T21-8 内面の変化

2013年10月06日
テキスト第21章(理性と知覚) 0

There is nowhere you need go to find God, for God is within you.
神を見出すためにあなたはどこにも行く必要はありません。というのも、神はあなたの内にいるからです。

There is no one you need ask if you are good enough, for He has already established He is exceedingly well pleased.
自分が神にふさわしいだけ善良かどうか、あなたは誰にも尋ねる必要はありません。というのも、神はすでにあなたをそのように創造し終えていて神はこの上なく満足されているからです。



Marianne Williamson
マリアン・ウィリアムソン



If you do not change now your future will be the same.
もしあなたが今変わらなければ、あなたの未来は同じままだろう。

This is logical.
これは論理的帰結だ。

This is sane.
これこそが正気なのだ。



Jiddu Krishnamurti, Total Freedom: The Essential Krishnamurti
ジッドゥ・クリシュナムルティ



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テキスト第二十一章から、無力感からの脱出(「答えられていない最後の質問」)の続きである「内面的な変化」についての一節をご紹介します。

罪のない世界を見たいという意欲を持つための4つの質問

前節で出てきた質問は、次の4つでした。


1 私は、自分が支配される世界ではなくて、自分で支配する世界を望むだろうか。

2 私は、自分が無力ではなくて、自分が力強くある世界を望むだろうか。

3 私は、誰も敵がおらず、罪を犯すことなどできない世界を望むだろうか。

4 そして、私は、それが真実であるという理由で、かつて自分が否定したものを見たいと思うだろうか。


幸せでありたいという切望の恒常性

そして、最後の質問が付け加えるのは、幸せでありたいという切望の恒常性ということでした。




ブレずに幸せを求めきる

本節では、私たちが幸せを求めるに際しては、ふらふらと気まぐれであることはできないと言います。

その理由は、もし私たちが自分の望むものを受け取るのであれば、そして、幸せが不変なものだとすれば、つねに幸せであるためには、一度だけ求めれば十分なはずだからということです。

ひとたび真に望んだなら、幸せになるし、その幸せとは不変なのだから、幸せがどこかに去ってしまって、また再度望む必要が出てくるということはないはずだからです。

そうだとすれば、私たちがつねに幸せであり続けていないことは、幸せの本質に照らして、私たちは、本当は、一度も真に幸せを求めてはいなかったということになるはずです。

私たちが真に幸せを求めたことがなかったわけは

そして、私たちが、真に幸せを求めたことがなかったのは、自分の望みのものを与えてくれる力が自分に約束されていると気づかなかったからです。

そして、実は、神はすでに、私たちにこの力をすべて与えてくれていると言います。

もっとも、受け取る側の本人が自分がそれが自分の欲しているものなのか確信が持てないものを、強引に押しつけて受け手のものにさせることは神にもできません。

つまり、私たちの側が確信を持てないかぎり、私たちは切望してもいないのだし、神が何かを与えようにも、それが受け取られなければ、完全に与えたことにはならないということです。

4つ目の質問にどう答える?

私たちは自分が神の子であるという真理を否認してきました。

そして、依然として、この真理を受け入れることに恐怖を抱いています。

それは、解体されることを恐れるエゴの悲鳴であり、過去への執着と未来への恐怖でもあります。

ただし、真理を否定し続けるかぎり、不変の幸せはないということです。

あなたは4つ目の質問にどう答えるでしょうか?


M7 癒しが本当に起こるのか不安で仕方がない!が参考になると思います。



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テキスト第二十一章 



VIII. The Inner Shift
八 内面的な変化



1. Are thoughts, then, dangerous?
 それでは、思考は危険なものなのでしょうか。

 To bodies, yes!
 身体にとっては、その通り危険なものです。

 The thoughts that seem to kill are those that teach the thinker that he can be killed.
 誰かを殺すことを考える思考は、そのことを考える者自身に、自分が殺されうることを教える思考となります。

 And so he "dies" because of what he learned.
 それゆえに、誰かを殺す思いを抱いた者は、自分が学んだことのゆえに「死ぬ」のです。

 He goes from life to death, the final proof he valued the inconstant more than constancy.
 彼は生命から死に向かうことで、自分が不変性よりも変化に価値を置いたのだと最終的に証明することになります。

 Surely he thought he wanted happiness.
 きっと彼は、自分なりに幸せを望んだつもりだったはずです。

 Yet he did not desire it because it was the truth, and therefore must be constant.
 しかし彼は、幸せが真理であり、それゆえに、不変であるに違いないという理由から、幸せを真に切望したわけではありませんでした。

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2. The constancy of joy is a condition quite alien to your understanding.
 絶えることのない喜びを抱き続けることは、あなたにはきわめて理解しがたい状態です。

 Yet if you could even imagine what it must be, you would desire it although you understand it not.
 しかし、不断の歓喜がどんなものか想像できさえすれば、あなたは、たとえ自分にそれが理解できなくても、絶え間のない喜びを切望するはずです。

 The constancy of happiness has no exceptions; no change of any kind.
 絶えることのない幸せには、いかなる例外もありません。また、いかなる種類の変化もありません。

 It is unshakable as is the Love of God for his creation.
 それは、神が自ら創造したものに対して抱く大いなる愛と同じように、揺るぎないものだからです。

 Sure in its vision as its Creator is in what he knows, happiness looks on everything and sees it is the same.
 幸せの大いなる創造主が自らが知るものに確信を抱いているのと同じように、幸せな者は、自らのヴィジョンに確信をもってすべてのものを見つめ、すべてのものを自らと同じものとみなします。

 It sees not the ephemeral, for it desires everything be like itself, and sees it so.
 幸せな者は、儚いものには目もくれません。なぜなら、すべてのものが自らと同じようになることを切に願い、すべてのものを自らと同じものとして見るからです。

 Nothing has power to confound its constancy, because its own desire cannot be shaken.
 幸せな者が抱く切望は揺るぎないものなので、何ものも彼の切望の不変性を混乱させる力を持ちません。

 It comes as surely unto those who see the final question is necessary to the rest, as peace must come to those who choose to heal and not to judge.
 ほかの3つの質問に答えるためには最後の質問が必要だとわかる者には、必ず幸福が訪れます。それは、裁くことなく、癒すことを選ぶ者には、必ず心の平安が訪れるのと同じことです。



3. Reason will tell you that you cannot ask for happiness inconstantly.
 理性はあなたに、気まぐれに幸せを求めることなどできないと教えてくれるでしょう。

 For if what you desire you receive, and happiness is constant, then you need ask for it but once to have it always.
 というのは、もしあなたが自分の望むものを受け取るのであり、そして、幸せが不変なるものだとすれば、つねに幸せであるために、あなたは一度だけ幸せを求めれば足りるはずだからです。

 And if you do not have it always, being what it is, you did not ask for it.
 だから、もしあなたがつねに幸せではないとすれば、幸せの本質からいって、あなたは幸せを求めてはいなかったのです。

 For no one fails to ask for his desire of something he believes holds out some promise of the power of giving it.
 というのは、誰も、少しでも自分を幸せにする力を持つ見込みがあると自分が信じて切望するものを求め損ねるはずがないからです。

 He may be wrong in what he asks, where, and of what.
 彼は、幸せになるために、何をどこで、何から求めるのかについては、間違えるかもしれません。

 Yet he will ask because desire is a request, an asking for, and made by one whom God himself will never fail to answer.
 しかし、彼が幸せを求めようとすることだけは確かです。なぜなら、切望とは希望を伝える要請であり、頼むことであり、しかも、その依頼は、神自身が絶対にその求めに答え損ねるはずのない神の子によってなされたものだからです。

 God has already given all that he really wants.
 神はすでに、彼が真に欲するものすべてを与えてくれています。

 Yet what he is uncertain of, God cannot give.
 しかし、当人が自分が真に欲しているのか確信できないようなものは、神にも与えることはできません。

 For he does not desire it while he remains uncertain, and God's giving must be incomplete unless it is received.
 というのは、確信を持てないうちは、彼は切望してはいないし、神が何かを与えようにも、それを受け取ってもらえなければ、完全に与えたことにはならないからです。

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4. You who complete God's will and are his happiness, whose will is powerful as his, a power that is not lost in your illusions, think carefully why you have not yet decided how you would answer the final question.
 あなたは、神の大いなる意志を完成させる者であり、神の幸せそのものです。あなたの意志は、神の大いなる意志と同じ強力なものであり、あなたの抱く幻想の中にあっても、その力は失われてはいません。そんなあなたに、自分がいまだに「私は、自分が否定したものが真実であるという理由で、それを見たいと思うだろうか」という最後の質問にどう答えるか決めあぐねているのはなぜなのか、じっくりと考えてみてほしいのです。

 Your answer to the others has made it possible to help you be already partly sane.
 あなたがほかの質問に対して答えたことで、あなたはすでに部分的に正気を取り戻すことができています。

 And yet it is the final one that really asks if you are willing to be wholly sane.
 それでもなお、この最後の質問がまさにあなたに問いかけているのは、あなたは完全に正気になりたいと本気で思っているのかどうかということです。



5. What is the holy instant but God's appeal to you to recognize what he has given you?
 神聖な瞬間とは、神があなたに授けたものを認めるようにと、神があなたに訴えかける瞬間にほかなりません。

 Here is the great appeal to reason; the awareness of what is always there to see, the happiness that could be always yours.
 ここにこそ、幸せはいつでもあなたのものになりうるのであり、つねに目をやればそこにあるものに気づくように、という理性に対する大いなる訴えがあります。

 Here is the constant peace you could experience forever.
 ここにこそ、あなたが永遠に体験することができる不変なる平安があります。

 Here is what denial has denied revealed to you.
 今こそ、否認することで拒絶してきたことが、あなたに明かされます。

 For here the final question is already answered, and what you ask for given.
 というのは、ここにおいて、最後の質問はすでに答えられているし、あなたが求めるものは与えられているからです。

 Here is the future now, for time is powerless because of your desire for what will never change.
 ここに今、未来があります。というのも、あなたが永遠に変わることのないものを切望したがゆえに、時間は無力となったからです。

 For you have asked that nothing stand between the holiness of your relationship and your awareness of its holiness.
 それは、何ものにも邪魔されることなく、あなたが自分の関係の神聖さに気づきたいと求めたからです。


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It’s not how much we give, but how much love we put into giving. – Mother Teresa

 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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