レッスン282「今日こそ、私は愛を恐れないことにする」

レッスン281〜290 0

If the idea of loving those whom you have been taught to recognize as your enemies is too overwhelming, consider more deeply the observation that we are all much more alike than we are unalike.
もし自分が敵として認識するよう教わってきた者たちをするという発想があまりに受け入れがたいというなら、私たちは相互に異なるというよりも私たちはほとんど似通っているという事実認識をより深く考えてみるとよいだろう。



Aberjhani
アベルジャニ(アベルジャニは、アメリカの歴史家、コラムニスト、小説家、詩人、芸術家、そして編集者。生年月日: 1957年7月8日 (年齢 65歳) 出生地: アメリカ合衆国 ジョージア州 サバンナ)



レッスン282です。

「今日こそ、私は恐れないことにする」が今日のテーマです。




まず、聖霊とは何かをご覧ください。


T13-5 愛と恐れレッスン163「死は存在しない。神の子は自由だ」が参考になると思います。


「2. Father, Your Name is Love and so is mine.
 父よ、あなたの名はであり、それは私の名でもあります。

 Such is the truth.
 それこそが真理です。

 And can the truth be changed by merely giving it another name?
 そして、真理というものが、ただ単にそれに別の名前を与えることによって別のものに変えられてしまうことなどありうるでしょうか。

 The name of fear is simply a mistake.
 恐れという名前は、単なる間違いなのです。」

これまで何度も繰り返してきたように、実在するのはだけで、恐れとは、単に愛の不在に名前をつけたものでしかないというのが真理です。

しかし、言葉は神が創造するために用いる手段であり(レッスン276「神の大いなる言葉が私に与えられているのは、私がそれを語るためだ」)、言葉による名づけ、概念化には大きな力があります。

この言葉の力によって、この世界では、たとえ実在しないものであっても、ひとたび名前を与えられたら、そのとたん、実在するものと同じくらいの存在感を得ることができます。

この言葉の力によって、さらに、この世界では、二極対立のうちの実在しないほうの極が実在する反対の極の持つ属性を帯びるように見えることすら可能となります。

つまり、恐怖の実在性を信じるほど、愛の実在性は信じられなくなるだけでなく、どんどん愛が恐怖の属性を帯びるようになって、愛が恐ろしいものに思えてしまうようになります。

そして、ひとつ前のレッスンが述べるように、私たちは「自分の思考によってしか傷つけられることはありえない」のであり、「自分の思考」とは偽りのアイデンティティーを抱く、つまり、この世界の中にいる人間が自分であると信じ込んでいる場合にかぎって傷つきうるし恐怖を味わうことができるのであり、この世界で恐怖が実在するように思わせる仕組みは、自分が傷ついて死ぬことがありうる人間で、周りは敵だらけだという信念を前提に成り立つということになります。

したがって、愛を恐れないということは、自分が人間だと信じる狂気から脱して自分が神の子であると気づいて、アバターから神の子へのアイデンティティーをシフトすることと同義だということになります。


上の一文を普通の常識人が読んだら、どんなふうに思うことでしょうか。この世界からすると、私たちの学ぶ奇跡のコースは何という狂気の教えなのでしょうか(笑)。

本当に、コースの主張していることは、この世界の常識に照らせば、トンデモな主張どころか狂気の沙汰の極みです。

世が世なら、禁書になって接することすらできない本となっていることでしょう。

さて、狂っているのはどちらなのでしょうか?

理屈で考えるかぎり、エゴの奉ずる理性にも論理の隙はないので、聖霊の真の理性との拮抗状態にけりをつけるのは困難と言わざるをえません(この点については、レッスン76「私は、ただ神の法の下にある」のエッセイをご覧ください)。

それよりも、どちらの考え方もありだとして、どちらが真理なのか正しいほうを究明しようとするよりも、どちらがより豊かで幸せになれる考え方かという発想をしてみるほうが有益でしょう(M19 正義とは何か)。

死や病気や戦争が厳然としてあり、なんとかそれらと折り合いをつけて短い人生をつつがなく過ごすべきだという世知辛い現実認識を敷いてくるエゴの主張よりも、死や病気や戦争は幻想であり、真の豊かさに満ちた神の現実に目覚めてはどうかという聖霊の優しさと豊かさに満ちた慈悲深い教えに従うほうが幸せにつながるのは紛れもない事実ではないでしょうか?

「2. Consider, then, that in this joint will you are all united, and in this only.
 そこで、今、完全に幸福でありたいというこのみんなに共通する意志において、そして、ただこの意志のみにおいて、あなたたちみんなの意志が一致していることをよく考えてみてください。

 There may be disagreement on anything else, but not on this.
 このこと以外については意見が食い違うことがありうるにしても、このことについてだけは必ず意見が一致します。

 This, then, is where peace abides.
 それゆえ、このひとつに結びついた意志こそが平安が留まる場所なのです。」(T9-7 ふたつの評価)

理屈で答えが出ないときこそ、「正しくあるよりも幸せであれ」を基準に発想するようにしましょう。

天国には正義の居場所はなく幸福だけがあるということは、コースでよく語られる真理です。

正義は愛のしもべにすぎないのだから、正義に答えを求めても、答えを知らない正義からは真の答えは返ってはきません。

正義はまさにその象徴である天秤のように、分離によって損なわれた愛、平安、幸福を回復するために、対立する利害を調整する道具であり、天秤の支点である愛等の実在に奉仕させないかぎり、価値判断による裁き=攻撃としてエゴの道具になることしかできません。




Lesson 282


I will not be afraid of love today.
今日こそ、私は恐れないことにする。



1. If I could realize but this today, salvation would be reached for all the world.
 もし私が今日、恐れないことの重要性にさえ気づくことができたら、救済が全世界に届くことだろう。

 This the decision not to be insane, and to accept myself as God Himself, my Father and my Source, created me.
 恐れないことこそ、正気を失うことなく、私の父にして大いなる源である神自身が創造してくれたものとして自分自身を受け入れる決断だ。

 This the determination not to be asleep in dreams of death, while truth remains forever living in the joy of love.
 恐れないことは、真理が永遠に喜びの中で生き続けているのだから、死のの中で眠るのをやめる決断だ。

 And this the choice to recognize the Self Whom God created as the Son He loves, and Who remains my one Identity.
 そして、これは、神がそのし子として創造し、私のただひとつの真のアイデンティティーであり続ける大いなる自己を認識するという選択だ。



2. Father, Your Name is Love and so is mine.
 父よ、あなたの名は愛であり、それは私の名でもあります。

 Such is the truth.
 それこそが真理です。

 And can the truth be changed by merely giving it another name?
 そして、真理というものが、ただ単にそれに別の名前を与えることによって別のものに変えられてしまうことなどありうるでしょうか。

 The name of fear is simply a mistake.
 恐れという名前は、単なる間違いなのです。

 Let me not be afraid of truth today.
 今日こそ、私が真理恐れないようにさせてください。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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