レッスン238「救済は全面的に私の決断にかかっている」


Your human self might be in hell right now, but your divine self is literally untouched by your suffering.
あなたの人間的な自己はまさに今地獄にいるかもしれません。けれど、あなたの神聖な自己は文字通りあなたの苦悩によって何の影響も受けないままです。

And your divine self is who you are.
そして、あなたの神聖な自己こそが本当のあなたなのです。



Marianne Williamson
マリアン・ウィリアムソン






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レッスン238です。

「救済は全面的に私の決断にかかっている」が今日のテーマです。


まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。




神は強制的に神の子を正気に戻すことはできない

救済が私たちの決断に委ねられていることは、これまでのレッスンでも明らかになっていると思います。

理屈としては、神はわが子を自由な存在として創造しているので、神の子が狂気に陥る自由すら否認しておらず、彼が自分が無数に分裂したちっぽけな生き物になっていると狂信したとしても、そこから強制的に元に戻すために子の意志に介入して正気に戻るよう意志を強いることはなく、あくまでも子が自らの自由意志で元に戻るためのお膳立てをすることしかできないということです。

これは一見、神が無力であるとか愛に欠ける証であるように思えるかもしれません。

しかし、これは、神の子が神ですら介入できない神に等しい無制約の自由意志を持っていること、つまり、神の力が無限のもので、その無限の力を神は神の子に与えたことを意味するわけで、神が無力だということにはなりません。


神の子も神も死んではいない

無限の力を持つ神がもし、自らの意志とイコールである子の自由意志を無視して意志を強制でき、その通り強制したとしたら、神自身、自己矛盾によって自らの自由意志を挫いて喪失してしまうことになります。

神が神の拡張であるはずの神の子の意志を制限するなら、神の子に等しい神自身を縮小することとなり、果ては神の消滅に帰着することになります。

神が消滅したなら、神の子も消滅し、神の子が狂気の幻想を妄想することすらなくなるはずですが、現に私たちという神の子の妄想が想念として生じていること自体、神の子が消滅していないことを示しています。

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これはすなわち、(神の子に等しい)神は死んでいないこと、そして、神が子の自由意志に介入できないことを意味します。

神が子の自由意志に介入できないことは、むしろ神が自らを拡張させることしかできない無限の力を持つ証だといえます。

神の意志と子の意志が真に等しいなら、これは単なる言葉遊びではなく、真実であるはずです。


神の子は妄想してはいるが、創造されたまま変わっていない

天国における創造はすでに完全であり、無限の力と完全な自由意志を持つ存在として子が創造されている以上、これらの属性に変更を加えることは、創造を否定し、神の子を神の子ではないものにすることであり、絶対にありえないことです。

そして、現に、神の子には無限の力と真の自由意志を持つものとして創造された自分を少しでも変えることはできていません。

神の子にできたのは、狂気に陥って、それができたと妄想して錯覚に陥ることだけです。

だから、必要なのは、妄想から脱してありのままの状態に気づくことだけです。


アバターである人の子は分離側のデバイスなので、「正常」に機能するかぎり、神の子の覚醒を妨げる動作しか起こらない

しかし、当の神の子は狂気に陥って完全に自分を失って夢の中の登場人物になりきっていて、直接コミュニケーションをとることができないので、神の子が妄想から自分で脱することができるように支援するには、妄想した世界で神の子が自分を無数に分裂させて成り切っている人間という偽りのアバターに働きかけるしか手立てはありません。

とはいえ、私たちエゴ・身体というアバターのほうはといえば、神の子が狂気に陥って夢見てくれていなければ消滅するほかない架空の存在なので、エゴは、眠った神の子の夢見状態を維持したまま、夢の主人公として、分離幻想を信奉し偶像崇拝に邁進することしでできず、神の子が覚醒する手助けをしようなどとは欲することはありえないということになります。


コースはエゴ・ウィルス感染でリソースが占拠され機能不全になっていた聖霊OSを復旧させる

エゴはコンピュータ・ウィルスに似ています。

コンピュータのマルウェア(malware コンピューターやその利用者に被害をもたらすことを目的とした、悪意のあるソフトウェア)にはトロイの木馬、ワーム、ウィルスがありますが、ウィルスの特徴は、ファイル等の宿主が必要でワームのように独自プログラムとしては活動できない、トロイの木馬と違って自己複製して増殖してゆくという点にあります。

コースというアンチ・ウィルスは、宿主となる自我というアプリケーションからエゴというウィルスを駆除して、個別の心と他者との関係性というリソースがエゴに占拠されて、非難・攻撃という投影による分離幻想の自己増殖が継続する状態を解消し、宿主を本来の聖霊OSに奉仕する1アプリケーションへの位置づけに戻します。

リソースが解放されると、刺激と反応の間のスペース(T5-4 教えと癒しのエッセイの図を参照)が広がって、他者の攻撃は愛を求める哀訴であり、自分を怒らせる他者は自分が振り上げた剣を振り下ろすか背けるかによって自分たちを一緒に幽閉する状態から解放する機会を与えてくれる救い主なのであり、他者に返すべきリアクションは、自分を相手の罪の生き証人にすることではなく、自分は傷ついていないことを示して相手に自らが潔白だと理解させることだ、という聖霊の3大レッスンを実践することが可能になります。

こうすることで、他者に投影していた自分の罪を赦し、自分と他者がひとつであることを愛による結びつきによって体験する救いの公式を特別な関係の中で活用して神聖な瞬間に到達することになります。





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Lesson 238

On my decision all salvation rests.
救済は全面的に私の決断にかかっている。



1. Father, Your trust in me has been so great, I must be worthy.
 父よ、あなたが私を本当に深く信頼してくれているのだから、私には価値があるに違いありません。

 You created me, and know me as I am.
 あなたは私を創造し、私をありのままに知っています。

 And yet You placed Your Son's salvation in my hands, and let it rest on my decision.
 それでも、あなたは、あなたの子の救済を私の手に委ね、私の決断に任せてくれています。

 I must be beloved of You indeed.
 私は本当に、あなたから深く愛されているに違いありません。

 And I must be steadfast in holiness as well, that You would give Your Son to me in certainty that he is safe Who still is part of You, and yet is mine, because He is my Self.
 そして、私の神聖さも揺るぎないものであるに違いありません。だから、あなたは、依然としてあなたの一部でありながら、私の真の自己であるがゆえに私の一部でもあるわが子の無事を確信して、彼を私に託してくれているのです。



2. And so, again today, we pause to think how much our Father loves us.
 だから、今日再び、私たちは、いかに私たちの父が私たちのことを愛してくれているか考えるために立ち止まります。

 And how dear His Son, created by His Love, remains to Him Whose Love is made complete in him.
 そして、神の大いなる愛によって創造された神の子が、その大いなる愛が神の子の中において完成される神にとって、いかに最愛の存在であるか考えることにします。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。





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