もしあのときこうしていたら、やり直しができたら

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If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?
もし今日が人生最後の日だとしたら、はたして私は今自分がやろうとしていることを本当にやりたいと思うだろうか。


Steven Paul Jobs
スティーブ・ジョブズ




失敗は成功へ鍵である。どの間違いも何かを教えてくれる。

植芝盛平




こんなはずじゃなかったのに、という考え方は捨てなさい。こんなはずなのだから…。

ウェイン・W・ダイアー




Your life would be very empty if you had nothing to regret.
何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう。


Vincent Willem van Gogh
フィンセント・ファン・ゴッホ




One of the greatest regrets in life is being what others would want you to be, rather than being yourself.
人生で最も大きく後悔することになるのは、自分自身であろうとはせずに、他者があなたになってほしいと望む者になることだ。

Shannon L. Alder
シャノン・オルダー







誰しも、あのときこうしていたら、もっと違う自分であったはずなのに、という思いに駆られることがあります。もしあのとき、違う会社に就職していたら、もし別の人と結婚していたら、あのとき、車を運転しないで電車で行っていたなら、もし別の国や時代に生まれていたら・・・と。

左のマイショップの「リプレイ」、「ミスター・ノーバディ」、「バタフライ・エフェクト」、「エターナル・サンシャイン」、「インセプション」等は、このことをテーマにした物語です。それぞれ切なくも美しい物語ですので、まだ観ていない作品がありましたら、ぜひご覧ください。

さて、もしあのときこうしていたらというような思いは、分離の根源にかかわるものです。もし神のいない世界を作ったならという原初の思いこそが神の子をばらばらに分裂して散らばらせたものでした。

上の物語のように、あからさまに示してはいないものの、世界中の全時代の全ての物語だけでなく、全ての人の人生、歴史の存在そのものが、もしあのときこうしていたら、という思いによって形作られているといえるかもしれません。

全ての人の人生がこのような思いによって生まれているのなら、わざわざ個別の一つの心が躍起になって、誰か他の人を羨んだり、自分の過去の選択を後悔したり、もしこうだったらと夢想することは、本当は必要のないことなのかもしれません。

「もしもこうだったら」という思いは、自分が時間の中に居ること、自分とは別に世界が存在しており、自分と切り離された人たちが無数に存在すること、今の自分が欠乏していて不満であること、という思いを抱いている印です。

アドヴァイタ・ヴェーダーンタの思想では、神が幻想のこの世界(マーヤ)を用いて遊戯(リーラ)するために時間や劇中の関係性を作り出すための登場人物たちが必要なのだと説明するようです。

もしこうだったらと思うことは、既に同じ時間に別の人の仮面を付けている自分が体験してくれているし、未来や過去の自分が体験したり、別の時代の別の人の仮面を付けた自分が体験しているんだと考えることができます。

気に入らない夢をやめて別の夢を見たところで、その後の成り行きは同じことの無限の繰り返しでしかないでしょう。夢から目覚めることこそ、もしもという思いに終止符を打つことになるのでしょう。





※テキスト 第十八章 二 夢の基盤
「5. 夢は、あなたには自分がそうしたいように望み通りの世界を作る力があることを示します。また、夢は、あなたがそのような世界を望むがゆえに、あなたにはそんな世界が見えるのだということを示してくれます。

 そして、あなたが夢を見ている間は、あなたは、その世界が現実だと信じて疑いません。

 しかし、その世界はここに、明らかにあなたの心の中にあるというのに、まるであなたの心の外にあるように見えます。

 あなたは夢の世界に対して、自分で作ったものとして反応しないどころか、夢の生み出す感情が自分から生じていることに気付いてすらいません。

 夢の中に出て来る登場人物や彼らがしていることが夢を作り上げているように見えます。

 あなたは、自分が夢の登場人物たちに演じさせていることに気付いていません。なぜなら、もしあなたがそのことに気付いたとしたら、罪を彼らに押し付けることができなくなり、満足できる幻想はなくなってしまうからです。

 夢の中では、こうした特徴は曖昧なものではありません。

 あなたが目覚めそうになると、その夢は消えます。

 しかし、あなたが気づき損ねているのは、夢の原因となったものは、夢と共に消え失せてはいないという事実です。

 現実ではない別の世界を作りたいという、あなたの願望はあなたと共に残っているのです。

 だから、あなたが目覚めて戻ったと思っている世界は、単にあなたが夢の中で見た同じ世界が、別の形を取って現われたものにすぎないのです。

 あなたは夢見ることに自分の全ての時間を費やしているのです。

 眠っているときの夢と、目覚めているときの夢は、違う形をしているというだけのことです。

 どちらの夢も内容は同じです。

 どちらの夢も、現実に対するあなたの抗議であり、自分には現実を変えることができるという狂気の固定観念なのです。

 目覚めているときに見る夢の中では、特別な関係には特別な役割があります。

 特別な関係は、あなたがそれを使って自分の眠っているときの夢を実現させる手段になるのです。

 あなたは、この目覚めているときに見る夢からは、目を覚まそうとはしません。

 特別な関係は、非実在のものにしがみ付いたままで、自分が目覚めるのを妨げようとするあなたの決意そのものと言えます。

 そして、あなたが、覚醒することよりも眠りにより価値を見出している限りは、あなたは夢を手放すことはないでしょう。

8. 夢に捕らわれて、目を閉じたままにさせられないようにしなさい。

 夢が現実ではない世界を作り出すことができるというのは、意外なことではありません。

 そうではなく、信じ難いのは、そんな夢を作りたいという願望そのものの方です。

 あなたの兄弟との関係は、いまや、そんな願望など取り除かれた関係となったのです。なぜなら、あなたの関係の目的は、夢の目的から真理の目的へと変化したからです。

 あなたは、この目的の変化に確信が持てずにいます。なぜなら、あなたはこちらの方こそが夢なのかもしれないと思っているからです。

 あなたは、あまりにも色んな夢の中から選ぶことに慣れてしまったために、自分が遂に、真理と全ての幻想との間の選択を全うしたということが分らないのです。」

※テキスト 第一章、六 必要性の幻想
「1. 心の平安を得たいと望むあなたは、ただ完全な赦しによってのみ、平安を見出すことができます。

 何を学ぶにせよ、その人がそれを学びたいと望み、多少なりとも、それが自分にとって必要であると信じない限り、誰も学んだことを自分のものにはできません。

 神の創造物には、不足など全くありません。これに対して、あなたの作ったものには、不足があることは極めて明白です。

 実のところ、これこそが両者の間の本質的な違いです。

 不足は、あなたが今置かれている状況よりも、他の状況に置かれたなら、あなたはもっとましな状態になるはずだという思いを暗に示しています。

 「堕落」を意味する「分離」が生じるまでは、何も不足することなどありませんでした。

 そこには、必要性など全くなかったのです。

 ただあなたが自分自身から何かを取り上げて欠乏させるときにだけ必要性が生じるのです。

 あなたは、自分で定めた必要性の特定の序列に則って行動します。

 これを言い替えるなら、あなたの行動は、あなたが自分のことを何であると知覚するかに左右されるということです。」


※テキスト 第十四章 三 罪悪感を持たない決意
「9. あなたが自分だけで物事を決める選択をする度に、あなたは破壊的に考えていることになります。そして、その決定は誤ってしまうことになります。

 誤りを導いた決断を下したのは自分なのだと考えるせいで、あなたは傷付いてしまいます。

 けれども、あなたが自分だけで決断したり自分自身だけのために決断したりできるというのは真実ではありません。

 どんな思いであれ、神の子の抱く思いが、その及ぼす影響力において、断絶していたり、孤立したままであるということはあり得ません。

 どの決断も神の子全体のために、その内側にも外側にも向けて下されるので、あなたがこれまで夢見たことがあるどんなものよりも大きな範囲にまで影響を及ぼすことになるのです。」

※テキスト 第四章、四 これは必要ない
「2. 私は以前に、あなたの振る舞い方を変えることで、あなたの心を変えることはできないと述べました。しかし、私はまた、何度も、あなたは自分の心を変えることができるとも述べました。

 あなたが楽しく感じないときはいつでも、あなたが何かを間違って選んでしまったとあなたの気分が知らせてくれているのです。そんなときは、間違った選択をしたまま喜びを感じないでいる必要などないと知りなさい。

 あなたが喜びを感じないなら、どんな場合であっても、あなたは、神が創造した兄弟の誰かについて間違った思いを抱いて、暗い鏡の中にあなたのエゴが映し出すイメージを知覚しているのです。

 あなたが思い付いたことを正直に考えてみてください。それは神が思いもしなかったことだったのです。そして、あなたが思いすらしなかったことを正直に考えてみてください。それは神があなたに思って欲しかったことだったのです。

 真摯に、あなたが行ってきたこと、その結果として、あなたが行うことなくやり残したことを見つけ出して、それから、あなたの心を神の心と一緒に考えるように変えてみて欲しいのです。


 このように神の心と一緒に考えるように自分の心を変えることは難しく思えるかもしれません。しかし、神に逆らって考えようとするよりも遥かに簡単なはずです。

 あなたの心は神の心と一つなのです。

 自分の心が神と一つであることを否定して、神と違った考え方をすることは、あなたのエゴを結束させはしました。しかし、それはあなたの心を文字通り分裂させてしまったのです。

 あなたを愛する兄として、私はあなたの心のことを深く気にかけています。だから、私は、あなたには、私の実例に倣って、自分自身や兄弟を見るときに、両者の中に、栄光ある父による壮麗な創造を見出して欲しいのです。」

テキスト 第一章、七 奇跡への衝動の歪曲
「3. 空想は、ヴィジョンの歪んだ形態の一つです。

 いかなる種類の空想であろうとも、それは歪曲です。なぜなら、空想は常に知覚を捻じ曲げて非現実の中へと巻き込むからです。

 歪曲から起こる行動は、文字通り、自分で自分が何をしているのか分かっていない者たちがする反応の仕方だといえます。

 空想は、架空の必要性に従って、現実をコントロールしようとする試みです。

 どのような方法であれ、現実を捻じ曲げるなら、あなたは破壊的に知覚していることになります。

 空想は、偽りの連想を作るための道具であり、それらの連想した欺瞞から快楽を得ようとする試みです。

 しかし、たとえあなたが連想した欺瞞を知覚できるとしても、あなたには自分自身に対して以外は、それらの欺瞞を本物にすることは決してできません。

 あなたは、自分の作り出すものを信じます。

 もしあなたが奇跡を差し出すならば、あなたは、同じように強く、奇跡のことも信じるようになるでしょう。

 そうなれば、あなたの確信の強さが、奇跡を受け取る者の信頼を後押しすることにもなります。

 神の現実の全面的に満ち足りている本質が、与える者と受け取る者の両者に明らかになるにつれて、空想など、ことごとく必要ではなくなります。

 現実が「失われた」のは、暴政を生み出すことになる権威の簒奪がなされたためです。

 ただの一人でも「奴隷」が取り残されて地上を歩む限り、あなたの解放は完了しません。

 神の子であることの完全なる回復こそ、奇跡を行おうとする者にとっての唯一の目標です。」

※テキスト 第十七章 一 空想を真理へと差し出す
「1. 神の子の裏切り行為は幻想の中にあるだけです。だから、神の子の「数多の罪」は全て、神の子自身の想像にすぎません。

 神の子の現実は、永遠に罪のない状態のままです。

 神の子は、目覚めさせられる必要はあっても、赦される必要などありません。

 夢の中で神の子は、自分自身を裏切り、兄弟を裏切り、神をも裏切ってきました。

 しかし、夢の中でなされたことは実際になされてはいません。

 もっとも、夢を見ている当人に、あなたは夢の中にいて、あなたがしたことは実際には起こってはいないのだと納得させようとしても、それは不可能というものです。なぜなら、彼らは幻想を現実だと錯覚しているので、彼らが夢そのものとなってしまっているからです。

 夢からの完全な解放は目覚めることにしか見出せません。なぜなら、ただ目が覚めたときにだけ、幻想は現実に全く影響も与えていなかったし、変えもしなかったことが完璧に明らかになるからです。

 空想とは現実を変えようとすることです。

 それこそ、夢想する目的です。

 実際には、空想が現実を変えることはできません。しかし、現実が違うものであって欲しいと願う心の中でなら、空想は思うように現実を変えることができるのです。

2. そうだとすれば、恐ろしいのは、現実を変えたいというあなたの願望だけだということになります。なぜなら、自ら望むことによって、あなたは自分の望むことを達成したものと思い込むからです。

 この空想の中で現実を変えられると思い込む奇妙な境遇は、ある意味では、あなたの力を承認することです。

 しかし、それと同時に、この境遇は、あなたの力を歪めて「邪悪」なものに捧げることによって、あなたの力を架空のものにしてしまいます。

 あなたは、相容れないことを求める二人の主人に忠実であることはできません。

 あなたが空想の中で使うものを真理に与えることはできません。

 しかし、あなたが自分のために用いるために真理に与えるものは空想に害されることなく安全です。」

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