レッスン240「いかなる形においても、恐れを正当化することはできない」

レッスン231〜240 0

あなたは感官の対象に心を動かされてはならない
なぜなら、それがすべての不幸の始まりだからだ
生きているうちに唯一な状態となれた者だけが
肉体が滅びた後にも、唯一なる者となれるのだ
ヤジュル・ヴェーダは宣言していよう
「わずかでも差異を見る間は、その者から恐怖は離れない」と



シャンカラ(「識別の宝玉」より)



レッスン240です。

今日のテーマは「いかなる形においても、恐れ正当化することはできない」です。



まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。




テキストの第一章の序文では、
「The opposite of love is fear, but what is all- encompassing can have no opposite.
 の対概念は恐怖ですが、すべてを包含するものはいかなる対極も持つことはできません。」
と語られます。

天国で実在する属性がこの世界に反映されると、実在の反映だけでなく、実在の不在が影として生まれ、対極の概念が姿かたちを持つ影となって世界かぎりで「存在」するようになります。

に対する恐れ、生命に対する死、平安に対する争い、精神に対する物質等です。

影が生じるのは、正しいセンタリングができていないせいです。

1.「It witnesses but to your own illusions of yourself.
 恐れは、ただあなたが自分自身のことを幻想と取り違えていることを証明するだけです。」

つまり、恐怖を感じるのは、自分が神の子であることを忘れて誰それという人間が自分だと思い込んでいるがゆえだということです。





Lesson 240


Fear is not justified in any form.
いかなる形においても、恐れ正当化することはできない。



1. Fear is deception.
 恐れは錯覚です。

 It attests that you have seen yourself as you could never be, and therefore look upon a world which is impossible.
 恐れは、あなたが決して自分がなることのできない存在だと自分自身をみなし、その結果として、ありえない世界を見ている証しです。

 Not one thing in this world is true.
 この世界の中にあるもので真実であるものは何ひとつありません。

 It does not matter what the form in which it may appear.
 恐れがいかなる形で現れていようとも、それは問題ではありません。

 It witnesses but to your own illusions of yourself.
 恐れは、ただあなたが自分自身のことを幻想と取り違えていることを証明するだけです。

 Let us not be deceived today.
 今日、私たちは騙されないようにします。

 We are the Sons of God.
 私たちは、神の子供たちです。

 There is no fear in us, for we are each a part of Love Itself.
 私たちの中に恐れは一切ありません。というのも、私たち一人ひとりは、大いなるそのものの一部だからです。



2. How foolish are our fears!
 私たちの恐れというものは、なんとばかげたものなのでしょうか。

 Would You allow Your Son to suffer?
 あなたが、わが子が苦しむことを容認したりするでしょうか。

 Give us faith today to recognize Your Son, and set him free.
 今日こそ、あなたの子を認識し、彼を解放するための信念を私たちに授けてください。

 Let us forgive him in Your Name, that we may understand his holiness, and feel the love for him which is Your Own as well.
 私たちが神の子の神聖さを理解し、あなた自身の神の子に対すると同じを感じることができるように、あなたの名において神の子を赦すことができるようにさせてください。



それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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