M11 世界平和は実現できる?

マニュアル 0

What can you do to promote world peace? Go home and love your family.
世界平和のためにあなたに何ができるかですって?家に帰ってあなたの家族を愛してあげなさい。

Mother Teresa
マザー・テレサ


あなたが平和になれば、世界平和はすでに内在するものとなります。あなたに他人に対する責任があるとしたら、このことだけです。つまり、あなたが自分のハートと心に平和をもたらすことです。
そんなアドバイスは利己的で無責任だと考える人がいるかもしれません。そういう人は、幸福を見出すためには世界を救わなければならない、と信じています。その受け止め方は間違っています。自分がまず幸福感を見出さないかぎり、世界は救われません。
理解し難いかもしれませんが、これが真実です。今あなたが幸福でないなら、あなたは決して幸福を見出せません。ですから、もし今自分が幸福でないとしたら、未来に幸福を探そうとするのをやめ、自分の注意を現在の瞬間に向けてください。そこにこそ、あなたの幸福があるのですから。

イエス・キリスト(ポール・フェリーニ著「無条件の愛 キリスト意識を鏡として」より)






今回はマニュアル第11節の「どのようにしてこの世界で平安が可能となるか」をご紹介します。




この問いへの答えは、エゴの価値判断による裁きを放棄して、神の裁きである聖霊の価値判断に取って代らせることによって可能となるということです。

ひとつ前のM10 価値判断の重圧から解放されるには?コントロールを手放す(無条件の愛―キリスト意識を鏡として)を読んでみてください。



「4. Peace is impossible to those who look on war.
 争いを目にしている者たちにとって、平安はありえないことです。

 Peace is inevitable to those who offer peace.
 平安を差し伸べる者たちには平安は当然のことです。」


マザー・テレサの言葉です。

「What can you do to promote world peace?
世界平和を実現するためにあなたにできることは何でしょうか。

Go home and love your family.
家に帰ってあなたの家族を愛することです。」

コースの学びはきわめて実際的ですが、コースを学ぶ私たちは、ともすれば、頭でっかちになって、頭の中がエゴの理想でいっぱいになって風船のように膨らんで、地に足がつかずに浮遊するようになりがちです。

現実から目を背けず、小さなことに大きな愛を込めるマザーのスタンスはつねに見習うべきです。





Section 11
第11節



How Is Peace Possible in This World?
どのようにして、この世界で平安が可能となるか。



1. This is a question everyone must ask.
 これは誰もが必ず問いかける疑問です。

 Certainly peace seems to be impossible here.
 たしかに、この世界で平安を実現することなど、不可能なように思えます。

 Yet the Word of God promises other things that seem impossible, as well as this.
 しかし、神の大いなる言葉は、これと同じように不可能に思えるほかのことについても約束しています。

 His Word has promised peace.
 神の大いなる言葉は平安を約束しています。

 It has also promised that there is no death, that resurrection must occur, and that rebirth is man's inheritance.
 神の大いなる言葉はまた、死はない、復活は必ず起こる、そして、再生こそ人の受け継ぐことだとも約束しています。

 The world you see cannot be the world God loves, and yet His Word assures us that He loves the world.
 あなたの目にするこの世界が神の愛する世界であるはずがありません。それでも、神の大いなる言葉は、神が世界を愛すると私たちに保証しています。

 God's Word has promised that peace is possible here, and what He promises can hardly be impossible.
 神の大いなる言葉は、この世界で平安は可能であると約束しています。そして、神の約束することが不可能であるはずがありません。

 But it is true that the world must be looked at differently, if His promises are to be accepted.
 とはいえ、神の約束が受け入れられるためには、世界は違ったふうに見られなければならないというのは真実です。

 What the world is, is but a fact.
 世界が何であるかということは、単なる事実です。

 You cannot choose what this should be.
 あなたは、世界がどのようなものであるべきか選ぶことはできません。

 But you can choose how you would see it.
 しかし、あなたは、自分がどのように世界を見ようとするか選ぶことはできます。

 Indeed, you < must > choose this.
 それどころか、あなたはどのように世界を見るか選択「しなければならない」のです。



2. Again we come to the question of judgment.
 またしても、私たちは価値判断の問題に直面します。

 This time ask yourself whether your judgment or the Word of God is more likely to be true.
 今回は、あなたの価値判断と神の大いなる言葉のどちらがより真実である可能性が高いだろうかと自問してみてください。

 For they say different things about the world, and things so opposite that it is pointless to try to reconcile them.
 というのも、あなたの判断と神の言葉は、世界について違ったことを述べているし、ことがあまりに正反対なので、両者に折り合いをつけさせようとしても無駄だからです。

 God offers the world salvation; your judgment would condemn it.
 神は世界に救済を差し延べていますが、あなたの価値判断は世界に有罪判決を宣告しようとしています。

 God says there is no death; your judgment sees but death as the inevitable end of life.
 神は死は存在しないと告げますが、あなたの価値判断には生命の避けようもない終末として死しか見えません。

 God's Word assures you that He loves the world; your judgment says it is unlovable.
 神の大いなる言葉は、神が世界を愛しているとあなたに保証していますが、あなたの価値判断は、世界は愛するに値しないと告げています。

 Who is right?
 はたして神とあなたのどちらが正しいのでしょうか。

 For one of you is wrong.
 というのも、両者のうちのどちらかが間違っているからです。

 It must be so.
 それだけは間違いありません。



3. The text explains that the Holy Spirit is the Answer to all problems you have made.
 テキストは、聖霊こそが、あなたたちの作り出してきたすべての問題に対する大いなる答えであると説明します。

 These problems are not real, but that is meaningless to those who believe in them.
 あなたたちの作り出してきた問題は実在しません。しかし、問題が存在すると信じこんでいる者たちにとっては、そんなことは意味をなしません。

 And everyone believes in what he made, for it was made by his believing it.
 そして、誰もが自分の作り出したもののことを信じています。というのは、それらは、彼がそれを信じることによって作り出されたわけだからです。

 Into this strange and paradoxical situation,--one without meaning and devoid of sense, yet out of which no way seems possible,--God has sent His Judgment to answer yours.
 この奇妙で矛盾に満ちた状況、意味をなさず、道理に欠け、そのうえ、そこから抜け出すことがどう見ても不可能にしか思えない状況の中に、神はあなたの作り出した問題に答えるために神の大いなる裁きを遣わしました。

 Gently His Judgment substitutes for yours.
 優しく神の大いなる価値判断があなたの価値判断に取って代わります。

 And through this substitution is the ununderstandable made understandable.
 そして、この置き換わりを通して、理解不能であったものが理解可能になります。

 How is peace possible in this world?
 どのようにしてこの世界で平安が可能になるのでしょうか。

 In your judgment it is not possible, and can never be possible.
 あなたの価値判断によると、それは不可能なことであり、可能にはなることは決してありえません。

 But in the Judgment of God what is reflected here is only peace.
 しかし、神の大いなる価値判断によると、この世界に反映されているのはただ平安だけです。



4. Peace is impossible to those who look on war.
 争いを目にしている者たちにとって、平安はありえないことです。

 Peace is inevitable to those who offer peace.
 平安を差し伸べる者たちには平安は当然のことです。

 How easily, then, is your judgment of the world escaped!
 そうだとすれば、世界についてのあなたの価値判断から抜け出すのは、なんと簡単なことなのでしょう。

 It is not the world that makes peace seem impossible.
 世界が平安をありえないものに見せているわけではないのです。

 It is the world you see that is impossible.
 あなたの目にしている世界のほうこそ、ありえないものなのです。

 Yet has God's Judgment on this distorted world redeemed it and made it fit to welcome peace.
 しかし、この歪んだ世界に対する神の大いなる裁きが、この世界を救済し、世界を平安を歓迎するにふさわしいものに変えてくれたのです。

 And peace descends on it in joyous answer.
 だから、喜んで歓迎に応えて、平安が世界に舞い降りてきます。

 Peace now belongs here, because a Thought of God has entered.
 神の大いなる思いが入りこんだので、いまや平安こそ、この世界にふさわしいものです。

 What else but a Thought of God turns hell to Heaven merely by being what it is?
 神の大いなる思い以外のいったい何が、ただありのままでいるだけで、地獄を天国に変えられるでしょうか。

 The earth bows down before its gracious Presence, and it leans down in answer, to raise it up again.
 恵みに満ちた神の大いなる臨在を前にして、大地は頭を垂れ、神はそれに応えて身をかがめて、大地を再び立ち上がらせます。

 Now is the question different.
 いまや、違ったことが問われます。

 It is no longer, "Can peace be possible in this world?" but instead, "Is it not impossible that peace be absent here?"
 もはや「この世界で平安は可能だろうか」とは問われません。その代わりに、「この世界から平安が去ることなど不可能ではないか」と問われることでしょう。


次

関連記事

気に入ったらシェア!

  • B!
  • LINE
  •         
 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

コメント0件

コメントはまだありません
未分類 (11)
奇跡のコース (6)
書籍 (4)
朗読 (1)
映画 (2)
アフォリズム (11)
教材 (3)
ネット (1)
テキスト (262)
┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
┣  テキスト第26章(移行) (10)
┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
ワークブック・パート① (238)
┣  レッスン1〜10 (10)
┣  レッスン11〜20 (10)
┣  レッスン21〜30 (10)
┣  レッスン31〜40 (10)
┣  レッスン41〜50 (10)
┣  レッスン51〜60 (11)
┣  レッスン61〜70 (10)
┣  レッスン71〜80 (10)
┣  レッスン81〜90 (11)
┣  レッスン91〜100 (10)
┣  レッスン101〜110 (10)
┣  レッスン111〜120 (11)
┣  レッスン121〜130 (10)
┣  レッスン131〜140 (10)
┣  レッスン141〜150 (11)
┣  レッスン151〜160 (10)
┣  レッスン161〜170 (10)
┣  レッスン171〜180 (11)
┣  レッスン181〜190 (11)
┣  レッスン191〜200 (10)
┣  レッスン201〜210 (11)
┗  レッスン211〜220 (10)
ワークブック・パート② (158)
┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
┣  レッスン221〜230 (10)
┣  レッスン231〜240 (10)
┣  レッスン241〜250 (10)
┣  レッスン251〜260 (10)
┣  レッスン261〜270 (10)
┣  レッスン271〜280 (10)
┣  レッスン281〜290 (10)
┣  レッスン291〜300 (10)
┣  レッスン301〜310 (10)
┣  レッスン311〜320 (10)
┣  レッスン321〜330 (10)
┣  レッスン331〜340 (10)
┣  レッスン341〜350 (10)
┣  レッスン351〜360 (10)
┗  レッスン361〜365 (3)
マニュアル (42)
心理療法 (13)
用語解説 (8)
祈りの歌 (15)