レッスン260「神が私を創造してくれたことを私が思い出せますように」


I'm a little pencil in the hand of a writing God, who is sending a love letter to the world.
私は、世界に宛てて送るラブレターを認(したた)める神が手にする小さな鉛筆です。



Mother Teresa
マザー・テレサ

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レッスン260です。

「神が私を創造してくれたことを私が思い出せますように」が今日のテーマです。


まず、罪とは何かをご覧ください。






父性と権威問題

私たちがキリストのヴィジョンで見ることができなくなって肉眼を通してしかものが見えなくなったのは、自分の創始者が誰なのかという権威問題が生じたためです。

すなわち、神は光であり、光の放射によって外に向けて拡張することが本質であり、その拡張が神の子です。

光が拡張した光線は当然、光源と同じものであり、光源と同じ属性と同じ力を持っていますが、親と子、光源と光線には一点だけ相違があります。

それは、子は親を生まない、つまり、光の向かう向きは外にしか向かわないということです。

この根本的な本質が、分離幻想によって神の子が狂気に陥った際に、ねじ曲がり、子は自分が自分の創始者である、つまり、自分が神であるという誤解をして光の拡張を自分のところで堰き止めてしまいました。


父から簒奪したと思いこんでいた権威を聖霊に引き渡す

この権威問題によって、拡張が阻害され神の経路が目詰まりを起こすことで、罪悪感と恐怖の暗雲に光が包まれて暗雲がスクリーンとなって、そこに罪の世界が投影されて、キリストのヴィジョンで見ることができなくなってしまったのであり、この問題の解消には権威問題を解消することが必要です。

そして、神の子には父からの贈り物として自由意志が与えられ、この自由意志の誤用が権威問題を生み出したわけだけれど、自由意志の内容である無制限な自由の唯一の例外は、自由意志を奪う自由だけはないということです。

これを別の角度から見ると、子には父を生み出すことだけはできないということです。

なぜなら、真の自由は自他の区分のない一者しか持つことはできないところ、子が父を生み出すことができるということは、父以外に別の究極の権威の源があることを意味し、二元論に立つことになり、その自由は他者との拮抗による制約を受ける範囲内での自由でしかないということになるからです。

権威問題の解消は、父から分離した独自の意志を抱くことができているという錯覚に気づいて、聖霊に権威を引き渡すことによってなされます。

T3-6 価値判断と権威問題が参考になると思います。



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Lesson 260

Let me remember God created me.
神が私を創造してくれたことを私が思い出せますように。



1. Father, I did not make myself, although in my insanity I thought I did.
 父よ、私は自分を作り出してはいません。けれど、狂気に陥ることで、私は自分で自分自身を作り出したのだと思っていました。

 Yet, as Your Thought, I have not left my Source, remaining part of Who created me.
 しかし、あなたの抱く思いであるがゆえに、私は自らの大いなる源であるあなたの下を一度も離れてはおらず、私を創造した大いなる存在であるあなたの一部のままです。

 Your Son, my Father, calls on You today.
 わが父よ、あなたの子が今日、あなたに求めます。

 Let me remember You created me.
 どうか、あなたが私を創造してくれたことを私に思い出させてください。

 Let me remember my Identity.
 私に本当の自分が誰なのか思い出させてください。

 And let my sinlessness arise again before Christ's vision, through which I would look upon my brothers and myself today.
 そして、キリストのヴィジョンの前に、私の潔白さが再び見えるようにしてください。私は今日こそ、キリストのヴィジョンを通して、自分の兄弟と自分自身を見るつもりです。



2. Now is our Source remembered, and Therein we find our true Identity at last.
 今こそ、自分たちの大いなる源を思い出すことによって、私たちはついに、自分たちが本当は何者なのか見出します。

 Holy indeed are we, because our Source can know no sin.
 本当に私たちはなんと神聖なのでしょう。なぜなら、私たちの大いなる源である神には罪など知る由もないからです。

 And we who are His Sons are like each other, and alike to Him.
 そして、神の子である私たちは、互いに同じものであり、そして、神とも同じものなのです。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。







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