レッスン4「これらの思考には何の意味もない」

レッスン1〜10 0


私、教育のされすぎをすごく恐れてるの…。

サリー(スヌーピー)




Life isn’t about waiting for the storm to pass.
嵐が過ぎるのを待つことが人生の目的ではない。

It’s about leaning to dance in the rain.
雨の中でもダンスを踊れるようになることが人生の目的なのだ。

Anonymous
作者不詳




レッスン4です。

ワークブックに取り組む際の重要な留意点は、基本的に1日1レッスンの原則を守ることです。




そのわけは、ワークは実践に目的があるのであって、テキストのように理論的に理解する点に主眼があるわけではないからです。


がんがんやる気があるのであれば、ワークブックを先に進めようとするよりもテキストをじっくり読みこむほうに労力を費やしたほうが実りが多いはずです。

ワークブックをどんなに早く全部読んだとしても(理論面で得る面があるのは確かでしょうが)、実習の意義はほとんど無いと思います。


たしかに、一見すると、ワークブックを早くこなすことは、学習を進めるうえで有益なように思えてしまいます。

しかし、これは、テキストとワークの役割から考えると、誤解であることに気づくことができると思います

空手等の武道でいうなら、テキストは、心構えや技術習得に役立つ知識を理論的に整理した指南書に相当し、ワークブックは(形)の練習をするようなものです(組手は日常生活の中で行うことになると思います)。

運転でいうなら、テキストは、教本や講義等の座学のほうで、ワークブックは、実技教習に相当します。

路上教習は、日常生活の中でということになると思います。

やる気満々の初心者が、1日でまとめて、学ぶべきすべてのをやってみたとしても、まったく身につくことはないでしょう。

同じように、実技教習を無理やり1日で全過程をやってみたところで、ほとんど技能が向上することはないでしょう。

それどころか、カリキュラムの前半で習得したことを前提に組まれている後半の課題を、前提課題を未習得のままで行うことになるので、両者が混乱していずれも満足にマスターできないまま我流で固定してしまうことになります。

赤ちゃんは、寝返り、ハイハイ、つかまり立ち、伝い歩き等、順を追って進むことで歩けるようになりますが、寝返りの段階から親が強引に毎日、この全過程を繰り返させたとしたら、早く歩けるようになるどころか、歩けないようになってしまうはずです。

長期的に見て、カリキュラムに沿って、一つひとつ段階を踏んでゆっくり身につけた学習者と、がむしゃらに1日に全課程を同じ期間繰り返した学習者の成果を比較した場合、おそらく、カリキュラム通りに学んだ学習者のほうがずっと先に進んでしまっていることでしょう。まさにウサギとカメの寓話のとおりです。

いずれにせよ実技的な事柄を、一気にまとめて大量にこなすことは、益が少なくかえって害にしかならないと言える面があります。

このような弊害だけでなく、ワークブックを通しでやるという発想のそもそもの根本的誤解は、単に文章を読むことがレッスンを実習したことになると考えている点にあります。

実は、ワークブックを単に読むこと自体は、まったくレッスンを実践したことにはなりません。

これからも毎日レッスンを進めていくと理解できると思いますが、本の中で文章で出てくるのは、その日のテーマの解説と、その一日の中で、その日のテーマとなる想念をどのように使うかという手順の説明です。

ですので、ワークブックのレッスンの文章を読むこと自体は単に、その日のスケジュールを手帳で確認する程度の意味しかなく、レッスンの意義は、一日を使って自分の心でその日のテーマの想念を日常生活の中であてはめて活用しながら体験することにあるわけですから、上に述べたように、ワークブックを通し読みすることは、実は、実技教習をやったことにすらならない、今日やる予定の実技の予定表を読んだだけという状態に相当するというのが実態だといえます。

ワークブックを読むことがレッスンを実習したことになると思うことが大きな勘違いであることがこれでわかると思います。


さて、奇跡のコースはアイデンティティーの修正という課題をカリキュラムの目標としています。

そして、コースの学習法は、この世界の学習とは逆で、自分の外から知識や情報を取り込んで体系的な理解を構築していくというものではなく、世界から教え込まれた間違った知見を一つひとつ消去して忘れ去って心を初期化していく学習棄却(unlearning)です。

自分は、何歳で、男性で、日本人で、どこに住んでいて、家族はこうで、会社はこうで、趣味はこう、・・・等々という人間だと私たちは信じ込んでいます。

これに対して、コースは、私たちは肉体ではなく、魂でもなく、神の子であるということを思い出しなさいと言います。

さらっと言うことはできますが、これは、この世界の常識からするととうてい受け入れることのできるはずもない、とんでもないテーマです。

今後も、幾度も触れることになりますが、このことを敷衍すると、私たちは自分が人間の誰それだと確信していますが、それが嘘だということ、つまり、私たちは物語の登場人物と同じような空想上の一キャラクターでしかないということです。

この事実を素直に、「はい、そうですか。承知しました!」と受け入れられるはずがありません。


このアイデンティティーの根本的な修正を図るうえで、ワークブックの1日1レッスンは、とてつもなく重要な意味を持っています。

それは習慣化によってこびりついた固定観念を同じく習慣的な作業によって落とすということです。

真実に反する自己像でも数十年に亘って刷りこまれれば、その自分が本当の自分であることが真実だと思い込んでしまうのはもっともなことです。

そして、私たちが、自分という存在は人間の誰それだという思い込みを形成するのは、この人生だけでのことではなく、(真実としては存在しない)輪廻転生によって個別の魂が数え切れない回数肉体に宿っては死んでの繰り返しをしているわけなのですから、あなたが自分だと思い込んでいる自己像は本当は小説の登場人物やゲームのキャラクターのようなアバターでしかなく、本当のあなたは神の子なんですよと言われても、それを盲信することはできるかもしれませんが、そう簡単に、それを真実として受け入れることはできないし、それを真理として思い出せるものではありません。




長年にわたって、たくさんの回数の人生に亘って、心の中に錆のようにこびりついている自分とは誰かという自己認識は、知的理解による気づきだけでは、瞬間的に剥がれ落ちたように思えることはあっても、時間が経てばすぐに同じ錆がわき出してきて広がってしまいます。

ワークブックの1日1レッスンの原則を軽視するのは、願望実現法則のプラス思考のようなもので、顕在意識だけを対象とした気休め的な発想です。

手つかずの潜在意識は自分を守ろうとして現状維持を図ろうとしてブレーキをかけ、プラス思考で書き換えられた自己像を簡単に元通りに戻してしまいます。

表面的な理解だけでなく腹の底から認識が変わるには、ゆっくりと準備と覚悟を整えてブレーキを解除していくことが必要です。


この点は、本当によく誤解されやすい危険だと思いますので、留意していだければと思います。

やる気満々で意欲に満ちているのであれば、せっかくのエネルギーを注ぐに十分なだけの分量をテキストはちゃんと備えていますので、安心してテキストに注力してください。

ただし、このように言うと、受験勉強のように一生懸命テキストを暗記するくらいに読み込もうと意気込む方も多いかもしれませんが、決してテキストを覚えこむ対象として取り組まないように注意してください。

上記のように、奇跡のコースが目指すのは、世界によって教え込まれた偽りの学習を取り除くこと(学習棄却 unlearning)であり、コースで学ぶことはすべて、偽りの自己認識、世界認識の間違った学びを捨て去って忘れるためだという意識が決定的に重要だからです。

コースは実際の人生を生きる中で赦しを実践するための手引きであり、道具にすぎません。

実際に料理をすることなく、たくさんの料理のレシピを暗記するまで覚えこんだ人よりも、腕のいい料理人の師匠から要点を学んだあと、実際に料理を作る鍛錬だけを積み重ねた人のほうが美味しい料理で人を喜ばせられるようになるでしょう。

世を捨てて一生をかけてコースを暗記するくらいにまで徹底的に覚えこんだ人よりも、聖霊の他者への対応に関する3大レッスンだけを心がけて他者との関わりに飛び込んで失敗しながら生きた人のほうがはるかにコースの言わんとするところを会得できるはずです。

正しく学習できているかどうかの目安は、学ぶことが楽しいかどうかです(T14-2 喜んで学ぶ者)。








Workbook Lesson 4



These thoughts do not mean anything.
これらの思考には何の意味もない。




These thoughts do not mean anything.
これらの思考には何の意味もない。

They are like the things I see in this room [on this street, from this window, in this place].
それらの思考は、私がこの部屋の中に(この通りに、この窓から、この場所で)目にするものと同じものだ。


1. Unlike the preceding ones, these exercises do not begin with the idea for the day.
 これまでのレッスンとは異なり、今日の練習は、1日のテーマとなる考えから始めるものではありません。

 In these practice periods, begin with noting the thoughts that are crossing your mind for about a minute.
 これらの実習の時間では、最初に1分ほどかけて、自分の心の中をよぎるさまざまな思考に注目することから始めます。

 Then apply the idea to them.
 そのあとで、今日のテーマの考えを、自分の中をよぎる思考にあてはめてみます。

 If you are already aware of unhappy thoughts, use them as subjects for the idea.
 もしあなたがすでに気の滅入るようないくつかの思考を意識しているなら、それらの思考を今日の考えをあてはめる対象として使うとよいでしょう。

 Do not, however, select only the thoughts you think are "bad."
 しかしながら、あなたが「悪い」と考える思考だけを選択しないようにしてください。

 You will find, if you train yourself to look at your thoughts, that they represent such a mixture that, in a sense, none of them can be called "good" or "bad."
 もしあなたが自分のさまざまな思考を見つめるように自分自身を訓練するなら、あなたは、自分の思考には実に多様な思いが入り混じっていて、「良い」とか「悪い」と一口に言うことなどできないとわかってくるはずです。

 This is why they do not mean anything.
 これが、それらの思考には何の意味もない理由です。



2. In selecting the subjects for the application of today's idea, the usual specificity is required.
 今日の考えをあてはめる対象を選択するに際しては、これまでと同じように具体性が求められます。

 Do not be afraid to use "good" thoughts as well as "bad."
 「良い」思考も「悪い」思考も、恐れずに用いてください。

 None of them represents your real thoughts, which are being covered up by them.
 それらの思考は、何ひとつ、あなたの真の思考を表してはいません。あなたの真の思考は、それらの思考によって覆い隠されてしまっているからです。

 The "good" ones are but shadows of what lies beyond, and shadows make sight difficult.
 「良い」思考は、それを越えた向こう側にあるものの影にすぎず、影は見ることを困難にしてしまいます。

 The "bad" ones are blocks to sight, and make seeing impossible.
 「悪い」思考は、視界を妨げる障害であり、見ることを不可能にしてしまいます。

 You do not want either.
 あなたには、どちらも必要ではありません。



3. This is a major exercise, and will be repeated from time to time in somewhat different form.
 これは重要な練習なので、これからも、ときどきいくらか形を変えて繰り返すことになります。

 The aim here is to train you in the first steps toward the goal of separating the meaningless from the meaningful.
 ここでの狙いは、意味のあるものから意味の無いものを切り離すという目標に向けての最初のいくつかのステップを踏み出せるようにあなたを訓練することにあります。

 It is a first attempt in the long-range purpose of learning to see the meaningless as outside you, and the meaningful within.
 これは、無意味なものをあなたの外側に、意味あるものをあなたの内側に見ることを学ぶという長期的な目的の最初の試みです。

 It is also the beginning of training your mind to recognize what is the same and what is different.
 それはまた、同じであるものと異なるものとの見分けがつくようにあなたの心をトレーニングし始めるものでもあります。



4. In using your thoughts for application of the idea for today, identify each thought by the central figure or event it contains; for example:
 自分の思いを今日の考えにあてはめるために用いるに際して、その思考に含まれる中心的な登場人物や出来事によって、一つひとつの思考を特定するようにしてください。たとえば、


This thought about _______ does not mean anything.
(    )に関するこの思考には何の意味もない。

It is like the things I see in this room [on this street, and so on].
それは、私がこの部屋の中に(この通りに、等々)見ているものと同じである。



5. You can also use the idea for a particular thought that you recognize as harmful.
 あなたはまた、この考えを自分が有害だと認識している特定の思考に適用することもできます。

 This practice is useful, but is not a substitute for the more random procedures to be followed for the exercises.
 この実習は有益ですが、練習のためにより手当たり次第に考えをあてはめてみるやり方の代わりにはなりません。

 Do not, however, examine your mind for more than a minute or so.
 しかし、自分の心を1分程度以上長くは吟味してはなりません。

 You are too inexperienced as yet to avoid a tendency to become pointlessly preoccupied.
 あなたはまだ未熟なので、どうしても無意味に没頭してしまいがちだからです。



6. Further, since these exercises are the first of their kind, you may find the suspension of judgment in connection with thoughts particularly difficult.
 さらに、これらの実習はこの種の練習の最初の課題であるので、あなたは、さまざまな思いに関連する価値判断を中断することをとくに難しく感じるかもしれません。

 Do not repeat these exercises more than three or four times during the day.
 これらの実習は、1日のうち、3、4回以上は繰り返さないようにしてください。

 We will return to them later.
 私たちは、いずれまた、この実習に戻ることになるでしょう。


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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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