レッスン256「神こそ、私が今日抱く唯一の目標だ」


Forgiveness is God's command.
赦しこそ、神の訓令なり。



Martin Luther
マルティン・ルター






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レッスン256です。

「神こそ、私が今日抱く唯一の目標だ」が今日のテーマです。


まず、罪とは何かをご覧ください。






赦す夢を見る

「Here we can but dream.
 この世界では、私たちは夢見ることしかできません。

 But we can dream we have forgiven him in whom all sin remains impossible, and it is this we choose to dream today.
 それでも、私たちには、どんな罪を犯すことも絶対に不可能なままの神の子を自分たちが赦したという夢を見ることができます。そして、今日、私たちが夢見ることを選択するのはこの夢です。」


罪は実在しない狂気ですが、身体の五感で知覚することで、実在しない幻がそこにあるように思えて、許さない思いと罪悪感、恐怖と非難、攻撃と防衛の応酬の循環が続きます。

私たちは、この世界が現実であると固く確信しています。


夢見る者であることを前提にした表現にするだけで心理的なハードルが下がる

今日のレッスンは、この世界が夢であり、罪を犯すことなど不可能な神の子をその通り潔白だと認める=赦す夢を見ることを選ぶという真実を述べます。

「赦す夢を見る」という言い方は、現実だと思っている罪ある世界が幻想で実在しないと見極めて無視するという通常の赦しの概念をひっくり返して逆に言い換えただけのものです。

しかし、赦す夢を見るという言い方と、現実だと思っている罪ある世界が幻想で実在しないと見極めて無視するという通常の赦しの概念の説明の仕方と比べると、赦す夢を見るという表現のほうがハードルが低そうに感じます。

それは、アバターに自己同一化したうえで、確固たる現実に立ち向かって、それが実在しないという真理を突き付けて幻想を打ち倒すというスタンスではなく、アバターへのアイデンティティー状態から一歩引いて、夢見の主体としての自覚を保った状態で、そもそも夢の中にいるんだから、どんな夢を見るのも自由だという基盤に立ったスタンスだからです。


むしろより正確に赦しを表現しているとも言えるかも

そして、単に表現上の話だけにとどまらず、幻想を打開するというスタンスよりも自分の見る幻想を取り換えるというスタンスのほうが、より正確に赦しを表現しているともいえます。

つまり、本当は、赦しはたいへんな障害を乗り越えなければならないような難しいものではないということです。

赦しを困難なものにしているのは、私たちの世界認識、自己認識がこの世界に生きる人間である自分についてのリアリティーだということです。

VR技術の進歩やネットゲームの技術進化等によって、リアルな体験を偽装することがいくらでも可能であり、私たちがこともなく騙されてしまうことが実感としてわかる時代になってきています。

積極的に世界や自分の実在性に疑問を挟む意欲を持つことが役に立つと思います。



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Lesson 256

God is the only goal I have today.
神こそ、私が今日抱く唯一の目標だ。



1. The way to God is through forgiveness here.
 この世界では、赦しという道を通して神に至る。

 There is no other way.
 これ以外にほかの道はない。

 If sin had not been cherished by the mind, what need would there have been to find the way to where you are?
 もし小さな心が罪を抱くことがなかったなら、はたしてあなたが現にいる場所に至る道を見出す必要などあったでしょうか。

 Who would still be uncertain?
 今なお確信を持てずにいる者がいたでしょうか。

 Who could be unsure of who he is?
 自分が何者なのか確信を持てずにいる者がいたでしょうか。

 And who would yet remain asleep, in heavy clouds of doubt about the holiness of him whom God created sinless?
 そして、神に罪なきものとして創造された自分の神聖さについての疑念の重い雲の中でずっと眠り続けたままでいようとする者がいたでしょうか。

 Here we can but dream.
 この世界では、私たちは夢見ることしかできません。

 But we can dream we have forgiven him in whom all sin remains impossible, and it is this we choose to dream today.
 それでも、私たちには、どんな罪を犯すことも絶対に不可能なままの神の子を自分たちが赦したという夢を見ることができます。そして、今日、私たちが夢見ることを選択するのはこの夢です。

 God is our goal; forgiveness is the means by which our minds return to Him at last.
 神は私たちの目標であり、赦しは私たちというばらばらになった小さな心たちがついに神の下へと戻るための手段なのです。



2. And so, our Father, would we come to You in Your appointed way.
 だから、わが父よ、あなたの定めた道に沿って、私たちはあなたの下へと赴きます。

 We have no goal except to hear Your Voice, and find the way Your sacred Word has pointed out to us.
 私たちは、あなたの声を聞き、あなたの聖なる言葉が私たちに示してくれる道を見出すこと以外にいかなる目標も抱きません。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。

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