レッスン151「すべての物事は、神に代わって語る声のこだまだ」

レッスン151〜160 0

God lets everything happen for a reason.
神がすべてのことを起こるに任せているのは、ゆえあってのことだ。

It's all a learning process, and you have to go from one level to another.
それは、すべては学びのプロセスであり、あなたはあるレベルからつぎのレベルへと進まなければならないということだ。

Mike Tyson
マイク・タイソン




復習期間が終わり、今日からまた通常のレッスンが始まります。

レッスン151です。

「すべての物事は、神に代わって語るのこだまだ」が今日のテーマです。







私たちは、五感というエゴの証人が語る証言が正しいと価値判断して、脆弱で無力で恐れに満ちていて、罪で穢れ、受けるべき処罰を恐れ、罪悪感に苛まれる悲惨な存在が自分だと確信しています。

したがって、エゴに従う私たちにとっては、すべての物事は、エゴののこだまです。


これに対して、自分で物事を価値判断するのをやめて聖霊の裁きに委ねることによって、すべての物事が神を代弁するのこだまとなります。

11. 「And He will reinterpret all you see, and all occurrences, each circumstance, and every happening that seems to touch on you in any way from His one frame of reference, wholly unified and sure.
 そして、聖霊は、あなたの見るすべて、すべての出来事、一つひとつの状況、少しでもあなたに影響するように見える一つひとつの事件を、完全に統一されて確実な聖霊のひとつの判断基準に基づいて、解釈し直してくれます。」


この唯一の判断基準は、T12-1 聖霊の審判で詳述されます。


「Every loving thought is true.
 愛に満ちた思いは、ひとつ残らず真実です。

 Everything else is an appeal for healing and help, regardless of the form it takes.
 愛に満ちた思い以外のものは、たとえそれがどのような形をとろうとも、ことごとく癒しと助けを求める哀願なのです。

 Can anyone be justified in responding with anger to a brother's plea for help?
 助けてほしいと求める兄弟の哀願に対して怒りをもって反応することを、いったい誰が正当化できるでしょうか。

 No response can be appropriate except the willingness to give it to him, for this and only this is what he is asking for.
 快く兄弟に助けを与えること以外は、どのような反応もふさわしいものにはなりえません。というのも、その兄弟が求めているのは、助け、ただそれだけだからです。」(T12-1 聖霊の審判、3.)


つまり、この幻想世界では、ありのままに天国は反映されておらず、実在の反映か実在の不在が姿かたちをとった影か、そのどちらかしか存在しないので、すべての物事は、愛に満ちた思いか、愛を求める哀願か、そのどちらかだということです。


私たちの見るすべて、すべての出来事、一つひとつの状況、少しでも私たちに影響するように見える一つひとつの事件は、五感によって聞いているかぎりは、愛に満ちた思いをそのまま愛をこだまするものと解釈することは容易にできても、それ以外のものは、攻撃であったり、拗ねたりやっかむことであったり、悲嘆することであったりとエゴののこだまとしてしか聞くことができません。

これに対して、自分で物事を価値判断するのをやめて聖霊の裁きに委ねるなら、自分に対する攻撃のように見えていたものは、実は愛を求め、癒してほしい、助けてほしいとの悲痛な叫びだと、その本質通りに聞こえるようになるというのですから、聖霊に裁きを委ねない手はありません。

というのも、攻撃や悲嘆に満ちた地獄世界というものが、エゴの目眩しによって私たちが間違って攻撃・反撃するという間違ったリアクションをすることによって見えたままになっている錯覚で、実は正しいリアクションに切り替えさえできれば、天国を反映する愛に満ちた素晴らしい真の世界が姿を現すというのですから。

大切な愛しい家族が助けを求めて自分に手を差し延べて近づこうとしてくれているというのに、ARグラスによってその人が見知らぬ醜いゾンビの姿で自分に襲い掛かってくるように見えているせいで、その人を傷つけたり殺したりして敵を倒したと言って喜んでいるような狂気の場所がこの世界というわけです。

実際に、外国でハロウィーンなどのイベント等での仮装をした我が子を強盗と思い違いした親が射殺してしまうような痛ましい事故が報道されると、私たちは切なくてなんともやり切れない気持ちになります。

私たちが敵を吊し上げてやっつけることができたと喜んでいるその敵が実は自分の愛児どころか自分自身だとしたら、私たちは本当に気が狂っていると表現することしかできません。

そして、この世界では、この狂気が事実として延々と繰り返されているわけです。

なんと恐ろしい地獄でしょうか。

けれど、救いはあり、それもはるか遠くを探求しなければ見つからないというわけではありません。

ただARグラスを外すことさえできれば、愛すべきものしかないと気づくことができるわけなのですから、地獄はそれがどれだけ長きに亘ってありえないほど凶悪な地獄絵図を見せてきたかにかかわりなく、千年の暗闇も一瞬の光で晴れてしまうように、皮相な膜のようなものでしかないということができます。

コースでは、キリストの顔にかかるヴェールとしてよく表現されます。

地獄の薄皮の奥にはなんと美しい天国が待っていることでしょうか。




さて、本レッスンでは、価値判断についてきわめて重要なことが語られます。

4.「You have often been urged to refrain from judging, not because it is a right to be withheld from you.
 あなたはたびたび、価値判断しないようにと促されてきましたが、それは、価値判断があなたが行使せずにおいたほうがよい権利だからというわけではありません。

 You cannot judge.
 それは、あなたには価値判断することができないからです。

 You merely can believe the ego's judgments, all of which are false.
 あなたにできるのは、エゴの価値判断を信じることだけですが、エゴの価値判断はすべてが間違っています。」

価値判断をする能力があるけれど、その能力を行使するのを差し控えた方がよいから裁いてはならない、というのではなく、そもそも価値判断する能力がないのだと。

「2. It is necessary for the teacher of God to realize, not that he should not judge, but that he cannot.
 神の教師にとって重要なことは、自分が価値判断すべきでないということではなくて、自分には価値判断することができないのだと気づくことでです。

 In giving up judgment, he is merely giving up what he did not have.
 価値判断を放棄するとき、教師は単に自分がもとから持っていなかったものについて、それが自分のものではないと見切りをつけているだけです。

 He gives up an illusion; or better, he has an illusion of giving up.
 彼は幻想を手放すのです。より正確に言えば、彼は、手放すという幻想を抱くのです。

 He has actually merely become more honest.
 実のところ、彼は単にそれまでよりも偽りのない状態になっただけです。

 Recognizing that judgment was always impossible for him, he no longer attempts it.
 いつも自分には価値判断することなど不可能だったと認めることによって、彼はもはや価値判断しようとしなくなります。

・・・

3. The aim of our curriculum, unlike the goal of the world's learning, is the recognition that judgment in the usual sense is impossible.
 私たちのカリキュラムの目指すところは、この世界の学習の目標とは異なり、通常の意味での価値判断は不可能であると認めることです。

 This is not an opinion but a fact.
 これは、ひとつの見解などではなく事実です。

 In order to judge anything rightly, one would have to be fully aware of an inconceivably wide range of things; past, present and to come.
 何かを正しく価値判断するためには、人は、過去、現在、そして未来に亘る信じがたいほど幅広い範囲の物事を完全に認識していなければならないはずです。

 One would have to recognize in advance all the effects of his judgments on everyone and everything involved in them in any way.
 人は、価値判断するに先立って、自分を含めたすべての人やあらゆる物事についての自らの価値判断が及ぼすあらゆる筋道でのすべての影響を認識している必要があるでしょう。

 And one would have to be certain there is no distortion in his perception, so that his judgment would be wholly fair to everyone on whom it rests now and in the future.
 さらに、その人は、今そして将来に、自分の価値判断が及ぶすべての人たちにとってその裁きが完全に公正なものになるように、自分の知覚に何の歪みもないことを確信していなければなりません。

 Who is in a position to do this?
 はたして誰がこんなことのできる立場にあるというのでしょうか。

 Who except in grandiose fantasies would claim this for himself?
 誇大妄想を抱く者を除いて、いったい誰が自分にこのような資格があると主張したりするでしょうか。」(M10 価値判断の重圧から解放されるには?)










Lesson 151



All things are echoes of the Voice for God.
すべての物事は、神に代わって語るのこだまだ。



1. No one can judge on partial evidence.
 不完全な証拠に基づいて価値判断することは誰にもできません。

 That is not judgment.
 それは分別のある判断ではありません。

 It is merely an opinion based on ignorance and doubt.
 それは単に、無知と疑念に基づくひとつの意見でしかありません。

 Its seeming certainty is but a cloak for the uncertainty it would conceal.
 そのうわべだけの確信は、単にそれが隠そうとする疑念の隠れ蓑でしかありません。

 It needs irrational defense because it is irrational.
 それは不合理なものであるがゆえに、不合理な防衛を必要とします。

 And its defense seems strong, convincing, and without a doubt because of all the doubting underneath.
 そして、すべての疑念が背後に隠されてしまうために、その防衛は強力で説得的で疑いの余地がないように見えます。



2. You do not seem to doubt the world you see.
 あなたは自分に見えている世界のことを疑ってはいないようです。

 You do not really question what is shown you through the body's eyes.
 あなたは、肉眼を通して自分に見えているものに、本当に何の疑問も抱いてはいません。

 Nor do you ask why you believe it, even though you learned a long while since your senses do deceive.
 しかも、あなたが自らの五感はまったく信頼に値しないと学んでから随分経つというのに、あなたはなぜ自分がこの世界は本物だと信じているのか自問しようともしません。

 That you believe them to the last detail which they report is even stranger, when you pause to recollect how frequently they have been faulty witnesses indeed!
 あなたは立ち止まって五感がいかに頻繁に本当に間違ったことを示してきたか思い出せるのに、あなたは自らの五感が伝えることを自分が細大漏らさず信じていることを奇妙にすら思っていません。

 Why would you trust them so implicitly?
 あなたがそれほど無条件に五感に信頼を寄せるのはなぜなのでしょうか。

 Why but because of underlying doubt, which you would hide with show of certainty?
 それはひとえに、あなたの心の底には疑念が潜んでいて、あなたはこの疑念を見せかけの確信で覆い隠そうとしているからではないでしょうか。



3. How can you judge?
 どうしてあなたに価値判断ができるでしょうか。

 Your judgment rests upon the witness that your senses offer you.
 あなたの価値判断は、あなたの五感があなたに示す証拠に依拠しています。

 Yet witness never falser was than this.
 とはいえ、この五感の示す証拠ほど間違った証拠はありません。

 But how else do you judge the world you see?
 しかし、五感に頼る以外にどうやって、あなたは自分の見る世界を判断できるでしょうか。

 You place pathetic faith in what your eyes and ears report.
 あなたは自分の目や耳が報告することに、痛ましいほどの信頼を寄せています。

 You think your fingers touch reality, and close upon the truth.
 あなたは、自分の指が現実に触れ、真理に肉迫できると思っています。

 This is awareness that you understand, and think more real than what is witnessed to by the eternal Voice for God Himself.
 これがあなたの理解する認識力であり、神自身を代弁する永遠の大いなるが証言することよりも、ずっと本当のものだと思っているものです。



4. Can this be judgment?
 これが価値判断といえるでしょうか。

 You have often been urged to refrain from judging, not because it is a right to be withheld from you.
 あなたはたびたび、価値判断しないようにと促されてきましたが、それは、価値判断があなたが行使せずにおいたほうがよい権利だからというわけではありません。

 You cannot judge.
 それは、あなたには価値判断することができないからです。

 You merely can believe the ego's judgments, all of which are false.
 あなたにできるのは、エゴの価値判断を信じることだけですが、エゴの価値判断はすべてが間違っています。

 It guides your senses carefully, to prove how weak you are; how helpless and afraid, how apprehensive of just punishment, how black with sin, how wretched in your guilt.
 エゴは、あなたの感覚を巧妙に導いて、あなたがいかに脆弱で、いかに無力で恐れに満ちていて、正当な処罰をどんなに恐れているか、どんなに罪で穢れ、どんなに罪悪感に苛まれて悲惨な存在か証明しようとします。



5. This thing it speaks of, and would yet defend, it tells you is yourself.
 エゴは、このような惨めな存在こそがあなた自身なのだと説明し、それでも、エゴはあなたを守ってやろうというのだ、とエゴはあなたに告げます。

 And you believe that this is so with stubborn certainty.
 そして、あなたはその通り自分は悲惨な存在だと頑なに確信しています。

 Yet underneath remains the hidden doubt that what it shows you as reality with such conviction it does not believe.
 それでも、その確信の奥底では、エゴがあなたにそんなにも確信をもって現実として示すことを、当のエゴ自身は信じていないのではないかという密かな疑念が残っています。

 It is itself alone that it condemns.
 エゴが非難するのは、エゴ自身だけです。

 It is within itself it sees the guilt.
 エゴが罪悪感を見ているのは、エゴ自身の中にだけです。

 It is its own despair it sees in you.
 エゴがあなたの中に見ているのは、エゴ自身の絶望なのです。



6. Hear not its voice.
 エゴのに耳を貸してはなりません。

 The witnesses it sends to prove to you its evil is your own are false, and speak with certainty of what they do not know.
 エゴの不幸があなたの不幸だと証明しようとしてエゴが送ってくる証人たちは偽証し、自分の知りもしないことを確信をこめて語るからです。

 Your faith in them is blind because you would not share the doubts their lord can not completely vanquish.
 あなたは証人たちの主人であるエゴにも完全に打ち消せないような疑念を分かち合う気がないので、あなたはエゴの証人たちを盲目的に信頼しています。

 You believe to doubt his vassals is to doubt yourself.
 あなたは、エゴの配下の者たちを疑うことは自分自身を疑うことだと信じているのです。



7. Yet you must learn to doubt their evidence will clear the way to recognize yourself, and let the Voice for God alone be Judge of what is worthy of your own belief.
 しかし、あなたは、エゴの証人たちの証言を疑うことで自分自身を認識するための道が明らかになることを学ばねばなりません。そして、神に代わって語る大いなるだけに、あなたが信じるに値するものが何であるか判断してもらうようにしてください。

 He will not tell you that your brother should be judged by what your eyes behold in him, nor what his body's mouth says to your ears, nor what your fingers' touch reports of him.
 あなたの肉眼に兄弟がどう見えているかによってその兄弟を裁くべきだと、聖霊があなたに教えるはずがありません。また、聖霊は、兄弟の肉体の口があなたの耳に語ることやあなたの指の感触が兄弟について報告することによっても、兄弟の価値を判断すべきだとは言いません。

 He passes by such idle witnesses, which merely bear false witness to God's Son.
 聖霊は、神の子に偽証するだけのそのような信頼に値しない証人たちを無視して通り過ぎます。

 He recognizes only what God loves, and in the holy light of what He sees do all the ego's dreams of what you are vanish before the splendor He beholds.
 聖霊は、神の愛するものだけを認めます。そして、聖霊の見るものの放つ聖なる光の中で、あなたが何者であるかについてのエゴの夢のすべては、聖霊の見る壮麗さを前にして消え去ります。



8. Let Him be Judge of what you are, for He has certainty in which there is no doubt, because it rests on Certainty so great that doubt is meaningless before Its face.
 聖霊に、あなたが何者なのか裁いてもらいなさい。というのも、聖霊は疑問の余地がない確信を抱いているからです。なぜなら、聖霊が基盤を置く確信は、あまりに偉大なものなので、その確信を前にすれば疑念など意味を持たないからです。

 Christ cannot doubt Himself.
 キリストには、自分を疑うことなどできません。

 The Voice for God can only honor Him, rejoicing in His perfect, everlasting sinlessness.
 神を代弁する大いなるは、キリストの完璧で永遠なる罪のなさを喜びながら、キリストを讃えることしかできません。

 Whom He has judged can only laugh at guilt, unwilling now to play with toys of sin; unheeding of the body's witnesses before the rapture of Christ's holy face.
 聖霊に裁かれた者は、ただ罪悪感を笑い飛ばすことしかできません。彼はもう罪というおもちゃで戯れる意欲をなくし、キリストの聖なる顔に浮かぶ喜悦を前にして、身体の証言に耳を貸すようなことはありません。



9. And thus He judges you.
 このようにして、聖霊はあなたを裁いてくれます。

 Accept His Word for what you are, for He bears witness to your beautiful creation, and the Mind Whose Thought created your reality.
 あなたが何者かについての聖霊の大いなる言葉を受け入れてください。というのも、聖霊は、あなたが美しく創造されていることについて証言し、そして、本当のあなたを創造した大いなる思いを抱く大いなる心を証言してくれるからです。

 What can the body mean to Him Who knows the glory of the Father and the Son?
 父と子の栄光を知る聖霊にとって、身体が何を意味しうるでしょうか。

 What whispers of the ego can He hear?
 エゴの囁く何が聖霊の耳に聞こえるというのでしょう。

 What could convince Him that your sins are real?
 何があなたの罪が本物だと聖霊に確信させられるというのでしょうか。

 Let Him be Judge as well of everything that seems to happen to you in this world.
 この世界であなたに起こるように見えることのすべてについても、聖霊に裁いてもらいなさい。

 His lessons will enable you to bridge the gap between illusions and the truth.
 聖霊のレッスンが、幻想と真理の隙間をあなたが埋められるようにしてくれるでしょう。



10. He will remove all faith that you have placed in pain, disaster, suffering and loss.
 聖霊は、あなたが苦痛や災難や苦難や喪失に置いてきたあらゆる信頼を取り除いてくれるでしょう。

 He gives you vision which can look beyond these grim appearances, and can behold the gentle face of Christ in all of them.
 聖霊はあなたに、これらの気味の悪い外見を越えて見通すことのできるヴィジョンを与えてくれます。このヴィジョンによって、あなたは、それらの見せかけのすべての中に優しいキリストの顔を見ることができるようになります。

 You will no longer doubt that only good can come to you who are beloved of God, for He will judge all happenings, and teach the single lesson that they all contain.
 あなたはもはや、神に愛されている自分にはただ良きことしか訪れることができないことを疑わなくなるでしょう。というのも、聖霊がすべての出来事を裁き、すべての出来事に含まれる唯一のレッスンを教えてくれるからです。



11. He will select the elements in them which represent the truth, and disregard those aspects which reflect but idle dreams.
 聖霊は、すべての出来事の中にある真理を象徴する要素を選別し、空疎な夢しか反映していない側面は無視します。

 And He will reinterpret all you see, and all occurrences, each circumstance, and every happening that seems to touch on you in any way from His one frame of reference, wholly unified and sure.
 そして、聖霊は、あなたの見るすべて、すなわち、すべての出来事、ありとあらゆる状況、少しでもあなたに影響するように見える一つひとつの事件を、完全に統一されて確実な聖霊のひとつの判断基準に基づいて、解釈し直してくれます。

 And you will see the love beyond the hate, the constancy in change, the pure in sin, and only Heaven's blessing on the world.
 そうすれば、あなたは憎しみの奥に愛を見るようになり、移り変わるものの中に不変のものを見るようになり、罪の中に清らかさを、そして、この世界に注がれる天国の祝福のみを見るようになります。



12. Such is your resurrection, for your life is not a part of anything you see.
 こうしてあなたは復活します。というのも、あなたの生命は、あなたの見ているいかなるものの一部でもないからです。

 It stands beyond the body and the world, past every witness for unholiness, within the Holy, holy as Itself.
 あなたは、身体や世界を超越して、不浄さを証明するどんなものも及ばない大いなる神聖さの内に復活するのであり、聖なる神自身と同じように神聖です。

 In everyone and everything His Voice would speak to you of nothing but your Self and your Creator, Who is One with Him.
 あらゆる人々とあらゆる物事を介して、神の大いなるは、あなたの大いなる自己とひとつのものであるあなたの創造主のことだけをあなたに語ります。

 So will you see the holy face of Christ in everything, and hear in everything no sound except the echo of God's Voice.
 だから、あなたはあらゆるものの中にキリストの顔を見るようになり、あらゆるものの中に神の大いなる声のこだまだけを聞くようになります。



13. We practice wordlessly today, except at the beginning of the time we spend with God.
 私たちは今日、神とともに過ごす時間を始める場面以外は、言葉を用いずに実践します。

 We introduce these times with but a single, slow repeating of the thought with which the day begins.
 この神とともに過ごす時間は、1日の始まりに、今日の考えをゆっくりと一度だけ繰り返すことで始めます。

 And then we watch our thoughts, appealing silently to Him Who sees the elements of truth in them.
 それから、自分の思いを見守り、それらの思いの中に真理の要素を見ている聖霊に、静かに訴えかけます。

 Let Him evaluate each thought that comes to mind, remove the elements of dreams, and give them back again as clean ideas that do not contradict the Will of God.
 聖霊に、心に浮かんでくる一つひとつの思いを渡して評価してもらい、その思いから夢の要素を取り除いて、神の大いなる意志と矛盾しないきれいな思いにして再び返してもらってください。



14. Give Him your thoughts, and He will give them back as miracles which joyously proclaim the wholeness and the happiness God wills His Son, as proof of His eternal Love.
 聖霊にあなたの思いを差し出してください。そうすれば、聖霊は、それらの思いを奇跡に変えて返してくれるでしょう。その奇跡は、神が神の子に望む完全さと幸福を神の永遠の愛の証しとして喜んで宣言します。

 And as each thought is thus transformed, it takes on healing power from the Mind which saw the truth in it, and failed to be deceived by what was falsely added.
 こうして一つひとつの思いが変容されるにつれ、それらの思いは、大いなる心に由来する癒しの力を帯びるようになります。大いなる心は、それらの思いの中に真理を見て、間違って付け加えられていたものに欺かれることなどなかったからです。

 All the threads of fantasy are gone.
 空想を紡いでいたすべての糸は消え去ります。

 And what remains is unified into a perfect Thought that offers its perfection everywhere.
 そして、残るものは、完全な大いなる思いへと統合され、あらゆるところに完璧さを差し延べます。



15. Spend fifteen minutes thus when you awake, and gladly give another fifteen more before you go to sleep.
 あなたが朝起きたあと、15分をかけてこのように過ごし、夜寝る前にも喜んでもう15分を捧げてください。

 Your ministry begins as all your thoughts are purified.
 あなたの聖なる任務は、あなたのすべての思いが清められたときに始まります。

 So are you taught to teach the Son of God the holy lesson of his sanctity.
 そうして、あなたは神の子の神聖さについての聖なるレッスンを神の子に教えることを学ぶようになります。

 No one can fail to listen, when you hear the Voice for God give honor to God's Son.
 あなたが神を代弁する声が神の子を讃えるのを聞いたなら、誰にもそれを聞き損ねることはできません。

 And everyone will share the thoughts with you which He has retranslated in your mind.
 そして、すべての者たちは、聖霊があなたの心の中で解釈し直してくれた思いをあなたと分かち合うことになります。



16. Such is your Eastertide.
 これこそがあなたの復活の日です。

 And so you lay the gift of snow-white lilies on the world, replacing witnesses to sin and death.
 だから、あなたは、罪と死の証人たちの代わりに、この世界に雪のように白い百合の花を贈り物として差し延べます。

 Through your transfiguration is the world redeemed, and joyfully released from guilt.
 あなたが変容することを通して、この世界は救われ、喜びに満ちて罪悪感から解放されます。

 Now do we lift our resurrected minds in gladness and in gratitude to Him Who has restored our sanity to us.
 今、喜びの中で、私たちは自分に正気を回復させてくれた聖霊に感謝を捧げ、息を吹き返した自らの心を喜んで天に捧げます。



17. And we will hourly remember Him Who is salvation and deliverance.
 そして、私たちは、1時間ごとに、救済であり解放である聖霊を思い出すことにします。

 As we give thanks, the world unites with us and happily accepts our holy thoughts, which Heaven has corrected and made pure.
 私たちが感謝を捧げるたびに、この世界は私たちとひとつに結ばれて、幸せに、天が修正して清めてくれた私たちの聖なる思いを受け入れます。

 Now has our ministry begun at last, to carry round the world the joyous news that truth has no illusions, and the peace of God, through us, belongs to everyone.
 今、ようやく私たちの聖なる任務が始まったのです。それは、喜ばしい知らせを世界中に届ける任務です。その吉報とは、真理が幻想を宿すことは一切ないので、私たちを通じて神の平安がすべての者たちのものとなる、というものです。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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