レッスン271「今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ」


What seems to be out there, your outer world, cannot exist independent of the thought that gives it birth.
外にあるように見えているもの、つまりあなたの外部の世界は、それを生み出している思考から独立して存在することはできない。

The EFFECT of the thought is what you seem to experience.
その思考の結果が、あなたが体験しているように見えるものなのだ。

The cause is always the idea, the thought, the experience which gave it birth.
その原因はつねに想念であり、思考であり、体験であり、それが結果を生み出している。

And what seems to be out there cannot exist without the thought, the idea, the experience, being present within your Self.
だから、外にあるように見えているものは、あなたの真の自己の内にある、思考や想念や体験なしには存在することはできないのだ。

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イエス・キリスト(Brent Haskell ; JOURNEY BEYOND WORDS p.43)

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レッスン271です。

「今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ」が今日のテーマです。


まず、キリストってなに?をご覧ください。






世界は投影像

世界とは、神の創造、光の拡張が、神の子が抱く錯覚である罪という障壁に遮られて影を投じて映し出された投影像です。

世界は、神の子が闇の中で、実在しないちっぽけな生き物になりきって、その生き物が持つ肉眼でありもしないものが見えていると想像する夢の舞台であり幻想です。


権威問題が光の拡張をせき止めて投影を引き起こす

本来、神の子は神と同質の純粋な光であり、光源である神から外に向かって光を無限に拡張します。

それが、神の子が自分が神から分離しているという幻想を抱き、さらに自分が神であると考える権威問題を持つことによって、自分こそが神を生み出す光源であると思い違いをすることで、光源からの光の拡張を堰き止めることになります。

そうなると、光源から依然として光は届いているままなのに、神の子は自分の承継する光を拒絶して、自分を光源から遮断し、闇の中に閉じこもることになります。

本来、神の光をそのまま反映し拡大する柔らかで透き通る水のようであった神の子の霊の純粋さは失われ、氷のように固まって粉々にひび割れて濁り、わずかながらに透過する光はさまざまに色づき歪んだ形の影を投じ、本来は拡張し続ける美しい光を永遠に映し出していた一なる大いなる霊は、氷が砕け散ったかけらのように無数の魂に分裂し、それがレンズとなって、罪悪感が生み出すそれ以上奥行きのない恐怖の暗雲でできたスクリーンに、ジグソーパズルのように多様に断片化した姿形を投影して分離した世界を生み出し、光の拡張を完全にシャットアウトします。


キリストのヴィジョンは投影から歪曲や脚色を除去した直覚

本来の状態では、神の子は自らの霊を通して拡張した光を大いなる心に映し出した光景を見るので、光源である神の反映を自分自身として見る状態にあります。

それが、分離後は、ひび割れしたレンズを通して多様に歪曲され罪と恐怖に塗(まみ)れた投影像が映し出された光景しか知覚できなくなり、この歪んだ投影像が自己像となります。この光景が世界であり、歪んだ自己像がエゴ・身体です。

キリストのヴィジョンとは、錯覚であるひび割れが解消された元通りのレンズを通して大いなる心に映し出される神と神の子の姿の光景です。

レンズの微小な断片を通して見えていた世界は、凍った氷のレンズに入っていた無数のひびが氷が溶けてひとつの綺麗な元通りの純粋な透明のレンズに戻ることで、神の創造と合流し、世界と創造がひとつになるにつれてすべての知覚は消え去ります。



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Lesson 271

Christ's is the vision I will use today.
今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ。



1. Each day, each hour, every instant, I am choosing what I want to look upon, the sounds I want to hear, the witnesses to what I want to be the truth for me.
 一日ごとに、一時間ごとに、一瞬ごとに、私は自分が見たいもの、自分が聞きたい音、自分にとって真理であってほしいことを証明してくれるものを選択している。

 Today I choose to look upon what Christ would have me see, to listen to God's Voice, and seek the witnesses to what is true in God's creation.
 今日、私は、神の大いなる声を聞き、神が真に創造したものの証拠を見出すために、キリストが私に見せようとするものを見ることを選ぶ。

 In Christ's sight, the world and God's creation meet, and as they come together all perception disappears.
 キリストの目の前で、世界と神の創造とが合流し、そして、世界と創造が一緒になるにつれて、あらゆる知覚が消え去る。

 His kindly sight redeems the world from death, for nothing that He looks on but must live, remembering the Father and the Son; Creator and creation unified.
 キリストの優しい眼差しがこの世界を死から救い出す。というのも、キリストが目を向けるものはみな、父と子、つまり創造主と創造物がひとつに結ばれていることを思い出して必ず生きることになるからだ。



2. Father, Christ's vision is the way to You.
 父よ、キリストのヴィジョンこそ、あなたへの道です。

 What He beholds invites Your memory to be restored to me.
 キリストが眺める光景が、あなたの記憶を呼び戻して、私に回復させてくれます。

 And this I choose, to be what I would look upon today.
 だから、今日、私はキリストのヴィジョンを選択して、私もキリストに見える光景を見るつもりです。

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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。






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