レッスン192「私には、神が私に果たさせようとする役目がある」

レッスン191〜200 0

Remember you come here having already understood the necessity of struggling with yourself — only with yourself.
覚えておきなさい。あなたはすでに自分自身と、それもただ自分自身だけと格闘する必要があることを理解したうえでここに来たのだということを。

Therefore thank everyone who gives you the opportunity.
だから、自分にその機会を与えてくれるすべての人に感謝しなさい。

George Ivanovich Gurdjieff
グルジェフ



Life must be lived as play.
人生は演劇のように生きるべきだ。

Plato
プラトン




レッスン192です。

「私には、神が私に果たさせようとする役目がある」が今日のレッスンです。




私たちの本質である神の子には、天国においては、神の名において創造するという役目があります。

けれど、光の拡張が遮られて、闇の中で罪悪感の生み出す恐怖の暗雲をスクリーンにして幻が投影(誤創造)されるこの世界では、創造はなしえないので、私たちは、この世界に即した役目を担います。

それは赦しです。

本レッスンでは、他者を許さない者は、その相手だけではなく自分自身をも幽閉することになる仕組みが語られます。

そして、自分と他者を幽閉するのをやめる方法は次のようなものだということです。

「9. Therefore, hold no one prisoner.
 だからこそ、誰ひとりとして囚人にしてはなりません。

 Release instead of bind, for thus are you made free.
 束縛するのではなく、解放してください。というのも、そうすることで、あなたは自由になるからです。

 The way is simple.
 その方法は簡単です。

 Every time you feel a stab of anger, realize you hold a sword above your head.
 あなたが刺すような怒りを覚えるたびに、あなたは自らの頭上にを振りかざしているのだと気づいてください。

 And it will fall or be averted as you choose to be condemned or free.
 あなたが非難するか解放するか選ぶたびに、そのが振り下ろされるか背けられるかが変わります。

 Thus does each one who seems to tempt you to be angry represent your savior from the prison house of death.
 そうだとすれば、あなたを怒らせるように仕向けるように思える一人ひとりは、死の監獄からあなたを救い出してくれる救い主だといえます。

 And so you owe him thanks instead of pain.
 だから、あなたがその人からの借りに対して返すべきなのは、苦痛ではなく感謝なのです。」

憎んでいて復讐すべき敵だと思っていた相手は、実は、敵どころか自分を救うチャンスを与えてくれる救い主だったのであり、その借りに対して返すべきは感謝だというのです。

この教えは、聖霊の3大レッスン(攻撃を愛を求める哀訴として正しく知覚し、愛に基づく助けで返すことT12-1 聖霊の審判、私たちの本質は神の子なのだから、兄弟の攻撃には自分を相手の罪の生き証人にして罪悪感を抱かせようとするのではなく、自分が傷ついていないことを示して、相手に自らが無罪だと自覚させること(T14-3 無罪を自覚する決意T27-1 磔刑の絵)のひとつとして、他の記事でもたびたび引用しているきわめて重要なレッスンです。

私たちが正常だと思う反応の仕方は、自分を怒らせる他者には非難攻撃を与えるのがふさわしく、自分を攻撃した他者には自分が傷ついたことを思い知らせて罪悪感を抱かせるべきで、他者の攻撃には反撃で返すというものです。

エゴによって私たちは真実とはまったく逆の捉え方をさせられているということです。

もちろん、極悪非道で理不尽きわまる犯罪や弾圧やテロに対してこの理屈が当てはまるなんてまったく理解できないという感覚は健全でもっともな反応です。

当然、この世界かぎりでは、許すべきことではないし正義の天秤に照らして公正な裁きがなされるべきなのは言うまでもありません。

けれど、世界を夢の舞台として捉えるなら、小説や映画で悪役にも役目があるように、世界でも魂が自らの学びのために舞台上に悪役に登場してもらうことを必要とする場合があるということは否定しがたい事実であることは指摘することができます。

当の悪役が自分が演じる役回りが反面教師的に救い主としての意義を持つと自覚している必要はまったくありません。

むしろ悪役が無自覚であればあるほど、私たちにとっては聖霊のレッスンを学ぶことができたときの学習の成果は大きなものとなるでしょう。

この意味で、世界は私たちにとっての偉大な教師なのだけれど、私たち生徒の側に学ぶ姿勢と準備ができるまでは、敵として振る舞い、何も学ばせてはくれないということになります。

私たちにとって、他者認識は自己認識と表裏一体の重要性を持ちます。

「敵」当人は無自覚、無慈悲であっても私たち生徒の姿勢次第では教師であることができますが、反対に、私たちのほうは、無自覚、無慈悲であるかぎりは、絶対によい生徒になることはできません。

他者を見るにせよ自分を見るにせよ、慈悲の心、思いやりを忘れずにいる必要があります。

「It is essential, however, that the miracle worker be in his right mind, however briefly, or he will be unable to re-establish right-mindedness in someone else.
 けれども、奇跡を起こす者のほうは、いかに短い時間であろうとも、正しい心の状態にあることが絶対に必要です。そうでなければ、彼にほかの誰かの心を正しい状態に回復させることなどできないでしょう。」(テキスト 第二章 V. The Function of the Miracle Worker 五 奇跡を行う者の役割、3.)

「Charity is a way of looking at another as if he had already gone far beyond his actual accomplishments in time.
 思いやりは、ほかの人のことを、あたかも彼が時間の中で実際に到達しているところよりもはるか遠くまで、すでに進み終えているがごとくにみなす方法です。」(テキスト 第二章 V. The Function of the Miracle Worker 五 奇跡を行う者の役割、10.)


詳しくは、よく触れているように、コリン・C. ティッピングさんの本を読んでみていただきたいと思います。

言いたい要点は、許してはならない犯罪者や無法国家やテロリストによる非道も、上記の私たちに振り上げたを振り下ろすか背けるかを迫る機会を与える点で、例外にはならないだろうということです。

この世界でそのような深刻な被害を乗り越える機会に直面する人には、偉大な学びの機会に挑戦する勇敢な魂として尊敬の念が湧いてきます。

実際の自分の人生に起こる出来事として、そのような事態に巻き込まれることなく、書物からの学びとして、他者からの非難や攻撃を私たちに救いを求める哀訴と捉え、私たちを怒らせる兄弟を自分の救い主と見て、報いとして苦痛ではなく感謝を返すという世界観を知ることができるだけでも私たちは本当に恵まれているといえるでしょう。

これが真理だと知ることが直ちにできなくても、このような福音を知る機会もなく人生を終えていかなければならない大多数の魂のことを思えば、奇跡のコースに触れることによって、この福音を聞いた以上は、少なくとも、与えられた自分の人生を使って、はたしてこの真理が真実として普遍的に通用するものなのかどうか試してみる実験をしてみたいという気になるのではないでしょうか。




Lesson 192


I have a function God would have me fill.
私には、神が私に果たさせようとする役目がある。



1. It is your Father's holy Will that you complete Himself, and that your Self shall be His sacred Son, forever pure as He, of love created and in love preserved, extending love, creating in its name, forever one with God and with your Self.
 あなたが神自身を完成させ、あなたの真の自己を神の聖なる子たらしめることこそ、あなたの父なる神の聖なる意志です。それはあなたが、永遠に神と同じく清らかで、愛によって創造され、愛の中に保たれ、愛を拡張し、愛の名において創造し、永遠に神とあなたの大いなる自己と一体になることです。

 Yet what can such a function mean within a world of envy, hatred and attack?
 しかし、この崇高な役目も、嫉妬と憎悪と攻撃の世界の中では、何の意味も持ちません。



2. Therefore, you have a function in the world in its own terms.
 したがって、この世界では、あなたには、この世界に即した独自の役目があります。

 For who can understand a language far beyond his simple grasp?
 というのも、自分が容易に把握できる範囲をはるかに超える事柄を語られても、誰も理解できないからです。

 Forgiveness represents your function here.
 赦しこそが、この世界でのあなたの役目です。

 It is not God's creation, for it is the means by which untruth can be undone.
 赦しは、神が創造したものではありません。というのは、赦しは、偽りを取り消すための手段だからです。

 And who would pardon Heaven?
 それに、いったい誰が天国を赦そうとなどするでしょうか。

 Yet on earth, you need the means to let illusions go.
 しかし、地上では、あなたには幻想を去らせるための手段が必要です。

 Creation merely waits for your return to be acknowledged, not to be complete.
 創造は、承認してもらうためにあなたの帰還を待っているだけで、完成させてもらうためではありません。



3. Creation cannot even be conceived of in the world.
 創造は、この世界では想像することすらできないものです。

 It has no meaning here.
 創造は、この世界では何の意味も持ちません。

 Forgiveness is the closest it can come to earth.
 赦しは、創造が地上に最も近づくことができたときの姿です。

 For being Heaven-born, it has no form at all.
 というのも、天国で生まれたものなので、創造はいかなる形も持たないからです。

 Yet God created One Who has the power to translate in form the wholly formless.
 しかし、神は、まったく形を持たないものを形へと変容させる力を持つ存在である聖霊を創造しました。

 What He makes are dreams, but of a kind so close to waking that the light of day already shines in them, and eyes already opening behold the joyful sights their offerings contain.
 聖霊の作るものは夢ですが、それは覚醒にあまりに近い種類の夢なので、日の光がすでにそれらの夢の中に輝き、すでに開き始めていている目には、それらの夢がもたらすものに含まれる喜ばしい光景が見えます。



4. Forgiveness gently looks upon all things unknown in Heaven, sees them disappear, and leaves the world a clean and unmarked slate on which the Word of God can now replace the senseless symbols written there before.
 赦しは、天国では知られることのないすべての物事を優しく見つめ、それらが消え去るのを眺めます。そして、赦しは、この世界を、真新しい何も記されていない白紙の状態に戻して、そこに、それまで記されていた無意味な象徴に、今、神の大いなる言葉が取って代わるようにします。

 Forgiveness is the means by which the fear of death is overcome, because it holds no fierce attraction now and guilt is gone.
 赦しこそ、死の恐怖を克服する手段です。なぜなら、死はいまや凄まじい魅力を失い、罪悪感はすでに去ったからです。

 Forgiveness lets the body be perceived as what it is; a simple teaching aid, to be laid by when learning is complete, but hardly changing him who learns at all.
 赦しは、身体をありのままに知覚させます。すなわち、身体は、単なる学習の道具であって、学びが完了したときにはお払い箱になるべきもので、学ぶ者をほんの少しでも変えるものではないと知覚されるのです。



5. The mind without the body cannot make mistakes.
 身体なくしては、心は間違いを犯すことなどできません。

 It cannot think that it will die, nor be the prey of merciless attack.
 身体なくしては、心は自分が死ぬであろうとか、無慈悲な攻撃の餌食になってしまうなどと考えることはできません。

 Anger becomes impossible, and where is terror then?
 怒ることは不可能となります。そうなれば、恐怖はどこに存在できるでしょうか。

 What fears could still assail those who have lost the source of all attack, the core of anguish and the seat of fear?
 苦悶の核心であり、恐怖の座である、あらゆる攻撃の源を失った者を、いかなる恐怖がなおも攻撃できるというのでしょうか。

 Only forgiveness can relieve the mind of thinking that the body is its home.
 ただ赦しだけが、身体こそわが家だと思い込んでいる心を解放することができます。

 Only forgiveness can restore the peace that God intended for His holy Son.
 ただ赦しだけが、神が自らの聖なる子のために意図した平安を回復させることができます。

 Only forgiveness can persuade the Son to look again upon his holiness.
 ただ赦しだけが、子に自らの神聖さを再び見るようにと説得できるのです。



6. With anger gone, you will indeed perceive that, for Christ's vision and the gift of sight, no sacrifice was asked, and only pain was lifted from a sick and tortured mind.
 怒りが去ったとき、キリストのヴィジョンという視覚の贈り物を得るためには、いかなる犠牲も求められず、病んで苦悶する心から、ただ苦痛が取り除かれただけだということを、あなたは真に知覚するでしょう。

 Is this unwelcome?
 これは歓迎されざることでしょうか。

 Is it to be feared?
 これは恐れるべきことでしょうか。

 Or is it to be hoped for, met with thanks and joyously accepted?
 それとも、これは望ましいことで、感謝して喜んで受け入れるべきものでしょうか。

 We are one, and therefore give up nothing.
 私たちはひとつです。だから、何も諦めることにはなりません。

 But we have indeed been given everything by God.
 それどころか、私たちは、本当に神からすべてのものを授かっているのです。



7. Yet do we need forgiveness to perceive that this is so.
 しかし、自分たちがすべてを授かっていることが本当だと知覚するために、私たちに赦しが必要なのは確かです。

 Without its kindly light we grope in darkness, using reason but to justify our rage and our attack.
 赦しの優しい光がなくては、理性をただ自分の憤怒と攻撃を正当化するためだけに用いながら、私たちは暗中模索することになります。

 Our understanding is so limited that what we think we understand is but confusion born of error.
 私たちの理解力はあまりに限られたものであるために、私たちが自分が理解していると思うものは、ただ誤りから生み出される混乱でしかありません。

 We are lost in mists of shifting dreams and fearful thoughts, our eyes shut tight against the light; our minds engaged in worshiping what is not there.
 私たちは、移り変わる夢や恐ろしい想念の霧の中で迷っており、私たちの目は、光に対して固く閉ざされ、私たちの心は、そこに存在しないものを崇拝することに耽っています。



8. Who can be born again in Christ but him who has forgiven everyone he sees or thinks of or imagines?
 自分が出会い、思い、想像するすべての人を赦した者以外のいったい誰がキリストの中に再誕できるというのでしょう。

 Who could be set free while he imprisons anyone?
 いったい誰が、ほかの誰かを幽閉しておきながら自分だけ自由になれるでしょうか。

 A jailer is not free, for he is bound together with his prisoner.
 看守は自由ではありません。というのも、彼は自分が見張る囚人と一緒に束縛されているからです。

 He must be sure that he does not escape, and so he spends his time in keeping watch on him.
 看守は、囚人が決して逃亡しないよう注意を払っていなければならないので、看守は自分の時間を囚人を見張り続けることに費やします。

 The bars that limit him become the world in which his jailer lives, along with him.
 囚人を閉じ込める檻は、囚人と一緒にその看守が住む世界となります。

 And it is on his freedom that the way to liberty depends for both of them.
 だから、囚人解放することに、囚人と看守の両方が自由になれるかどうかがかかっているのです。



9. Therefore, hold no one prisoner.
 だからこそ、誰ひとりとして囚人にしてはなりません。

 Release instead of bind, for thus are you made free.
 束縛するのではなく、解放してください。というのも、そうすることで、あなたは自由になれるからです。

 The way is simple.
 解放する方法は簡単です。

 Every time you feel a stab of anger, realize you hold a sword above your head.
 あなたが刺すような怒りを覚えるたびに、あなたは自らの頭上にを振りかざしているのだと気づいてください。

 And it will fall or be averted as you choose to be condemned or free.
 非難するか解放するかというあなたの選択次第で、そのが振り下ろされるか背けられるかが変わります。

 Thus does each one who seems to tempt you to be angry represent your savior from the prison house of death.
 そうだとすれば、あなたを怒らせるように仕向けるように思える人たちはみな、死の監獄からあなたを救い出してくれる救い主だといえます。

 And so you owe him thanks instead of pain.
 だから、あなたがその人からの借りに対して返すべきなのは、苦痛ではなく感謝なのです。



10. Be merciful today.
 今日は、慈悲深くありなさい。

 The Son of God deserves your mercy.
 神の子は、あなたからの思いやりを受けるに値します。

 It is he who asks that you accept the way to freedom now.
 あなたに今、解放への道を受け入れるよう求めているのは、その人なのです。

 Deny him not.
 その人を拒んではなりません。

 His Father's Love for him belongs to you.
 彼に対して彼の父が抱く大いなる愛は、あなたのものでもあるのです。

 Your function here on earth is only to forgive him, that you may accept him back as your Identity.
 この地上でのあなたの役目は、その人を自分と同一の存在として再び受け入れられるように、ただ彼を赦すことだけです。

 He is as God created him.
 彼は、神に創造されたままの彼なのです。

 And you are what he is.
 つまり、彼は本当は、あなたなのです。

 Forgive him now his sins, and you will see that you are one with him.
 今こそ、彼の罪について彼を赦してください。そうすれば、あなたは、自分が彼とひとつのものだということがわかるでしょう。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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