レッスン233「私は今日、自分の命を神の導きに捧げる」

2014年02月10日
レッスン231〜240 0

Surrender is a journey from outer turmoil to inner peace.
明け渡しとは、外的な騒乱から内なる平安に向かう旅なのだ。



Sri Chinmoy
シュリ・チンモイ



本当の価値観とは、あなたが人生でどのように行動したいのかを問い続けるプロセスです。自分の人生に足りない要素を補うのが目的ではありません。
この考え方がわかりづらいようなら、試しにこう自分に問いかけてみてください。
「もし使いきれないほどの金を手に入れ、理想の仕事につき、毎日が幸福に満ち溢れていて、誰からも尊敬されていたとしたら、私はどのように行動するだろうか? 自分や他者との関わり方はどう変わるだろうか?」
すべてが満ち足りた状態でもなお行動せずにはいられない物事こそが、あなたの心の底に眠る本当の価値観なのです。

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鈴木祐(「最高の体調」188ページ)



あなたがあらゆる問題に直面したときの解決法は、このように(一時的なものを一時的なもので)置き換えるというものなのではないでしょうか。あなたは見たくないものを見たとき、それとは反対のものでその見たくないものを置き換えようとします。ですから、あなたの人生は自分に欠けているものを補う闘いに費やされています。自ら自分を追い込んだ窮地を解明するのに必要なのは、足りないと感じているからこそ欲しているという一例だけです。あなたは欲しくてたまらず、自分が必要なものを持っていないと本当に信じています。そして、常に自分を飢えた状態にして、欲求を満たそうとする人生を送っています。あなた方の多くは、仕事という形でその挑戦に挑み、自分と愛する者の欲求を満たすための労働に全人生を費やしています。もし欲求を満たす必要がなければ、あなたは人生で何をしたいですか。恐れがなければ、人生で何をしたいですか。この二つは同じ問いなのです。
あなたが願いを叶えるのに、唯一起こりうる交換とは、幻想を真実で、恐れを愛で、分離した自己を真の自己で置き換えることです。真の自己とは、神と一つの自己です。あなたはその交換が起こらなければならないことと、それが起これば他のあらゆる交換へと導かれることを知っています。あなたは次の交換でこそ願いが叶うと思いながら、延々と交換し続けることもできますし、あるいは唯一上手くいく交換を選ぶこともできるのです。

Jesus Christ

イエス・キリスト(マリ・ペロン著「愛のコース 第一部 コース」120ページ)




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レッスン233です。

「私は今日、自分の命を神の導きに捧げる」が今日のテーマです。


まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。





自発的に聖霊を選択しないかぎりエゴが勝手に導いてしまう

今日のレッスンでは、私たちがエゴとして、自分が自分を導く先導者となって自分独自の思いを抱いて独自の行動をすることをやめて、一歩引き下がって、神の大いなる導きに従って神の意志をなすことが語られます。

放っておくかぎりは、エゴが自動操縦で私たちを導き、どこにも行きつくことはありません。

エゴからすれば、神という最終目的地に行きつきさえしなければ、安泰だからです。

これに対して、神=聖霊がエゴからハンドルをぶんどって強引に私たちを導くということをしないということは、テキスト第7章10節(T7-10 苦しいのが気持ちいいってどういうこと?)その他でも語られます。

エゴに従うかぎり、私たちは自由意志の感覚という錯覚は得られはしても、実はエゴに支配されて私たちに自由意志はありません。

「It is not your will to be imprisoned because your will is free.
 囚われの身となることは、あなたの意志ではありません。なぜなら、あなたの意志は自由だからです。

 That is why the ego is the denial of free will.
 だから、エゴとは自由意志の否定なのです。」(テキスト第八章 二 幽閉と自由との違い 3)



なので、私たちが自発的に聖霊を選択する決断をしないかぎり、強引に手取り足取り導こうとするのは、聖霊ではなく、エゴのほうなので、自動的にエゴの自動操縦に導かれてしまうことになります。


エゴの願望と聖霊の意図の相違

エゴに導かれて抱く欲求、願望がどんなものか、私たちは知らないわけじゃありません。

低級な次元の生理的欲求から悟りを得たいというような高尚なものに思える願望に至るまで、煎じ詰めれば、水路や電気回路のようにエネルギーの通り道がお膳立てされて、そこを通らざるをえないことで生じるそうせざるをえないような余儀なくされる駆り立てられ突き動かされる感覚です。

貯水池に溜まっている状態では平穏な水が、水路を通るとエネルギーを生みます。

電気回路も導線を狭くしたり抵抗の強い導体にすると、電圧が高まります。


私たちは、エゴが、実在の不在である恐れが形を成したバラエティーに富んだ影、幻想という抵抗を用いて生命エネルギーを堰き止めては狭い水路に流し込むことで、欲求、願望に駆り立てられて、さもその願望が自分のものであるかのように錯覚します。

けれど、このような願望の生じる仕組みからして、願望が自由意志によるものではなく、逆に自由意志の否定の産物であることは理解できることです。

自由意志によるのは、駆り立てられるのではない自然に湧き起こる意図です。

貯水池の中を自由に泳ぐ神の想念の魚たちが神の意図するがままに泳いでいくと、自ずとそれが波のうねりとなり、川の流れになっているという具合です。

願望が擁壁で囲んで高低差を設けて水圧によって作り出されるエネルギーだとすると、意図は海の波や川の流れそのものに乗るありのままのエネルギーの流れの一部になる、種が芽吹き、木が枝を伸ばすといったイメージです。


Oshoのエネルギーと花のたとえ

冒頭の鈴木祐さんやイェシュアの言葉が、「満たされていてもなおしたいこと」、と端的に表現していますが、詳しくこの仕組みについて語るOshoのつぎの説明が参考になると思います。




それにしても、善性がどうやって弱さから生じてこれよう? というのも、善にはあふれ流れるエネルギーが必要だからだ。善とは贅沢品、それは豊かさから生じる。エネルギーがあり余るとき、あり過ぎて洪水の氾濫のようになっているとき、そのときにはあなたはそれをわかち合いはじめる。そうなったらあなたは搾取することはできない。その必要はない。そうなったらあなたは自分のハートから与えることができる。あまりに有ってそれは実際あなたの重荷になっている。あなたはそれをわかち合い、放りだしたい。あなたはあらゆるものを投げだし、あなたの生のすべてを贈り物として与えたい。

あなたが与えたいような何かを持っているときには、この法則を憶えているがいい。
何かに執着があるときには、あなたはそれをほんとうには所有していないということだ。もし所有していたら、あなたは与えることができる。何かを喜んで与えることができるときにのみ、あなたはそれの所有者としてある。もしそれに依然しがみついているようだったら、そのときには、深い部分であなたは恐れていて、それの主人になっていない。あなたは深いところで、それは自分に属していない、遅かれ早かれ取り上げられると知っている。あなたに与えることができないのはこのためだ。

だから、人はその愛を与えてはじめて愛のあることが示される。その生のすべてを与えるときにのみ、人は生きていることを示す。ほかにそれを知る方法はない。

弱さから多くの善が現れる。それはひとつの見せかけだ。ニセの硬貨だ。そしてニセの硬貨とは紙の花、プラスチックの花のようなものだ。

樹が花をつけるときには、あり余るエネルギーで氾濫しているからこそ花ひらく。花とは贅沢なものだ。樹はそうする余裕があるときにのみ花を咲かせる。もし水が適切に与えられなかったら、肥料が適当な割合で与えられなかったら、土が豊かでなかったら、そのときには樹は葉をつけるかもしれないが花を咲かせることはできない。

ひとつ段階体系があって、最高位が存在できるのは、そこに最高の位階まで動いてゆくエネルギーがあるときだけだ。もしあなたが十分な食べものを得ていなかったら、知性がまず消えてゆく。なぜならそれはひとつの開花だからだ。貧しい国では、真の貧困は肉体的なものではなく、知性の貧困だ。もし国が非常に貧困だったら知性は存在することはできない。それは開花としてある。

肉体的な必要がすべて充たされたときにのみ、エネルギーは上に動いてゆく。肉体的な需要が充たされていないときには、エネルギーはまずその需要を充たすために動く。基盤がまず第一に守られなければならい。根がまず保護されなければならない。もし根がなかったら、花ひらくということはあり得ない。もし肉体がなかったら、そのときには知性はどこで存在するね?

そして、慈悲とは知性よりも高位のもの、瞑想はよりまた高位のものだーー。

Osho バグワン・シュリ・ラジニーシ(「愛の錬金術 隠されてきたキリスト」279ページ)




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Lesson 233

I give my life to God to guide today.
私は今日、自分の命を神の導きに捧げる。



1. Father, I give You all my thoughts today.
 父よ、今日、私はあなたに自分の思いのすべてを捧げます。

 I would have none of mine.
 私は、自分だけの思いを一切抱かないことにします。

 In place of them, give me Your Own.
 私の思いの代わりに、あなたの思いを私に与えてください。

 I give You all my acts as well, that I may do Your Will instead of seeking goals which cannot be obtained, and wasting time in vain imaginings.
 私はあなたに自分の行いのすべても捧げて、到達しようのない目標を追い求め、虚しく空想に耽ることに時間を浪費する代わりに、私があなたの大いなる意志をなすことができるようにします。

 Today I come to You.
 今日、私はあなたの下に参ります。

 I will step back and merely follow You.
 私は、身を引いて、ただあなたに従うことにします。

 Be You the Guide, and I the follower who questions not the wisdom of the Infinite, nor Love whose tenderness I cannot comprehend, but which is yet Your perfect gift to me.
 あなたが大いなる導き手となって、私を従者としてください。従者である私は、無限なる存在の英知を疑うことなく、また、私には理解が及ばないとしても、あなたから私への完璧な贈り物である大いなる愛の優しさを疑いません。



2. Today we have one Guide to lead us on.
 今日、私たちには、自分を導いてくれる唯一の大いなるガイドがいます。

 And as we walk together, we will give this day to Him with no reserve at all.
 そして、私たちが一緒に歩むに際して、私たちは、今日という日を余すところなく神に捧げることにします。

 This is His day.
 今日は神の日です。

 And so it is a day of countless gifts and mercies unto us.
 だから、今日は私たちに数えきれない贈り物と恵みが差し延べられる日なのです。


名称未設定

それでは、ブリトニーさんのレッスンです。





次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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