レッスン272「どうして幻が神の子を満足させられるだろうか」


権威は、それが信念や伝統の権威であろうと、あるいは道徳と呼ばれている習慣によるものであろうと、どれも邪悪なのである。



Jiddu Krishnamurti
ジッドゥ・クリシュナムルティ





よい人と一生安らかにいたとて、
一生この世の栄耀をつくしたとて、
所詮は旅立する身の上だもの、
すべて一場の夢さ、一生に何を見たとて。
(第20詩)

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オマル・ハイヤーム 「ルバイヤート





Weak?
弱さだって?

Oh, I am sick of hearing that phrase.
ああ、私はその決まり文句を聞くのにうんざりしている。

Sick of using it about others.
弱さを本当は弱さではないものを意味する言葉として使うのが嫌なのだ。

Weak?
弱さ?

Do you really think, that it is weakness that yields to temptation?
あなたは、弱さが誘惑に負けさせるのだと本当に思っているのだろうか。

I tell you that there are terrible temptations that it requires strength, strength and courage, to yield to.
私はあなたに言いたい。その誘惑に身を委ねて従うためには、強さと勇気という能力を必要とするようなとてつもない誘惑が存在するのだと。

To stake all one's life on a single moment, to risk everything on one throw, whether the stake be power or pleasure, I care not-there is no weakness in that.
その賭けが権力を得るためであるにせよ快楽を得るためであるにせよ、私はかまわないが、持ち合わせるすべてを投げ捨てる危険を犯してまで、人が自分の全人生をたったの一瞬に賭けるというのだ。そこに弱さなどあるわけがない。

There is a horrible, terrible courage.
あるのは、恐ろしいほど、ものすごい勇気なのだ。

I had that courage.
私はその勇気を持っていた。



Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde, An Ideal Husband
オスカー・ワイルド(「理想の夫」より)






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レッスン272です。

「どうして幻が神の子を満足させられるだろうか」が今日のテーマです。


まず、キリストとは何かをご覧ください。





いい思いさえさせてくれるなら、幻でもいい!

アバターである私たちはエゴに支配されているので、自分の欲望を満たしさえしてくれるなら、幻でも十分お腹いっぱいになれるように思います。

というよりも、真理なんかよりも、自分が思う存分美しく、力強く豊かで、他者から賛美されて、やりたい放題できる権力も得られるのであれば、そっちのほうがずっといいように思います。

これはエゴからすればもっともな思考であり、身体の目というアバターのカメラから世界を見ているかぎり、この発想から逃れる術(すべ)はないままでしょう。




ここからの脱出は、はたらく細胞的な観点で言えば、自分のアイデンティティーを体内世界の一細胞・一器官からその人体を所有する魂へとシフトしないかぎりはありえません。

はてしない物語の後半のバスチアンの歩みを振り返って、ぜひ「汝の欲することをなせ」とのアウリンの裏に刻まれた言葉の意味を考えていただきたいと思います。

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バスチアンとグラオーグラマーンの対話

バスチアンと色のある死グラオーグラマーンの次の対話に耳を傾けてみましょう。




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それからまた数日後、少年とライオンはもう一度、とても大事なことをはなしあった。

バスチアンはライオンに宝のメダルの裏に記された文字を見てたずねた。「これは、どういう意味だろう?『汝の 欲する ことを なせ』というのは、ぼくがしたいことはなんでもしていいっていうことなんだろう、ね?」

 グラオーグラマーンの顔が急に、はっとするほど真剣になり、目がらんらんと燃えはじめた。

 「ちがいます。」あの、深い、遠雷のような声がいった。「それは、あなたさまが真に欲することをなすべきだということです。あなたさまの真の意志を持てということです。これ以上にむずかしいことはありません。」

 「ぼくの真の意志だって?」バスチアンは心にとまったそのことばをくりかえした。「それは、いったい何なんだ?」

 「それは、あなたさまがご存じないあなたさまご自身の深い秘密です。」

 「どうしたら、それがぼくにわかるだろう?」

 「いくつもの望みの道をたどってゆかれることです。一つ一つ、最後まで。それがあなたさまをご自分の真に欲すること、真の意志へと導いてくれるでしょう。」

 「それならそれほどむずかしいとも思えないけど。」バスチアンはいった。

 「いや、これはあらゆる道の中で、一番危険な道なのです。」ライオンはいった。

 「どうしてだい?」バスチアンはたずねた。「ぼくは怖れないぞ。」

 「怖れるとか怖れないとかではない。」グラオーグラマーンは声を荒げていった。「この道をゆくには、この上ない誠実さと細心の注意がなければならないのです。この道ほど決定的に迷ってしまいやすい道はほかにないのですから。」

 「それは、ぼくたちの持つ望みがいつもよい望みだとはかぎらないからかい?」

 ライオンは尻尾でそばの砂をぴしゃりと打った。そして耳を伏せ鼻にしわを寄せた。目は火を吹いていた。つづいてグラオーグラマーンがまたあの大地をゆるがす声を発したとき、バスチアンは思わず頭をすくめた。

 「望みとは何か、よいとはどういうことか、わかっておられるのですかっ?」
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Michael Ende
ミヒャエル・エンデ(「はてしない物語」>317ページ)

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T24-1 愛の代用としての特別性で引用しているアイゥオーラおばさまおばさまとバスチアンの会話が参考になると思います。

英雄の旅」も参考になると思います。





ときには誘惑に従う勇気が必要なことも

冒頭のワイルドの言葉は常識的な発想をひっくり返すものなので、奇異な感じや違和感を覚えたり、面白いと感じる方もいらっしゃると思います。

普通の考え方では、誘惑に屈してしまうのは、低次の欲求をコントロールできない未熟さ、エゴの暴走という捉え方になるはずです。

もちろん、そのような誘惑も少なくないでしょう。

ただし、中には、魂の呼び声がすべてを擲(なげう)ってでもこれをなせと叫んでいるような誘惑、人生からの挑戦ともいうべき誘惑もあるはずです。

エゴは権威主義で常識を重視するので、表面的な社会から求められる法律や道徳的な規範に従うことを求めます。

魂にとっては権威や常識など重要ではなく、その人生で果たすべき使命、解消すべきカルマ、計画した体験等々を成し遂げることが大いなる霊に戻るために必要なことです。

誘惑にさらされて、従うべきか拒絶すべきか葛藤するという場面では、実は、内面でエゴと聖霊の叫びがこだましているということがありえるわけです。

人生からの挑戦に、すべてを賭けて応えねばという気持ちに気づきながら、勇気がなくて尻尾を巻いて逃げる自分を、常識や道徳、周囲の人たちのためという通りのいい言い訳を隠れ蓑にしてごまかせてしまうことになります。

ワイルドの示してくれているように、誘惑に従うためには思いっきりの勇気を必要とするのか、その誘惑に従うことが自分らしいといえるのか、それとも反対に、その誘惑に従うことが逃げることに思えて、自分が弱く、自分らしくない、本当の自分が窒息するように感じるか、等々、判断の基準は各人が自分の魂の声に鋭敏に耳を傾けるしか手立てはありません。

とにかく、誘惑を感じるからといって、それを押さえつけなければならないという発想ではなく、その誘惑がはたしてエゴの叫びなのか聖霊の叫びなのか見極める意識を保っておくことが大切に思います。






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Lesson 272

How can illusions satisfy God's Son?
どうして幻が神の子を満足させられるだろうか。



1. Father, the truth belongs to me.
 父よ、真理は私のものです。

 My home is set in Heaven by Your Will and mine.
 あなたの大いなる意志と私の意志によって、わが家のありかは天国と決まっています。

 Can dreams content me?
 夢が私を満足させられるでしょうか。

 Can illusions bring me happiness?
 幻想が私に幸福をもたらせるでしょうか。

 What but Your memory can satisfy Your Son?
 あなたの記憶以外のいったい何があなたの子を満足させられるでしょうか。

 I will accept no less than You have given me.
 私は、あなたが私に授けてくれたものに満たないものを受け入れるつもりはありません。

 I am surrounded by Your Love, forever still, forever gentle and forever safe.
 私はあなたの大いなる愛に包みこまれて、永遠に静けさの中にあり、永遠に穏やかで、永遠に安全です。

 God's Son must be as You created him.
 神の子は、あなたが彼を創造したままであるに違いありません。



2. Today we pass illusions by.
 今日、私たちは、幻想を通り過ぎます。

 And if we hear temptation call to us to stay and linger in a dream, we turn aside and ask ourselves if we, the Sons of God, could be content with dreams, when Heaven can be chosen just as easily as hell, and love will happily replace all fear.
 そして、もし自分たちを夢の中に留めて長居させようと誘惑する呼びかけを私たちが聞いたなら、私たちはそれを受け流して、次のように自問します。地獄を選ぶのと同じくらい容易に天国を選ぶことができ、あらゆる恐怖が喜びに満たされて愛に置き換わるというのに、神の子である私たちが夢などで満足していられるだろうか、と。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。







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