レッスン262「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」


Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life.
あなたの時間は限られている。だから、自分の時間を他人の人生を生きることで無駄にするな。



Steven Paul Jobs
スティーブ・ジョブズ



Values are like fingerprints, nobody's are the same, but you leave them all over everything you do.
価値観は指紋のようなものだ。誰ひとり同じ指紋を持ってはいないが、やることなすことすべてに自分の価値観の痕跡が残る。

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Elvis Presley
エルヴィス・プレスリー



Concerning Spiritual Gifts
霊的な賜物について


1 Now about the gifts of the Spirit, brothers and sisters, I do not want you to be uninformed.
兄弟姉妹たちよ。私は今こそ、あなたがたに、霊の賜物についての無知を解消してほしい。

2 You know that when you were pagans, somehow or other you were influenced and led astray to mute idols.
まだ異教徒であったとき、あなたがたがどういうわけか流されるようにして、物言わぬ偶像のところに導かれてしまったことは、あなたがたも承知しているとおりである。

3 Therefore I want you to know that no one who is speaking by the Spirit of God says, “Jesus be cursed,” and no one can say, “Jesus is Lord,” except by the Holy Spirit.
そこで、私はあなたがたに知っておいてもらいたい。神の霊によって語る者はだれも「イエスは呪われよ」とは言わないし、また、聖霊によるのでないかぎり、だれも「イエスは主である」と言うことはできない。

4 There are different kinds of gifts, but the same Spirit distributes them.
さまざまな賜物はあれど、それらの賜物を授ける大いなる霊は同じひとつのものである。

5 There are different kinds of service, but the same Lord.
さまざまな務めはあれど、仕えるべきは同じ主である。

6 There are different kinds of working, but in all of them and in everyone it is the same God at work.
さまざまな働きはあれど、すべての働きの中で、そして、すべての者たちの中で働き給うのは、同じひとつの神なのだ。

7 Now to each one the manifestation of the Spirit is given for the common good.
今も、各自が大いなる霊のしるしを授かっているのは、全体に通じて益するためである。

8 To one there is given through the Spirit a message of wisdom, to another a message of knowledge by means of the same Spirit, 9 to another faith by the same Spirit, to another gifts of healing by that one Spirit, 10 to another miraculous powers, to another prophecy, to another distinguishing between spirits, to another speaking in different kinds of tongues, and to still another the interpretation of tongues.
すなわち、ある人には大いなる霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ霊によって知識の言葉が、またほかの人には、同じ霊によって信仰が、またほかの人には、ひとつの霊によって癒やしの賜物が、またほかの人には奇跡を起こす力が、またほかの人には預言が、またほかの人には霊を見わける力が、またほかの人には種々の異言を語る口が、またほかの人には異言を解釈する力が、授けられている。

11 All these are the work of one and the same Spirit, and he distributes them to each one, just as he determines.
すべてこれらのものは、ひとつの同じ大いなる霊の働きであって、一なる霊はその意のままに、それらを各自に分け与えられるのである。

Unity and Diversity in the Body
身体の中の統一性と多様性


12 Just as a body, though one, has many parts, but all its many parts form one body, so it is with Christ.
身体はひとつであっても数多くの部分を持ち、それでいながら、それらの数多くの部分がひとつの身体を構成しているように、キリストの聖体も同じ仕組みで成り立っている。

13 For we were all baptized by one Spirit so as to form one body—whether Jews or Gentiles, slave or free—and we were all given the one Spirit to drink.
つまり、ひとつの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、みなひとつの身体となるために洗礼を受け、みなひとつの霊を飲んだのだ。

14 Even so the body is not made up of one part but of many.
身体は、ひとつの部分ではなく、多くの部分から成っている。

15 Now if the foot should say, “Because I am not a hand, I do not belong to the body,” it would not for that reason stop being part of the body.
もし足が、「私は手ではないから、私は身体の一部ではない」と言ったところで、足が身体の一部でなくなるはずがない。

16 And if the ear should say, “Because I am not an eye, I do not belong to the body,” it would not for that reason stop being part of the body.
耳が、「私は目ではないから、身体の一部ではない」と言ったところで、耳が身体の一部でなくなるはずがない。

17 If the whole body were an eye, where would the sense of hearing be? If the whole body were an ear, where would the sense of smell be?
もし身体全体が目だったら、身体のどこで物音を聞けるだろうか。もし全体が耳だったら、どこで匂いを嗅げるだろうか。

18 But in fact God has placed the parts in the body, every one of them, just as he wanted them to be.
けれど、実際のところ、神は、自らが身体の各部分はこうあるべしと望む通りに、各部分を身体のうちに配置してくださったのだ。

19 If they were all one part, where would the body be?
すべてが同じひとつの部分になってしまったら、どこに身体というものがあるだろう。

20 As it is, there are many parts, but one body.
だから、多くの部分があるけれど、ひとつの身体なのだ。

21 The eye cannot say to the hand, “I don’t need you!” And the head cannot say to the feet, “I don’t need you!”
目が手に向かって「お前など要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えない。

22 On the contrary, those parts of the body that seem to be weaker are indispensable, 23 and the parts that we think are less honorable we treat with special honor.
それどころか、身体の中でほかよりも弱く見える部分こそ、欠かせないものなのだ。 私たちは、身体の中でほかよりも見劣りがすると思う部分について、より見栄えがするように特別な配慮を施すものだ。

And the parts that are unpresentable are treated with special modesty, 24 while our presentable parts need no special treatment.
そして、見栄えのよい部分は特別扱いを必要としないが、それに対して、見劣りのする部分は特別な謙虚さをもって扱われる。

But God has put the body together, giving greater honor to the parts that lacked it, 25 so that there should be no division in the body, but that its parts should have equal concern for each other.
神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせるようにして、身体を組み立てられた。 そうすることで、身体のうちに分裂が起こらず、各部分が互いに等しく配慮し合えるようになるからである。

26 If one part suffers, every part suffers with it; if one part is honored, every part rejoices with it.
ひとつの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、ひとつの部分が尊ばれれば、すべての部分がそれをともに喜ぶのだ。

27 Now you are the body of Christ, and each one of you is a part of it.
あなたがたはキリストの身体であり、あなたがたの一人ひとりはキリストの聖体を構成する一部なのだ。

28 And God has placed in the church first of all apostles, second prophets, third teachers, then miracles, then gifts of healing, of helping, of guidance, and of different kinds of tongues.
神は、教会の中にさまざまなものを配置された。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡、それから、癒しの贈り物、助け、導き、そして、異言を語る者などである。

29 Are all apostles? Are all prophets? Are all teachers? Do all work miracles? 30 Do all have gifts of healing? Do all speak in tongues? Do all interpret?
教会は、使徒だけで成るものであろうか。全員が預言者だろうか。全員が教師だろうか。全員が奇跡を起こすだろうか。全員が癒しの贈り物を持っているだろうか。全員が異言を語るだろうか。全員がそれを解釈するだろうか。 そうではないであろう。

31 Now eagerly desire the greater gifts.
さあ、一部だけに留まらないもっと大きな賜物を受けられるよう熱心に努めなさい。

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1 Corinthians 12
コリント人への第一の手紙 第12章




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レッスン262です。

「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」が今日のテーマです。


まず、身体とは何かをご覧ください。





「相違」とは? 個性は悪なの?

「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」という今日のテーマのいう「相違」をどのように捉えるかが今日のレッスンではとても重要です。

本質が神の子であることを踏まえて、外見の相違等の個性に惑わされて生じている「知覚」を修正することが必要だと述べているようにも思えます。

これは、この世界にある多様性を全否定して、各自の個性や役割も否定して相違を知覚しないようにせよという意味でしょうか。

ひとつ前のレッスン261では、この世界にいる私たちアバターと神の子の関係性とパラレルに対比する例として、私たちと私たちの身体内世界の細胞や器官の関係性について考えました。


がん細胞やイスカールナリの狂気

最後のがん細胞の例からわかるように、がん細胞は、自分以外の存在も自分と同じように本来のその細胞が持っていた特性を手放して無個性で同質な利己的存在に変えて自己増殖を図ろうとしますが、癌細胞の理念は自分と相違するものの存在を許さず、周囲のものすべてを自分自身と同じ平等なものに変えることを実現することです。

そして、この癌細胞の理念が実現してしまうと、人体内のさまざまな役割を担う組織、器官、細胞がそれぞれ独自に担う機能を果たせなくなって、最終的にその人体の死亡に至ることになります。

レッスン106「私が心静かに、真理に耳を澄ませられますように」のエッセイで、はてしない物語に登場する「いっしょ人」イスカールナリについて触れています。



イスカールナリたちは、温和で親切で争うことがなく、個々人の差異もほとんどありません。

しかし、個々人の差異がないだけに全体は大切であっても個は重要ではありません。

それゆえ、仲間が外敵に襲われて死ぬのを目撃したとしても、その直後ですら、何も悲しむことなく平気で楽しそうに過ごすことができます。

このように、無個性で平等な和合には、仲間を失っても痛みも感じずに平穏でいられる狂気と冷酷さがあり、そこに愛はありません。

そして、自分の本質が愛であることを思い出すことを教えるコースが、愛のない狂気の和合を学ばせようとするはずがありません。


自分の個性を大切にして開花させる

したがって、「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」という今日のテーマは、みんなの違いをなくしてのっぺらぼうのどこを切り取っても同じな状態になるべきということであるはずがありません。

そうではなく、特定の観点から見た一局面だけを切り取って見ると、一見、相違があるようにみえても、そのような見せかけの相違の知覚によって自他分離の錯覚に陥ることなく、見た目も機能も異なる多様な局面を持つ全体が一なる神の子であり、多様な局面すべては等しく神の子の一部だという点で相違がなく平等であるという真理を忘れないようにとの趣旨だということになります。



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Lesson 262

Let me perceive no differences today.
今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように。



1. Father, You have one Son.
 父よ、あなたにはひとりの子があります。

 And it is he that I would look upon today.
 そして、私が今日見たいのは、そのひとり子です。

 He is Your one creation.
 彼は、あなたの唯一の創造物です。

 Why should I perceive a thousand forms in what remains as one?
 どうして私が、ひとつであり続けるものを無数の形で知覚しなければならないというのでしょう。

 Why should I give this one a thousand names, when only one suffices?
 どうして私が、たったひとつの名前で十分であるのに、この一なるものに無数の名前を与えなければならないというのでしょう。

 For Your Son must bear Your Name, for You created him.
 というのも、あなたが子を創造したがゆえに、あなたの子はあなたの名を持っているに違いないからです。

 Let me not see him as a stranger to his Father, nor as stranger to myself.
 私が神の子のことを彼の父にとって見知らぬものとして見たり、私自身と相容れないものとして見たりしないようにさせてください。

 For he is part of me and I of him, and we are part of You Who are our Source, eternally united in Your Love; eternally the holy Son of God.

 というのも、彼は私の一部であり、私は彼の一部であり、そして、私たちは、自分たちの大いなる源であるあなたの一部であり、あなたの大いなる愛の中で永遠にひとつに結ばれている永遠に神聖な神の子だからです。

 

2. We who are one would recognize this day the truth about ourselves.
 ひとつである私たちは、今日という日に、自分たち自身についての真理を認識しようと思います。

 We would come home, and rest in unity.
 私たちは、帰郷し、ひとつに結ばれて安息したいと思います。

 For there is peace, and nowhere else can peace be sought and found.
 というのも、そこには平安があり、そして、そこ以外のどこを探そうとも、平安を見出すことはできないからです。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。






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