら、大いなる自己で満たすという方法で神は霊を創造したからです。」コースに限らず、エゴ、利己主義は煙たがられる嫌われ者です。だれもがエゴイストであるにもかかわ...

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T1-7 妄想の生まれてくる過程

T1-7 妄想の生まれてくる過程

テキスト第一章から、奇跡への衝動の歪曲という一節をご紹介します。この節では、ヴィジョンが歪曲されて空想、妄想が生じる仕組みが解き明かされます。後半では、コースの学習における基礎固めの重要性についても語られます。2.「You can use your body best to help you enlarge your perception so you can achieve real vision, of which the physical eye is inapable. あなたは、自分の身体を自分の知覚力を拡大する助けと...

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レッスン130「ふたつの世界を見ることは不可能だ」

レッスン130「ふたつの世界を見ることは不可能だ」

レッスン130です。今日のテーマは「ふたつの世界を見ることは不可能だ」です。T18-9 ふたつの世界が参考になると思いますので、御覧ください。「The real and the unreal are all there are to choose between, and nothing more than these. 選べるのは実在するものと実在しないものだけであり、これ以外には何も選べません。6. Today we will attempt no compromise where none is possible. 今日、私たちは、妥協の余地の...

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W2ST-13.奇跡ってなに?

W2ST-13.奇跡ってなに?

今回は、ワークブックパート2特別解説から、「奇跡とは何か」をご紹介します。奇跡の原理が参考になると思います(できれば、「奇跡の原理」は何度も何度も読み返していただきたいものです)。"Miracle"の訳語、「きせき」には、「奇蹟」と「奇跡」の漢字があてられ、奇跡には常識では起こりえない不思議な出来事という意味が、奇蹟には、神の意志と力による奇跡という意味合いが込められ、仏教でいう「霊験」に近い意味合いを持...

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T21-Intro 世界を変える

T21-Intro 世界を変える

テキスト 第二十一章 理性と知覚の序論をご紹介します。以前にchange the worldで、この序文を紹介していますが、英文つきでの再掲載です。この節では、この世界は、自分の心の内面を投影した幻想を知覚することでしかなく、私たちは、自分の思うような世界を知覚しているということが述べられます。だから、地獄のような世界が見えているとすれば、それは自分がエゴに従って、自分や他者や世界を罪深いものとして攻撃して神の子...

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T13-4 時間の機能をシフトさせる

T13-4 時間の機能をシフトさせる

テキストの第十三章から「時間の役割」についての一節をご紹介します。エゴは、過去のつけを未来に払う、または、過去の投資の成果を未来に期待する、という形で過去と未来をつないで、現在を過去を未来に運ぶ単なる変わり目として閉ざすことで、私たちを時間の中に閉じ込めるための手段として時間を用います。これに対して、聖霊は、時間の目的は、時間の必要性そのものを無用にする点にあると解釈し、無限へと拡張することができ...

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    未分類 (11)
    奇跡のコース (6)
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    ネット (1)
    テキスト (262)
    ┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
    ┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
    ┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
    ┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
    ┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
    ┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
    ┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
    ┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
    ┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
    ┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
    ┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
    ┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
    ┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
    ┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
    ┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
    ┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
    ┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
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