T11-2 癒しへの招待


Everyone we meet will either be our crucifier or our savior, depending on what we choose to be to them.
私たちの出会うすべての人たちは、私たちが彼らにどう対応するかという選択次第で、私たちを磔にする者にもなれば、私たちの救い主にもなります。



Marianne Williamson
マリアン・ウィリアムソン

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Jesus said; Fortunate is the lion eaten by a human, for lion becomes human. Unfortunate is the human eaten by a lion, for human becomes lion.
イエスは言われた。「人に食べられるライオンは幸いである。なぜなら、ライオンは人になるのだから。ライオンに食べられる人は災いである。なぜなら、人がライオンになるのだから。」

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Gospel of Thomas 7
イエス・キリスト(トマスによる福音書第7節)

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今回はテキスト第十一章から癒しへの招待をご紹介します。


真の望みへの歩みにおける攻撃と癒し

「1. If sickness is separation, the decision to heal and to be healed is the first step toward recognizing what you truly want.
 もし病気が分離であるなら、癒し、そして癒されると決心することこそ、あなたが真に望むことに気づくための第一歩となります。

 Every attack is a step away from this, and every healing thought brings it closer.
 すべての攻撃は、あなたが自分の真の望みを認識することから後退することであり、あらゆる癒しの思いは、あなたの真の望みの認識をより近くに引き寄せることになります。」





真の望みと偽りの望み

癒しが私たちが自分の真の望みに気づくための前提になるということが述べられます。

自分の真の望みとは、私たちがエゴに取り憑かれて欲しがる望みではない、本当の自分である神の子が希(こいねが)う望みです。

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このテーマについては、たびたび寄生虫と宿主の関係性を例に考えていますが、寄生虫に脳をコントロールされている状態で湧いてくる欲望に駆られている宿主の芋虫やカタツムリが自らの欲望に忠実に従っているのは事実です。

ただし、その自分の欲望そのものが寄生虫の制御によって生じているのだとしたら、宿主は自分の真の意志に従っているのではなく、自分以外の存在の人質になって奴隷になっていることにも気づかずに踊らされていることになります。

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捉えようによっては、意に反する苦役を嫌々ながら強いられている奴隷よりも滑稽で哀れな存在と言えるかもしれません。


バスチアンとグラオーグラマーンの対話

バスチアンと色のある死グラオーグラマーンの次の対話に耳を傾けてみましょう。




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それからまた数日後、少年とライオンはもう一度、とても大事なことをはなしあった。

バスチアンはライオンに宝のメダルの裏に記された文字を見てたずねた。「これは、どういう意味だろう?『汝の 欲する ことを なせ』というのは、ぼくがしたいことはなんでもしていいっていうことなんだろう、ね?」

 グラオーグラマーンの顔が急に、はっとするほど真剣になり、目がらんらんと燃えはじめた。

 「ちがいます。」あの、深い、遠雷のような声がいった。「それは、あなたさまが真に欲することをなすべきだということです。あなたさまの真の意志を持てということです。これ以上にむずかしいことはありません。」

 「ぼくの真の意志だって?」バスチアンは心にとまったそのことばをくりかえした。「それは、いったい何なんだ?」

 「それは、あなたさまがご存じないあなたさまご自身の深い秘密です。」

 「どうしたら、それがぼくにわかるだろう?」

 「いくつもの望みの道をたどってゆかれることです。一つ一つ、最後まで。それがあなたさまをご自分の真に欲すること、真の意志へと導いてくれるでしょう。」

 「それならそれほどむずかしいとも思えないけど。」バスチアンはいった。

 「いや、これはあらゆる道の中で、一番危険な道なのです。」ライオンはいった。

 「どうしてだい?」バスチアンはたずねた。「ぼくは怖れないぞ。」

 「怖れるとか怖れないとかではない。」グラオーグラマーンは声を荒げていった。「この道をゆくには、この上ない誠実さと細心の注意がなければならないのです。この道ほど決定的に迷ってしまいやすい道はほかにないのですから。」

 「それは、ぼくたちの持つ望みがいつもよい望みだとはかぎらないからかい?」

 ライオンは尻尾でそばの砂をぴしゃりと打った。そして耳を伏せ鼻にしわを寄せた。目は火を吹いていた。つづいてグラオーグラマーンがまたあの大地をゆるがす声を発したとき、バスチアンは思わず頭をすくめた。

 「望みとは何か、よいとはどういうことか、わかっておられるのですかっ?」
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Michael Ende
ミヒャエル・エンデ(「はてしない物語」317ページ)

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ライオンと人の比喩

「7. Would you be hostage to the ego or host to God?
 あなたは、エゴの人質になりたいのでしょうか、それとも神を宿したいのでしょうか。」

それは神を宿すこと、目覚めることで神の子として天国に帰還し、神とひとつになることです。

この観点で見れば、冒頭のトマス福音書第7節のライオンと人の比喩は理解できます。


聖霊に従って人がエゴを支配すべきで、エゴが人を支配することを容認してはならないという意味です。


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トマス福音書第70節では表現を変えて次のように語っています。

Jesus said, “If you give birth to what’s within you, what you have within you will save you.
イエスは言われた。「もしあなたが自分の内にあるものを生み出すなら、あなたが自分の内面に持っているものがあなたを救うであろう。

If you don’t have that within you, what you don’t have within you will kill you.”
もしあなたが自分の内にあるものを持たずにいるなら、あなたが自分の内面に持たないものがあなたを殺すであろう。」


神の子はすべてを持ち、すべてでもある王国そのものであり、神の子の内にすべてがあります。

分離幻想を抱いて自分を人の子と信じ砂粒のようにアイデンティティーを縮小し、残りの全宇宙を自分の「外」の世界に投影することで、本来実在しない死が存在し、内面から追放した自分の一部は、自分だと思う自分を脅かし自分を殺そうと付け狙う敵となります。

投影して追放した敵は実は自分であると認めることが、自分の内にあるものに生命を与えることになり、本来の居場所に戻ることができた万物が神の子を救うことになります。


テキストの第1章では、これを次のように表現しています。

「There is nothing about me that you cannot attain.
 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつありません。

 I have nothing that does not come from God.
 私の持つもので神に由来しないものは何ひとつありません。

 The difference between us now is that I have nothing else.
 今のところ、あなたたちと私との違いは、私が神から授かったもの以外には何も持っていないということです。

 This leaves me in a state which is only potential in you.
 このことが、あなたたちにとってはまだ可能性にとどまっている境地に私を置いているのです。」(T1-2 啓示と奇跡はどう違うの?時間とはどんな関係にある?、3.)




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テキスト第十一章

II. The Invitation to Healing
二 癒しへの招待



1. If sickness is separation, the decision to heal and to be healed is the first step toward recognizing what you truly want.
 もし病気が分離であるなら、癒し、そして癒されると決心することこそ、あなたが真に望むことに気づくための第一歩となります。

 Every attack is a step away from this, and every healing thought brings it closer.
 すべての攻撃は、あなたが自分の真の望みを認識することから後退することであり、あらゆる癒しの思いは、あなたの真の望みの認識をより近くに引き寄せることになります。

 The Son of God has both Father and Son, because he is both Father and Son.
 神の子は、父と子の両方を持っています。なぜなら、神の子は父であるとともに子でもあるからです。

 To unite having and being is to unite your will with his, for he wills you himself.
 所有と実在を結びつけることは、あなたの意志を父の意志と結び合わせることです。なぜなら、父はあなたに父自身を受け継がせることを意図しているからです。

 And you will yourself to him because, in your perfect understanding of him, you know there is but one will.
 そして、あなたも自らを父に捧げることを意図しています。なぜなら、あなたが父を完全に理解するなら、あなたはひとつの意志しか存在しないと知るからです。

 Yet when you attack any part of God and his Kingdom your understanding is not perfect, and what you really want is therefore lost to you.
 しかし、あなたがどの部分にせよ、神とその王国を攻撃するなら、あなたの理解は完全ではなくなってしまい、そのために、あなたには自分が本当は何を望んでいるのかわからなくなってしまいます。

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2. Healing thus becomes a lesson in understanding, and the more you practice it the better teacher and learner you become.
 こうして、癒しは理解することを学ぶレッスンとなります。そして、あなたが癒しを実践すればするほど、あなたはよりよい教師となり、よりよい生徒となります。

 If you have denied truth, what better witnesses to its reality could you have than those who have been healed by it?
 もしあなたが真理を否認してきたとすれば、真理が本物であると証言する証人として、真理によって癒された者たちほど適任な者はいないのではないでしょうか。

 But be sure to count yourself among them, for in your willingness to join them is your healing accomplished.
 ただし、あなた自身も必ずその証人たちのひとりに数えるのを忘れないでください。というのは、あなたが真理の証人たちの中に加わろうとする意欲を持つことであなたの癒しは完了するからです。

 Every miracle that you accomplish speaks to you of the Fatherhood of God.
 あなたが成就するすべての奇跡は、あなたに神の大いなる父性について語ります。

 Every healing thought that you accept, either from your brother or in your own mind, teaches you that you are God's Son.
 それがあなたの兄弟から来るものであれ、あなた自身の心の中にであれ、あなたが受け入れるすべての癒しの思いは、あなたたちは神の子なのだとあなたに教えてくれます。

 In every hurtful thought you hold, wherever you perceive it, lies the denial of God's Fatherhood and of your Sonship.
 あなたがそれをどこに知覚するにせよ、あなたが抱くどんな有害な思いの中にも、神が父であることとあなたたち全員が神の子であることの両方の否認があります。



3. And denial is as total as love.
 そして、否認することは、愛することと同じく全面的なものです。

 You cannot deny part of yourself, because the rest will seem to be separate and therefore without meaning.
 あなたは自分自身の一部だけ否認することはできません。なぜなら、一部を否認すると、残りの部分は分離していて、それゆえに、無意味なものに見えてくるからです。

 And being without meaning to you, you will not understand it.
 そして、あなたにとって意味を持たなくなるので、あなたは、その部分のことを理解できなくなってしまいます。

 To deny meaning is to fail to understand.
 意味を否認することは、理解できなくなることです。

 You can heal only yourself, for only God's Son needs healing.
 あなたに癒せるのは自分自身だけです。なぜなら、癒しが必要なのは神の子だけだからです。

 You need it because you do not understand yourself, and therefore know not what you do.
 あなたは癒しを必要としています。なぜなら、あなたは自分自身を理解しておらず、そのため、自分が何をしているのかわかっていないからです。

 Having forgotten your will, you do not know what you really want.
 自分の意志を忘れてしまっているために、あなたは自分が真に望むものがわからなくなっているのです。

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4. Healing is a sign that you want to make whole.
 癒しは、あなたが完全にしたいと望んでいる印です。

 And this willingness opens your ears to the voice of the Holy Spirit, Whose message is wholeness.
 そして、この意欲が、完全性というメッセージを携える聖霊の声に対して、あなたの耳を開きます。

 He will enable you to go far beyond the healing you would undertake, for beside your small willingness to make whole he will lay his own complete will and make yours whole.
 聖霊はあなたに、自分がなすつもりでいた癒しなど遠く及ばないほど癒せるようにしてくれます。というのも、完全にしようとするあなたのささやかな意欲にの傍に、聖霊は自らの完全な意志を置いて、あなたの意志を全きものにしてくれるからです。

 What can the Son of God not accomplish with the Fatherhood of God in him?
 自分の中にある神の大いなる父性の力添えを受けて、神の子に成し遂げられないことなど何もありません。

 And yet the invitation must come from you, for you have surely learned that whom you invite as your guest will abide with you.
 とはいえ、そのための招待状は、あなたのほうから出さなければなりません。というのも、あなたはもう、あなたが自分の客として誰を招くかによって、誰が自分の許に留まることになるかが決まることを間違いなく学んでいるはずだからです。



5. The Holy Spirit cannot speak to an unwelcoming host, because he will not be heard.
 聖霊は、客のことを迷惑がっている主人に話しかけることはできません。なぜなら、そんな主人は聖霊が話しかけても聞く耳を持たないからです。

 The eternal guest remains, but his voice grows faint in alien company.
 永遠なる賓客はそこに留まってくれていますが、よそ者扱いされているせいで、聖霊の声はだんだんかすかになって聞こえなくなってしまいます。

 He needs your protection, only because your care is a sign that you want him.
 聖霊はぜひともあなたに保護してもらわねばなりません。それはただ、あなたが気にかけることが、あなたが聖霊を望んでいる印だからです。

 Think like him ever so slightly, and the little spark becomes a blazing light that fills your mind so that he becomes your only guest.
 ほんのごくわずかでも、聖霊と同じように考えてください。そうすれば、その小さな光の閃きは燃え盛る光となってあなたの心を満たすので、聖霊はあなたにとって唯一の賓客となります。

 Whenever you ask the ego to enter, you lessen his welcome.
 あなたがエゴに入ってくるようにと求めるたびに、あなたは聖霊を歓迎する気持ちを減じてしまいます。

 He will remain, but you have allied yourself against him.
 聖霊はそのまま留まってはくれるでしょう。しかし、あなたは聖霊を蚊帳の外に置いてしまっています。

 Whatever journey you choose to take, he will go with you, waiting.
 あなたがどのような旅路に出ることを選ぼうとも、聖霊はあなたに歓迎されるのを待ちながら、あなたと一緒に行ってくれるでしょう。

 You can safely trust his patience, for he cannot leave a part of God.
 あなたは間違いなく聖霊の辛抱強さを信頼できます。というのも、聖霊には神の一部を置き去りにすることなどできないからです。

 Yet you need far more than patience.
 しかし、あなたには、辛抱強さ以上のものがさらに必要です。

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6. You will never rest until you know your function and fulfill it, for only in this can your will and your Father's be wholly joined.
 あなたは自分の役目を知り、その役目を果たすまでは、決して安息を得ることはないでしょう。というのは、あなたが自分の役目を知り、それを果たすことにおいてのみ、あなたの意志と父の意志は完全にひとつに結ばれることができるからです。

 To have him is to be like him, and he has given himself to you.
 父を持っていることは、その父と同じものであることです。つまり、父はすでに自身をあなたに与えてくれているのです。

 You who have God must be as God, for his function became yours with his gift.
 神を持っているあなたは、神と同じものであるに違いありません。というのは、神の贈り物とともに神の役割はあなたの役割となったからです。

 Invite this knowledge back into your mind, and let nothing that obscures it enter.
 あなたの心の中に戻るように、この知識を招き入れなさい。そして、この知識を不明瞭にするようなものを何ひとつ心に入りこませてはなりません。

 The Guest Whom God sent you will teach you how to do this, if you but recognize the little spark and are willing to let it grow.
 もしあなたがただ小さな閃光に気づき、それを大きな光へと増大させる意欲を抱きさえすれば、神があなたに遣わした賓客が知識を心に招き入れ、知識を不明瞭にするものを心に入りこませないようにするにはどうすればよいか教えてくれるでしょう。

 Your willingness need not be perfect, because his is.
 あなたの意欲は完璧なものである必要はありません。なぜなら、聖霊の意欲が完璧なものだからです。

 If you will merely offer him a little place, he will lighten it so much that you will gladly let it be increased.
 もしあなたがただ聖霊に小さな場所を差し出しさえすれば、聖霊はそこを本当に明るく照らしてくれるので、あなたは喜んで聖霊が照らす場所を増やしてもらうようになるでしょう。

 And by this increase, you will begin to remember creation.
 そして、このように聖霊の照らす場所が増えてゆくことによって、あなたは創造を思い出しはじめるでしょう。



7. Would you be hostage to the ego or host to God?
 あなたは、エゴの人質になりたいのでしょうか、それとも神を宿したいのでしょうか。

 You will accept only whom you invite.
 あなたが受け入れるのは、自分の招く客だけです。

 You are free to determine who shall be your guest, and how long he shall remain with you.
 あなたは、誰を自分の客とするか、そして、その客がどれくらいの間あなたの許に留まるか、自由に決めることができます。

 Yet this is not real freedom, for it still depends on how you see it.
 しかし、このことは真の自由ではありません。というのは、その決定は依然として、あなたが客として招く存在をどう見るのかに左右されるからです。

 The Holy Spirit is there, although he cannot help you without your invitation.
 聖霊はあなたからの招待がなければ、あなたを助けることができませんが、それでも、聖霊は確かにあなたの許にいます。

 And the ego is nothing, whether you invite it in or not.
 そして、あなたがエゴを招き入れようが入れまいが、エゴは無のままです。

 Real freedom depends on welcoming reality, and of your guests only the Holy Spirit is real.
 真の自由は、現実を喜んで受け入れることにかかっています。そして、あなたの招待しようとする客たちの中で実在するのは、ただ聖霊だけです。

 Know, then, Who abides with you merely by recognizing what is there already, and do not be satisfied with imaginary comforters, for the Comforter of God is in you.
 それゆえ、単純に、すでにそこにあるものを認識することによって、あなたの傍に誰が留まっているのかを知りなさい。そして、想像上の慰め役たちなどで満足しないでください。なぜなら、あなたの中には聖霊という神からの大いなる慰め主がいるからです。


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