レッスン52(レビュー:レッスン6~10)

レッスン51〜60 0

Human beings can alter their lives by altering their attitudes of mind.
人間は自分の心構えを変えることによって、自分の人生を変えることができる。



William James
ウィリアム・ジェイムズ



真実を言いますと、すべての思考は繁栄、つまり繁殖していきます。あなたの思い浮かべるすべての考えが、ポジティブあるいはネガティブなエネルギーを現在の状況に増し加えるのです。ネガティブな考えも、ポジティブな考えと同じように繁殖します。あなたがポジティブ、ネガティブ両方の混じり合った考えを持っているからこそ、外的な状況はそれを反映したものになります。
しかし、ポジティブな思考に焦点を合わせても、ネガティブな思考を追い払うことはできません。というか、ポジティブな思考に焦点を合わせれば合わせるほど、ネガティブな思考に力を与えてしまいます。このパラドックスからは逃れられません。
だから、あなたは自分のアファメーション(確言)を忘れてください。アファメーションは、ちちんぷいぷいのような呪文にすぎません。自分のネガティブな思考を変えようとするのではなく、ただそれに気づいていてください。それにまつわる感情に気づいていてください。そして気づきとともにいれば、あなたは移行していくのです。
聖なる掟が働こうとしているときに、それに介入して邪魔をしていれば、助けを受けることはできません。私が言いたいのは、あなたは自分で自分をうまく調整して直すことはできないということです。しようとしても、それは意識をただ細分化するだけです。

Jesus Christ

イエス・キリスト(ポール・フェリーニ著「無条件の愛 キリスト意識を鏡にして」76ページ)



今日は、マーシャル・B・ローゼンバーグ 著の次の二冊をご紹介します。

「わかりあえない」を越える――目の前のつながりから、共に未来をつくるコミュニケーション・NVC (海士の風)
NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版 (日本経済新聞出版)







アマゾン紹介文
「マイクロソフトCEO、ナデラ氏絶賛。
世界60カ国以上、100万人超の人たちに読まれている「話し方」の教科書。

暴力や対立、偏った物の見方を排し、対話を導く。
実りある対話を妨げ、暴力や対立を生み出している原因は、普段、わたしたちが慣れ親しんでいる話し方や考え方のなかにありました。わたしたちが知らないうちにしている「比較」や「評価」「決めつけ」が、誤解や無用な争い、暴力や怒りを生み出していたのです。
本書は、そうした暴力や対立を排し、人を思いやる実りある対話へと導くためのコミュニケーション手法(NVC=非暴力コミュニケーション)を伝授します。具体的には、相手を評価したり決めつけたりするのではなく、「自分が抱いている感情」や「自分が必要としていること」に耳を傾け、それを肯定的な言葉で相手に伝えることで人生をより豊かなものにする方法です。
NVCの要諦はとてもシンプル。それは次の4つの要素に意識を集中させることです。

1. 評価をまじえず、行動を「観察」する
2. 観察したことに対して抱いている「感情」を突きとめる
3. そうした感情を生み出している要因、「何を必要としているのか」を明らかにする
4. それを具体的な行動として「要求」する

NVCの提唱者であるローゼンバーグ氏が著した本書は、30以上の言語に翻訳され、全世界で60カ国以上、100万部超の人たちに読まれているNVCの教科書でありバイブルです。世界各地の紛争地域でなされた事例や、親子あるいは夫婦での対話、学校や職場、医療やカウンセリングなど身近な事例が多数紹介されています。

さらに近年ではマイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏がトップ就任直後に本書を幹部社員たちに薦めるなど、ビジネスの現場でも大いに注目されています。原著第3版の日本語翻訳版にあたる本書では、「紛争を解決するための方法」を新たに第11章として新設するなど、よりビジネスの現場のニーズにも応える内容となっています。」


レッスン333「赦しがこの地上での対立という夢を終わらせる」

レッスン83「レッスン65と66の復習」

が参考になると思います。



レッスン52です。




今回は、レッスン6から10までの復習です。




まず、序文の要約を読んでください。



注釈も含めて5つの考えを読むことから1日を始める。

そのあと、それらの5つの考えと注釈について考える際に、特定の順番に従う必要はないが、少なくとも1回は、それぞれの考えを実習する。

各実習時間には、2分以上は専念することにして、その考えと関連する注釈を読んだあと、それらについて考えてみる。

1日の間に、この練習をできるだけ頻繁に行う。

もし5つの考えのうちのどのひとつの考えであれ、ある考えがほかの考えよりも自分に訴えかけてくるように感じるなら、そのひとつの考えに集中する。

しかし、その日の終わりには、忘れずにそれら5つの考えのすべてをもう一度おさらいする。



実習時間には、一つひとつの考えに続く注釈を文字どおりに、あるいは、完全にこなそうとする必要はありません。

むしろ、その中核となるポイントを押さえて、そのポイントに関連する考えもそのテーマとなっている考えの復習の一部として考える。

考えと関連する注釈を読んだあとは、可能なら、ひとりきりになれる静かな場所で、目を閉じて練習する。




学びの目的は、自分が静寂をもたらせるようになり、苦悩や混乱を癒せるようになることなのだから、苦悩や混乱を避けて自分ひとりでいられる逃げ場を探し求めていたのでは、このような目的を達成することはできない。

したがって、すでに問題が収束した状況よりも、現に狼狽させられる状況でこそ、自分の学びを生かせるはずだ。




私たちはやがて、平安が自分の一部であり、自分の置かれたいかなる状況においても、その状況をまるごと受け入れる必要があるだけだと学び、そして、最終的には、自分のいる場所には一切の制約が存在しないので、自分がいるところならどこであれ、自分は平安でいられると学ぶことになる。



考えのいくつかは、復習の効果を上げるために、その元のレッスンで示されたままの形とは変えられているが、示されている形のまま使い、元の言葉に戻す必要はないし、元のレッスンの際に提案された通りに考えを適用する必要もない。





Workbook Lesson 52



Review of Lessons 6 – 10
レッスン6から10の復習



Today's review covers these ideas:
今日の復習では、次の考えを扱います。



1. [6]
 I am upset because I see what is not there.
 私が心が乱されているのは、そこに存在しないものを見ているせいだ。



 Reality is never frightening.
 現実は、決して恐ろしいものではない。

 It is impossible that it could upset me.
 現実が私の心を乱すことなど不可能だ。

 Reality brings only perfect peace.
 現実は、ただ完全な平安だけをもたらすからだ。

 When I am upset, it is always because I have replaced reality with illusions I made up.
 私の心が乱れているとき、それはつねに、私が現実の代わりに自分の作りあげた幻想で置き換えてしまったためなのだ。

 The illusions are upsetting because I have given them reality, and thus regard reality as an illusion.
 幻想が心を乱すのは、私がその幻想にリアリティーを与えることで、現実のほうを幻だとみなしてしまうからだ。

 Nothing in God's creation is affected in any way by this confusion of mine.
 神の創造したものの中で、私のこんな混同によって、少しでも影響を受けるようものは何ひとつない。

 I am always upset by nothing.
 私がつねに無によって狼狽させられているのだ。



2. [7]
 I see only the past.
 私はただ過去だけを見ている。



 As I look about, I condemn the world I look upon.
 私は自分の周りを見ながら、自分の眺める世界を非難している。

 I call this seeing.
 私は、これを見ることと呼んでいる。

 I hold the past against everyone and everything, making them my enemies.
 私は、過去を持ち出しては、誰でも何でも非難しては、それらを自分の敵に仕立てあげている。

 When I have forgiven myself and remembered Who I am, I will bless everyone and everything I see.
 私が自分自身を赦して自分が本当は誰なのか思い出したとき、私は自分の見るすべての人とすべてのものを祝福するだろう。

 There will be no past, and therefore no enemies.
 そのとき、過去はなくなって、それゆえ、敵もいなくなっているはずだからだ。

 And I will look with love on all that I failed to see before.
 そして、私は以前には見損ねてしまっていたものすべてを愛をこめて見つめるだろう。




3. [8]
 My mind is preoccupied with past thoughts.
 私の心は、過去の思いで占領されている。



 I see only my own thoughts, and my mind is preoccupied with the past.
 私はただ自分自身の思いだけを見ているので、私の心は過去に奪われてしまっている。

 What, then, can I see as it is?
 そうだとしたら、そんな私にいったい何をあるがままに見ることができるというのだろう。

 Let me remember that I look on the past to prevent the present from dawning on my mind.
 現在が自分の心に姿を現すのを妨げようとして私は過去を見てしまうのだと、私が覚えておけますように。

 Let me understand that I am trying to use time against God.
 私が神に逆らって時間を使おうとしていることを理解できますように。

 Let me learn to give the past away, realizing that in so doing I am giving up nothing.
 私が、過去を手放すことで自分が何も失うことにはならないと理解して、過去を手放すことを学べますように。




4. [9]
 I see nothing as it is now.
 私は、何ひとつ、今あるがままには見ていない。



  If I see nothing as it is now, it can truly be said that I see nothing.
 もし私が何も今あるがままに見ていないとすれば、それはまさしく、私が何も見ていないと言うべきことだ。

 I can see only what is now.
 なぜなら、私には今あるがままにしか見ることはできないからだ。

 The choice is not whether to see the past or the present; the choice is merely whether to see or not.
 選択肢は、過去を見るか現在を見るかではない。選択肢は、ただ単に、見るか見ないかだけだ。

 What I have chosen to see has cost me vision.
 私が今まで見るつもりで選んできたものが、代償として私にヴィジョンを失わせてきた。

 Now I would choose again, that I may see.
 今、私は真に見ることができるようになるために、改めて選び直すことにする。




5. [10]
 My thoughts do not mean anything.
 私の思いには、何の意味もない。



 I have no private thoughts.
 私には自分だけの秘密にしておけるような思いなど何ひとつない。

 Yet it is only private thoughts of which I am aware.
 しかし、私が自覚しているのは、私的な思いだけだ。

 What can these thoughts mean?
 この私的な思いとは、いったい何を意味するのだろうか。

 They do not exist, and so they mean nothing.
 これらの私的な思いは存在しない。だから、それらには何の意味もない。

 Yet my mind is part of creation and part of its Creator.
 しかし、私の心は、創造物の一部であり、その大いなる創造主の一部でもある。

 Would I not rather join the thinking of the universe than to obscure all that is really mine with my pitiful and meaningless "private" thoughts?
 私は、自分の哀れで無意味な「私的な」思いによって真に自分のものであるすべての思いを覆い隠してしまうよりも、むしろ宇宙の思考とひとつに結ばれたいと思う。


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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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