レッスン101「神は私が完全に幸せでいることを意図している」

レッスン101〜110 0
 
 レッスン101です。

「神は私が完全に幸せでいることを意図している」が今日のテーマです。





このレッスンでは、私たちが救済を恐ろしいものだと感じてしまう仕組みについて説明されます。

T13-3 救済への恐れが参考になると思います。


5.「The exercises teach sin is not real, and all that you believe must come from sin will never happen, for it has no cause.
 この実習は、が実在しないこと、そして、あなたがに由来するに違いないと信じていることはすべて、原因がないので決して起こることはないと教えてくれます。

 Accept Atonement with an open mind, which cherishes no lingering belief that you have made a devil of God's Son.
 
自分が神の子を悪魔に変えてしまったというしぶとい信念を心に抱き続けるのをやめて、開かれた心で大いなる贖を受け入れてください。

 There is no sin.
 は存在しません。」

が実在すると信じているかぎり、その埋め合わせとしての処罰がワンセットでついてきます。

自分のについては、自分が処罰されることを恐れるし、他者の罪は許せず咎めたいという気持ちに駆られて、公正なる裁きとして処罰を求めることになります。

罪が本当にあると思うかぎり、たとえその人自身は、がんばって自分自身は清らかであることができるとしても、世界の中から罪を一掃することはできないと考えることになります。

自分のものであれ、他人のものであれ、罪が本当にあると思うなら、その前提から導き出される救済、贖罪は、罪によって損なわれた害悪に見合う罪滅ぼしをなすことによって成就する仕組みになります。

そうなれば、自ら信じる罪深さに応じて必要となる罰はそれだけ恐ろしいものとなります。

もう少し繰り返しましょう。

再三、この世界での贖罪と奇跡のコースでいう贖罪の違い、「許し」と「赦し」の違いとして述べていますが、この世界での贖罪、許しは、罪が本当にあることを前提に、罪の害悪で凹んだものを別の害悪で相殺させて埋め合わせてバランスを回復させるという仕組みでした。

そうすると、救いを実現するためには、損なわれてしまった完全性を、罪人の死や苦痛をもって贖わせることが不可欠ということになります。

だれでも自分に罪がないということなら理解できても、他人に罪がないと理解するのは困難です。

自分に甘くなれるのは、情緒的なことでも、根拠薄弱なことでもありません。

このように自分に甘くなれることは道理に適っています。

本当は、神のひとり子しか実在せず、自分以外の他者というものはないし、神の子は神聖で罪はないというのが真理だとすれば、神の子には責めるべき罪も咎める相手もいないのだから、神の子が自分は潔白だと自覚することは事実であり、自分を甘やかすことではありません。

私たちが自分に罪がないと考えることを自分に甘くなることと感じるのは、罪や他者があることを前提にして滅ぼすための許ししかできないからですが、少なくとも、自分に罪がないという意識の根源は、神の子の潔白さに由来するということです。

これに対して、自分に甘くなれても他者は許せない根拠は、単純に言えば、自分のものであれば見えるはずの誤りが包み隠されて見えなくなっているせいです。

いわゆるスコトーマ(盲点)で自覚できない部分もあるにせよ、自分の過ちは光を当てて全貌を把握できます。

なので、コンピューターが与えられたデータをもとに適用することに決められたプログラムによって演算して正しい結論をはじき出した場合、データプログラムに誤りがあっても、コンピューター自体は正確に作動しているといえるように、間違った事実認識や間違った思考システムを用いていたとしても、だれしも、自分の事実認識や世界観・思考システムに照らすかぎりは正しい行動をとることしかできないので、少なくとも自分が間違ってしまったのは当時の自分の置かれた状況や考え方からすれば、仕方のないことだったということが自分ではわかります。

他者の中でも同じ仕組みが作用しているわけですが、自分の心の中のように内省することはできないので、ブラックボックス化して、自分が割り当てて期待する他者の役目に即して決めつけることになります。

このように、自分と違って光を当てて内面を見ることができず、闇に包まれた状態、つまり、罪の語源とされる誤りが「包み」こまれて覆い隠されることで他者の誤りは「罪」となり、これが投影を可能にします。

自分がその他者に割り当てている、その他者がなすのが当然の役目が果たされていないということが、他者が非難されることを当然のこととして正当化します。

「これをしたのが私だったとして、私は自分自身を責めようとするだろうか」(レッスン134「私がありのままに赦しを知覚できますように」 0 9.)と考えてみる必要があります。

ワイドショーに出てくる凶悪極まる犯罪で、どこからどう見たって、矯正できっこないとしか思えない犯罪者や残虐な人類の歴史を振り返るだけでも、罪がないと信じるなんてどうかしてる!ということになります。

もちろん、この世界においては、罪は「存在」していますし、私たちバラバラの個人も存在しています。時間も空間も存在しています。

でも、それは影絵の夢の世界であるこの世界かぎりでの「存在」の話で、神の現実である天国には、罪や時間や空間は「実在」しません。

許せない悪魔のような他者が存在すると信じることは、自分という人間が本当に実在していると信じることと同質の勘違いだということです。

夢の中で起こっていることは夢を見ている当人にとっては現実ですが、夢が終われば、それが夢で実在していなかったことがわかります。

救済は、この幻想世界というゲームがプレイされているテーブル上で、ゲームのルールを守って設定されたゴールに到達してゲームをあがることではありません。

テーブル自体をひっくり返すことです。



Lesson 101 - God’s Will for me is perfect happiness
レッスン101 神は私が完全に幸せでいることを意図している





1. Today we will continue with the theme of happiness.
 今日、私たちは引き続き、幸せというテーマに取り組みます。

 This is a key idea in understanding what salvation means.
 幸せこそ、救済が何を意味するのか理解するうえで鍵となる概念です。

 You still believe it asks for suffering as penance for your "sins."
 あなたはまだ、救済は、あなたの「」の償いとして苦しみを求めるものだと信じています。

 This is not so.
 これはその通りではありません。

 Yet you must think it so while you believe that sin is real, and that God's Son can sin.
 しかし、あなたがが本当にあり、神の子がを犯すことができると信じているかぎりは、あなたは、これがその通りだと考えてしまうはずです。



2. If sin is real, then punishment is just and cannot be escaped.
 もしが実在するとしたら、処罰は正当で免れようのないものとなります。

 Salvation thus cannot be purchased but through suffering.
 こうして、救済は苦しみを通してのみ贖われうるものとなります。

 If sin is real, then happiness must be illusion, for they cannot both be true.
 もしが実在するなら、幸せは錯覚であるに違いありません。なぜなら、と幸せが同時に真実であるはずがないからです。

 The sinful warrant only death and pain, and it is this they ask for.
 罪深い者には死と苦痛だけが当然の報いであり、罪人たちが求めるのはこの死と苦痛です。

 For they know it waits for them, and it will seek them out and find them somewhere, sometime, in some form that evens the account they owe to God.
 というのは、罪人は、死と苦痛が自分たちを待ち受けているのを知っており、死と苦痛が自分たちを捜し回っては、いつかどこかで自分たちを見つけ出して、何らかの形で、彼らが神に対して負う借りを清算させるはずだと思っているからです。

 They would escape Him in their fear.
 罪人は、恐怖心に駆られて、神から逃がれようとします。

 And yet He will pursue, and they can not escape.

 それでも、神は追いかけてくるので、彼らには逃れる術はありません。



3. If sin is real, salvation must be pain.
 もし罪が本当にあるなら、救済は苦痛であるに違いありません。

 Pain is the cost of sin, and suffering can never be escaped, if sin is real.
 苦痛は罪の代償であり、もし罪が実在するなら、苦しみから逃れることは決してできません。

 Salvation must be feared, for it will kill, but slowly, taking everything away before it grants the welcome boon of death to victims who are little more than bones before salvation is appeased.
 救済が恐れられるのも無理はありません。というのも、救済は殺すつもりはあっても、生贄がゆっくりとすべてを剥ぎ取られてほとんど骨になって死を恩恵として歓迎するようになったと認めるまでは満足しないからです。

 Its wrath is boundless, merciless, but wholly just.

 救済の憤怒は、際限なく情け容赦のないものではあっても、完全に当然の報いとして受けるべきものとされます。




4. Who would seek out such savage punishment?
 こんな残酷な処罰を誰が求めようとするでしょうか。

 Who would not flee salvation, and attempt in every way he can to drown the Voice which offers it to him?
 誰もが、救済から逃れようとして、自分にできるどんな手だてを講じてでも、救済を自分に与えようとする大いなる声をかき消そうとせずにはいられないのではないでしょうか。

 Why would he try to listen and accept Its offering?
 どうして彼が、救済を差し延べる声に耳を傾けて、それが差し延べる罰を受け入れようとするでしょうか。

 If sin is real, its offering is death, and meted out in cruel form to match the vicious wishes in which sin is born.
 もし罪が実在するなら、その声が差し出しているのは死であり、罪を生み出した邪悪な願望に似つかわしい残酷な形で死が与えられることになります。

 If sin is real, salvation has become your bitter enemy, the curse of God upon you who have crucified His Son.
 もし罪が実在するなら、救いは、あなたの仇敵となったのであり、わが子を磔にしたあなたに対する神からの呪いだということになります。



5. You need the practice periods today.
 あなたは、今日、しっかり実習の時間をとる必要があります。

 The exercises teach sin is not real, and all that you believe must come from sin will never happen, for it has no cause.
 この実習は、罪が実在しないこと、そして、あなたが罪に由来するに違いないと信じていることはすべて、原因がないので決して起こることはないと教えてくれます。

 Accept Atonement with an open mind, which cherishes no lingering belief that you have made a devil of God's Son.
 
自分が神の子を悪魔に変えてしまったとしつこく信じ続けるのをやめて、開かれた心で大いなる贖罪を受け入れてください。

 There is no sin.
 罪は存在しません。

 We practice with this thought as often as we can today, because it is the basis for today’s idea.
 私たちは、今日、この考えをできるだけ頻繁に実習します。なぜなら、罪が存在しないことが「神は私が完全に幸せでいることを意図している」という今日の考えの基盤だからです。



6. God's Will for you is perfect happiness because there is no sin, and suffering is causeless.
 神はあなたのために完璧な幸せを意図しています。なぜなら、罪は存在しないので、苦しみには原因がないからです。

 Joy is just, and pain is but the sign you have misunderstood yourself.
 喜びこそが当然に受け取るべき報いです。そして、苦痛とは単に、あなたが自分自身を誤解していたことを示す印でしかありません。

 Fear not the Will of God.
 神の大いなる意志を恐れることはありません。

 But turn to it in confidence that it will set you free from all the consequences sin has wrought in feverish imagination.
 むしろ、神の大いなる意志が、熱狂した空想の中で罪がもたらしたあらゆる結果からあなたを解放してくれると確信して、神の大いなる意志に頼ってください。

 Say:
 次のように言ってください。


God’s Will for me is perfect happiness.
神は私が完全に幸せでいることを意図している。

There is no sin; it has no consequence.
罪は存在しない。罪には何の結果もない。


 So should you start your practice periods, and then attempt again to find the joy these thoughts will introduce into your mind.
 このように言って、あなたの実習時間を始めてください。それから再び、これらの考えが自分の心の中に引き起こしてくれる喜びを見出すように試みてください。



7. Give these five minutes gladly, to remove the heavy load you lay upon yourself with the insane belief that sin is real.
 罪が実在するという狂気の信念を抱くことであなたが自分自身に背負わせてきた重荷を取り除くために、こうして1時間ごとに5分間を喜んで捧げてください。



 Today escape from madness.
 今日こそ、狂気から脱出するのです。

 You are set on freedom's road, and now today's idea brings wings to speed you on, and hope to go still faster to the waiting goal of peace.
 あなたは自由の道を進んでいます。そして、今、今日の考えがあなたが前進する速度を増す翼と、あなたを待ち受けている平安という目標により早く辿り着きたいと思わせる希望をもたらしてくれます。

 There is no sin.
 罪は存在しません。

 Remember this today, and tell yourself as often as you can:
 このことを今日は覚えておいて、できるだけ頻繁に次のように自分に言い聞かせてください。


God’s Will for me is perfect happiness.
神は私が完全に幸せでいることを意図している。

This is the truth because there is no sin.
これは真理だ。なぜなら、罪は存在しないからだ。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。


 

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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