レッスン290「私には自分が今幸福であることしか見えない」

レッスン281〜290 0

If you want to be happy, do not dwell in the past, do not worry about the future, focus on living fully in the present.
もしあなたが幸せになりたいなら、過去に囚われることなく、未来を憂慮することなく、完全に今現在に生きることに集中することだ。

No amount of regretting can change the past, and no amount of worrying can change the future.
どれだけ後悔しようとも過去を変えることはできないし、どれだけ心配しようとも未来を変えることはできないのだから。

Roy T. Bennett, The Light in the Heart
ロイ・T・ベネット




レッスン290です。

「私には自分が今幸福であることしか見えない」が今日のテーマです。




まず、聖霊とは何かをご覧ください。

人は誰しも人生のある時期、何かにハマってしまうものです。ずっとハマりっぱなしの人もいます。

パチンコにハマる人、不倫する人、違法薬物に依存する人、ギャンブルや過食、拒食、犯罪を繰り返す人、このような否定的な悪いとされることだけでなく、勉強大好き、筋トレ大好き、自己啓発大好き、SNS中毒、恋愛中毒、家族大好き、献血が日課、ボランティア命、会社人間、お国のために命を捧げるというように世間的によいとされたり、少なくとも否定的に取られないことにハマっているために、病的な中毒状態にあってもそれが気づかれないこともあります。

「わかっちゃいるけどやめられない」状態は一見、意志力の弱さでしかなく、自覚をしっかりしさえすれば簡単に解消できるように思えてしまいます。

しかし、ハマる状態になった人は、コンピュータ・ウイルスに感染したパソコンと同じくらい自分で制御が効かない状態にあり、深刻な場合にはアンチ・ウイルスで治療しないとパソコンがそのうちまともに動かなくなってしまうように、人もハマり状態から抜け出せなくなって廃人のようになってしまいます。

この世界での活動(生産的であれ破壊的であれ)に私たちが我を忘れるほど没頭してくれることで、幻想世界は渦を巻いて流動し、その風に吹かれてエゴは独楽(コマ)のようにビュンビュンと回転してリアリティを持ち、罪悪感と非難と攻撃の応酬が続くことが可能となります。

このようなハマる状態、中毒、嗜癖、依存状態をアディクション(Addiction)と言います。

"Addict"の語源は、委ねられる、憑りつかれる、支払い不能により債務者が債権者に(奴隷として)束縛されるという意味のラテン語"addicere"の過去分詞"addictus"だそうです。

自己決定権を自分以外のものに奪い取られたアイデンティティー喪失状態を意味する言葉です。

根本的なアディクションは、パチンコ等にハマる誰それという「人間である状態」、つまり、身体というアバターが自分だと信じ込む偽の自己像への依存状態であり、エゴという偽りのアイデンティティーです。

これが「私たちは霊的体験をする人間ではなく、人間という体験をしている霊である」(テイヤール・ド・シャルダン)という真理からの第一の解離です。これを前提とするこの世界の中ので人間の嗜癖や中毒など、実のところ、ゲーム内世界の中に置かれたサブゲーム程度の副次的な解離でしかありません。

この人間中毒という根本的なアディクションから抜け出す困難さは薬物中毒の比ではないでしょう。

けれど、奇跡のコースのおかげで私たちは、自分が「(リアル)人生ゲーム」にハマって人間中毒の状態にあることの自覚すらない状態から、少なくとも自覚ないしはその可能性を指摘する情報を得たという自覚を得て、少なくとも、「わかっちゃいるけどやめられない」状態には到達することができています。

そして、このエゴというアディクションから抜け出せない主要なトラップは、言うまでもなく身体です。

この世界に参入して活動するには身体が不可欠であり、この世界で生きているかぎりは自分が身体だと感じざるをえないので、自分が身体だと思っていながら、身体である自分への感情移入というアディクションから抜け出せるわけがないからです。

そして、奇跡のコースというアンチ・ウイルスは、このアディクションに対して、身体への自己同一化が錯覚であるということを、身体が存在している世界そのものが幻想であるという土台から示し、真のアイデンティティーが神の子であるという理論的な面での知的な理解と他のアバターとの関係での愛のレッスンの実践による治療法で対処します。

すなわち、幻想世界の中にいる他者は敵に見えているが、怒りを感じさせる他者は聖霊を選ぶ機会を与えてくれる救い主であり、他者の攻撃は実は愛を求める呼び声なのだから、返すべきは自分が傷ついたことを思い知らせて罪悪感を抱かせようと攻撃することではなく、自分が傷ついていないことを示して彼に自分には罪がないと理解させてあげる愛に満ちた助けを返すことが必要だという聖霊の愛の3大レッスンを実践することで、他者は実は自分自身である神の子だと気づいて愛によって知的な理解を実証するという治療法です。


病識がないことがこの狂気の一番の特徴です。過激な表現になってしまいますが、まずは自分が気が狂っていて治療を必要としていると自覚することがスタートラインとなります。

はてしない物語」の「元帝王たちの都」の住人たちを思い浮かべてください。

バスチアンは、彼らの仲間になる寸前まで行きましたが、無事に帰還することができました。

しかし、残念なことに、私たちは、なりかけどころか、明らかに彼らの仲間になりきってしまっています。

この事実から目を背けずに受け止めて、みんなで正気を取り戻せるよう、真摯に取り組みましょう!



Lesson 290



My present happiness is all I see.
私には自分が今幸福であることしか見えない。



1. Unless I look upon what is not there, my present happiness is all I see.
 私がそこに存在しないものを見ようとしないかぎり、私には自分が今幸せであることしか見えない。

 Eyes that begin to open see at last.
 開きはじめた目がようやく見えるようになってきた。

 And I would have Christ's vision come to me this very day.
 だから、私は、まさに今日この日に、キリストのヴィジョンをわがものとしたい。

 What I perceive without God's Own Correction for the sight I made is frightening and painful to behold.
 私の作り出した視覚に神自身による大いなる修正を受けないままで私が知覚するものは、見るも恐ろしく、苦痛に満ちている。

 Yet I would not allow my mind to be deceived by the belief the dream I made is real an instant longer.
 しかし、私はもうこれ以上、一瞬でも長く、私の心が自分の作り出した夢が本物だと信じることによって騙されたままにしておくつもりはない。

 This the day I seek my present happiness, and look on nothing else except the thing I seek.
 今日は、私が自分が今幸せであることを求める日なのだ。だから、私は自分の求めるもの以外は何ものも見ないことにする。



2. With this resolve I come to You, and ask Your strength to hold me up today, while I but seek to do Your Will.
 この決意を抱いて、私はあなたの下へと赴きます。そして、私があなたの大いなる意志のみを行おうとする間、あなたの力強さで今日私を支えてください。

 You cannot fail to hear me, Father.
 父よ、あなたが私の求めを聞き入れ損ねるはずがありません。

 What I ask have You already given me.
 あなたはすでに、私の求めるものを私に授けてくれているのですから。

 And I am sure that I will see my happiness today.
 ですから、私は、今日、自分が幸福であることを目にすることになることを確信します。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。




次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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