レッスン295「今日、聖霊が私を通して見る」

レッスン291〜300 0

While we look not at the things which are seen, but at the things which are not seen: for the things which are seen are temporal; but the things which are not seen are eternal.
私たちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。というのも、見えるものは一時的に見えているだけであり、見えないものこそが永遠のものだからである。

2 Corinthians
コリント人への手紙第2 第4章18節





レッスン295です。

「今日、聖霊が私を通して見る」が今日のテーマです。





まず、真の世界とは何かをご覧ください。


「Redemption must be one.
 救済は、ひとつであるに違いない。

 As I am saved, the world is saved with me.
 私が救われるなら、私と一緒にこの世界も救われる。

 For all of us must be redeemed together.
 というのも、私たち全員が一緒に救われるに違いないからだ。

 Fear appears in many different forms, but love is one.
 恐れは多様な異なる形で現れるが、はひとつだ。」


世界のどこかの誰かだけが救われても、救われない状態の誰かが残ったままなので、救済がひとつに違いないというのは理解できます。

けれど、

私が救われること=同時に世界も救われること

という等式は理解困難です。

世界のどこかの誰かであるはずの「私」だけが救われること=私たち全員が一緒に救われること

という等式が成り立つとはにわかには信じられないからです。


しかし、これが信じられないのは、「私」が「私たち」の一部であるアバターのままだからです。

次の一文である、

恐れは多様な形で発現するが、はひとつだ

に鍵があります。

「私たち」という多様なエゴ・身体というアバターがこの世界に姿を現しているのは、分離幻想という恐怖に基盤を置くことによって生じる錯覚です。

ひとつのアバターでも知覚を聖霊に明け渡してアバター目線ではなく、による聖霊目線で見る、つまり、自分たちはたくさんいるように、多様に分離しているように見えていたけれど、実はひとつだ、ひとりの神の子だと見ることができれば、そのアバター自身と一緒に世界も兄弟も救われることになります。

ここはより詳細に述べる必要があるでしょう。


私たちの本体である神の子が現実に実在性を持った世界の中に入り込んでいて、かつ、無数の自己としての魂に分裂して、魂がバラバラに身体という独房に幽閉されているというのが真実であるなら、私たちの感じる疑問、つまり、個々の魂がそれぞれ個別にすべて覚醒しないかぎりは全体の救済、世界の救済はありえないはずだという疑問は、素朴に考えるかぎり、もっともなものです。

すなわち、私たちの本体である神の子の霊を巨大なスライムのような形状のエネルギー体であるとイメージするなら、スライムが無数に分裂した魂たちが個々の人体というカプセルの中に入り込んだ状態から脱して、元の一なる霊の状態に戻るには、ひとつも余すことなくカプセルを潰して、中身を大元のスライムに戻して一体化させることが必要なはずですが、そんなことは、実際上とても無理だということになるでしょう。

二元論に立つなら、これはその通りで、救済など実現できる可能性はゼロに等しいことになります。

しかし、真実は、私たちの本体は神の子として天国で安全なまま眠っていて、私たち人の子になっている夢を見ているだけだというのですから、話は違ってきます。

神の子がどれだけ無数に自分を分裂させて夢の中で身体の中に宿っているつもりになっていようと、スライムの場合のように、一つひとつの身体から魂を取り戻して自分と合体させてゆくという気の遠くなるような作業は必要ありません。

必要なのは、ただ単に天国で目を覚ますことだけだからです。

とはいえ、神の子は、自らの大いなる霊を無数に分裂させて魂となり、この世界で身体として短い人生を送っては、自他分離の感覚を持つ個としての意識を維持する個別の魂としてあの世で次の身体に宿る準備をしてまた次の身体に宿り、という具合にこの世とあの世を行き来してという、自分たちがひとつの神の子であるということを思い出すことを極めて困難にさせるシステムを生み出して、その中に取り込まれて、本当に自分が魂以上の存在で他者と自分が同じだということをまったく自覚できなくなっています。


しかし、神の子の目覚めにとって重要なのは、とにかく完全な赦しを達成して本来の自分に正しくアイデンティティーを戻すことだけで(M14 世界の終わりレッスン26「私の攻撃的な思いが、私の傷つきようのない性質を攻撃している」が参考になると思います。)、どの魂を契機とするものであれ、自分が神の子だという真の自覚さえ達成できたなら、自分を分裂させていた魂の数であるとか自分がいると思い込んでいた世界の広さや数などはまったく関係なくなる仕組みです。

というのも、世界が夢であるなら、夢がどれほど広大で複雑で登場人物が無数にいようと、単純で登場人物が数人しかいない小さな世界であろうと、まったく相違はないからです。

以前にも触れましたが、一なる状態を意味するワンネスの訳語には、一体性も単一性もありますが、世界が分離していることが錯覚であることの理解の局面では一体性と理解することは有益ですが、これは分離していると思っている存在すべてが一体にならなければならないということを意味するわけではありません。

万物はもともと分離しておらず一体のままだからです。

必要なのは、分離したかけらをひとつに結び合わせて一体化することではなく、個別の存在それぞれには異なる主体が宿っているように思えるけれど、すべてのアバターの中で「私」として生きるのは同じひとつの大いなる自己だけ、単一だと気づくことだけです。









Lesson 295



The Holy Spirit looks through me today.
今日、聖霊が私を通して見る。



1. Christ asks that He may use my eyes today, and thus redeem the world.
 今日、世界を救うために私の目を自分に使わせてほしいと、キリストが頼んでいる

 He asks this gift that He may offer peace of mind to me, and take away all terror and all pain.
 キリストがこの贈り物を求めるのは、キリストが心の平安を私に差し延べて、すべての恐れとすべての苦しみを取り去ることができるようにするためだ。

 And as they are removed from me, the dreams that seemed to settle on the world are gone.
 そして、すべての恐怖や苦痛が私から取り除かれれば、この世界に固く根付いているかのように見えていた夢は去ってしまう。

 Redemption must be one.
 救済は、ひとつであるに違いない。

 As I am saved, the world is saved with me.
 私が救われるなら、私と一緒にこの世界も救われる。

 For all of us must be redeemed together.
 というのも、私たち全員が一緒に救われるに違いないからだ。

 Fear appears in many different forms, but love is one.
 恐れは多様な異なる形で現れるが、はひとつだ。



2. My Father, Christ has asked a gift of me, and one I give that it be given me.
 わが父よ、キリストが私にひとつの贈り物を求めています。それは、私が与えることで私に与えられる贈り物です。

 Help me to use the eyes of Christ today, and thus allow the Holy Spirit's Love to bless all things which I may look upon, that His forgiving Love may rest on me.
 今日、私がキリストの目を用いるのを助けてください。そうすれば、私が目にすることになるすべてのものを聖霊祝福し、聖霊赦しに満ち溢れるが私にも注がれることになります。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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