W2ST-9.キリストの再臨ってなに?

ワークブック・パート②特別解説 0

イエスがこの地上で演じた完全な生涯も、彼がいくつもの過去世を通じて養った自己制御の結果です。

イエスのキリストとしての奇跡的生涯は長い過去世における霊的修行の賜物なのです。

彼はアヴァターとして生まれましたが、実は過去世において、普通の人間として肉体の誘惑と闘い、それを完全に克服していたのです。

彼は自らそういう手本を示すことによって人間に明確な希望を与えました。

そのような実例を見せられなかったら、人は誰も、自分たちの可能性に気づくことさえできなかったでしょう。

そして、神が天使を遣わして教えを説いても、私ならこう言うでしょう。

「主よ、あなたはなぜ私も天使としてつくってくださらなかったのですか?私があなたから課せられているのと同じ試練や誘惑と闘った経験のない、初めから完全につくられた人たちをどうして真似することができるでしょう」と。

われわれが見習うことのできる手本は、本質的にわれわれと同じ人間でなければなりません。

イエスも今生でいろいろな誘惑に遭いましたが、「サタンよ、去れ」と言って、それに打ち勝ちました。

もしイエスが最初から誘惑を知らない完全な存在だったら、「サタンよ、去れ」と言った彼の言葉は単なる演技で、われわれに勇気を与える力はなかったでしょう。

パラマハンサ・ヨガナンダ(「人間の永遠の探求」講和29 イエスは再来するか」より)




今回は、ワークブックから「キリストの再臨」についての一節をご紹介します。




「再臨」は「初臨」に対する概念です。

初臨と再臨の「臨」は、大いなる存在の臨在の臨で、初臨も再臨も、キリストがこの世界に訪れることを指します。

キリストの初臨は、キリストがこの世界に身体を持つ人間イエスとして降誕したことを指します("the first visit of Jesus Christ") 。


これに対して、キリストの再臨は、神の子がこの幻想世界を作り、その中に無数の副人格を作り出すという解離性同一性障害を患っている状態から、私たち副人格たちが主人格キリストへの人格統合を遂げて、神の子の自覚を得て、この世界にキリストが訪れて真の世界に到達し、天国に戻るための神の最後の一歩を待つばかりの状態に至ることを指します。

つまり、キリストが降誕し救済のための地ならしを行った初臨に対して、この世界の人間である私たちがキリストとしての自覚を取り戻す形で救済が実現し、神に最後の一歩を踏み出してもらって昇天する準備が整うことが再臨となることを意味します。

再臨は、復活であり、贖罪の達成であり、最後の審判であり、救済の実現であり、真の世界への到達です。

初臨においてイェシュアが撒いてくれた種が結んだ果実が再臨で刈り取られることになります。



What Is the Second Coming?
キリストの再臨とはなにか



1. Christ's Second Coming, which is sure as God, is merely the correction of mistakes, and the return of sanity.
 キリストの再臨は、神のごとくに確実なものですが、それは単に間違いを修正して正気を取り戻すことでしかありません。

 It is a part of the condition that restores the never lost, and re-establishes what is forever and forever true.
 キリストの再臨は、一度も失われたことのないものを回復して、いつまでも永遠に真実であるものを再び確立するための条件の一部です。

 It is the invitation to God's Word to take illusion's place; the willingness to let forgiveness rest upon all things without exception and without reserve.
 キリストの再臨は、幻想に置き換わってくれるようにと神の大いなる言葉を招くことであり、赦しがあらゆるものに例外なく無条件に差し延べられるように意欲することです。



2. It is the all-inclusive nature of Christ's Second Coming that permits it to embrace the world and hold you safe within its gentle advent, which encompasses all living things with you.
 キリストの再臨にはすべてを包みこむ性質があり、優しく降臨したキリストはこの世界を抱擁し、あなたとともに生きとし生けるものを包みこんで、あなたを安全に保ってくれます。

 There is no end to the release the Second Coming brings, as God's creation must be limitless.
 神の創造が無限のものであるに違いないように、キリストの再臨がもたらす解放にも終わりはありません。

 Forgiveness lights the Second Coming's way, because it shines on everything as one.
 赦しは、キリストの再臨する道を照らし出します。なぜなら、赦しは万物をひとつのものとして照らすからです。

 And thus is oneness recognized at last.
 こうして、ついに万物がひとつであることが認識されます。



3. The Second Coming ends the lessons that the Holy Spirit teaches, making way for the Last Judgment, in which learning ends in one last summary that will extend beyond itself, and reaches up to God.
 キリストの再臨は、聖霊の教えるレッスンを完結させ、最後の審判のための道を拓きます。最後の審判において、学びがひとつの最後の総まとめを受けて終わりを迎え、学びそのものを超えて拡張し、神の下にまで届きます。

 The Second Coming is the time in which all minds are given to the hands of Christ, to be returned to spirit in the name of true creation and the Will of God.
 キリストの再臨は、すべての小さな心たちがキリストの手に委ねられ、真の創造と神の大いなる意志の名において、霊へと戻される時です。



4. The Second Coming is the one event in time which time itself can not affect.
 キリストの再臨は、時間の中で起こるものでありながら、時間それ自体が影響を及ぼすことができない唯一の出来事です。

 For every one who ever came to die, or yet will come or who is present now, is equally released from what he made.
 というのも、これまで訪れて死んでいった者、これから訪れる者、今ここにいる者、これらのすべての者たちが等しく自分の作り出したものから解放されるからです。

 In this equality is Christ restored as one Identity, in which the Sons of God acknowledge that they all are one.
 この平等性の中で、キリストが唯一の真のアイデンティティーとして回復され、キリストとしての自覚を取り戻すことで、神の子らは、自分たち全員がひとつであると認めることになります。

 And God the Father smiles upon His Son, His one creation and His only joy.
 そして、父なる神は、その唯一の創造物にして唯一の喜びであるわが子に微笑みかけます。

 

5. Pray that the Second Coming will be soon, but do not rest with that.
 キリストの再臨が早く訪れるよう祈りなさい。ただし、祈るだけで安心してはなりません。

 It needs your eyes and ears and hands and feet.
 キリストの再臨には、あなたの目や耳、そして手や足が必要です。

 It needs your voice.
 キリストの再臨には、あなたの声が必要です。

 And most of all it needs your willingness.
 そして、何にもまして必要なのはあなたの意欲です。

 Let us rejoice that we can do God’s Will, and join together in its holy light.
 自分たちが神の大いなる意志をなすことができることを喜びましょう。そして、神の大いなる意志の聖なる光の中に一緒に加わりましょう。

 Behold, the Son of God is one in us, and we can reach our Father's Love through Him.
 見なさい。私たちの中で、神の子はひとつになり、そして、私たちはキリストを通して父の愛に到達することができるのです。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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