T7-11 神の恩寵ってどういう意味?
喜びのとき
なんという祝福なのでしょう!天上から与えられるものすべてが祝福です!
春の訪れは心を温めてくれます。海は魚にとってはそのままで喜びです。
生き物は歓喜を抑えられない 魂は大地にキスしながら言う 神よ 神よ
なんという祝福なのでしょう!あなたのワインで私を満たしてください
私を輝かせてください!私の体をワインで満たしてください。

ルーミー
それゆえ私たちは、キリストや何百人というマザー・テレサのような人たちの出現が神の意志の問題であるように、ヒットラーが出現して、その彼のせいで、何百人ものユダヤ人が殺されることになったことも、また神の意志であったことを受け入れなければなりません。言いかえれば、マザー・テレサも精神を病んだ肉体も、同じ源泉、神から創造されているのです。同様に、神が人間として創造した対象物である私たちも、小さな梅毒菌やその他の細菌を創造した同じ源泉、神から創造されたことは言うまでもありません。異なった種同士の相互作用の中で起こることも神の意志なのです。ですから、人間は神を批判することができません。言いかえれば、彼の意志を完全に受け入れることにのみ、私たちの平和がある、と言うことです。
ドイツの有名な神秘家、マイスター・エックハルトは次のように書いています。
しかし、神は個人の意志を抑圧しているわけではない。神は、神ご自身が望んでいることとは別のことを個人の意志が望まないように、それをご自分の自由にしている。それが意味することは、自由ということである。したがって、心は、神がのぞむこととは違うことを望むことはできないのである。そして、これはその束縛ではなく、それ自身の自由である。

ラメッシ・S・バルセカール

今回は、テキスト第七章から "The State of Grace"「恵みに満ちた状態」という一節をご紹介します。
"The State of Grace"
「Grace」の意味は、恩寵、慈愛、恩恵、優雅さ、上品さ等です。語源としては、喜ばせるという意味があるそうです。
「恩寵」というと重々しく、神を手の届かない高みに位置づけてしまうような感じがするので、「恵み」という言葉で訳していますが、違和感がある場合は、ほかの言葉に置き換えて読んでみてください。
欠乏感はどうしてなくならない?
が参考になると思います。

私たちの自然な状態
さて、この節では、私たちの自然な状態は、神の恵みに満ちた状態であり、ストレスに満ちた欠乏状態のほうこそが不自然な状態なのだといいます。
そして、ストレスを感じる欠乏状態が生じてしまう理由は、そもそも神の子は、自分で作り出す環境に適応するようには創造されていないからであって、神の子は、恵みのない環境に順応できないし、環境を自分に適合させることもできないということです。
そうだとすれば、自然な状態に戻るには、神の法と元来調和していない自分で作りあげたこの世界を自分に適合させようと無駄な努力をするのではなく、聖霊の導きを受けて、見せかけの自分の王国の向こう側にある神の王国を見て、そこにある神の尊厳に気づくことが必要になります。
自分の兄弟の中に神の尊厳、神の贈り物があることに気づくことで、神との共同創造者としてのその兄弟の創造力と自分の創造力を承認することになります。
他者を神の子である自分の救い主と見る
他者(兄弟)を神の子として遇し、そして自分の救い主として見るということはコースで繰り返されることです。
分離の目線で世界を眺めているかぎり、価値の序列に知覚が歪められ、マザー・テレサのような存在の中に神を見出すことはできても、犯罪者やヒトラーのような存在の中に神を見るなど不敬の極みであるように感じるし、そんな人たちの中には悪魔が巣食っていて、神の片鱗すら残っていないように思えてしまうものです。
とくに、直接の被害者の立場の人からするとなおさらです。
けれど、分裂した無数の個別の自己である私たちは、表面上、エゴ・身体として、ジグソーパズルのピースのように、ばらばらで、それぞれに異なった特質を備える異質な存在であるように見えていますが、表面上の相違の背後には、ホログラムのフィルムの破片のように、ぼやけてはいても、それぞれの中に全体像が眠っているということでした。
この点については、「打ち砕かれたかけらの中に潜むものは」
「罪悪感から解放されることは可能なのか?」
を読んでいただければと思います。

テキスト第七章
XI. The State of Grace
十一 恵みに満ちた状態
1. The Holy Spirit will always guide you truly, because your joy is his.
あなたの喜びは聖霊の喜びなので、聖霊が必ずあなたを正しく導いてくれるでしょう。
This is his will for everyone because he speaks for the Kingdom of God, which is joy.
正しく導いて喜ばせることが、みんなのために聖霊が意図することです。なぜなら、聖霊は神の王国を代弁しており、神の王国とは喜びそのものだからです。
Following him is therefore the easiest thing in the world, and the only thing that is easy, because it is not of the world.
したがって、聖霊に従うことは、この世界で最も楽で、唯一容易なことです。なぜなら、聖霊に従うことは、この世界に属することではないからです。
It is therefore natural.
それゆえ、聖霊に従うのは自然なことなのです。
The world goes against your nature, being out of accord with God's laws.
この世界のほうこそ、神の法に整合していないので、あなたの生まれ持った性質に反しているのです。
The world perceives orders of difficulty in everything.
この世界は、あらゆるものに関して難易度の序列を認めます。
This is because the ego perceives nothing as wholly desirable.
これは、エゴは何ひとつ、全面的に望ましいものと知覚しないからです。
By demonstrating to yourself there is no order of difficulty in miracles, you will convince yourself that, in your natural state, there is no difficulty at all because it is a state of grace.
奇跡には難しさの序列がないことを自分自身に実証することによって、あなたは自分に次のことを確信させることになります。それは、あなた本来の自然な状態は神の恵みに満ちた状態であるがゆえに、あなたが自然な状態にあるなら、難しさなどまったく存在しえないということです。
2. Grace is the natural state of every Son of God.
神の恵みに満ちた状態こそ、すべての神の子の自然な状態です。
When he is not in a state of grace, he is out of his natural environment and does not function well.
神の子が恵みに満ちた状態にないときには、神の子は自分が本来あるべき自然な環境から外れてしまっているので、自らの役目を満足に果たすことができません。
Everything he does becomes a strain, because he was not created for the environment that he has made.
恵みに満ちた状態にない神の子が行うことは、すべてがストレスに満ちたものになります。なぜなら、神の子は、自分で作り出した環境に適応するように創造されてはいないからです。
He therefore cannot adapt to it, nor can he adapt it to him.
したがって、神の子は恵みのない環境に順応できないし、その環境のほうを自分に適合させることもできません。
There is no point in trying.
努力しても無駄なのです。
A Son of God is happy only when he knows he is with God.
神の子が幸せでいられるのは、自分が神とともにあると知っているときだけだからです。
That is the only environment in which he will not experience strain, because that is where he belongs.
神の子がストレスを味わわずに済む唯一の環境は、彼が自分は神とともにいると知ることができる環境だけです。なぜなら、そこが神の子にふさわしい場所だからです。
It is also the only environment that is worthy of him, because his own worth is beyond anything he can make.
そこはまた、神の子がいるに値する唯一の環境でもあります。なぜなら、神の子が持つ真価には、彼が自分で作り出せるどんなものも及ばないからです。

3. Consider the kingdom you have made and judge its worth fairly.
あなたの作り出した王国のことをよく考えてみて、自分が作り出した王国の価値を公正に判断してください。
Is it worthy to be a home for a child of God?
あなたの作り出した王国は、神の子供にとってわが家としてふさわしいものでしょうか。
Does it protect his peace and shine love upon him?
あなたの作り出した王国は、神の子の平安を守り、愛の輝きを彼に注いでくれるでしょうか。
Does it keep his heart untouched by fear, and allow him to give always, without any sense of loss?
その王国は、神の子の気持ちを恐れによって何の影響も受けないままに保って、彼がいかなる喪失感も抱くことなくつねに与えられるようにしてくれるでしょうか。
Does it teach him that this giving is his joy, and that God Himself thanks him for his giving?
その王国は、このように与えることこそが彼の喜びであり、彼が与えることに神自身が感謝していると教えてくれるでしょうか。
That is the only environment in which you can be happy.
これらのことを適えてくれる環境だけが、あなたが幸せでいられる唯一の環境です。
You cannot make it, any more than you can make yourself.
あなたが自分自身を作り出すことができないように、あなたは自分でそのような環境を作り出すことはできません。
It has been created for you, as you were created for it.
あなたが神の王国のために創造されたように、神の王国もあなたのために創造されているのです。
God watches over his children and denies them nothing.
神は自身の子供たちを見守っていてくれるし、子供たちに何ひとつ拒むことはありません。
Yet when they deny him they do not know this, because they deny themselves everything.
しかし、子供たちが神を拒むとき、子供たちは、自分自身にすべてのものを拒んでいるがゆえに、自分たちが神から何も拒まれていないことがわからなくなってしまいます。
You who could give the love of God to everything you see and touch and remember, are literally denying heaven to yourself.
自分が見たり、触れたり、思い出したりするすべてのものに神の愛を与えることができるはずのあなたが、文字どおり、自分自身に天国を拒んでいるのです。
4. I call upon you to remember that I have chosen you to teach the Kingdom to the Kingdom.
私はあなたに、私があなたを選んだのは、王国に王国の真の姿を教えるためだということを思い出してもらいたいのです。
There are no exceptions to this lesson, because the lack of exceptions is the lesson.
このレッスンにはいかなる例外もありません。なぜなら、例外が存在しないことこそ、まさに学ぶべき課題だからです。
Every Son who returns to the Kingdom with this lesson in his heart has healed the Sonship and given thanks to God.
このレッスンを胸に抱いて王国に帰還する一人ひとりの子らはみな、すでに神の子全体を癒し、神に感謝を捧げています。
Everyone who learns this lesson has become the perfect teacher, because he has learned it of the Holy Spirit.
このレッスンを学んだ者は、一人ひとりがみな、完璧な教師となっています。なぜなら、彼はこのレッスンを聖霊から学んだからです。

5. When a mind has only light, it knows only light.
ある心がただ光だけを抱くなら、そのとき、その心はただ光だけを知ります。
Its own radiance shines all around it, and extends out into the darkness of other minds, transforming them into majesty.
その心自身の輝きが周り全体を照らし出し、ほかの心たちの闇の中へと光を拡張し、それらの心を威厳溢れるものへと変容させます。
The Majesty of God is there, for you to recognize and appreciate and know.
神の大いなる尊厳がそこにあります。それは、あなたがそれを認識し、その真価を認め、それを知ることができるためです。
Recognizing the Majesty of God as your brother is to accept your own inheritance.
神の尊厳をあなたの兄弟に認めることは、あなた自身が受け継いだものを受け入れることです。
God gives only equally.
神はただ平等に与えます。
If you recognize his gift in anyone, you have acknowledged what he has given you.
もしあなたが神の贈り物が誰かの中にあると認めるなら、それは、神があなたに与えてくれたものをあなたが承認したということです。
Nothing is so easy to recognize as truth.
真理ほど認識するのが簡単なものは何もありません。
This is the recognition that is immediate, clear and natural.
真理の認識は、即座に、明確に、そして自然になされるものだからです。
You have trained yourself not to recognize it, and this has been very difficult for you.
もっとも、あなたは真理を認識しないように自分自身を訓練してしまっています。そのために、真理を認識することは、これまであなたにとって、とても難しいことでした。
6. Out of your natural environment you may well ask, "What is truth?" since truth is the environment by which and for which you were created.
真理とは、それによって、またそのために、あなたが創造された環境なので、自分にとっての自然な環境の外にいるあなたが「真理とは何か」と尋ねるのも無理からぬことです。
You do not know yourself, because you do not know your Creator.
あなたは自分自身を知りません。なぜなら、あなたは自分の大いなる創造主を知らないからです。
You do not know your creations because you do not know your brothers, who created them with you.
あなたは、自分が創造したものたちを知りません。なぜなら、あなたは自分と一緒にそれらを創造してくれた兄弟たちを知らないからです。
I have already said that only the whole Sonship is worthy to be co-creator with God, because only the whole Sonship can create like him.
すでに述べたように、全体としての神の子だけが神との共同創造者となるにふさわしいのです。なぜなら、全体としての神の子だけが神のように創造できるからです。
Whenever you heal a brother by recognizing his worth, you are acknowledging his power to create and yours.
あなたが兄弟の真価を認めることによって兄弟を癒すたびに、あなたはその兄弟の創造力と自分の創造力を承認することになります。
He cannot have lost what you recognize, and you must have the glory you see in him.
あなたが認識するものを彼が失っているはずがないし、あなたがその兄弟の中に見る栄光をあなたも持っているに違いありません。
He is a co-creator with God with you.
その兄弟は、あなたと同じく神との共同創造者なのです。
Deny his creative power, and you are denying yours and that of God who created you.
その兄弟の創造力を否認するなら、あなたは自分の創造力だけでなく、あなたを創造してくれた神の創造力も否認することになってしまいます。

7. You cannot deny part of truth.
あなたは真理の一部だけを否認することはできません。
You do not know your creations because you do not know their creator.
あなたは自分の創造したものたちのことを知りません。なぜなら、あなたは彼らの創造者を知らないからです。
You do not know yourself because you do not know yours.
あなたは自分自身を知らないのです。なぜなら、あなたは自分の創造主を知らないからです。
Your creations cannot establish your reality, any more than you can establish God's.
あなたが神を実在させることができないように、あなたの創造したものたちもあなたを実在させることはできません。
But you can know both.
しかし、あなたは自分と神が実在することを両方とも知ることができます。
Being is known by sharing.
実在は、共有することによって知られます。
Because God shared his being with you, you can know him.
神が自らの実在をあなたと分かち合ってくれたのだから、あなたは神を知ることができます。
But you must also know all he created, to know what they have shared.
しかし、あなたはまた、神の創造物のすべてが何を共有しているのかを知るために、神の創造物のすべてを知らなければなりません。
Without your Father you will not know your fatherhood.
あなたの大いなる父なくしては、あなたは自らの父性を知ることはないでしょう。
The Kingdom of God includes all his sons and their children, who are as like the sons as they are like the Father.
神の王国はすべての神の子らと彼らの子供たち全員を含んでいます。すべての神の子らの子供たちは、子らが父と同じものであるように、神の子らと同じものなのです。
Know, then, the sons of God, and you will know all creation.
ゆえに、神の子らを知りなさい。そうすれば、あなたは創造のすべてを知るでしょう。


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