T31-8 終着

テキスト第31章(最後のヴィジョン) 0

あなたがたの世界、人生、思考が天国の外にあったことは一度もありません。なぜなら、兄弟よ、天国はここにあるからです。そして今、あるからです。

あなたは自分が見ることを選んだものを見ます。あらゆる知覚は選択だからです。あなたが見えるものに自分流の意味を押し付けなくなったとき、あなたのスピリチュアルな目が開いて、判断や批判から自由になった世界が終わりのない美しさに輝いているのを目にするでしょう。

地上の枷(かせ)は外れ落ちて、あなたは明るい上にも明るい星々の中の、自分の場所へ昇ってゆきます。そこから私のように大地を見下ろして、深い憐れみをもって、こう言うことでしょう。「私はあそこを歩いていたときには、恐怖心があり、その中を通り抜けることを学んだ。あそこは聖なる場所だ。あらゆる敵が友となり、友が兄弟となり、師匠となるような場所だ。視野分離という夢がついに終わる”聖地”だ。あの旅ができたことはありがたいし、とうとう故郷に帰ってこられて嬉しい」

そしてあなたは、何も救われるためには、わざわざ旅をする必要はなかったことを知るでしょう。あなたは一点の曇りもない無垢な存在として、故郷に留まったままでいることもできたのです。しかし、旅をしなければ、あなた自身の無垢もわからなかったでしょう。あなたが純粋無垢な存在であることを、私も、私たちの父=母も知っています。

恵みから失墜したことのない天使は、神との共同創造者にはなれません。そうでなければ、意識的な創造ができないからです。意識的に創造するためには、自分の創造物を理解せねばなりません。創造物を理解するためには、それらに加わり、その旅を経験しなければなりません。

それをあなたはしてきたのです。友よ、ようこそ、故郷へ。罪と死の中をあなたがたは通り抜けて、いまや、しみも穢れもない輝かしい存在です。

ハレルヤ!ルシファーは元の天使に戻りました。放蕩息子は帰郷しました。天のすべての天使が歓喜に溢れています。そして、自分で旅をした者もまた、随喜の涙にむせぶのです。

イエス・キリスト(ポール・フェリーニ著「無条件の愛 キリスト意識を鏡として」184ページ)




「遠い遠い昔のこと、」花咲くおばさまははなしはじめた。
「わたしたちの国の女王幼ごころの君は、重いご病気で、もう死にかけていらっしゃいました。女王さまには新しいお名前が必要で、それをさしあげることができるのは人間世界のものだけだったのに、人間がもうファンタージエンにこなくなっていたからです。どうしてこないのか、だれにもわかりませんでした。もし女王さまがおかくれになれば、ファンタージエンはおしまいになってしまうのです。

ところがある日、というよりある夜のこと、やっとまた人間がやってきました。小さい男の子でした。そのぼうやが、幼ごころの君に、月の子という名をさしあげました。女王さまはそれでまたお元気になられ、お礼に、この国でぼうやの望みはなんでも実現させてあげると約束なさいました。ぼうやが、真の意志を見つけるまで、なのだけれど。それからというもの、ぼうやは一つの望みから次の望みへと、長い旅をして、そのつど望みがみたされてゆきました。一つ望みがかなえられると、新しい望みが生まれました。よい望みばかりではなく、わるい望みもありましたが、女王幼ごころの君は全然区別なさいませんでした。幼ごころの君は何もかも等しくお認めになり、女王さまの国ではみんな同じように大切なのです。そして、とうとうエルフェンバイン塔が崩れおちることになったときでさえ、それを防ごうとはなさいませんでした。

ところが、ぼうやは、望みが一つかなえられるたびに、自分の元いた世界の記憶を、一つずつなくしていったのです。といっても、ぼうやはもう帰る気持はなかったので、気にもかけませんでした。だから次から次へと望みを持っては進むうちに、とうとう記憶のほとんどを失ってしまいました。覚えていることがなくては、もう望むこともできません。こうしてぼうやは、もう人間というより、ほとんどファンタージエン人になってしまったのです。

ぼうやはそれでもまだ、何が真の意志なのかわかりませんでした。今やそれが見つからないまま、残されたわずかな記憶までなくなってしまう危険が出てきたのです。もしそんなことになれば、ぼうやはもう自分の世界に帰れなくなるのです。そのとき、ぼうやは、やっと変わる家にたどりつきました。そして、真の意志が何なのか、それがわかるまでそこにいることになりました。というのは、この変わる家というのは、家そのものが変わるだけではなくて、家がその中に住む人を変えるから、そういう名前がついているのです。それは、ぼうやにはとても大切なことでした。ぼうやはそれまで、自分とはちがう、別のものになりたいといつも思ってきましたが、自分を変えようとは思わなかったからです。」

ミヒャエル・エンデ(「はてしない物語」より)




The man form is higher than the angel form; of all forms it is the highest.
人間としてあることは、天使としてのありようよりもより高次な形といえる。あらゆるあり方の中でも最も高次なのだ。

Man is the highest being in creation, because he aspires to freedom.
人間は創造物の中で最高の存在なのだ。なぜなら、人は自由を希求するからだ。

Paramahansa Yogananda
パラマハンサ・ヨガナンダ




Satan, really, is the romantic youth of Jesus re-appearing for a moment.
サタンとは、実は、しばしのちに再登場するイエスの空想的な青年期の姿なのだ。

James Joyce (Stephen Hero)
ジェイムズ・ジョイス




テキスト第31章の最後の節「もう一度選びなさい」です。






レッスン110で、次のように、テキストからの引用がなされていました。

「For your five minute practice periods, begin with this quotation from the text:
 5分間の実習時間を、テキストからの次の引用で始めてください。


"I am as God created me. His Son can suffer nothing. And I am His Son."
『私は神に創造されたままの私だ。神の子は苦しむことなどできない。そして、私こそが神の子なのだ』


 Then, with this statement firmly in your mind, try to discover in your mind this Self Who is the holy Son of God Himself.
 それから、この宣言を固く自分の心に抱き、あなたの心の中に、聖なる神の子そのものであるこの大いなる自己を見つけることを試みてください。」

この引用は、本節の
5.「"I am as God created me.
『私は神が創造してくれたままの存在だ。

His Son can suffer nothing.
神の子には何も苦しむことなどできない。

And I am His Son."
そして、私こそがその神の子なのだ。』」
の引用です。



さて、今回でテキストを読了することになりますが、テキスト全体を振り返って、クラシックの壮大な交響曲を聴いていたような印象を持たれる方も多いでしょう。

とくにテキスト29章あたりからは、怒涛のような勢いで畳みかける展開だったので、終盤では、魂が打ち震えて圧倒されるような思いを抱かれた方も少なくないと思います。

今回で、テキストは終わりますが、コースは一回読んで終わりという書物ではありません。

幾度も述べているように、コースの学びは、外にあるものを覚えるためではなく、余計なものを忘れて、本当の記憶を思い出すための学びです。

放っておくと雑草のようにはびこってくるエゴをのさばらせないための毎日の髭剃りや歯磨きのような意味合いで、日々コースに触れることが有益なのはもちろんです。

けれど、このようなマイナスをなくすという意味以上に、コースを読むこと自体が、魂にとって、身体が食事したり呼吸したりするような本質的な重要性を持つ意義を果たすということがいえると思います。

イルカやクジラのような水生哺乳類が普段は潜水していながらも定期的に海面に浮上して空気を呼吸して生命を維持するように、私たちは、この幻想世界に暮らしながらも、毎晩の睡眠や輪廻転生のサイクルによって、かろうじて魂の呼吸をして、霊としての生命を保っています。

コースを読むことでイェシュアの想念に触れることは、水面まで浮上せずとも酸素ボンベをつけてつねに呼吸ができる状態で潜水するような状態、さらには退化した鰓(えら)を使えるようにして鰓呼吸できるような状態を実現してくれます。

きっとここまでテキストを読み進められたみなさんなら、コースの文章に触れずにいると、まるで息が苦しくなるように、コースと離れていることに耐えられない心境を多少なりとも実感されてきていることと思います。

なにしろ、私たちは実は人間ではなく霊なのですから、アバターとしての人の子が必要とする日々の糧だけでなく、霊が必要とする永遠の生命である愛とつながらずにいたのでは、人の子としての生命すら満足につなぐことはできません。

ぜひコースを繰り返して美味しい空気を吸い込むようにコースの文章を読むようになっていただければと思います。

呼吸の基本は呼気であり、しっかり息を吐けば、放っておいても吸気はできます。

それなのに、多くの人は、与えることと得ることを区別して、与えることなく得よう得ようとし、吐くのも忘れて吸い込もうとばかりして過呼吸症候群のようになっています。

魂の呼吸において呼気にあたるのは、感謝と奉仕です。

コースに触れることができている私たちには、世界が感謝すべきことに満ち溢れていることに気づく大きな学びを与えてもらえています。

抽象的にイェシュアを思い浮かべて感謝するのは誰にもできることですが、コースが教えてくれるのは、イェシュアに感謝を届けるには、敵や異邦人と感じる人たちを含めた兄弟の顔にかけられたヴェールの向こうにイェシュアがいることに気づいて、彼らの求めに奉仕するしか道はないということです。

救いの公式は、救済はひとりきりではなしえず、他者との関係の中での助け合いを通じてしかなしえないというものでした。

ですので、私たちも、コースの学びを実践する意欲があるなら、本ばかり読んで頭でっかちになるのではなく、コースなど学んでいない人たちの中に飛び込んで行って赦しを実践することが必要です。

救済はひとりきりではなしえませんが、救いは他者と取引することでなすものではありません。

だから、他者が自分が期待するような見返りを差し出してくれないからといって不平不満を抱いて怒るのは筋違いです。

むしろ、他者は助けとなる機会を自分に与えてくれる救い主だという自他の役割についてのリフレーミングを私たちは聖霊から学びました(T29-4 夢での役割)。

自分が奉仕する機会を与えるために他者が私たちの人生に登場してくれるのだとしたら、他者からの愛に満ちた施しに感謝するのはもちろん、他者の無関心な傍観、敵意に満ちた非難や攻撃もすべて、私たちの捉え方ひとつで、恵み深い祝福になるといえます。


マザー・テレサの言葉としてよく知られたものを引用します。

コースの学びを踏まえて読むと、マザーが深い赦しの境地に到達していて、大きな愛を込めて小さなことをなす奉仕の実践を通じてイェシュアに感謝と愛を届ける達人であったことがよくわかると思います。




Do It Anyway
それでも、そうしなさい



People are often unreasonable and self-centered.
人はしばしば不合理で自己中心的になります。

Forgive them anyway.
それでも、彼らを赦しなさい。


If you are kind, people may accuse you of ulterior motives.
あなたが優しくすると、隠れた動機があるはずだと勘ぐって、人はあなたを咎めるかもしれません。

Be kind anyway.
それでも、優しくしなさい。


If you are successful, you will win some unfaithful friends and some genuine enemies.
あなたが成功すると、あなたは不誠実な友人と本物の敵を得てしまうでしょう。

Succeed anyway.
それでも、成功しなさい。


If you are honest, people may cheat you.
あなたが正直であると、人はあなたを騙すかもしれません。

Be honest anyway.
それでも、正直でありなさい。


What you spend years creating, others could destroy overnight.
長年かけてあなたが作り上げたものを誰かが一晩で壊してしまうかもしれません。

Create anyway.
それでも、創造しなさい。


If you find serenity and happiness, some may be jealous.
あなたが静穏と幸福を見出したら、人は嫉妬するかもしれません。

Be happy anyway.
それでも、幸せでありなさい。


The good you do today may be forgotten tomorrow.
今日あなたが善行をなしても、明日には忘れ去られるかもしれません。

Do good anyway.
それでも、良きことをしなさい。


Give the best you have, and it will never be enough.
あなたの持っている最善のものを与えても、それでも十分ということは決してないでしょう。

Give your best anyway.
それでも、あなたの最善を与えなさい。

You see, in the final analysis, it is between you and God; It was never between you and them anyway.
というのも、最後に振り返れば、結局は、すべてあなたと神との間のことなのであって、少しでも、あなたとほかの人の間のことであったことなど決してなかったことが、あなたにもわかるはずだからです。



Mother Teresa
マザー・テレサ



テキスト第三十一章 



VIII. Choose Once Again
八 もう一度選びなさい



1. Temptation has one lesson it would teach, in all its forms, wherever it occurs.
 誘惑がどのような形をとろうとも、どこで生じようとも、すべての誘惑が教えこもうとしているのはたったひとつのレッスンです。

 It would persuade the holy Son of God he is a body, born in what must die, unable to escape its frailty, and bound by what it orders him to feel.
 すなわち、誘惑は、神聖な神の子に対して、彼が身体であり、死ぬように運命づけられた身体の中に産まれ、身体の脆弱さから脱することはできず、彼が何を感じるかは身体が彼に命ずることによって縛られているのだと説得しようとします。

 It sets the limits on what he can do; its power is the only strength he has; his grasp cannot exceed its tiny reach.
 身体は、神の子にできることに限界を定め、身体の力だけが彼の持つ唯一の強さであるとして、彼に身体に到達できる狭い範囲でしか物事を把握できないようにします。

 Would you be this, if Christ appeared to you in all His glory, asking you but this:
 もしキリストがあなたにその栄に満ち溢れる姿を現わして、あなたに次のことだけを求めているとしても、あなたはこんな身体でありたいというのでしょうか。


"Choose once again if you would take your place among the saviours of the world, or would remain in hell, and hold your brothers there."
「あなたは、この世界の救い主のひとりとしての自らの持ち場に就くつもりなのか、それとも地獄に留まって、あなたの兄弟たちを地獄に引き留めるつもりなのか、もう一度選びなさい。」


 For He has come, and He is asking this.
 というのも、キリストはすでに来臨し、現にこのように尋ねているからです。



2. How do you make the choice?
 あなたはどのようにしてこの選択をしたらよいのでしょうか。

 How easily is this explained!
 それは本当に簡単に説明できることです。

 You always choose between your weakness and the strength of Christ in you.
 あなたはいつでも、自分の弱さと自分の中のキリストの強さのどちらかを選んでいます。

 And what you choose is what you think is real.
 そして、あなたが選択するのは、自分が本物だと思っているほうです。

 Simply by never using weakness to direct your actions, you have given it no power.
 単純に、あなたが自分の行動を方向づける際に、決して弱さを用いないようにしさえすれば、あなたは弱さにいかなる力も与えなかったことになります。

 And the light of Christ in you is given charge of everything you do.
 そうすれば、あなたの内なるキリストのに、あなたのすることのすべての責任が委ねられることになります。

 For you have brought your weakness unto Him, and He has given you His strength instead.
 というのも、あなたが自分の弱さをキリストに手渡したので、あなたの弱さの代わりにキリストがあなたに自らの強さを与えてくれたからです。

名称未設定

3. Trials are but lessons that you failed to learn presented once again, so where you made a faulty choice before you now can make a better one, and thus escape all pain that what you chose before has brought to you.
 さまざまな試練は、あなたが以前に間違った選択をしてしまったところで、今度はよりよい選択ができるように、あなたが以前に習得し損なったレッスンが再び提示されているものにほかなりません。よりよい選択をし直すことによって、あなたは自分の以前の選択があなたにもたらしていた苦しみのすべてから逃れられるのです。

 In every difficulty, all distress, and each perplexity Christ calls to you and gently says, "My brother, choose again."
 いかなる困難に直面していようと、どれほど悲嘆に暮れていようと、どれほど混乱していようと、そのたびに、キリストはあなたに呼びかけて、優しく「私の弟よ、もう一度、選び直しなさい」と言ってくれているのです。

 He would not leave one source of pain unhealed, nor any image left to veil the truth.
 キリストは苦痛の源をただのひとつとして癒されないままにしてはおきません。また、キリストは、真理を覆い隠しているどんな形象もそのまま放ってはおきません。

 He would not leave you comfortless, alone in dreams of hell, but would release your mind from everything that hides His face from you.
 キリストは、あなたを地獄の夢の中にひとりきりで、何の慰みもないままに放っておくことはありません。それどころか、キリストは、あなたにキリストの顔を見えなくしているすべてのものから、あなたの心を解放しようとしてくれています。

 His Holiness is yours because He is the only power that is real in you.
 キリストこそあなたの中に本当にある唯一の力なので、キリストの神聖さはあなたのものです。

 His strength is yours because He is the Self that God created as His only Son.
 キリストこそ神がそのひとり子として創造した大いなる自己なので、キリストの強さはあなたのものです。



4. The images you make cannot prevail against what God Himself would have you be.
 あなたの作り出す肖像が、神自らがあなたをあらしめようと意図した実像に対抗して敵うはずがありません。

 Be never fearful of temptation, then, but see it as it is; another chance to choose again, and let Christ's strength prevail in every circumstance and every place you raised an image of yourself before.
 ゆえに、決して誘惑を恐れずに、その誘惑をありのままに見てください。すなわち、その誘惑を、あなたが以前に自分自身の肖像を掲げたありとあらゆる状況や場所においてキリストの力強さが勝利を収めて行き渡ってゆくためにもう一度選び直すための新たな機会とみなすがよいでしょう。

 For what appears to hide the face of Christ is powerless before His majesty, and disappears before His holy sight.
 というのは、キリストの顔を隠しているように見えるものは、キリストの威厳を前にしては無力であり、キリストの神聖な一瞥を前にすれば影も形もなく消え去ってしまうからです。

 The saviors of the world, who see like Him, are merely those who choose His strength instead of their own weakness, seen apart from Him.
 この世界の救い主たちとは、キリストと同じように見る者、すなわち、単にキリストとは別に見るという自分たちの弱さの代わりに、キリストの力強さを選ぶ者たちのことにほかなりません。

 They will redeem the world, for they are joined in all the power of the Will of God.
 彼らは世界を救うでしょう。というのは、彼らは、神の大いなる意志の持てるすべての力においてひとつになっているからです。

 And what they will is only what He wills.
 そして、彼らが意図するのは、神が意図することだけです。

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5. Learn, then, the happy habit of response to all temptation to perceive yourself as weak and miserable with these words:
 それゆえ、あなた自身を弱くて惨めな存在だと知覚させるようなどんな誘惑にも、明るい気持ちで次の言葉で応える習慣を身につけてください。


"I am as God created me.
「私は神が創造してくれたままの存在だ。

His Son can suffer nothing.
神の子には何も苦しむことなどできない。

And I am His Son."
そして、私こそがその神の子なのだ。」


 Thus is Christ's strength invited to prevail, replacing all your weakness with the strength that comes from God and that can never fail.
 こうして、キリストの強さが広く行き渡るようにと招かれ、あなたの弱さはすべて、神から来る絶対に失敗する心配のない力強さへと置き換わります。

 And thus are miracles as natural as fear and agony appeared to be before the choice for holiness was made.
 そうなれば、神聖なるものが選択される以前は、恐れたり悶え苦しんだりすることが当然のように思えていたのと同じくらい、今度は奇跡が起こるのが当たり前のことになります。

 For in that choice are false distinctions gone, illusory alternatives laid by, and nothing left to interfere with truth.
 というのも、神聖さを選択したことで、間違った区別はなくなり、幻の選択肢は捨て去られ、真理を妨げるものが何もなくなるからです。



6. You are as God created you, and so is every living thing you look upon, regardless of the images you see.
 あなたは神に創造されたままのあなたです。そして、あなたがそこにどのような姿を見ていようとも、あなたの目にする命あるすべてのものも神に創造されたままです。

 What you behold as sickness and as pain, as weakness and as suffering and loss, is but temptation to perceive yourself defenseless and in hell.
 あなたが病気や苦痛、あるいは弱点、苦悩や損失として見ていることは、ただあなたに自分が無力なまま地獄にいるのだと知覚させようとする誘惑でしかありません。

 Yield not to this, and you will see all pain, in every form, wherever it occurs, but disappear as mists before the sun.
 こんな誘惑に屈してはなりません。屈しなければ、それがどんな形でどこで起ころうとも、あらゆる苦痛が、ただ太陽を前にした霧のように消えてゆくのがあなたにもわかるでしょう。

 A miracle has come to heal God's Son, and close the door upon his dreams of weakness, opening the way to his salvation and release.
 神の子を癒すために奇跡が訪れ、彼の弱さの夢に扉を閉ざして、彼の救済と解放への道を開いたのです。

 Choose once again what you would have him be, remembering that every choice you make establishes your own identity as you will see it and believe it is.
 自分が神の子にどのような存在であってほしいと思うのか、もう一度、選び直してください。ただし、あなたの選択の一つひとつが、あなたが自分自身を何者とみなして信じるようになるかを決めることになるのを忘れないでください。

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7. Deny me not the little gift I ask, when in exchange I lay before your feet the peace of God, and power to bring this peace to everyone who wanders in the world uncertain, lonely, and in constant fear.
 私が求めるささやかな贈り物を私に捧げるのを拒まないでください。そうすれば、それと交換に、私はあなたの足許に神の平安とその平安をみんなにもたらすための力を置きましょう。あなたはこの力によって、自信なく、ひとり寂しく、絶え間ない恐怖に怯えながらこの世界をさまよっているすべての者たちに、神の平安をもたらすのです。

 For it is given you to join with him, and through the Christ in you unveil his eyes, and let him look upon the Christ in him. 
 というのは、その力は、あなたが彼とひとつになり、あなたの内なるキリストを通して、彼の目を覆っているものを取り除いて、彼自身の内なるキリストを見つめられるようにするために与えられるものだからです。



8. My brothers in salvation, do not fail to hear my voice and listen to my words.
 救済を担う私の兄弟たちよ、私の声を聞き損ねないように、私の言葉に耳を澄ましてください。

 I ask for nothing but your own release.
 私は、あなた自身の解放以外には何も求めてはいません。

 There is no place for hell within a world whose loveliness can yet be so intense and so inclusive it is but a step from there to Heaven.
 凛々たる美しさですべてを包みこみ、天国から一歩しか離れていない世界には、地獄が入りこむ余地などありません。

 To your tired eyes I bring a vision of a different world, so new and clean and fresh you will forget the pain and sorrow that you saw before.
 あなたの疲れた目には、私が違う世界のヴィジョンをもたらしてあげましょう。その世界はあまりに初々しく清潔で新鮮な世界なので、あなたは以前に見ていた苦悩や悲嘆など忘れ去ってしまうはずです。

 Yet this a vision is which you must share with everyone you see, for otherwise you will behold it not.
 しかし、あなたは自分が出会うすべての人たちとこのヴィジョンを分かち合わなければなりません。というのは、そうしないと、あなたにはそのヴィジョンが見えなくなってしまうからです。

 To give this gift is how to make it yours.
 このヴィジョンを贈り物として与えることこそ、そのヴィジョンを自分のものにするための方法なのです。

 And God ordained, in loving kindness, that it be for you.
 そして、神は愛に満ちた優しさで、その贈り物があなたのものになるようにと予め定めてくれているのです。

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9. Let us be glad that we can walk the world, and find so many chances to perceive another situation where God's gift can once again be recognized as ours!
 この世界を歩みながら、神の贈り物を自分たちのものとして再び認めることができる新たな状況を知覚する機会を私たちがこんなにも多く見出せることを喜びましょう。

 And thus will all the vestiges of hell, the secret sins and hidden hates be gone.
 こうして、地獄の名残りや、秘密にしている罪の数々、そして、胸に秘めた憎しみなどがすべて消え去ってしまいます。

 And all the loveliness which they concealed appear like lawns of Heaven to our sight, to lift us high above the thorny roads we traveled on before the Christ appeared.
 そして、それらが隠していた美しさのすべてが、私たちの目の前にまるで天国の芝生のように姿を現して、キリストが現われるまで私たちが旅してきた荊の道を上から見下ろせる高みにまで私たちを昇らせてくれます。

 Hear me, my brothers, hear and join with me.
 私の兄弟たちよ、私の言葉に耳を傾け、よく聞いて私とひとつに結ばれなさい。

 God has ordained I cannot call in vain, and in His certainty I rest content.
 私の呼びかけが無駄に終わることがありえないと神が定めてくれているので、私は神の確信に満足しています。

 For you will hear, and you will choose again.
 というのも、あなたはきっと私の声を聞いて、もう一度選び直してくれるはずだからです。

 And in this choice is everyone made free.
 そして、あなたのこの選択が、みんなを解放することになります。



10. I thank You, Father, for these holy ones who are my brothers as they are Your Sons.
 大いなる父よ、あなたの子であるがゆえに私の兄弟であるこの聖なる者たちに代わって、私はあなたに感謝を捧げます。

 My faith in them is Yours.
 私の彼らへ信頼は、あなたのものです。

 I am as sure that they will come to me as You are sure of what they are, and will forever be.
 あなたがこの者たちの本来の姿とそれが永遠にそうであり続けることについて確信しているように、私もこの兄弟たちが私のところに来てくれると確信しています。

 They will accept the gift I offer them, because You gave it me on their behalf.
 彼らはきっと、私が差し延べる贈り物を受け取ってくれるでしょう。なぜなら、あなたがそれを私に託してくれたのは彼らのためだからです。

 And as I would but do Your holy Will, so will they choose.
 そして、私がただあなたの聖なる意志をなすことだけを意図するように、この者たちもきっとそうすることを選択するでしょう。

 And I give thanks for them.
 ですから、兄弟たちに代わって私が感謝を捧げます。

 Salvation's song will echo through the world with every choice they make.
 兄弟たちがその選択をするたびに、救いの歌が世界中に響き渡ります。

 For we are one in purpose, and the end of hell is near.
 というのは、私たちは目的をひとつにしており、地獄の終わりが近づいているからです。

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11. In joyous welcome is my hand outstretched to every brother who would join with me in reaching past temptation, and who looks with fixed determination toward the light that shines beyond in perfect constancy.
 私と一緒に誘惑を乗り越えて行こうとする一人ひとりの兄弟、そして、完璧な不変性の中で輝き続けるに固い決意の下で眼差しを向ける一人ひとりの兄弟を喜んで迎え入れようと私は手を差し出しています。

 Give me my own, for they belong to You.
 私に属する者たちをお与えください。その者たちはあなたに属するからです。

 And can You fail in what is but Your Will?
 それに、あなたが自らの意志にほかならないことをなすことに失敗するはずがありません。

 I give You thanks for what my brothers are.
 私の兄弟たちが本当は誰なのかについて、私はあなたに感謝を捧げます。

 And as each one elects to join with me, the song of thanks from earth to Heaven grows from tiny scattered threads of melody to one inclusive chorus from a world redeemed from hell, and giving thanks to You.
 ひとり、そしてまたひとりと、兄弟たちが私とひとつに結ばれることを選んでくれるにつれて、地上から天国へと届く感謝の歌声は、最初はメロディーの断片がかすかに聞こるだけですが、やがてすべてをひとつに包み込む大きな合唱となって、地獄から救済された世界からあなたに感謝を捧げるようになります。



12. And now we say "Amen."
 そして今こそ、私たちは「アーメン」と唱えます。

 For Christ has come to dwell in the abode You set for Him before time was, in calm eternity.
 なぜなら、時が始まる以前から、穏やかな永遠の中にあなたが彼のために備えておいてくれた住み処に住まうためにキリストがやってきたからです。

 The journey closes, ending at the place where it began.
 旅路は大詰めを迎え、それが始まったところで終わります。

 No trace of it remains.
 旅人の足跡はまったく残りません。

 Not one illusion is accorded faith, and not one spot of darkness still remains to hide the face of Christ from anyone.
 幻想はただのひとつとして信頼されることはなく、なおも誰かからキリストの顔を隠し続けるような闇は一点も残ってはいません。

 Thy Will is done, complete and perfectly, and all creation recognizes You, and knows You as the only Source it has.
 あなたの大いなる意志は完結し、完璧に成し遂げられました。そして、すべての創造物があなたを認識し、あなたこそが自分たちすべての唯一の大いなる源なのだと知ります。

 Clear in Your likeness does the light shine forth from everything that lives and moves in You.
 あなたの中に生きて活動するありとあらゆるものから、あなたと同じものであることが明らかなが輝き出しています。

 For we have reached where all of us are one, and we are home, where You would have us be.
 というのも、私たちは私たちみんながひとつであるところに到達したからです。私たちはとうとう、あなたが私たちの居場所として意図してくれたわが家へと辿り着いたのです。


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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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