M27 死とは何か(神は、愛の神なのか死神なのか)

マニュアル 0

今回は、教師のためのマニュアルからについての一節をご紹介します。






奇跡のコースは、はないと言います。

コースでは、「invulnerable」(傷つくことのない)という言葉がよく出てきますが、この言葉には「不身」という意味もあります。

私たちが傷つくことがない理由は、が無いからということです。

そして、私たちにが無いというのは、私たちが犯したと思いこんでいる「」は、原初の分離も含めて、自分で投影した幻想を知覚しているにすぎないからでした。

そして、私たちは、この幻想の世界の中にばらばらに分離して隔絶した身体をまとって生きているように思いこんでいるけれど、本来の自分は大いなる自己であるひとりのの子だけであるということでした。

このの子は永遠の存在なので、当然、投影しているこの幻想の世界の中でのアバターにすぎない幻想の一つである身体のによって影響を受けるはずもなく、ぬこともありえないということになります。



「6. "And the last to be overcome will be death. "
 『ゆえに、最後に克服されるべきはである』。」
で引用されているのは、コリント人への第一の手紙15章26節の
“The last enemy to be defeated will be death. “
「最後の敵として滅ぼされるのは死である」です。



「8. You are invulnerable because you are guiltless.
 あなたにははないので、あなたが傷つけられることはありません。

 You can hold on to the past only through guilt.
 あなたは、罪悪感を通してしか、過去にしがみつくことができません。

 For guilt establishes that you will be punished for what you have done, and thus depends on one-dimensional time, proceeding from past to future.
 なぜなら、罪悪感は、あなたがなしたことに対して罰を受けるであろうことを確かなものにし、そうすることで、過去から未来へと進む一次元的な時間に依存することになるからです。

 No one who believes this can understand what ' always ' means, and therefore guilt must deprive you of the appreciation of eternity.
 このようなことを信じていたのでは誰も、『つねに』とは何を意味するのか、理解することができません。その結果、罪悪感はあなたが永遠を正しく認識できないようにしてしまうに違いありません。

 You are immortal because you are eternal, and ' always ' must be now.
 あなたは永遠なるものなので、不死身です。そして、『つねに』とは今に違いありません。

 Guilt, then, is a way of holding past and future in your mind to ensure the ego's continuity.
 このように、罪悪感は、エゴの継続性を確保するために、あなたの心の中に過去と未来を留めておく方法ということになります。

 For if what has been will be punished, the ego's continuity is guaranteed.
 というのは、もしこれまで存在してきたものが未来に罰せられるようになるとすれば、エゴの継続が保証されることになるからです。

 Yet the guarantee of your continuity is God's, not the ego's.
 しかし、あなたの継続性を保証するのはであって、エゴではないのです。

 And immortality is the opposite of time, for time passes away, while immortality is constant.
 そして、不滅性は時間とは対極にあるものです。なぜなら、時間は過ぎ去るのに対して、不滅性は変ることなく持続するものだからです。」(テキスト 第十三章 I. Guiltlessness and Invulnerability 一 無罪性と不滅性


この一節では、の概念と関連させて死について論じています。

この世界の中に生きているかぎりは、死という現象が「存在」するのは確かであり、「は死んだ」と宣言することは論理的なことですらあるといえるかもしれません。

そうして、この世界でのの属性は、「死神」のそれを指すようになります。

これに対して本節は、死とは、誤った知覚によって幻想の世界へと運びこまれた幻にすぎないということを一つひとつ丁寧に説明し、真の神は死神などではなく、愛に溢れる神であることをじっくり説明してくれています。


ぜひ、ゆっくりと読んでいただければと思います。





Section 27
第27節

What Is Death?
とは何か



1. Death is the central dream from which all illusions stem.
 とは、すべての幻想を生み出す中心的な夢のことです。

 Is it not madness to think of life as being born, aging, losing vitality, and dying in the end?
 生命のことを、生まれ、歳を取り、活力を失い、そして、最後にはんでしまうものだと考えるのは狂気の沙汰ではないでしょうか。

 We have asked this question before, but now we need to consider it more carefully.
 私たちは以前にも、この質問をしたことがありました。しかし、今回は、私たちは、より注意深くこの質問について考えてみる必要があります。

 It is the one fixed, unchangeable belief of the world that all things in it are born only to die.
 この世界の中の万物はただぬためにだけ生まれてくるというのは、この世界で変わることなく固く確信されているひとつの信念です。

 This is regarded as "the way of nature," not to be raised to question, but to be accepted as the "natural" law of life.
 万物がただぬためにだけ生まれてくることは、「自然の摂理」とみなされて、疑問にさらされるどころか、生命の「自然な」法則として受け入れられています。

 The cyclical, the changing and unsure; the undependable and the unsteady, waxing and waning in a certain way upon a certain path,--all this is taken as the Will of God.
 変わり続けて不安定で当てにならず一定しない、決まりきった通り道の上を決まりきった方法で満ちては欠けてゆくことの繰り返し、こんなことのすべてがの大いなる意志だと解釈されています。

 And no one asks if a benign Creator could will this.
 そして、はたして恵み深い創造主がこのようなことを意図できただろうかとは、誰ひとり問おうとはしません。



2. In this perception of the universe as God created it, it would be impossible to think of Him as loving.
 が宇宙をこのようなものとして創造したと認識するなら、そんなを愛に満ち溢れる存在だと考えることなど不可能なはずです。

 For who has decreed that all things pass away, ending in dust and disappointment and despair, can but be feared.
 なぜなら、あらゆるものを塵に成り果てて、落胆と絶望の中で去り行くように運命づけた存在は、ただ恐れることしかできないからです。

 He holds your little life in his hand but by a thread, ready to break it off without regret or care, perhaps today.
 は、あなたのちっぽけな生命を、一本の糸によってのみその手の内に握っており、何の悔いも憂いもなく、ひょっとすると今日にでも、その糸を断ち切ってしまう用意ができています。

 Or if he waits, yet is the ending certain.
 すぐにではなく、もしが待ってくれることがあったとしても、終わりがやってくるのは間違いありません。

 Who loves such a god knows not of love, because he has denied that life is real.
 そのようなを愛する者は、愛を知らないのです。なぜなら、彼は生命が実在することを否認してしまっているからです。

 Death has become life's symbol.
 生命を象徴するものになってしまっています。

 His world is now a battleground, where contradiction reigns and opposites make endless war.
 彼の世界は、いまや戦場と化し、その場所は矛盾が支配し、対極同士が終わることのない戦いを繰り広げています。

 Where there is death is peace impossible.
 死のあるところに平安があることなど不可能です。



3. Death is the symbol of the fear of God.
 死は、神への恐怖の象徴です。

 His Love is blotted out in the idea, which holds it from awareness like a shield held up to obscure the sun.
 死という想念の中で、神の大いなる愛は消え去り、死は、日差しを遮るために掲げられた盾のように、神の愛を自覚できなくさせてしまいます。
 
 The grimness of the symbol is enough to show it cannot coexist with God.
 その象徴の不気味さは、死が神と共存できないことを十分に示しています。

 It holds an image of the Son of God in which he is "laid to rest" in devastation's arms, where worms wait to greet him and to last a little while by his destruction.
 死は、破滅の腕の中に「葬られ」ている神の子の肖像を掲げています。破滅の腕の中では、彼が朽ち果てるまでの少しの間でも彼を喰らって生きながらえようと、うじ虫たちが彼が来るのを待ち受けています。

 Yet the worms as well are doomed to be destroyed as certainly.
 しかし、そのようなうじ虫たちも同じように、確実に滅ぼされることを運命づけられています。

 And so do all things live because of death.
 だから、たしかに、すべての者たちは死のために生きることになるのです。

 Devouring is nature's "law of life."
 他者をむさぼり喰らうことは自然の「生命の法則」だというわけです。

 God is insane, and fear alone is real.
 神は狂気に陥っており、恐怖だけが本物となります。



4. The curious belief that there is part of dying things that may go on apart from what will die, does not proclaim a loving God nor re-establish any grounds for trust.
 死ぬことを運命づけられたものの一部分が死にゆく者とは別に存続するという奇妙な信仰は、愛に溢れる神を証明することにはならないし、そのように信頼する根拠を少しも立て直してはくれません。

 If death is real for anything, there is no life.
 もし死が少しでも本当にあるなら、生命はまったく存在しないはずです。

 Death denies life.
 死は生命を打ち消すからです。

 But if there is reality in life, death is denied.
 逆に、もし生命が実在するなら、死は否定されるはずです。

 No compromise in this is possible.
 このことについては、一切、妥協の余地はありません。

 There is either a god of fear or One of Love.
 ありうるのは、恐怖の神か愛の神、そのどちらかだけです。

 The world attempts a thousand compromises, and will attempt a thousand more.
 この世界は、数えきれないほどの妥協を試み、さらに無数の妥協を重ねようとするでしょう。

 Not one can be acceptable to God's teachers, because not one could be acceptable to God.
 神の教師にとっては、そんな妥協はただのひとつとして受け入れられるものではありません。なぜなら、そんな妥協はひとつたりとも神には容認できないものだからです。

 He did not make death because He did not make fear.
 神は死を作りはしませんでした。なぜなら、神は恐怖を作らなかったからです。

 Both are equally meaningless to Him.
 死も恐怖も同じように等しく、神にとっては意味をなしません。



5. The "reality" of death is firmly rooted in the belief that God's Son is a body.
 死の「実在性」は、神の子は一個の身体であるという信仰に固く根ざしています。

 And if God created bodies, death would indeed be real.
 そして、もし神が身体を創造したのなら、死はなるほど実在することになるでしょう。

 But God would not be loving.
 しかし、その場合、神は愛に満ちた存在ではなくなるはずです。

 There is no point at which the contrast between the perception of the real world and that of the world of illusions becomes more sharply evident.
 この点ほど、真の世界での知覚と幻想の世界での知覚との間のコントラストがくっきりと明らかになることはほかにありません。

 Death is indeed the death of God, if He is Love.
 もし神が愛であるならば、死とはいかにも神の死にほかならないことになります。

 And now His Own creation must stand in fear of Him.
 そうなれば、いまや神自身の創造物は、神に対する恐怖の中で立ちすくむしかなくなります。

 He is not Father, but destroyer.
 神は大いなる父ではなく、破壊者となります。

 He is not Creator, but avenger.
 神は創造主ではなく、復讐者となってしまいます。

 Terrible His Thoughts and fearful His image.
 神の思いは恐ろしいものであり、神の肖像は恐怖に満ち満ちたものとなります。

 To look on His creations is to die.
 神の創造物を目にすることは、死を意味することになります。



6. "And the last to be overcome will be death. "
 「ゆえに、最後に克服されるべきは死であろう」。

 Of course!
 もちろん、その通りです。

 Without the idea of death there is no world.
 死という観念がなかったら、いかなる世界も存在しえないでしょう。

 All dreams will end with this one.
 すべての夢は、この世界とともに終わりを迎えるでしょう。

 This is salvation's final goal; the end of all illusions.
 これこそが救済の最終目標です。それは、あらゆる幻想の終わりです。

 And in death are all illusions born.
 つまり、あらゆる幻想の生みの親は死なのです。

 What can be born of death and still have life?
 いったい死から生まれていながら、なおも生命を持つことができるものなどいるでしょうか。

 But what is born of God and still can die?
 反対に、はたして神から生まれていながら、なおも死ぬことのできるものなどいるでしょうか。

 The inconsistencies, the compromises and the rituals the world fosters in its vain attempts to cling to death and yet to think love real are mindless magic, ineffectual and meaningless.
 死にしがみつきながらも愛は実在すると考えようとする虚しい試みとして、この世界がさまざまな矛盾や妥協や儀式を奨励することは、何の効果もない無意味な心ない魔術だというほかありません。

 God is, and in Him all created things must be eternal.
 神は在ります。そして、神の中にすべての創造されたものが永遠に実在するに違いないのです。

 Do you not see that otherwise He has an opposite, and fear would be as real as love?
 そうでなかったら、神は対極を持つことになり、恐れは愛と同じく実在することになってしまいます。あなたはこんなこともわからないのでしょうか。



7. Teacher of God, your one assignment could be stated thus: Accept no compromise in which death plays a part.
 神の教師よ、あなたの唯一の任務は次のようなものだと言えるでしょう。それは、折り合いをつけるうえで死が一枚噛んでいるような妥協を何ひとつ受け入れないことです。

 Do not believe in cruelty, nor let attack conceal the truth from you.
 無慈悲さを信じてはなりません。同じように、決して攻撃があなたから真理を隠すのを容認してはなりません。

 What seems to die has but been misperceived and carried to illusion.
 死ぬように見えるものは、ただ誤って知覚されて、幻想へと運びこまれていただけだったのです。

 Now it becomes your task to let the illusion be carried to the truth.
 いまや、幻想が真理へと運ばれるようにすることがあなたの任務となります。

 Be steadfast but in this; be not deceived by the "reality" of any changing form.
 断固として次の姿勢を守りなさい。それは、「現実」に見えるものがどのように形を移り変わらせようとも、それによって絶対に騙されないようにすることです。

 Truth neither moves nor wavers nor sinks down to death and dissolution.
 真理は、動くことも、揺らぐことも、衰えて死へと落ちこんで消滅してしまうこともありません。

 And what is the end of death?
 それでは、死の終わりとは何なのでしょうか。

 Nothing but this; the realization that the Son of God is guiltless now and forever.
 それは、神の子は今も、そして、これからも、永遠になき者であると悟ることにほかなりません。

 Nothing but this.
 死の終わりは、これ以外の何ものでもありません。

 But do not let yourself forget it is not less than this.
 しかし、これ以下でもないということを自分に忘れさせないようにしてください。


次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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