レッスン187「私はこの世界を祝福する。なぜなら、私は自分自身を祝福するからだ」

レッスン181〜190 1

Anytime you try to be a loving person, you’re doing your part to save the world.
あなたが愛に満ち溢れた人物であろうとするときはいつでも、あなたは世界を救うための自分の役目を果たしているのです。

Marianne Williamson
マリアン・ウィリアムソン




レッスン187です。


「私はこの世界を祝福する。なぜなら、私は自分自身を祝福するからだ」が、今日のテーマです。



この文章の論理関係に着目すると、「私は自分自身を祝福する」という根拠によって、「私はこの世界を祝福する」ということになります。

つまり、

自分を祝福すること=世界を祝福すること

になり、

この世界=私自身

ということになります。

もちろん、そもそも世界は幻想だし、アバターとしての人間も幻想であり、神の子が幻想と同じであることはありえないし、幻想同士を比較するにしても、アバターとしての人間は、世界を構成する砂粒のような一部にすぎないので、いずれにせよ、エゴに従う状態ではこの等式は成り立ちません。

聖霊に従い、祝福することによって、所有と実在が一致する天国での神の子の状態を反映した真の世界が姿を現すときにはじめて、この等式が成立することになります。

「6. Never forget you give but to yourself.
 あなたはただ自分自身に与えているのだということを、絶対に忘れないでください。」



5.「There is no giver and receiver in the sense the world conceives of them.
 この世界で考えられているような意味においては、与える者と受け取る者は存在しません。

 There is a giver who retains; another who will give as well.
 存在するのは、与えたものを保ち続けることになる与える者と、同じように与えるようになる別の与える者だけです。

 And both must gain in this exchange, for each will have the thought in form most helpful to him.
 そして、この交換においては、必ず両者が得ることになります。というのも、各自は最も自分に役立つ形でその想念を持つことになるからです。」


はたらく細胞的な観点で、世界を人体、個々人を人体を構成する細胞と見ると、この文章は当たり前のことを述べているだけだとわかります。

コースを生かじりすると、世界は幻想だから消し去らせるべきだというスローガンを掲げてしまい、世界(=兄弟)は攻撃して消去すべき敵というスタンスになりがちかもしれません。

幻想世界をぶち壊せばどこかから真の世界が到来して、神が最後の一歩を踏み出して天国に帰れるという仕組みではなく、同じひとつの世界が私たちが分離メガネで見て恐れと憎しみで幻想の地獄に見えているけれど、統合メガネで見れば、愛によってひとつに結ばれた真の世界が見えるという仕組みです。


ですから、幻想世界は敵視して憎むのではなく、味方(どころか自分)と見て祝福して愛するべきだということになります。








Lesson 187



I bless the world because I bless myself.
私はこの世界を祝福する。なぜなら、私は自分自身を祝福するからだ。



1. No one can give unless he has.
 自分が持っていないものを与えることは、誰にもできません。

 In fact, giving is proof of having.
 より正確に言うなら、与えることは持っていることの証明です。

 We have made this point before.
 この点は以前にも指摘しました。

 What seems to make it hard to credit is not this.
 信じがたく思えるのは、このことではありません。

 No one can doubt that you must first possess what you would give.
 自分が与えようとするものを自分がまず所有していなければならないことは、誰にも疑いようがないことだからです。

 It is the second phase on which the world and true perception differ.
 この世界の知覚と正しい知覚が異なってくるのは、その次の段階からです。

 Having had and given, then the world asserts that you have lost what you possessed.
 すでに所有していたものを与えてしまったのだから、それなら、あなたは自分が所有していたものを喪失したことになるはずだとこの世界は断言します。

 The truth maintains that giving will increase what you possess.
 これに対して、真理は断固として、与えることはあなたの所有するものを増やすことになると主張します。



2. How is this possible?
 与えたのに持っているものが増えるということが、どうして可能なのでしょうか。

 For it is sure that if you give a finite thing away, your body's eyes will not perceive it yours.
 というのも、もしあなたが限りあるものを誰かにあげてしまったら、あなたの肉眼はそれが自分のものだと知覚しなくなるはずだからです。

 Yet we have learned that things but represent the thoughts that make them.
 しかし私たちは、物事はただそれらを作り出した想念の表れでしかないことを学びました。

 And you do not lack for proof that when you give ideas away, you strengthen them in your own mind.
 そして、あなたが想念を誰かに与えたとき、自分の心の中でそれらの想念を強化することになる証拠を手に入れるのにあなたが事欠くことはありません。

 Perhaps the form in which the thought seems to appear is changed in giving.
 たぶん、与えることで、その想念の見かけ上の形は変わることでしょう。

 Yet it must return to him who gives.
 しかし、その想念は必ず、それを与えたその人の許に帰ってきます。

 Nor can the form it takes be less acceptable.
 しかも、帰ってくる際にその想念がとる形が、以前より受け入れがたいものになることはありえません。

 It must be more.
 その想念は必ずよりいっそう受け入れやすい形で帰ってきます。



3. Ideas must first belong to you, before you give them.
 あなたが想念を誰かに与えるには、その前に、その想念がまずあなたのものになっていなければなりません。

 If you are to save the world, you first accept salvation for yourself.
 だから、もしあなたがこの世界を救うつもりなら、あなたはまず自分の救済を受け入れていなければなりません。

 But you will not believe that this is done until you see the miracles it brings to everyone you look upon.
 しかし、あなたは自らの救済が自分の目にするすべての人たちに奇跡をもたらすのを見るまでは、自分自身の救済がなされたことを信じないでしょう。

 Herein is the idea of giving clarified and given meaning.
 ここにおいて、与えるという考えが明確になり、意味を与えられます。

 Now you can perceive that by your giving is your store increased.
 いまや、あなたは、自分が与えることによって、自分の蓄えが増加するのを知覚できるようになります。



4. Protect all things you value by the act of giving them away, and you are sure that you will never lose them.
 あなたが価値を置くすべての物事を、それらを与えきるという行為によって守ってください。そうすれば、あなたは、自分は決してそれらを失うことにならないと確信するはずです。

 What you thought you did not have is thereby proven yours.
 こうすることによって、あなたが自分は持っていないと思っていたものがあなたのものであることが証明されます。

 Yet value not its form.
 しかし、その形を重視してはなりません。

 For this will change and grow unrecognizable in time, however much you try to keep it safe.
 というのも、どんなにあなたがその形をそのままに保とうとしても、時間の中では、形は変化し、見分けがつきにくくなるものだからです。

 No form endures.
 いかなる形も永続することはありません。

 It is the thought behind the form of things that lives unchangeable.
 物事の形の背後にある想念こそが、変わることなく生き続けるものなのです  



5. Give gladly.
 喜んで与えなさい。

 You can only gain thereby.
 与えることによって、あなたはただ得ることしかできないからです。

 The thought remains, and grows in strength as it is reinforced by giving.
 想念は残り、与えることによってその想念は補強されて、その力を増します。

 Thoughts extend as they are shared, for they can not be lost.
 想念は、それが分かち合われることで拡張します。というのも、想念を失うことはできないからです。

 There is no giver and receiver in the sense the world conceives of them.
 この世界で考えられているような意味においては、与える者と受け取る者は存在しません。

 There is a giver who retains; another who will give as well.
 存在するのは、与えたものを保ち続けることになる与える者と、同じように与えるようになる別の与える者だけです。

 And both must gain in this exchange, for each will have the thought in form most helpful to him.
 そして、この交換においては、必ず両者が得ることになります。というのも、各自は最も自分に役立つ形でその想念を持つことになるからです。

 What he seems to lose is always something he will value less than what will surely be returned to him.
 彼が失ったように見えるものよりも、確実に彼の許に帰ってくるものに、彼はより価値を置くようになるはずです。



6. Never forget you give but to yourself.
 あなたは自分自身にしか与えられないということを、絶対に忘れないでください。

 Who understands what giving means must laugh at the idea of sacrifice.
 与えることの意味を理解する者は、犠牲を払うという概念を笑い飛ばすに違いありません。

 Nor can he fail to recognize the many forms which sacrifice may take.
 そして、与えることの意味を理解する者は、犠牲がどれほど多様な形をとろうが、見分け損ねることはありません。

 He laughs as well at pain and loss, at sickness and at grief, at poverty, starvation and at death.
 彼は、犠牲と同じように、苦痛や喪失、病気や悲嘆、貧困、飢餓や死といったものも笑い飛ばします。

 He recognizes sacrifice remains the one idea that stands behind them all, and in his gentle laughter are they healed.
 彼は、それらすべての背後に潜んだままのひとつの想念が犠牲だと見極めているので、彼の優しい笑い声の中で、それらはみな癒されます。



7. Illusion recognized must disappear.
 幻想だと見破られたら、幻想は必ず消え去ります。

 Accept not suffering, and you remove the thought of suffering.
 苦しみを受け入れてはなりません。受け入れなければ、あなたは苦難の想念を取り除くことになります。

 Your blessing lies on everyone who suffers, when you choose to see all suffering as what it is.
 あなたがすべての苦しみをありのままに見ることを選択するなら、苦しむ者たちみんなに、あなたの祝福が注がれます。

 The thought of sacrifice gives rise to all the forms that suffering appears to take.
 犠牲を払うという考え方が、苦しみがとるように思えるあらゆる形を生じさせるのです。

 And sacrifice is an idea so mad that sanity dismisses it at once.
 そして、犠牲を払うことは、あまりに狂った考えなので、正気はたちどころに犠牲など退けてしまいます。



8. Never believe that you can sacrifice.
 犠牲を払うことが自分にはできるなどと決して信じないでください。

 There is no place for sacrifice in what has any value.
 少しでも価値のあるものには、犠牲の入りこむ余地など一切ないのです。

 If the thought occurs, its very presence proves that error has arisen and correction must be made.
 もし犠牲という思いが浮かんだら、まさにその想念の存在自体が、誤りが生じていて修正がなされるべきことを証明しています。

 Your blessing will correct it.
 あなたの祝福が、犠牲という誤った想念を修正するでしょう。

 Given first to you, it now is yours to give as well.
 まずあなたに祝福が与えられているので、今度はあなたが同じように与える番です。

 No form of sacrifice and suffering can long endure before the face of one who has forgiven and has blessed himself.
 犠牲や苦しみがいかなる形をとろうとも、自分自身を赦して祝福した者の面前においては、長く持ちこたえることはできません。



9. The lilies that your brother offers you are laid upon your altar, with the ones you offer him beside them.
 あなたの兄弟があなたに差し出してくれる百合の花は、あなたが彼に渡す百合の花と一緒に、あなたの祭壇に供えられます。

 Who could fear to look upon such lovely holiness?
 いったい誰が、これほど美しくて神聖なものを見るのを恐れることができるでしょうか。

 The great illusion of the fear of God diminishes to nothingness before the purity that you will look on here.
 あなたがここで見ることになる清らかさを前にして、神への恐れという大いなる幻想は縮小して無に帰します。

 Be not afraid to look.
 見ることを恐れてはなりません。

 The blessedness you will behold will take away all thought of form, and leave instead the perfect gift forever there, forever to increase, forever yours, forever given away.
 あなたが見ることになる至福は、形についてのすべての思いを取り去り、その代わりに、永遠に増加し続け、永遠にあなたのものであり、永遠に与えられ続けるように、そこに永遠に完璧な贈り物を残します。



10. Now are we one in thought, for fear has gone.
 今こそ、私たちは思いをひとつにします。というのも、恐れが去ったからです。

 And here, before the altar to one God, one Father, one Creator and one Thought, we stand together as one Son of God.
 そして、ここにおいて、唯一の父にして、唯一の創造主であり、唯一の大いなる思考である唯一の神への祭壇の前において、私たちは唯一の神の子として一緒に立っています。

 Not separate from Him Who is our Source; not distant from one brother who is part of our one Self Whose innocence has joined us all as one, we stand in blessedness, and give as we receive.
 私たちの大いなる源である神から離れることなく、私たちの唯一の大いなる自己の一部である兄弟からも離れないでください。私たちの大いなる自己の潔白さは、私たちをひとつのものとして結びつけ、私たちは至福の中に佇み、自分たちが受け取る通りに与えます。

 The Name of God is on our lips.
 私たちは、神の大いなる名を口にします。

 And as we look within, we see the purity of Heaven shine in our reflection of our Father's Love.
 そして、私たちが内側を見ると、天国の清らかさに照らされて、私たちが父の大いなる愛を反映するさまを目にすることになります。



11. Now are we blessed, and now we bless the world.
 今、私たちは祝福され、そして今、私たちはこの世界を祝福します。

 What we have looked upon we would extend, for we would see it everywhere.
 私たちは自分の見たものを拡張するつもりです。なぜなら、私たちは、祝福をあらゆるところに見たいからです。

 We would behold it shining with the grace of God in everyone.
 私たちは、誰もが神の恵みとともに祝福されて輝いているさまを見たいのです。

 We would not have it be withheld from anything we look upon.
 私たちは、自分の見る何ものにも、神の恵みが与えられないままにさせたくはありません。

 And to ensure this holy sight is ours, we offer it to everything we see.
 そして、この聖なる光景が確実に自分のものとなるように、私たちは、自分の見るすべてのものに祝福を差し延べます。

 For where we see it, it will be returned to us in form of lilies we can lay upon our altar, making it a home for Innocence Itself, Who dwells in us and offers us His Holiness as ours.
 というのも、私たちがこの聖なる光景を見る場所で、私たちの祝福は自分の祭壇に供えることができる百合の花の形で私たちに戻されることになるからです。その場所は、私たちの内に留まり、私たちに自らの神聖さを私たちのものとして差し延べてくれる潔白なる存在自身の住処となるのです。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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2022年03月04日 (金) 12:37
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ワークブック・パート② (158)
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