There Is No Spoon

T31-5 ふたつの顔

T31-5 ふたつの顔

Kinoさん、ご質問ありがとうございました。正しい自己中になるにはどうすればよい?についてのご質問です。質問:「①今回のテーマはとても身近に思えますが、本記事では『正しい意味で自己中心的になること』=『正しいセンタリング、すなわち、自分のアイデンティティーを真の自分である大いなる自己に置き直すこと』とあり、所謂この世界における『自己中』の定義(ワガママ)とは関連が一切ないようにも読め、掴みあぐねていま...

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レッスン48「恐れることなど何もない」

レッスン48「恐れることなど何もない」

レッスン48です。今日のテーマは「恐れることなど何もない」です。生きているうちに、いつかそれが真理であることを確信しながらこの言葉を本気で言ってみたい、と誰もが思うことでしょう。恐怖とは、恐怖を感じる主体が、自分に危害が及ぶ可能性を認識して、危害が現実になった場合を思い描いて現在の安定・安心を喪失することになることを予期して心に不安や混乱が生じて動揺することです。恐怖は、①主体がアイデンティティー...

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M4-8 神の教師の特性8(我慢強さ)

M4-8 神の教師の特性8(我慢強さ)

神の教師の特性の続きです。「我慢強さ」です。コースは、救いはいつでも、今にでも起こることだと繰り返します(T26-8 救いはもう、済んでいる、T15-10 再生のときは今)。一見すると、我慢強く待つことは、救いが遠い将来にあることを仮定するもので、この救済の即時性とは矛盾するスタンスのように思えるかもしれません。しかし、時間は幻想であり、永遠においてはすでに救済は完了しているのだとしたら、幻想世界の中の実在し...

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レッスン47「神こそが力だ。神の力強さを私は信頼する」

レッスン47「神こそが力だ。神の力強さを私は信頼する」

レッスン47です。今日のテーマは「神こそが力だ。神の力強さを私は信頼する」です。真の自信は、自分自身を信じることではなく、神を信じることで授かるということが語られます。私たちは、この世界に処するに際して自分として操縦するロボット、アバターであるエゴ・身体という機械人形のスペックの高さによって自信を強めたり弱めたりします。もちろん、エゴの観点で見れば、これは当然で正しいことです。私たちの多くは、完璧...

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M4-7 神の教師の特性7(寛大さ)

M4-7 神の教師の特性7(寛大さ)

今回は、神の教師の特性の7つ目、「寛大さ」です。レッスン24「私は、自分の最善の利益を知覚していない」が参考になると思います。「2. The teacher of God is generous out of Self interest.  神の教師が寛大であるのは、それが自己の利益になるからです。 This does not refer, however, to the self of which the world speaks.  しかしながら、ここでいう自己とは、真の自己のことであり、この世界で用いられる個人を...

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レッスン46「神は大いなる愛だ。神の愛の中で私は赦す」

レッスン46「神は大いなる愛だ。神の愛の中で私は赦す」

レッスン46です。今日のテーマは「神は大いなる愛だ。神の愛の中で私は赦す」です。赦しって何?が参考になると思います。赦しとは、罪が実在しない虚構であることを認識して、その認識通り、罪を看過して手放すことです。この幻想世界が存続しているのは、神の子が自分を有罪とみなして赦すことなく咎め続けているからです。神からの分離という犯しようのない罪を犯したという罪悪感と神罰への恐怖はとてつもなく大きなもので、...

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M4-6 神の教師の特性6(無防備)

M4-6 神の教師の特性6(無防備)

今回は、神の教師の特性の続きで「無防備であること」です。レッスン153「防衛しないことで、私は安全になる」、T6-3 復讐してやりたいけど我慢しなきゃいけない?を読んでいただければと思います。国家規模の理不尽な虐殺、戦争、弾圧や社会での通り魔事件や身近ないじめ問題等を考えると、理想論として無防備であることを唱導することはできても、現実問題として、防衛しないでいることは不可能に思えます。チベット弾圧を見...

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レッスン45「神は大いなる心だ。その神の心で私は考える」

レッスン45「神は大いなる心だ。その神の心で私は考える」

レッスン45です。今日のテーマは「神は大いなる心だ。その神の心で私は考える」です。私たちは、現に、自分の内心で思うことは身体という肉の壁の中で、自分の脳内だけで単独に思考しているのであって、自分が神の大いなる心で思考しているなどというのは、とてもありえない話だと感じます。このように発想するのは、物理的な世界が実在し、確固たる現実として身体があり、私たちが心に感情や思考を抱くという働きが起こっている...

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M4-5 神の教師の特性5(喜び)

M4-5 神の教師の特性5(喜び)

今回は、神の教師の特性の5つ目です。「喜び」です。喜びはひとつ前の神の教師の特性である優しさの帰結です。優しさのところで出てきたように、神の教師たちは正気を取り戻しているので、自分が危害から免れていることを自覚しています。すなわち、世界が幻想で自分は天国にずっといる神のひとり子だというのが真実であり、テレビゲーム世界の中で動き回るアバターがどれほど危険な目に遭おうが画面の前でゲームをプレイしている...

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レッスン44「神は光であり、その光の中で私は見る」

レッスン44「神は光であり、その光の中で私は見る」

レッスン44です。今日のテーマは「神は光であり、その光の中で私は見る」です。ここ一連のレッスンでは、神と私たちのヴィジョンの関連を多様な側面から理解するものになってきているのがわかると思います。今日の実習の形式は次のようなものです。リラックスした状態でいられる時間を確保します。特定のアプローチの仕方は決められていませんが、自分が重要なことを行っているのであり、それは自分にとって計り知れない価値を持...

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M4-4 神の教師の特性4(優しさ)

M4-4 神の教師の特性4(優しさ)

マニュアル第4節の続きです。「優しさ」です。「Harm is the outcome of judgment. 危害とは、価値判断して裁くことの結果だからです。 It is the dishonest act that follows a dishonest thought.  危害を加えることは、不正直な思考に引き続いて生じる不正な行動です。 It is a verdict of guilt upon a brother, and therefore on oneself.  危害を加えることはある兄弟に対して有罪を宣告することであり、したがって、自...

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レッスン43「神は私の大いなる源だ。私は神から離れて見ることはできない」

レッスン43「神は私の大いなる源だ。私は神から離れて見ることはできない」

レッスン43です。今日のテーマは「神は私の大いなる源だ。私は神から離れて見ることはできない」です。昨日のレッスン42のテーマは「神こそが私の力の元だ。ヴィジョンは神からの贈り物だ」でした。今日のテーマは昨日のテーマを別の側面から言い換えたものだということがわかります。知覚は神の属性ではないので、神の中では見るということはできません。けれど、幻想を取り消す救済においては知覚は役に立つことができるので...

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M4-3 神の教師の特性3(寛容)

M4-3 神の教師の特性3(寛容)

マニュアル第4節の続きです。3つめの特性は「寛容」であることです。本節は、裁くこと、つまり、物事の価値判断をすることは、2つ目の特性であった正直さをを失う自己欺瞞であるといいます。裁きは、自他を分離して、自分なりの価値基準に従って、すべての物事を序列化して評価し、価値あるものと無価値なものを分離し、無価値と評価するものを排除することです。神の子は、すべてであると同時にすべてを持っている存在なので、...

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レッスン42「神こそが私の力の元だ。ヴィジョンは神からの贈り物だ」

レッスン42「神こそが私の力の元だ。ヴィジョンは神からの贈り物だ」

レッスン42です。「神こそが私の力の元だ。ヴィジョンは神からの贈り物だ」が今日のテーマです。冒頭で、今日のテーマは、原因と結果の関係を示しており、この原因と結果の関係が私たちがコースの目標を達成することに必ず成功する理由だということが述べられます。真の因果関係とは、神が大いなる原因であり、神の子が大いなる結果であるというものです(T28-2 原因と結果の逆転)。したがって、私たちの力の源泉は神であり、神...

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M4-2 神の教師の特性2(正直さ)

M4-2 神の教師の特性2(正直さ)

今回は、昨日に続いて、教師のためのマニュアル第4節から、神の教師の特性のひとつで、信頼に続くふたつめの「正直さ」をご紹介します。StampGirl / Shutterstock.com正直であることは、自分自身に嘘をつかず、他者に対しても誠実であることです。正直であるためには、自分が何者か自覚し、自分の思いをありのままに認識できることが必要です。エゴに従い、エゴと一体化することは、神の子としてのアイデンティティーを否認するこ...

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レッスン41「私がどこへ行こうとも、神が私と一緒に行ってくれる」

レッスン41「私がどこへ行こうとも、神が私と一緒に行ってくれる」

レッスン41です。「私がどこへ行こうとも、神が私と一緒に行ってくれる」が今日のテーマです。今日のレッスンもそうですが、レッスンの中で、「朝起きたらこうしなさい」という指示が出てくることがあります。とくに今日のレッスンのように「朝目を覚ましてすぐ●●をしてください」、という課題は、朝起床して洗顔、歯磨き、トイレ等を済ませてから、さあやるぞ!と、ワークブックを開いてという順序では、すでに朝目を覚ましてす...

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M4-1 神の教師の特性1(信頼)

M4-1 神の教師の特性1(信頼)

今回は教師のためのマニュアルから第4節の一部をご紹介します。第4節は、神の教師の特性についての一節です。本節では、神の教師の備える次のような10の特性について説明されてゆきます。信頼 Trust正直さ Honesty寛容 Tolerance優しさ Gentleness喜び Joy無防備であること Defenselessness寛大さ Generousity我慢強さ Patience誠実さ Faithfullness開かれた心 Open-mindedness今回は、本節の冒頭部分と第一の特性である「信頼...

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レッスン40「私は神の子として祝福されている」

レッスン40「私は神の子として祝福されている」

レッスン40です。今日のテーマは「私は神の子として祝福されている」です。今日のレッスンは、ここ一連の神聖さによって世界=自己を祝福するというテーマを総括して、祝福を受け取る主体となる神の子にアイデンティティーを合わせて具体的に実践するものです。今日は短い実習のみですが、10分ごとに次のようなフレーズを念じるというかなり頻繁な回数なので、とてもハードなレッスンだといえます。「I am blessed as a Son of...

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正しい自己中になるにはどうすればよい?

正しい自己中になるにはどうすればよい?

自己中心的というのは、一般的には悪いイメージで捉えられます。しかし、正しい意味で自己中心的になることは、むしろ必要なことです。レコードは円盤の中心に穴が開いているからこそ安定して回転します。私たちも、正しくセンタリングしないかぎり、ずれた穴を中心にして回転するレコード盤のようにブレてひずみ、エキセントリックな振る舞いが平気でできてしまうようになってしまいます。夢の主人公で述べましたが、私たちが、世...

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レッスン39「私の神聖さこそが、私の救いなのだ」

レッスン39「私の神聖さこそが、私の救いなのだ」

レッスン39です。今日のテーマは「私の神聖さこそが、私の救いなのだ」です。レッスンでは、罪悪感こそが地獄であり、私たちの神聖さが地獄を終わらせると言います。愛に欠ける思いを祝福することで、自らの神聖さに気づき救われると。ここで「自らの神聖さ」と言っても、それは個別のエゴ・身体のものではなく私たちの本質である神の子が持つ神聖さです。「はたらく細胞」的な観点でいうなら、白血球細胞それ自体が単独で神聖な...

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レッスン38「私の神聖さにできないことなど何もない」

レッスン38「私の神聖さにできないことなど何もない」

レッスン38です。今日のテーマは「私の神聖さにできないことなど何もない」です。自分を人間とみなして、自分のことをこの世界に閉じ込められた羊の群れのようにみなす感覚に囚われているかぎり、今日のテーマは虚しく響くだけに終わります。しかし、人間としての私たちが架空の世界の中で遊ぶためのアバターであるとすれば、本当の私たちはアバターを操縦しているアバター以外の存在であることになるので、この考えの理屈、仕組...

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真の探求者

真の探求者

今回は、アシュターヴァクラ・ギーターから「真の探求者」についての一節をご紹介します。まず、テキストから真理の探求についての箇所を抜粋します。...

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レッスン37「私の神聖さが世界を祝福する」

レッスン37「私の神聖さが世界を祝福する」

レッスン37です。今日のレッスンは「私の神聖さが世界を祝福する」です。分離の幻想であるこの世界をエゴを通して見るかぎり、自分を身体というアバターと同一視して、自分と競い合う他の身体たちと限られた資源を奪い合う犠牲と代償の世界を知覚することになります。「7つの習慣」でいう「欠乏マインド」です。聖なるヴィジョンを通して見るなら、「はたらく細胞」の体内のいろんな細胞たち同士のように、他者は、自分と別の存...

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レッスン36「私の神聖さが私の見るすべてのものを包みこんでいる」

レッスン36「私の神聖さが私の見るすべてのものを包みこんでいる」

ワークブックのレッスン36です。「私の神聖さが私の見るすべてのものを包みこんでいる」が今日のテーマです。昨日のテーマは「私の心は神の心の一部だ。私はとても神聖な存在だ」でした。見る主体である私たちの心は神の一部である。そして、神の一部分が有罪であるはずがないのだから、私たちは神聖である。そして、私たちが神聖であるなら、私たちが物事を見る視覚も神聖なはずである。そうだとすれば、エゴがスライドとして歪...

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T18-6 身体という牢獄

T18-6 身体という牢獄

今回は、テキスト 第十八章 六 「身体を越えて」という一節をご紹介します。この一節では、身体は牢獄にたとえられます。たしかに、エゴの見る世界では、他人は自分とは隔絶した身体であって、自分は身体という可動式の独房の中に閉じこめられていて、五感という小さな窓を介してしか外を見ることができない寂しい囚人であるということになります。独房に収容されていることに気づくようになる前の記憶は消去され、ここに来る前...

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レッスン35「私の心は神の大いなる心の一部だ。私はとても神聖な存在だ」

レッスン35「私の心は神の大いなる心の一部だ。私はとても神聖な存在だ」

レッスン35です。今日のテーマは「私の心は神の大いなる心の一部だ。私はとても神聖な存在だ」です。今日のレッスンは、直接的に、私たちの自己イメージの修正を試みるものです。自分の中にある自分はこういう人間だという自己イメージを表す出来事や状況を言葉や文章で表現して(たとえば、「私は、つねに周りの人の顔色を窺って自分の意見を言うこともできない臆病者だ」)、それに続けて、「そうだとしても、私の心は神の心の...

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レッスン34「私は、これを見る代わりに、平安を見ることができる」

レッスン34「私は、これを見る代わりに、平安を見ることができる」

今日のレッスンは、昨日の「この世界を見る別の見方がある」の発展形です。今日のレッスンでは、長いほうの練習を朝晩だけでなく、昼間にもう一回とるように指示されます。じっくり5分ほど時間をかけて、恐怖心や苛立ちその他、愛に満ちた思考ではない思いを心の中に見つけます。この検索作業によって心に想起するのは不快な想念なので、注意しないと、どんどん不快な想念のリンクが心の中で展開して不愉快さを去らすのが困難にな...

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M-Intro 教師のためのマニュアル 序文

M-Intro 教師のためのマニュアル 序文

今回は、教師のためのマニュアルの序文をご紹介します。この世界の常識では、教育とは、教師が一方的に生徒に教えを授けるものであって、教師のほうが優れていて、劣っている生徒を引き上げてやる関係性として考えられています。これに対して、マニュアルは、このような世界の常識は、本当の役割とは逆になっているといいます。この点は、すでに「神の教師とは誰のことなのか」「生徒とは誰か」において、教えることで学ぶ教師の生...

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レッスン33「世界を見る別の見方がある」

レッスン33「世界を見る別の見方がある」

レッスン33です。今日のテーマは「世界を見る別の見方がある」です。長いほうの練習では、「世界を見る別の見方がある」という形で、短いほうでは「この状況を見る別の見方がある」という形で適用します。昨日に引き続き、内面世界と外部世界を交互に切り替えながら、いずれの世界にも没入せずに、適度な距離感を保って、外の世界に知覚する物理的な対象と内面世界に知覚する想念という主観的な対象を等しく見渡す感覚を味わいま...

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M23 イエス・キリストの名前

M23 イエス・キリストの名前

今回は、マニュアル第23節をご紹介します。イェシュア、「イエス・キリスト」は癒しにおいて特別な役割を持っているのかというテーマです。その答えは、当然のことながら、「イエス」です。「2. We have repeatedly said that one who has perfectly accepted the Atonement for himself can heal the world. 私たちは、自分のために贖罪を完全に受け入れたひとりの者は世界を癒すことができると繰り返し述べてきました。」直接...

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レッスン32「私は自分の見ている世界をでっちあげた」

レッスン32「私は自分の見ている世界をでっちあげた」

レッスン32です。今日のテーマは「私は自分の見ている世界をでっちあげた」です。私たちは、アバターとしての身体という自分の枠の外にある世界と自分の心の中(内側の世界)を別物として捉えています。私たちは、素朴に自分の心の中の世界については、そもそも形のない想念の浮かぶ枠のようなものであって客観的な実在性を持たないもののように感じています。これに対して、身体の外の世界のほうは、ちっぽけで不安定な自分とは...

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レッスン31「私は、自分の見ている世界の被害者ではない」

レッスン31「私は、自分の見ている世界の被害者ではない」

レッスン31です。今日のテーマは「私は、自分の見ている世界の被害者ではない」です。ここ一連のレッスンは私たちの世界についての知覚、世界認識=自己認識を逆転させようとするものです。昨日のレッスン30では、自分の好ましくないものを排除しようとして外に投影するのをやめて、自分の心の中にあってほしいものを見つけるために外を見ようとするという「新しい投影」を用いようとしているということが説明されました。「神...

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「師」アシュターヴァクラ・ギーター

「師」アシュターヴァクラ・ギーター

今回は、アシュターヴァクラ・ギーターから、「師」という詩をご紹介します。...

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レッスン30「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」

レッスン30「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」

レッスン30です。今日のテーマは「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」です。「あなたの拡張するものはあなたにとって現実となる」という神の法は、「あなたの投影するものをあなたは信じる」という世界の法則に変容されるということでした(T7-2 神の法)。天国では、光源である神から生じる光線である神の子は光を拡張させて、神の現実を増大させます。この世界は、神の子が分離幻...

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T12-6 キリストのヴィジョン

T12-6 キリストのヴィジョン

テキストから、キリストのヴィジョンについての一節をご紹介します。"the real world"の訳語としては、奇跡講座をはじめとして、「実相の世界」という呼び方が一般的だと思いますが、このサイトでは「真の世界」という呼び方をしています。しっくりこない方は「実相の世界」「本当の世界」「世界の真の姿」「現実の世界」等と置き換えてみてください。真の世界は、あくまでも神の現実である天国ではない幻想のひとつですが、投影に...

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レッスン29「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」

レッスン29「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」

レッスン29です。今日のテーマは「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」です。今日の考え方は、明らかに汎神論的な宣言です(”pantheism”は、万物は神の現れであり、万物に神が宿っており、一切が神そのものであるとする宗教・哲学観。ちなみに、汎「神」論ではなく汎「心」論”panpsychism”は、生物・無生物に関係なく万物に心があるとする宗教・哲学観)。コースを学ばれている方には、神はこの幻想世界を創造しなかったし、...

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W2ST-1.赦しってなに?

W2ST-1.赦しってなに?

今回は、ワークブック第2部から赦しについての特別解説をご紹介します。「赦し」は奇跡のコースの概念の中でも、なかなか本当に理解することの難しいもののひとつです。赦しは、贖罪を実現するための手段です。贖罪も、赦しと同じように、その言葉が従来から持っている意味合いによる影響からの脱却が困難な概念です。赦しについて理解するうえで、赦しが手段として奉仕する目的である「贖罪」についての理解は欠かせません。...

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レッスン28「何にもまして私は物事をこれまでと違ったように見たいと望む」

レッスン28「何にもまして私は物事をこれまでと違ったように見たいと望む」

レッスン28です。今日のテーマは「何にもまして私は物事をこれまでと違ったように見たいと望む」です。今日のテーマは、「何をおいても、私は見ることを望む」という昨日の考えをより具体的にしたものです。具体的な対象物、部屋で目の前にあるテーブルや椅子、テレビ等を用いて、「何にもまして私はこのテーブルをこれまでとは違ったように見たいと望む」と言う形で使うことになります。このように言うことは、以前のレッスンで...

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復活2

復活2

マニュアル第28節「復活とは何か」の参考にテキストからいくつか抜粋してご紹介します。...

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レッスン27「何をおいても、私は見ることを望む」

レッスン27「何をおいても、私は見ることを望む」

レッスン27です。今日のテーマは「何をおいても、私は見ることを望む」です。ここで「見る」というのは、肉眼で見ることではなく、visionで見ることです。“vision”については、そのまま「ヴィジョン」という訳語を使っていますが、肉眼に対応させる趣旨では「心眼」という呼び方も適切でしょう。ARグラスをかけて外を見ると、肉眼で見た場合にはそこに見えないはずのポケモンがそこに見えたりします。私たちの肉眼とヴィジョンの...

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M28 復活とは何か

M28 復活とは何か

今回は、マニュアルから第28節の復活をご紹介します。復活は、救済、贖罪、最後の審判、時間の終わり、癒しの成就、キリストの再臨、等々、その側面に応じてさまざまな呼び方をされる、幻想に囚われて我を見失った状態から脱して神の子としての自覚を取り戻すというコースの目指す同一の最終プロセスを生命と死の観点から表現したものです。...

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レッスン26「私の攻撃的な思考が、私の傷つきようのない不滅性を攻撃している」

レッスン26「私の攻撃的な思考が、私の傷つきようのない不滅性を攻撃している」

レッスン26です。今日のテーマは、「私の攻撃的な思考が、私の傷つきようのない不滅性を攻撃している」です。今日のレッスンの目標は、私たちが攻撃によって傷つきうる存在なのか、それとも、攻撃によっても傷つきようのない存在なのかを決めるのは、私たち自身の思いの結果であるということを理解することです。自分が他者を攻撃することが可能だと信じるなら、自分を通して影響を及ぼせる他者は当然同じように、逆に、自分に対...

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M26 直接、神に到達することはできるのか?

M26 直接、神に到達することはできるのか?

今回は、マニュアルから神への到達についての一節をご紹介します。この節では、神に到達し神の子の自覚を得て解脱を遂げながら、肉体を去った後も私たち後進を指導するために居残ってくれている偉大な霊である「神の教師たちの偉大なる教師」について触れられています。彼らは、もはや目に見える存在ではないけれど、必要に応じて姿を現したり、言葉を伝えたりしてくれるということです。当然、イェシュアもそのような存在のひとり...

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レッスン25「私には、物事が何のためにあるのかわからない」

レッスン25「私には、物事が何のためにあるのかわからない」

レッスン25です。今日のテーマは「私には、物事が何のためにあるのかわからない」です。昨日のレッスンの私たちは自分にとっての最善の利益がわかっていないというテーマの続きです。私たちは、現在のところ、エゴの観点から私たちが世界に割り当てている「個人的な」利益を図ることが物事が存在する意味だと考えています。そして、この考えのせいで、私たちには、世界や世界の中の物事が何のためにあるのかわからなくなってしま...

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レッスン24「私は、自分の最善の利益がわかっていない」

レッスン24「私は、自分の最善の利益がわかっていない」

レッスン24です。今日のテーマは「私は、自分の最善の利益がわかっていない」です。解決を要する状況において、自分にとってどのような解決が最善か、私たちはわかっているようでいて、実はわかっていません。「はたらく細胞」は、体の細胞を擬人化した漫画ですが、奇跡のコースの神の子の概念を理解するうえで、とても役立つので、ぜひ読んだり、アニメを観たりしていただきたいと思います。「ユミの細胞たち」も同じように、と...

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M3 教えることの段階とは?

M3 教えることの段階とは?

マニュアルから第3節をご紹介します。教えのレベルとして、3つの段階が説明されています。1番目のレベルは、もっとも素朴なもので、電車で誰かの足を踏んでしまったというような出会いです。2番目のレベルは、教えることによって学ぶという関係がある程度の期間継続する場合です。3番目のレベルは、一生続く関係です。そして、これらの各レベルについても、奇跡に序列がないのと同じく、教えにも本当は程度差はなく、教えにレ...

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レッスン23「攻撃的な思いを放棄することによって、私は自分の見ている世界から逃れられる」

レッスン23「攻撃的な思いを放棄することによって、私は自分の見ている世界から逃れられる」

レッスン23です。「攻撃的な思いを放棄することによって、私は自分の見ている世界から逃れられる」が今日のテーマです。レッスンでは、今日のテーマは恐怖から脱する唯一の方法で、失敗する余地のない方法だと述べられます。世界を変えようとどんなに努力しても無駄であり、それは、世界は心が投影されたスクリーンでしかないから、つまり、結果である世界は変えようがないので、変えるなら、その原因である心を変えるべきで、そ...

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M2 生徒とは誰か

M2 生徒とは誰か

今回は、教師のためのマニュアルから第2節の生徒とは誰かについてをご紹介します。「God's Teacher speaks to any two who join together for learning purposes.  神の大いなる教師は、学ぶ目的のために一緒に結びついているどのようなふたりに対してであっても、語りかけます。」の「God's Teacher」(Tが大文字)は聖霊のことを、「two who join together for learning purposes」は神の教師と生徒を指しています。本節では、...

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レッスン22「私が見ているのは、復讐のひとつの形だ」

レッスン22「私が見ているのは、復讐のひとつの形だ」

レッスン22です。今日のテーマは「私が見ているのは、復讐のひとつの形だ」です。自分は温厚な性格で攻撃や復讐なんて無縁だと思って暮らしている人からすると、「復讐」というのは過激な言葉で、ショッキングなテーマだと思います。でも、この世界に生まれ落ちている以上、どんなに自分が草食系で温和だと自負していようと、その人に見えている世界は攻撃心を投影された世界からの報復攻撃が今にも起こりそうだとびくついて眺め...

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M22 癒しと贖罪は別のもの?

M22 癒しと贖罪は別のもの?

癒しと贖罪の関係についての一節です。言葉のイメージとしては、癒しと贖罪は違うもののように感じますが、結論としては、癒しと贖罪は同じものだということです。赦すことが癒すことになると。そして、癒しは、誰が癒しを必要としているのか、それを神の教師が気づく結果として起こるということです。その誰かというのは、目の前の病人として見えているその人ではなく、教師自身でもなく、自分たちの本当の姿、大いなる自己として...

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    ネット (1)
    テキスト (262)
    ┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
    ┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
    ┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
    ┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
    ┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
    ┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
    ┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
    ┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
    ┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
    ┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
    ┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
    ┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
    ┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
    ┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
    ┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
    ┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
    ┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
    ┣  レッスン1〜10 (10)
    ┣  レッスン11〜20 (10)
    ┣  レッスン21〜30 (10)
    ┣  レッスン31〜40 (10)
    ┣  レッスン41〜50 (10)
    ┣  レッスン51〜60 (11)
    ┣  レッスン61〜70 (10)
    ┣  レッスン71〜80 (10)
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