レッスン170「神は無慈悲ではないので、私も無慈悲ではない」

2013年11月29日
レッスン161〜170 0

小人はごく些細な批評に対しても逆上するが、賢い人は自分を非難し、攻撃し、論争した相手からも学ぼうとする。



デール・カーネギー「道は開ける



The Divine Image
神の似姿



To Mercy, Pity, Peace, and Love
慈悲、憐憫、平和、そして愛に
  
All pray in their distress;
あらゆる人は苦境の中で祈る
  
And to these virtues of delight
これら喜ばしい美徳に心を向けて
  
Return their thankfulness.
自らの感謝の念を捧げるのだ


For Mercy, Pity, Peace, and Love
慈悲、憐憫、平和そして愛こそ
  
Is God, our father dear,
我らが父なる神そのもの
  
And Mercy, Pity, Peace, and Love
ゆえに、慈悲、憐憫、平和そして愛こそが
  
Is Man, his child and care.
父なる神の愛し子である人間の本質なのだ

For Mercy has a human heart,
慈悲は人間の心を持ち
  
Pity a human face,
憐憫は人間の顔を持ち
 
And Love, the human form divine,
愛は人間の聖なる姿であり
  
And Peace, the human dress.
平安は人間がまとう衣装なのだ


Then every man, of every clime,
いかなるところにある、いかなる人であれ
  
That prays in his distress,
苦境の中で祈るときには
  
Prays to the human form divine,
人間の聖なる姿に祈るのだ
  
Love, Mercy, Pity, Peace.
愛、慈悲、憐憫、平和に


And all must love the human form,
ゆえに、だれもが人間の姿の奥に
  
In heathen, Turk, or Jew;
それが異教徒、トルコ人、ユダヤ人であろうと
  
Where Mercy, Love, and Pity dwell
そこには、慈悲と愛と憐憫が宿り
  
There God is dwelling too.
神もまた宿り給う姿を見て愛さねばならない



WILLIAM BLAKE
ウィリアム・ブレイク




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レッスン170です。

「神は無慈悲ではないので、私も無慈悲ではない」が今日のテーマです。





攻撃の放棄と例外

一般論としてなら攻撃を放棄すべきということは誰もが認めます。

ただし、他者が不合理にも自分や自分の大切なものを攻撃してくるような場合には、それを防ぐ必要があるのは当然であり、攻撃が例外的に必要なこともありうると誰もが考えます。

これが意味するのは、自己防衛のために攻撃をすることが役立つ場合には、相手が傷つくことを容認して相手に無慈悲になることも正当で有益だということです。

つまり、場合によっては自分の身を守るために攻撃を手段として用いる防衛が役立つと考えているかぎり、無慈悲になることによって自分を守ることができると考えていることになります。

このわずかな隙間から、恐怖心が生まれて増殖し、歯止めが効かなくなります。

防衛の有用性を信じることは、恐怖から逃れる手段のようには見えても、実のところ、恐怖を温存する保護装置にしかならないということになります。

防衛は、自分と敵の両陣営に世界を分割し、愛に恐怖の属性を付与することになります。

この悲惨さから脱するレッスンは次のようなものです。

「You make what you defend against, and by your own defense against it is it real and inescapable.
すなわち、あなたは自分が防衛しようとする物事を作り出し、そして、それに対して自分が防衛することによって、それを現実にして、避けようのないものにしているということです。

Lay down your arms, and only then do you perceive it false.
あなたの武装を解除してください。そうしてはじめて、あなたはそれが虚構だと知覚できるでしょう。」


地獄への道は善意で敷き詰められている

はたらく細胞でイメージしてみてください。

もし自分の身体の中で、自己免疫疾患が起こり、免疫細胞が敵と勘違いしてほかの細胞を攻撃しはじめたり、一部の細胞が癌化して、本来の役目を放棄するボイコットに同調するよう体内世界に呼びかけてシンパを増やし始めている状態になっているとしたら、誰もがなんとしてもその事態の進行を止めたいと思うはずです。

国に置き換えれば、軍隊や自衛隊が罪のない自国民を攻撃し始めたり、国家転覆を企む反政府組織が全国に仲間を増やし始めているような状態です。

当の免疫細胞や癌細胞たちの狭い了見からすれば、彼らがもっぱら善意に基づいて自らの信念に従って正しいと思う働きをしていて、それを自らの使命と確信して行っているのは間違いありません。



The road to hell is paved with good intentions.
地獄への道は善意で敷き詰められている。

ことわざ_1202120741

ヨーロッパのことわざ


防衛が自分の内側に敵を作り出し、外の兄弟に投影して自分自身に敵対する

けれど、身体全体という観点から見れば、これが自分で自分を破滅に導く自己攻撃で自滅行為であることは明らかです。

防衛として攻撃することも場合によっては役に立ち、正当化され、他者に対して無慈悲になることが自分を救うのに役立つという発想は、ほかの細胞を攻撃したり、癌化させたりすることも有意義だというのと同じ発想だということになります。

「3. It seems to be the enemy without that you attack.
 あなたには、自分が攻撃しているのは外側にいる敵であるように見えています。

 Yet your defense sets up an enemy within; an alien thought at war with you, depriving you of peace, splitting your mind into two camps which seem wholly irreconcilable.
 しかし、あなたの防衛が、あなたの内側に敵を作りあげているのです。それは、あなたと交戦状態にあるひとつの異質な思考であり、その思考は、あなたから平安を奪い取って、あなたの心を完全に妥協の余地のないふたつの陣地へと分割します。

 For love now has an "enemy," an opposite; and fear, the alien, now needs your defense against the threat of what you really are.
 というのも、いまや愛は対極である『敵』を持つことになり、そして、愛とは相容れない恐れが、いまや本当のあなたという脅威から、あなたに防衛してもらうことを必要としているからです。」



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Lesson 170

There is no cruelty in God and none in me.
神は無慈悲ではないし、私も無慈悲ではない。



1. No one attacks without intent to hurt.
 傷つけようとする意図を持たずに攻撃する者はいません。

 This can have no exception.
 このことには、一切例外はありえません。

 When you think that you attack in self-defense, you mean that to be cruel is protection; you are safe because of cruelty.
 あなたが自分が正当防衛として攻撃していると思うとき、あなたは無慈悲になることが自分を保護することになり、無慈悲であることによって自分は安全でいられると思っています。

 You mean that you believe to hurt another brings you freedom.
 あなたは、他者を傷つけることで自分に自由がもたらされると自分は信じている、と本気で思っているわけです。

 And you mean that to attack is to exchange the state in which you are for something better, safer, more secure from dangerous invasion and from fear.
 すなわち、あなたは攻撃することで、自分の置かれた状態を危険な襲撃や恐怖の状態から、より安全が確保されたよりよい状態に置き換えることになると思っているのです。



2. How thoroughly insane is the idea that to defend from fear is to attack!
 攻撃することが恐怖から自分を守る手段になるという考え方は、なんと完全な狂気であることでしょうか。

 For here is fear begot and fed with blood, to make it grow and swell and rage.
 というのも、この考え方から、恐怖が生み出され、血を吸って恐怖が膨れ上がって増大し、猛威をふるうよう養われるからです。

 And thus is fear protected, not escaped.
 こうして、恐れは逃れられるのではなく、保護されることになります。

 Today we learn a lesson which can save you more delay and needless misery than you can possibly imagine.
 今日、私たちは、これ以上遅れたり、必要のない悲惨さを味わうことから、あなたの想像が及ばないほど、あなたを救ってくれるひとつのレッスンを学びます。

 It is this:
 そのレッスンは、次のようなものです。


You make what you defend against,
 and by your own defense against it is it real and inescapable.
すなわち、あなたは自分が防衛しようとする物事を作り出し、そして、それに対して自分が防衛することによって、それを現実にして、避けようのないものにしているということです。

Lay down your arms, and only then do you perceive it false.
あなたの武装を解除してください。そうしてはじめて、あなたはそれが虚構だと知覚できるでしょう。



3. It seems to be the enemy without that you attack.
 あなたには、自分が攻撃しているのは外側にいる敵であるように見えています。

 Yet your defense sets up an enemy within; an alien thought at war with you, depriving you of peace, splitting your mind into two camps which seem wholly irreconcilable.
 しかし、あなたの防衛が、あなたの内側に敵を作りあげているのです。それは、あなたから平安を奪い取って、あなたの心を完全に妥協の余地のないふたつの陣地へと分割する、あなたと交戦状態にあるひとつの異質な思考です。

 For love now has an "enemy," an opposite; and fear, the alien, now needs your defense against the threat of what you really are.
 というのも、いまや愛は対極である「敵」を持つことになり、そして、愛とは相容れない恐れが、いまや本当のあなたという脅威から、あなたに防衛してもらうことを必要としているからです。



4. If you consider carefully the means by which your fancied self-defense proceeds on its imagined way, you will perceive the premises on which the idea stands.
 もしあなたが、自分が想像した自己防衛がその想像通りに進行するためにどんな方法が必要か注意深く検討してみるなら、あなたにも防衛という考え方がどのような前提に依拠しているかわかるはずです。

 First, it is obvious ideas must leave their source, for it is you who make attack, and must have first conceived of it.
 まず、想念がその源を離れなければならないのは明らかです。というのも、攻撃をするのはあなたであり、あなたがまずはじめに攻撃するということを思いついていなければならないからです。

 Yet you attack outside yourself, and separate your mind from him who is to be attacked, with perfect faith the split you made is real.
 しかし、あなたは自分の外側を攻撃しようとするので、自分が作り出した分裂が本物であると完璧に信頼しながら、攻撃されるべき者から自分の心を分離することになります。



5. Next, are the attributes of love bestowed upon its "enemy."
 次に、愛の「敵」に愛の属性が付与されることになります。

 For fear becomes your safety and protector of your peace, to which you turn for solace and escape from doubts about your strength, and hope of rest in dreamless quiet.
 というのは、恐れこそが、あなたを安全にするあなたの守護者となるので、あなたは恐れを頼りにして、慰安を求め、自分の力に対する疑念から逃れて、夢に妨げられない静寂の中で安らぎたいと望むようになるからです。

 And as love is shorn of what belongs to it and it alone, love is endowed with attributes of fear.
 そして、本来愛に属し愛だけが持つ属性が愛からはぎ取られてゆくにつれて、恐れの属性が愛に付与されてゆきます。

 For love would ask you lay down all defense as merely foolish.
 というのは、愛はあなたに、単に馬鹿げたものとしてすべての防衛を放棄するように求めるはずだからです。

 And your arms indeed would crumble into dust.
 そうすれば、あなたの武器は本当に砕け散って塵に帰すでしょう。

 For such they are.
 というのも、あなたの武器とは塵でできたものでしかないからです。



6. With love as enemy, must cruelty become a god.
 愛を敵にするかぎり、無慈悲さが神とならざるをえません。

 And gods demand that those who worship them obey their dictates, and refuse to question them.
 そして、神々は自分たちを崇拝する者たちに、神々の命令に従い、決して神々に疑問を呈したりしないようにと要求します。

 Harsh punishment is meted out relentlessly to those who ask if the demands are sensible or even sane.
 この要求が分別のあるものなのかとか、正気ですらあるのかと尋ねる者たちには、容赦なく峻厳な処罰が科されます。

 It is their enemies who are unreasonable and insane, while they are always merciful and just.
 神々はつねに慈悲深く公正なのだから、神々に敵対する者たちこそ、道理をわきまえない狂気の者たちだというわけです。



7. Today we look upon this cruel god dispassionately.
 私たちは今日、この残酷な神を冷静に見てみることにします。

 And we note that though his lips are smeared with blood, and fire seems to flame from him, he is but made of stone.
 そして、私たちは、たとえその神の唇が血塗られていて、その神から炎が燃え立っているように見えたとしても、そんな神はただ石から作り出されたものでしかないことを忘れないようにします。

 He can do nothing.
 そんな神には何もすることはできません。

 We need not defy his power.
 私たちは、その神の力に抵抗する必要はありません。

 He has none.
 その神は何の力も持っていないからです。

 And those who see in him their safety have no guardian, no strength to call upon in danger, and no mighty warrior to fight for them.
 そして、そんな神が自分に安全を与えてくれるとみなす者たちには、いかなる守護者もいないし、危険の中で頼みにできるような何の力もないし、自分たちのために戦って力強く護衛してくれる兵士はひとりもいないのです。



8. This moment can be terrible.
 このことを認める瞬間は恐ろしいかもしれません。

 But it can also be the time of your release from abject slavery.
 しかし、この瞬間はまた、救いがたい隷属状態からあなたを解放する時にもなるのです。

 You make a choice, standing before this idol, seeing him exactly as he is.
 この偶像の前に立って、ありのままにそれを見ながら、あなたは選択をすることになります。

 Will you restore to love what you have sought to wrest from it and lay before this mindless piece of stone?
 あなたは、愛から奪い取って、この心を持たない石のかけらの前に供えようとしてきたものを愛の下に戻す気はあるでしょうか。

 Or will you make another idol to replace it?
 それとも、あなたは、それに取って代わらせるための別の偶像を作ろうとするでしょうか。

 For the god of cruelty takes many forms.
 というのも、無慈悲さの神はさまざまな形をとるからです。

 Another can be found.
 たしかに、別の形の神はいくらでも見つかります。



9. Yet do not think that fear is the escape from fear.
 しかし、恐れが恐れからの逃げ道になるなどとは思わないことです。

 Let us remember what the text has stressed about the obstacles to peace.
 テキストが平安への障害に関して何を強調していたか、思い出してください。

 The final one, the hardest to believe is nothing, and a seeming obstacle with the appearance of a solid block, impenetrable, fearful and beyond surmounting, is the fear of God Himself.
 平安に至るうえでの最後の障害、それが無であるとは最も信じがたく、堅固な岩のように見えて、通り抜けることなど不可能で、恐ろしくて、克服することなどできそうにもないように見える障害、それは、神自身に対する恐れです。

 Here is the basic premise which enthrones the thought of fear as god.
 ここに、恐れという想念を神の座に据える根本的な前提があります。

 For fear is loved by those who worship it, and love appears to be invested now with cruelty.
 というのも、恐れは、恐れを崇拝する者たちによって愛され、そして、今では、愛は無慈悲さという性質を帯びているように思えるからです。



10. Where does the totally insane belief in gods of vengeance come from?
 復讐の神々を信じるような全面的な狂気の信念はいったいどこからやってくるのでしょうか。

 Love has not confused its attributes with those of fear.
 愛が自らの属性を恐れの属性と混同するようなことはありません。

 Yet must the worshippers of fear perceive their own confusion in fear's "enemy"; its cruelty as now a part of love.
 しかし、恐れの崇拝者たちは、どうしても自分たちの混同を恐れの「敵」である愛の中に知覚して、恐れの無慈悲さをいまや愛の一部だとみなしてしまいます。

 And what becomes more fearful than the Heart of Love Itself?
 そうなれば、まさに大いなる愛の本質ほど恐ろしいものはほかに何もない、ということにならないでしょうか。

 The blood appears to be upon His Lips; the fire comes from Him.
 愛の神の唇は血に染まり、神から発する炎が迫ってくるように見えます。

 And He is terrible above all else, cruel beyond conception, striking down all who acknowledge Him to be their God.
 そして、愛の神はそれ以外の何にもまして恐ろしく、想像を超える無慈悲さで、その存在を神と認めるすべての者たちを打ち滅ぼしてしまうはずだということになります。



11. The choice you make today is certain.
 今日あなたがなす選択は確実なものです。

 For you look for the last time upon this bit of carven stone you made, and call it god no longer.
 というのも、あなたは自分が作ったこの石のかけらの彫像に最後の一瞥をくれると、もはやそれを神と呼ぶことはなくなるからです。

 You have reached this place before, but you have chosen that this cruel god remain with you in still another form.
 あなたは、この場面に到達したことが以前にもありましたが、そのときあなたは、この無慈悲な神が自分の許に別の形で留まることを選んでしまいました。,


 And so the fear of God returned with you.
 だから、神に対する恐れがあなたに舞い戻ったのです。

 This time you leave it there.
 今回は、無慈悲な神をそこに残したまま置いて行ってください。

 And you return to a new world, unburdened by its weight; beheld not in its sightless eyes, but in the vision that your choice restored to you.
 そうすれば、あなたは無慈悲な神という重荷から解放されて新たな世界へと戻ります。それは、見えない目ではなく、あなたの選択によってあなたが取り戻したヴィジョンによって見える新たな世界です。



12. Now do your eyes belong to Christ, and He looks through them.
 いまや、あなたの目はキリストのものとなり、キリストがその目を通して見ます。

 Now your voice belongs to God and echoes His.
 いまや、あなたの声は神に属し、神の声を響かせます。

 And now your heart remains at peace forever.
 そして、今、あなたの胸は、永遠に平安の内に留まります。

 You have chosen Him in place of idols, and your attributes, given by your Creator, are restored to you at last.
 あなたは数々の偶像の代わりに真の神を選んだのです。そして、あなたはついに、自らの創造主から授かった属性を取り戻したのです。

 The Call for God is heard and answered.
 神への呼びかけは聞き入れられ、答えられました。

 Now has fear made way for love, as God Himself replaces cruelty.
 神自身が無慈悲さに置き換わるので、いまや恐れは愛に道を譲ります。



13. Father, we are like You.
 父よ、私たちはあなたと同じものです。

 No cruelty abides in us, for there is none in You.
 私たちの中には無慈悲さなどまったくありません。というのも、あなたの中に無慈悲さは一切ないからです。

 Your peace is ours.
 あなたの平安は私たちのものです。

 And we bless the world with what we have received from You alone.
 そして、私たちは、あなたから受け取ったもののみによって、この世界を祝福します。

 We choose again, and make our choice for all our brothers, knowing they are one with us.
 私たちは再び選択します。そして、私たちは、自分たちの兄弟みんなが私たちとひとつだと知っているので、兄弟全員のために選択します。

 We bring them Your salvation as we have received it now.
 私たちは、兄弟みんなに、あなたの救済を私たちがそれを今受け取ったままの姿でもたらします。

 And we give thanks for them who render us complete.
 そして、私たちは、自分を完成させてくれる兄弟みんなに感謝を捧げます。

 In them we see Your glory, and in them we find our peace.
 私たちは、兄弟みんなの中にあなたの栄光を見ます。そして、彼らの中に、私たちは自分たちの平安を見出します。

 Holy are we because Your Holiness has set us free.
 あなたの神聖さが私たちを解放してくれたので、私たちは神聖なるものとなりました。

 And we give thanks.
 それゆえ、私たちは、感謝を捧げます。

 Amen.
 アーメン。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。





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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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