T2-7 原因と結果

テキスト第2章(分離と贖罪) 0

Love does not dominate; it cultivates.
愛は支配しない。愛は育むのだ。

Johann Wolfgang von Goethe
ゲーテ



The real and lasting victories are those of peace, and not of war.
永続する真の勝利とは、戦争の勝利ではなく平和の勝利である。

Ralph Waldo Emerson
ラルフ・ワルド・エマーソン



The Way of Mastery is to break all the rules—but you have to know them perfectly before you can do this; otherwise you are not in a position to transcend them.
ものごとを会得する方法は、あらゆるルールを破ることだ。ただし、あなたがあらゆるルールを破れるようになるには、その前に、あなたはすべてのルールを完璧に知る必要がある。さもなければ、あなたはそれらのルールを超える境地に立てないからだ。

Aleister Crowley, Magical and Philosophical Commentaries on The Book of the Law
アレイスター・クロウリー



テキスト第二章から、原因と結果についての一節をご紹介します。

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前節で、イェシュアは、些末な事柄はすべて、イェシュアが自らのコントロール下に引き取ってくれ、重要なことについては私たちを指導してくれる、私たちが恐怖を抱くことは、イェシュアにコントロールを委ねるのを困難にしてしまう、私たちはイェシュアの力によって自分を恐怖から解放してもらうことはできず、私たちが自分で恐れをコントロールする必要があり、コントロールできるということが述べられました。

1.「If I intervened between your thoughts and their results, I would be tampering with a basic law of cause and effect; the most fundamental law there is.
 もし私があなたの思考とあなたの思考の結果として起こることの間に介入したなら、私は、存在する法則の中で最も根本的な法則である原因と結果という基本法則を枉げることになってしまいます。

 I would hardly help you if I depreciated the power of your own thinking.
 もし私があなた自身が持っている思考の力を軽視するなら、私はあなたを助けることがほとんどできなくなってしまうでしょう。

 This would be in direct opposition to the purpose of this course.
 このようなことは、このコースの目的に真正面から反することです。」

レッスン238「救済は全面的に私の決断にかかっている」が参考になると思います。


神が愛の神なら、そもそも私たちを間違いを犯して苦しむ存在として創造したりしなかったはずだし、間違ったとしても、すぐさま救いの手を差し延べられるはずなのに、現に手をこまねいている(私たちが苦悩に満ちて生きていること自体が何よりの証しである)ということは、神がいないか、神が愛の神ではない証拠だという素朴な疑問が湧いてくるかもしれません。

しかし、神は、愛そのものであるがゆえに、神自身とまったく同等の自由意志を持つ創造主として神の子を創造したのであり、その全能の力を誤用する自由すら否定しなかったほど大きな愛を与えてくれているのであり、上手に力を使えないからと口出しして強制すること自体が、与えた愛を制限することになるために、神は子の意志に介入したり強制したりすることはできず、聖霊という助け主を与える形で子が自分で帰還できるよう支援することしかできないということです。

「10. You do not realize how much you have denied yourself, and how much God, in his love, would not have it so.
 あなたは、自分がどれほど自分自身を否認してきたか理解していません。そしてまた、あなたは、神が自らの愛ゆえに、あなたに自分自身を拒んだままにさせないよう、どれほど強く意図したかも理解していません。

 Yet he would not interfere with you, because he would not know his son if he were not free.
 それでも、神はあなたに干渉しようとはしません。なぜなら、もし神の子が自由でなかったら、神は自らの子を知ることができなくなってしまうからです。

 To interfere with you would be to attack himself, and God is not insane.
 神があなたに干渉することは、神自らを攻撃することになってしまいますが、神は正気を失ってなどいません。

 When you deny him you are insane.
 あなたが神を否認するとき、あなたは狂気に陥っているのです。

 Would you have him share your insanity?
 あなたは神に、自分の狂気を共有させたいというのでしょうか。」(http://thereisnospoon.jp/blog-entry-714.html


さて、私たちが自分で恐れをコントロールでき、コントロールしなければならないとして、どのようにすべきなのでしょうか?

私たちは恐れとは自然に湧いてくる感情で自分で制御しようがないものだと感じ、そう信じています。

この信念を前提とすると、恐れを無理やりねじ伏せて力で抑え込むようなコントロール法が素朴に思いつきます。

けれど、この方法は役に立ちません。

というのも、恐怖を力で強引に抑え込まなければならないという発想自体が、力でねじ伏せて対抗しなければならない力が恐れにはあることを前提として認めるものだからです。

本節では、恐れの真の克服は、愛を通しての完全な理解によると言います。

この理解とは、愛は実在するものであるのに対して、恐れは実在する愛の不在、欠乏状態に名前をつけたものでしかなく、愛と同じような積極的実在性を持ち合わせない影、無だという真理に愛を通して到達することです。

このような通常の恐怖の克服法と真の克服法の相違は、許しと赦しの相違に似ています。

恐れの存在を前提に、それに蓋をして抑え込む通常の克服方法は、罪が実在することを前提に、それに目こぼししてやる許しに通じます。

これに対して、愛を通して完全に理解することで恐れが存在しないということが本当だと見極め、その通り看過する真の克服方法は、罪が実在しないと見極め、その認識通り看過する赦しに通じます。



3.の"The cause and effect principle now becomes a real expediter, though only temporarily."は文意の把握が困難な文章です。

Message Of A Course In Miracles: A Trans: A Translation of the Text in Plain Language (English Edition) (Elizabeth A. Cronkhite 著)では、あなたは神に近づくことを恐れているが、実はあなたは神を恐れているのではない、あなたは神についての自分の思考を恐れているのだ、これはあなたにとって苦痛に満ちた状態だという文章に続けて、
「The way out of pain is to accept that your own thoughts cause your perceptions and experiences.
苦痛から脱する方法は、あなたの知覚や経験を引き起こしているのは、あなた独自の思考だということを受け入れることだ。」としています。

真の原因である神について自分と分離した恐ろしい存在と解釈する独自の思考を抱くことによって、誤った知覚が惹起されているのだから、愛の神との分離はなく子である自分は神と愛でひとつに結ばれていると正しく因果律を認識することで、自分独自の思考による誤った知覚を免れるという理屈になります。

そこで、誤創造の苦痛から脱するには、私たちが誤創造の世界で採用している偽りの因果関係ではなく、真の因果関係に気づくことが重要になります。

そこで、訳文としては
「The cause and effect principle now becomes a real expediter, though only temporarily.
 たとえ一時的にでも、いまや、原因と結果の原理が真に創造を促進するものとなります。」
としています。


「The statement "For God so loved the world that he gave his only begotten son, that whosoever believeth in him should not perish but have everlasting life" needs only one slight correction to be meaningful in this context; "He gave it to his only begotten son."
 「神はそのひとり子をお与えになるほど、世を愛された。それはそのひとり子を信じる者たちがみな亡びることなく永遠の命を受けるためである。」との声明が、この文脈の中で意味を持つようにするには「神はそのひとり子に世をお与えになるほど」とたったひとつ、ささやかな修正を施せば事足ります。」
の中の引用句は、ヨハネによる福音書第3章16節です。





テキスト 第二章 



VII.Cause and Effect
七 原因と結果



1. You may still complain about fear, but you nevertheless persist in making yourself fearful.
 恐れはなくならないと、まだあなたは文句を言うかもしれませんが、それでも、執拗に自分自身を怖がらせ続けているのはやはりあなたなのです。

 I have already indicated that you cannot ask me to release you from fear.
 すでに指摘しておいたように、あなたは、自分を恐れから解放してくれるよう私に頼むことはできません。

 I know it does not exist, but you do not.
 私は恐れは存在しないと知っています。しかし、あなたは恐れが存在しないことがわかっていません。

 If I intervened between your thoughts and their results, I would be tampering with a basic law of cause and effect; the most fundamental law there is.
 もし私があなたの思考とあなたの思考の結果として起こることの間に介入したなら、私は、存在する法則の中で最も根本的な法則である原因と結果という基本法則を枉げることになってしまいます。

 I would hardly help you if I depreciated the power of your own thinking.
 もし私があなたが持っている思考の力を軽視していたなら、私はあなたを助けることがほとんどできなくなってしまうでしょう。

 This would be in direct opposition to the purpose of this course.
 このようなことは、このコースの目的に真正面から反することです。

 It is much more helpful to remind you that you do not guard your thoughts carefully enough.
 そんな無駄骨を折るよりも、ずっと有益なのは、あなたが自分の思考に十分な注意を払って警戒していないとあなたに気づかせてあげることです。

 You may feel that at this point it would take a miracle to enable you to do this, which is perfectly true.
 今の時点では、あなたは奇跡でも起きないかぎり、自分で恐れから脱出することなどできるはずがないと感じているかもしれません。たしかに、奇跡によってそれが可能になるというのはまさしくその通りの真実です。

 You are not used to miracle-minded thinking, but you can be trained to think that way.
 あなたは奇跡が自然に起こるような考え方をすることにまだ馴染んでいません。しかし、あなたは修練を積めば、そのように考えられるようになります。

 All miracle workers need that kind of training.
 奇跡を起こす者になるには、誰しもこの種の訓練を必要とするのです。



2. I cannot let you leave your mind unguarded, or you will not be able to help me.
 私は、あなたに自分の心を無防備なままにさせておくわけにはいきません。さもないと、私はあなたに手助けしてもらうことができなくなってしまうからです。

 Miracle working entails a full realization of the power of thought in order to avoid miscreation.
 奇跡を起こすに際しては、誤って創造することを避けるために、思考の力について十分に理解しておく必要があります。

 Otherwise a miracle will be necessary to set the mind itself straight, a circular process that would not foster the time collapse for which the miracle was intended.
 さもないと、心そのものを正すために奇跡が必要となり、奇跡によって時間を縮めようとしているというのに、堂々巡りのプロセスとなって、時間の崩壊を促進できなくなってしまいます。

 The miracle worker must have genuine respect for true cause and effect as a necessary condition for the miracle to occur.
 奇跡を起こす者は、奇跡が起こるための必要条件として、真の原因と結果に対して純粋な敬意を払わなければなりません。

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3. Both miracles and fear come from thoughts.
 奇跡と恐れはいずれも、思考から生じます。

 If you are not free to choose one, you would also not be free to choose the other.
 もしあなたが奇跡と恐れのうちの一方を自由に選べないとしたら、あなたはまた他方も自由に選べないはずです。

 By choosing the miracle you have rejected fear, if only temporarily.
 奇跡を選ぶことによって、たとえそれが一時的なものでしかないとしても、あなたは恐れを拒絶したことになります。

 You have been fearful of everyone and everything.
 あなたはすべての人を恐れ、すべての物事を恐れてきました。

 You are afraid of God, of me and of yourself.
 あなたは神を恐れ、私やあなた自身のことを恐れています。

 You have misperceived or miscreated Us, and believe in what you have made.
 あなたは、神と私、そしてあなた自身を誤って知覚し、つまり、誤って創造し、そして、自分が誤創造によって作り出したものが本物だと信じこんでいます。

 You would not have done this if you were not afraid of your own thoughts.
 もしあなたが自分独自の思考を恐れていなかったら、あなたはこんなことをしなかったはずです。

 The fearful must miscreate, because they misperceive creation.
 恐れる者は、創造物を誤って知覚するので、どうしても誤って創造してしまいます。

 When you miscreate you are in pain.
 あなたが誤って創造するとき、あなたは苦痛の中にいます。

 The cause and effect principle now becomes a real expediter, though only temporarily.
 たとえ一時的にでも、いまや、原因と結果の原理が真に創造を促進するものとなります。

 Actually, "Cause" is a term properly belonging to God, and his "effect" is his son.
 実際のところ、「真の原因」とは神のことを正確に示す用語であり、そして、神の「結果」とは神の子のことです。

 This entails a set of Cause and Effect relationships totally different from those you introduce into miscreation.
 神の創造には真の原因と真の結果という一組の関係性を必要とするのであり、それはあなたが誤創造に取り入れる原因や結果とはまったく異なるものです。

 The fundamental conflict in this world, then, is between creation and miscreation.
 したがって、この世界における根本的な葛藤は、創造と誤創造との間にあるのです。

 All fear is implicit in the second, and all love in the first.
 すべての恐れは誤創造に内在し、すべての愛は創造に内在します。

 The conflict is therefore one between love and fear.
 よって、葛藤とは愛と恐れとの間のものなのです。



4. It has already been said that you believe you cannot control fear because you yourself made it, and your belief in it seems to render it out of your control.
 すでに述べたように、あなたは自分には恐れをコントロールすることができないと信じています。なぜなら、あなたは自分で恐れを作り出したので、あなたは恐怖を信じこんでしまっており、この恐怖への信仰が、あなたにとって恐れを自らのコントロールの及ばないものに見せているからです。

 Yet any attempt to resolve the error through attempting the mastery of fear is useless.
 しかし、恐れはコントロールできないと信じこむ誤りを、恐れを力で支配しようと試みることを通じて解消しようとするなら、それがいかなる試みであれ、何の役にも立ちません。

 In fact, it asserts the power of fear by the very assumption that it need be mastered.
 それどころか、まさに恐れを力で支配しなければならないと決めてかかること自体が、恐れに力があることを擁護することになってしまいます。

 The true resolution rests entirely on mastery through love.
 恐れを真に克服することは、愛を通じての完全な理解に全面的にかかっています。

 In the interim, however, the sense of conflict is inevitable, since you have placed yourself in a position where you believe in the power of what does not exist.
 しかしながら、その理解に至るまでの間は、葛藤を感じることを免れないでしょう。なぜなら、あなたは、すでに自分自身を存在しない恐れの力を信じる状態に置いてしまっているからです。

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5. Nothing and everything cannot coexist.
 何もない状態とすべてがある状態とは両立できません。

 To believe in one is to deny the other.
 一方を信じれば、他方を否認することになるからです。

 Fear is really nothing and love is everything.
 恐れは本当に無であり、愛は有るものすべてです。

 Whenever light enters darkness, the darkness is abolished.
 光が闇に射し込むと、必ず闇は完全に無くなります。

 What you believe is true for you.
 あなたが信ずることは、あなたにとっての真実となります。

 In this sense the separation has occurred, and to deny it is merely to use denial inappropriately.
 この意味で、あなたがそう信じるがゆえに、分離は起こった事実です。だから、分離が起こったという事実を否認したところで、単に否認を不適切な方法で使うことにしかなりません。

 However, to concentrate on error is only a further error.
 かといって、誤りに焦点を当てて集中することは、さらなる誤りを重ねることにしかなりません。

 The initial corrective procedure is to recognize temporarily that there is a problem, but only as an indication that immediate correction is needed.
 修正のプロセスの手始めは、一時的に問題の存在を認めることです。ただし、それはただ即座に修正する必要があることを示す指標としてのみ認めるということです。

 This establishes a state of mind in which the Atonement can be accepted without delay.
 このように即座に修正する必要がある指標として一時的に問題の存在を認めることが、遅滞なく贖罪を受け入れることのできる心の状態を確立します。

 It should be emphasized, however, that ultimately no compromise is possible between everything and nothing.
 しかし、最終的には、有と無との間では、いかなる妥協も不可能だということは力説しておかねばなりません。

 Time is essentially a device by which all compromise in this respect can be given up.
 時間は本質的に、この観点におけるあらゆる妥協を放棄できるようにするための道具です。

 It only seems to be abolished by degrees, because time itself involves intervals that do not exist.
 有と無の間の妥協が完全に無くなるまでのプロセスが、少しずつしか進まないように思えるのは、時間それ自体が存在しない間隔を含んでいるからです。

 Miscreation made this necessary as a corrective device.
 誤創造によって、この時間という間隔が、修正するための道具として必要になったのです。

 The statement "For God so loved the world that he gave his only begotten son, that whosoever believeth in him should not perish but have everlasting life" needs only one slight correction to be meaningful in this context; "He gave it to his only begotten son."
 「神はそのひとり子をお与えになるほど、世を愛された。それはそのひとり子を信じる者たちがみな亡びることなく永遠の命を受けるためである。」との声明が、この文脈の中で意味を持つようにするには「神はそのひとり子に世をお与えになるほど」とたったひとつ、ささやかな修正を施せば事足ります。

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6. It should especially be noted that God has only one son.
 この声明でとくに着目すべきなのは、神がただひとりの子しか持たないという点です。

 If all his creations are his sons, every one must be an integral part of the whole sonship.
 もし神の創造物すべてが神の子らであるなら、創造物の一つひとつは神のひとり子を構成する不可欠な部分であるに違いありません。

 The sonship in its oneness transcends the sum of its parts.
 ひとつに結ばれた神のひとり子は、それを構成する数多くの部分の単なる総和を凌駕するものです。

 However, this is obscured as long as any of its parts is missing.
 しかしながら、神の子全体の構成部分が少しでも欠けているかぎり、このことはわからないままです。

 That is why the conflict cannot ultimately be resolved until all the parts of the sonship have returned.
 だから、神の子全体に属するすべての者たちが回帰するまでは、究極的には葛藤が解消されることはありえません。

 Only then can the meaning of wholeness in the true sense be understood.
 ただ全員が戻ったときにのみ、真の意味で、全体性の意味を理解することができます。

 Any part of the sonship can believe in error or incompleteness if he so chooses.
 神の子のどの部分を構成する者も、彼がもしそれを選ぶなら、誤りや不完全さを信じることができます。

 However, if he does so, he is believing in the existence of nothingness.
 けれども、もし彼が誤りや不完全さを信じるなら、彼は無が存在すると信じているのです。

 The correction of this error is the Atonement.
 この誤りを修正するのが贖罪です。



7. I have already briefly spoken about readiness, but some additional points might be helpful here.
 私はすでに、準備ができているとはどういうことか手短かに述べましたが、それにいくつかの要点を補足すれば、ここでの理解に役立つことと思います。

 Readiness is only the prerequisite for accomplishment.
 準備ができていることは、何かを成し遂げるための前提条件にすぎません。

 The two should not be confused.
 この準備と成就のふたつを混同してはなりません。

 As soon as a state of readiness occurs, there is usually some degree of desire to accomplish, but it is by no means necessarily undivided.
 準備ができ次第、たいていの場合、ある程度は成し遂げたいと望む気持ちが湧いてくるものです。しかし、このことは必ずしも、準備と成就が区別できないことを意味するわけではありません。

 The state does not imply more than a potential for a change of mind.
 準備のできた状態は、心が変化する可能性があることを意味するにとどまります。

 Confidence cannot develop fully until mastery has been accomplished.
 何事も、習得しようとすることに習熟してそれを会得するまでは、十分な確信を持てるものではありません。

 We have already attempted to correct the fundamental error that fear can be mastered, and have emphasized that the only real mastery is through love.
 私たちはすでに、恐れを力で支配しうるという根本的な誤りを正す試みをしました。そして、愛を通じてしか真の統御は会得できないことも強調しておきました。

 Readiness is only the beginning of confidence.
 準備ができたことは、確信を得るためのほんの皮切りにすぎません。

 You may think this implies that an enormous amount of time is necessary between readiness and mastery, but let me remind you that time and space are under my control.
 このように言うと、あなたは、準備ができたときから真の統御を会得するまでには、途轍もなく長い時間が必要だと仄めかしているように思うかもしれません。しかし、あなたに思い出してほしいことがあります。それは、時間と空間はこの私のコントロールの下にあるということです。


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 松山 健 Matsuyama Ken
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