There Is No Spoon

W2ST-7.聖霊ってなに?

W2ST-7.聖霊ってなに?

ワークブックパート2から、聖霊とは何かをご紹介します。用語解説の「聖霊」を参照ください。「5. Accept your Father’s gift.  あなたの父からの贈り物を受け入れてください。 It is a call from Love to Love, that It be but Itself.  父からあなたへの贈り物は、ただ愛そのものであれ、という大いなる愛から大いなる愛への呼びかけです。」神から私たちへの贈り物が聖霊です。それは、ただ愛のみであるすべてを持ち全てで...

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W2ST-6.キリストってなに?

W2ST-6.キリストってなに?

ワークブックパート2から6「キリストとは何か」をご紹介します。キリストとはあなたのことです!が参考になると思います。キリストとは神の子のことです。神の子は、解離性同一性障害を患って天国で眠り込み、夢の中でこの幻想世界を作り出し、自らを無数に分裂させて多重人格である私たちを生み出しているので、本来、天国では無用の概念である、ばらばらに分裂した神の子の本来あるべき統一状態を指す"Sonship"という概念がこの...

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ワークブック・エピローグ

ワークブック・エピローグ

ワークブックのエピローグです。お疲れさまでした!1日1レッスンの原則をちゃんと守ってこられた方はもちろん、まとめ読みをした方も、得るところはあったはずです。奇跡のコースは、1回読了したらそれでお終いという本ではありません。ワークブックをやり遂げたみなさんなら、多少は実感されていると思いますが、コースの思考体系は、この世界の物事、問題を快刀乱麻を断つがごとくにバッサバッサと解決してしまう痛快さを備え...

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レッスン361から365「この神聖な瞬間を私はあなたに捧げようと思います。あなたが舵取りしてください。というのも、私は、あなたの導きが私に平安を与えてくれると確信して、あなたに従うつもりだからです」

レッスン361から365「この神聖な瞬間を私はあなたに捧げようと思います。あなたが舵取りしてください。というのも、私は、あなたの導きが私に平安を与えてくれると確信して、あなたに従うつもりだからです」

レッスン361から365です。「この神聖な瞬間を私はあなたに捧げようと思います。あなたが舵取りしてください。というのも、私は、あなたの導きが私に平安を与えてくれると確信して、あなたに従うつもりだからです」が今日からのレッスンです。これから5日間、同じレッスンの同じ文章を毎日読むことになりますが、それを契機とする日々の体験はさまざまなものとなるでしょう。...

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最終レッスン

最終レッスン

ワークブックも残りわずかになりました。ここまで継続されたみなさん、ほんとうによく挫けずに継続されました!はっきり言って、ワークブックをやり遂げること自体、なかなかできるものではありません。途中でやめたくなるようなさまざまな誘惑にさらされてこられたことでしょう。ここまで来れたこと自体、誇らしいことだと自信を持ってください。もっとも、レッスンはもうすぐ終わるというのに、おそらくワークブックを1回読み終...

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レッスン360「聖なる神の子である私に平安が訪れますように。私とひとつである私の兄弟に平安が訪れますように。私たちを通して、全世界が平安によって祝福されますように」

レッスン360「聖なる神の子である私に平安が訪れますように。私とひとつである私の兄弟に平安が訪れますように。私たちを通して、全世界が平安によって祝福されますように」

レッスン360です。「聖なる神の子である私に平安が訪れますように。私とひとつである私の兄弟に平安が訪れますように。私たちを通して、全世界が平安によって祝福されますように」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。1.「I am Your Son, forever just as You created me, for the Great Rays remain forever still and undisturbed within me.  私はあなたの子であり、永遠にまさにあなたが私を創造して...

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レッスン359「神の答えは、何らかの形で平安をもたらします。あらゆる苦痛は癒され、すべての悲惨さは喜びに置き換えられます。牢獄の扉はすべて開け放たれます。そして、どんな罪も単にひとつの間違いでしかないと理解されます」

レッスン359「神の答えは、何らかの形で平安をもたらします。あらゆる苦痛は癒され、すべての悲惨さは喜びに置き換えられます。牢獄の扉はすべて開け放たれます。そして、どんな罪も単にひとつの間違いでしかないと理解されます」

レッスン359です。「神の答えは、何らかの形で平安をもたらします。あらゆる苦痛は癒され、すべての悲惨さは喜びに置き換えられます。牢獄の扉はすべて開け放たれます。そして、どんな罪も単にひとつの間違いでしかないと理解されます」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。1.「And we rejoice to learn that we have made mistakes which have no real effects on us.  だから、私たちは、次のことを学べ...

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レッスン358「神への呼びかけが、聞き入れられなかったり、答えられないままになることは一切ありません。そして、次のことを私は確信できます。それは、神の答えこそ、私が本当に望む答えだということです」

レッスン358「神への呼びかけが、聞き入れられなかったり、答えられないままになることは一切ありません。そして、次のことを私は確信できます。それは、神の答えこそ、私が本当に望む答えだということです」

レッスン358です。「神への呼びかけが、聞き入れられなかったり、答えられないままになることは一切ありません。そして、次のことを私は確信できます。それは、神の答えこそ、私が本当に望む答えだということです」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。私たちは、神が私たちのようなちっぽけな存在のことを気にかけたりするはずがないし、仮に神にその気があっても、私たちの望みや呼びかけを聞き入れように...

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レッスン357「真理は、私たちが神に求める一つひとつの呼びかけに答えてくれます。真理は、最初は奇跡をもって応え、それから、真理そのものとなるために私たちの許へと戻ってきます」

レッスン357「真理は、私たちが神に求める一つひとつの呼びかけに答えてくれます。真理は、最初は奇跡をもって応え、それから、真理そのものとなるために私たちの許へと戻ってきます」

レッスン357です。「真理は、私たちが神に求める一つひとつの呼びかけに答えてくれます。真理は、最初は奇跡をもって応え、それから、真理そのものとなるために私たちの許へと戻ってきます」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。「What you project or extend is real for you. あなたが投影したり拡張したりするものは、あなたにとっての現実となります。 This is an immutable law of the mind in this ...

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レッスン356「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」

レッスン356「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」

レッスン356です。「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。T26-7 癒しの法則が参考になると思います。実在するのは愛のみであり、愛の対概念は愛の不在に名前をつけた恐れです。実在する一者である大いなる愛を多様な側面から見ることで、切り取り方によって多様な側面があり、その切り口次第で、神...

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レッスン355「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」

レッスン355「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」

レッスン355です。「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。ワークブックでは、今日のレッスンと同じように、つねに救済が「今日」達成されると語ってきました。救済はすでに成就しており、私たちは記録媒体に保管されている動画ファイルを...

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レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354です。「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。テキストの最初のほうで、イェシュアは次のように語ります。「There is nothing about me that you cannot attain. 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつ...

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レッスン353「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」

レッスン353「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」

レッスン353です。「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。P2-IV 病気のプロセスのエッセイが参考になると思います。自分を怒らせる他者は自分が振り上げた剣を振り下ろして自分と一緒に相手を幽閉するか剣を背けて一緒に解放するか機会を与えてくれる救...

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レッスン352「裁きと愛とは正反対です。裁きからは、この世界のあらゆる悲しみが生じます。しかし、愛からは、神自身の平安が訪れます」

レッスン352「裁きと愛とは正反対です。裁きからは、この世界のあらゆる悲しみが生じます。しかし、愛からは、神自身の平安が訪れます」

レッスン352です。「裁きと愛とは正反対です。裁きからは、この世界のあらゆる悲しみが生じます。しかし、愛からは、神自身の平安が訪れます」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。今日のテーマでは、裁きと愛が対置されています。裁きは物事の価値判断を行う心理作用であり、「なす」ことであるのに対して、(愛には「愛する」という動詞の意味もありますが)愛は他者と自分がひとつに結びついている一体性...

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レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351です。「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。ひとつ前のレッスンでも、神の子が神を思い出して救済を達成するためには赦しがその鍵となることが示されていました。そして、ひとつ前のレッスンのエッセイで述べたように、赦しは兄弟抜きにひ...

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レッスン350「奇跡は、神の永遠の大いなる愛を反映します。奇跡を差し延べることは、神を思い出すことであり、神を思い出すことを通してこの世界を救うことです」

レッスン350「奇跡は、神の永遠の大いなる愛を反映します。奇跡を差し延べることは、神を思い出すことであり、神を思い出すことを通してこの世界を救うことです」

レッスン350です。「奇跡は、神の永遠の大いなる愛を反映します。奇跡を差し延べることは、神を思い出すことであり、神を思い出すことを通してこの世界を救うことです」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。1.「Your memory depends on his forgiveness.  あなたを思い出せるかどうかは、神の子の赦しにかかっています。 What he is, is unaffected by his thoughts.  神の子が何を思うかによって、...

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レッスン349「今日こそ、私が、自分の目にするすべての物事をキリストのヴィジョンで見て、すべての物事の価値を裁くことなく、代わりに、その一つひとつに愛という奇跡を与えられますように」

レッスン349「今日こそ、私が、自分の目にするすべての物事をキリストのヴィジョンで見て、すべての物事の価値を裁くことなく、代わりに、その一つひとつに愛という奇跡を与えられますように」

レッスン349です。「今日こそ、私が、自分の目にするすべての物事をキリストのヴィジョンで見て、すべての物事の価値を裁くことなく、代わりに、その一つひとつに愛という奇跡を与えられますように」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」、レッスン277「私が自分で作り出し...

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レッスン348「私には怒ったり恐れたりするいかなる理由もありません。というのも、あなたが私を包みこんでくれているからです。そして、私が知覚するすべての必要について、あなたの恵みが私を満たしてくれます」

レッスン348「私には怒ったり恐れたりするいかなる理由もありません。というのも、あなたが私を包みこんでくれているからです。そして、私が知覚するすべての必要について、あなたの恵みが私を満たしてくれます」

レッスン348です。「私には怒ったり恐れたりするいかなる理由もありません。というのも、あなたが私を包みこんでくれているからです。そして、私が知覚するすべての必要について、あなたの恵みが私を満たしてくれます」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。このサイトでは、"truth"を「真理」、"true"を「真実」と訳して区別しています。「真実」は、特定の人物や個別の状況や物事限定の局面における偽...

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レッスン347「怒りは、必ず価値判断して裁くことから生じる。価値判断こそ、奇跡を自分から遠ざけたままにしておくために、私が自分自身に対して用いようとする武器なのだ」

レッスン347「怒りは、必ず価値判断して裁くことから生じる。価値判断こそ、奇跡を自分から遠ざけたままにしておくために、私が自分自身に対して用いようとする武器なのだ」

レッスン347です。「怒りは、必ず価値判断して裁くことから生じる。価値判断こそ、奇跡を自分から遠ざけたままにしておくために、私が自分自身に対して用いようとする武器なのだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。T6-intro,1 キリストの十字架刑の真の意味とは?、M20 平安をどのように見出し、そして、保つことができるのかが参考になると思います。奇跡は、赦しによって、神の平安に包まれた創造...

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レッスン346「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」

レッスン346「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」

レッスン346です。「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。本当にあるのは天国に実在する愛だけです。この大いなる愛は神であり、光であり、生命であり、平安であり、永遠の神聖さです。分離が真実だという錯覚によって生まれたこの世界は幻の世界ですが、愛の不在である恐れや生命の不在である死のような、実在の不在で...

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レッスン345「私は今日、奇跡だけを与えることにする。というのも、私はその奇跡を自分の許へと戻してもらうつもりだからだ」

レッスン345「私は今日、奇跡だけを与えることにする。というのも、私はその奇跡を自分の許へと戻してもらうつもりだからだ」

レッスン345です。「私は今日、奇跡だけを与えることにする。というのも、私はその奇跡を自分の許へと戻してもらうつもりだからだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。昨日のレッスンの愛の法によって、私たちが兄弟に与えるものは自分自身への贈り物となります。今日のレッスンは、この与えるものとして、奇跡だけを与えられるようにとの祈りです。「私はその奇跡を自分の許へと戻してもらうつもりだ...

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レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」

レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」

レッスン344です。「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。エゴの法則では、自他分離を前提とするので、「私が与えることによって兄弟が私から受け取る贈り物を私は失う」ということになります。これが錯覚であることは、これまでのレッスンで何度も繰り返してきたので、十分理屈ではわかってい...

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レッスン343「私は、神の慈悲と平安を見出すために犠牲を払うことを求められてはいない」

レッスン343「私は、神の慈悲と平安を見出すために犠牲を払うことを求められてはいない」

レッスン343です。「私は、神の慈悲と平安を見出すために犠牲を払うことを求められてはいない」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。M13 犠牲の真の意味とは?、T15-7 必要のない犠牲、レッスン323「私は喜んで、恐れを『犠牲』にする」が参考になると思います。神の子がすべてでありすべてを持っているというのが真理であり、すべてのうちの砂粒のようにごく小さな一部が自分だという錯覚から真理を...

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レッスン342「私は赦しがすべての物事に差し延べられるようにする。というのも、そうすることで、赦しは私に与えられることになるからだ」

レッスン342「私は赦しがすべての物事に差し延べられるようにする。というのも、そうすることで、赦しは私に与えられることになるからだ」

レッスン342です。「私は赦しがすべての物事に差し延べられるようにする。というのも、そうすることで、赦しは私に与えられることになるからだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。神の子はすべてであると同時にすべてを持っています。このように、王国の実在と所有が一致する状態(T7-3 神の王国の本当の姿とは)から、神の子は分離幻想によってエゴ・身体が自分だという錯覚を抱いて、全宇宙の中の...

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レッスン341「私に攻撃できるのは自分自身の潔白さだけだ。そして、私を安全に保ってくれるのも、自分自身の潔白さだけなのだ」

レッスン341「私に攻撃できるのは自分自身の潔白さだけだ。そして、私を安全に保ってくれるのも、自分自身の潔白さだけなのだ」

レッスン341です。「私に攻撃できるのは自分自身の潔白さだけだ。そして、私を安全に保ってくれるのも、自分自身の潔白さだけなのだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。T25-5 無罪!が参考になると思います。"sinlessness"潔白さ、無罪性は、神の子が持つ属性です。神の子が持つ属性はすべて実在するもので、それがこの世界に反映されると、それに伴って実在の不在が影として生まれるということでし...

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レッスン340「今日、私は苦悩から自由になれる」

レッスン340「今日、私は苦悩から自由になれる」

レッスン340です。「今日、私は苦悩から自由になれる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。昨日までのレッスンで、私たちは自分で自分を磔にして自分を束縛しているだけで、私たちが自縄自縛から脱して自由になるために必要なのは、私たちがこの仕組みを理解して正しく思考することだけだということを理解しました。自分では縛られていると思い込んでいたけれど、実は縛られておらず、自由なままだった...

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レッスン339「私は、何であれ自分の求めるものを受け取ることになる」

レッスン339「私は、何であれ自分の求めるものを受け取ることになる」

レッスン339です。「私は、何であれ自分の求めるものを受け取ることになる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。今日のレッスンは、昨日のレッスン(レッスン338「私は自分の思いによってのみ影響される」)を別の角度からみたものです。誰もが自分の望み通りのものを得ることになるというのがルールだとしても、そして、誰もが苦痛を避けて幸福を望むというところまでは間違いないとしても、いざ求...

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レッスン338「私は自分の思考によってのみ影響される」

レッスン338「私は自分の思考によってのみ影響される」

レッスン338です。「私は自分の思考によってのみ影響される」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。「私は自分の思考によってのみ影響される」ということが真実だとしたら、外敵を恐れる必要もないし、嫌なことを強制されることもないし、いいことづくめのように思えます。とはいえ、自分の世界が自分の思考で自由になり、無制約になんでも思考できるとしたら、間違った思考によって自分をがんじがらめに...

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レッスン337「私の潔白さが、あらゆる害悪から私を守ってくれる」

レッスン337「私の潔白さが、あらゆる害悪から私を守ってくれる」

レッスン337です。「私の潔白さが、あらゆる害悪から私を守ってくれる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。レッスン332「恐れがこの世界を束縛している。赦しがこの世界を解放する」のエッセイで、非二元論、不二一元論に立つかぎり、間違った状態を解消するには、その対象を攻撃するのではなく、赦す、錯覚だと見極めて去らせるという方法になるということをお話ししました。神の子が神によって永...

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レッスン336「赦しが、個々の心はひとつに結びついていることを、私にわからせてくれる」

レッスン336「赦しが、個々の心はひとつに結びついていることを、私にわからせてくれる」

レッスン336です。「赦しが、個々の心はひとつに結びついていることを、私にわからせてくれる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。レッスン228「神は私を咎めたことはない。私もこれ以上は咎めないことにする」のエッセイで、個々の心を凍結した湖の湖面に空いた穴に喩えました。一体であることがこの世界の実相であるがゆえに、本当はひとつに結ばれているのに、一見したところ個別に分離している...

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レッスン335「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」

レッスン335「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」

レッスン335です。「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。私たちの本質は、天国に神とともにいる神の子です。この神の子が分離幻想を抱いて自らを無数に分裂させて幻想世界の中に散らばらせて壮大な解離性同一性障害に陥った状態がこの世界であり、その多重人格の一人ひとりが私たちです。私たちは、自分が本当は神の子であることを忘れ、自分たちアバターが...

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レッスン334「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」

レッスン334「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」

レッスン334です。今日のレッスンは「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」です。まず、エゴってなに?をご覧ください。1.「Illusions are all vain, and dreams are gone even while they are woven out of thoughts that rest on false perceptions.  幻想はすべて空疎なものであり、間違った知覚に基づく思考から夢が紡ぎ出されるまさにその合間にすら、夢は消え去ってしまいます。 Let me not accept s...

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レッスン333「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」

レッスン333「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」

レッスン333です。「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。今日のレッスンは、前に続くふたつのレッスンレッスン331「私の意志はあなたの意志なのですから、矛盾などありません」レッスン332「恐れがこの世界を束縛している。赦しは、この世界を解放する」を統合するものです。実在するものの反映と、実在するものの反映に際して生まれる実在の影、実...

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レッスン332「恐れがこの世界を束縛している。赦しがこの世界を解放する」

レッスン332「恐れがこの世界を束縛している。赦しがこの世界を解放する」

レッスン332です。「恐れがこの世界を束縛している。赦しがこの世界を解放する」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。恐れは、愛の不在に名前をつけたもので、実在しない影だということでした。それでも、実在しないはずの恐れが世界を束縛しているということは、世界に生きている私たちにはよく理解できます。恐怖という蜘蛛の糸の網でできた蜘蛛の巣が世界を覆い、私たちは、この蜘蛛の糸でがんじがら...

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レッスン331「私の意志はあなたの意志なのですから、いかなる葛藤も存在しません」

レッスン331「私の意志はあなたの意志なのですから、いかなる葛藤も存在しません」

レッスン331です。「私の意志はあなたの意志なのですから、いかなる葛藤も存在しません」が今日のレッスンです。まず、特別解説エゴってなに?をご覧ください。この世界では、天国に実在する生命、愛、真理、平安などが反映されるに伴い、影が生じて、実在の不在である、死、恐れ、虚偽、葛藤という対極が存在するように見えることになるということをこれまで何度も述べてきました。光の不在である影や闇が実在性を持たないこと...

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レッスン330「今日、私は自分自身をもう二度と傷つけることはしない」

レッスン330「今日、私は自分自身をもう二度と傷つけることはしない」

レッスン330です。「今日、私は自分自身をもう二度と傷つけることはしない」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。T13-1 罪がないということは死はないということが参考になると思います。神の子は潔白であり、いかなる咎めも受けることのない傷つきえない不死の存在です。「2. Father, Your Son can not be hurt.  父よ、あなたの子が傷つけられることなどありえません。 And if we think we suffer, ...

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レッスン329「あなたの意図することを私はすでに選んでいます」

レッスン329「あなたの意図することを私はすでに選んでいます」

レッスン329です。「あなたの意図することを私はすでに選んでいます」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。「1. Father, I thought I wandered from Your Will, defied it, broke its laws, and interposed a second will more powerful than Yours.  父よ、私は自分があなたの大いなる意志からはぐれてさまよい、あなたの大いなる意志に逆らって、その法を破り、あなたの大いなる意志よりもずっと強力...

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レッスン328「一番を得るために、私は二番を選ぶ」

レッスン328「一番を得るために、私は二番を選ぶ」

レッスン328です。「一番を得るために、私は二番を選ぶ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。1.「It seems that we will gain autonomy but by our striving to be separate, and that our independence from the rest of God's creation is the way in which salvation is obtained.  一見すると、私たちが懸命に分離していようと苦闘することによってのみ、私たちは自律性を獲得でき、私たちが自分...

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レッスン327「私はただ呼びかけさえすればよい。そうすれば、あなたが私に答えてくれるでしょう」

レッスン327「私はただ呼びかけさえすればよい。そうすれば、あなたが私に答えてくれるでしょう」

レッスン327です。「私はただ呼びかけさえすればよい。そうすれば、あなたが私に答えてくれるでしょう」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。今日のレッスンでは、私たちは何の根拠もなしに救済を受け入れるように求められているわけではなく、自分の体験から神の導きが真実だと学んで信頼すればよいのだということが語られます。机上の空論の理論的な根拠づけよりも、実体験による確信が最も確かな信頼...

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レッスン326「私は永遠に神の大いなる結果だ」

レッスン326「私は永遠に神の大いなる結果だ」

レッスン326です。「私は永遠に神の大いなる結果だ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。コースでは、神は光であり、神の子は光源である光の拡張だと語られます。光という表現によって、神がすべての生命を愛で包み込む純粋無垢なエネルギーであることがよりよく理解できます。光の拡張である神の子は、自らの源である神と同じく混じり気のない光です。「混じり気のない」という表現を用いましたが、無...

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レッスン325「私が自分に見えていると思っているすべてのものは、想念の反映なのだ」

レッスン325「私が自分に見えていると思っているすべてのものは、想念の反映なのだ」

レッスン325です。「私が自分に見えていると思っているすべてのものは、想念の反映なのだ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。私たちが見る世界は内心の反映だということは、コースが繰り返し述べることです。レッスン304「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」、T12-7 内面を見るが参考になると思います。この仕組みによって、エゴに従うなら非難し攻撃する狂気の世界が見...

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レッスン324「私はただ従うだけだ。というのも、私は導くつもりはないからだ」

レッスン324「私はただ従うだけだ。というのも、私は導くつもりはないからだ」

レッスン324です。「私はただ従うだけだ。というのも、私は導くつもりはないからだ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。T9-4 赦しについての聖霊の計画、T7-10 苦しいのが気持ちいいってどういうこと?、コントロールを手放す(無条件の愛―キリスト意識を鏡として)が参考になると思います。今日のレッスンをより実践的なものにするために、以前のレッスン71「ただ神の救済の計画だけがうまくいく」...

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レッスン323「私は喜んで、恐れを『犠牲』にする」

レッスン323「私は喜んで、恐れを『犠牲』にする」

レッスン323です。「私は喜んで、恐れを『犠牲』にする」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。愛と恐れは対概念ですが、愛のみが実在し、恐れは愛の不在に名前をつけた影にすぎず、実在しないということは何度も繰り返し述べてきました。この世界は、壮大な影遊びの場です。みんなで実在しない概念を着想しては物質化して偶像崇拝してという具合に、影絵や影踏みをする遊びに没頭しています。アバター各...

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レッスン322「私に手放せるのは、一度も実在しなかったものだけだ」

レッスン322「私に手放せるのは、一度も実在しなかったものだけだ」

レッスン322です。「私に手放せるのは、一度も実在しなかったものだけだ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。救いとは幻想に惑わされた狂気の状態から正気を取り戻すことなので、救済の実現は幻想の喪失を意味します。つまり、救済は幻想を犠牲にして成立するのであり、救済には幻想を手放すことが必要になるということです。これを幻想の中で生きる私たちは損失と考えて恐れます。エゴ・身体というア...

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レッスン321「父よ、私を解放できるのはあなただけです」

レッスン321「父よ、私を解放できるのはあなただけです」

レッスン321です。「父よ、私を解放できるのはあなただけです」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。私たちの常識的な世界観では、この世界は幻想なんかではなく動かしがたい現実であり、私たちが仮に元は神の子であったとしても、神の子ではない生き物として世界を放浪している状態が現に私たちに把握できる自分の現実であり、神の子がたくさんの卑小な生き物に分裂した状態のほうが今ある確固たる現実...

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レッスン320「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」

レッスン320「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」

レッスン320です。「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。神は全能なので、無限の存在です。神の子は神の拡張であり、神の属性をそのまま承継しているので、同じく無限の存在です。「His holy will can never be denied, because his Father shines upon his mind, and lays before it all the strength and love in earth and Heaven.  神の子の聖な...

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レッスン319「私は、世界の救済のために来た」

レッスン319「私は、世界の救済のために来た」

レッスン319です。「私は、世界の救済のために来た」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。「Only the ego can be limited, and therefore it must seek for aims which are curtailed and limiting.  制限されうるのはエゴだけなので、エゴは切り詰められて制限された目的を追い求めざるをえない。 The ego thinks that what one gains, totality must lose.  エゴは、ある者が得るものを全体は...

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レッスン318「私の中では、救済の手段と目的はひとつのものだ」

レッスン318「私の中では、救済の手段と目的はひとつのものだ」

レッスン318です。「私の中では、救済の手段と目的はひとつのものだ」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。目的とは到達したいと意図、願望する状態、手段とは目的を達成するために必要で役立つ行為、方法、要素です。この世界では通常、弓矢で遠くの的を射るように、目的と手段は別ものです。手段の自己目的化と称される、本来の目的を忘れて本来手段でしかないはずの行動を行うこと自体がいつの間...

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レッスン317「私は自分に定められた道に従う」

レッスン317「私は自分に定められた道に従う」

レッスン317です。「私は自分に定められた道に従う」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。「1. I have a special place to fill; a role for me alone.  私には就くべき特別な立場、私だけが持つ役目がある。 Salvation waits until I take this part as what I choose to do.  私が自ら果たすべきものと選んでこの役目を引き受けるときを、救済はずっと待っている。 Until I make this choice,...

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レッスン316「私が自分の兄弟たちに与える贈り物はすべて、私のものだ」

レッスン316「私が自分の兄弟たちに与える贈り物はすべて、私のものだ」

レッスン316です。「私が自分の兄弟たちに与える贈り物はすべて、私のものだ」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。冒頭の一文「As every gift my brothers give is mine, so every gift I give belongs to me.  私の兄弟たちが与える贈り物はすべて私のものなのだから、私が与えるすべての贈り物は私のものだ。」は、ジャイアンの名言「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」に通じる真理で...

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