P3-I 人生で出会う人たちの真の姿とは?

心理療法 0

Life is a Game.
人生はゲームだ。

Once you Understand it as a Game, a deep Playfulness arises on its own Accord.
ひとたびあなたが人生がゲームだと理解したら、ひとりでに深い愉しみ、遊び心が湧き上がってくる。

The Victory is not the Point; the Point is to play totally, Joyously, Dancingly.
勝利は重要ではなくなる。大事なのは、完全に、喜びに満ちて、踊るように遊ぶことだ。

What is called Playfulness is very Essential in the Inquiry of your own Being.
遊び心と呼ばれるものは、あなたが自分自身であることを探求するうえできわめて不可欠な要素なのだ。

Osho
和尚 バグワン・シュリ・ラジニーシ



Be grateful for whoever comes, because each has been sent as a guide from beyond.
誰がやってこようと喜びなさい。なぜなら、彼らは天国から遣わされたガイドなのだから。

Mawlana Jalal-al-Din Rumi
ルーミー



Other men are lenses through which we read our own minds.
自分以外の他者はものが見えるようにするレンズであり、他者というレンズを通して、私たちは自分自身の心を読み取ることができるのである。

Ralph Waldo Emerson
ラルフ・ワルド・エマーソン





今回は、心理療法から「3 心理療法の実践 1患者選択」をご紹介します。




前節では、心理療法の場では、各自が患者でもありセラピストでもあるということが述べられました。

本節の冒頭では、私たちの許へと送られてくる人はみな私たちの患者だということが語られます。

つまり、人生で私たちが出会うすべての人はお互いの癒しのために訪れるということであり、それは、私たちの出会う人はみな、私たちの患者であると同時に私たちを癒すセラピストでもある、ということです。

出会う人たちに何を差し延べるべきか決めるのは私たちではないものの、私たちが彼らのために自分を犠牲にしなければならないと決めつけがちだということが指摘されます。

与えることについてのエゴの法則にあてはまるような犠牲という観念は神の関知しないものであって、この犠牲を払うような欺瞞に陥らないようにとコースはつねに戒めます。

このように欺瞞に満ちた犠牲に陥らないためではありますが、「犠牲」という概念を真正面から否定するために、この世的に「犠牲」と評価されるものではありつつも、コースが否認する犠牲に実は当たらないものとの区別がつかずに困惑するということもあると思います。このような概念は共感謙虚さ等々いくつもあります。

抽象的に言えば、コースが否認するのは実在の不在である影であって、それを何と名づけようが、その特性に正しく光が当たっているなら、それを聖霊が否認することはないといえます。

より具体的に言えば、自己犠牲の美名の下でエゴが裏で自己満足に浸っているような犠牲は、偽善であり、神の関知しない犠牲であるのに対して、母親が身を挺して危機にある子供を救うような行為はコースの否認する犠牲にはあたらないということ、つまり、すべての偽善に通じるものですが、他者の目線を利用しての自己満足が介在しているかどうかが分かれ目です。

逆に言うと、「犠牲」を払った当人にとって他者からの称賛を抜きにした場合に、その犠牲的行為がその人自身にとって満足のいく利益と感じることかどうか、が目安となります。

また、そもそも利益・不利益の計算など度外視して身体の枠に縛られず他者に益する行動を無意識に行ったかどうかも目安となります。エゴも無意識の自動反応として作用することが少なくありませんが、エゴが支配する場合の自動反応は、自己の身体のみの利益となる行動です。

母親からすれば愛児が元気でいてくれること自体が自分にとっての利益ですし、多くの場合無意識に子の利益になる行動に出ることでしょう。他者が誉めそやそうが貶そうがそんなことはどうでもいいことです。


それでは、出会う人に差し延べるべきことを決めるのが私たちでないとしたら、それがエゴではなく、聖霊であるのは言うまでもありません。

そして、聖霊のメッセージはあらゆる経路を通じて届けられます。

3.では、私たちが神の名において患者たちに奉仕するために、私たちが物理的に患者と接する必要はないということが述べられ、私たちは、名前や思考や光景やアイデアの形で自分の許に送られてくる患者とひとつに結ばれることができるということが語られます。

「アルケミスト」(パウロ・コエーリョ著)の冒頭に登場するメルキゼデックのことを思い浮かべた方も多いかもしれません。


イェシュアはコース以外でも聖書に記されている自らの言葉について、「イェシュアの手紙」( ナチュラルスピリット マーク・ハマー著、マリディアナ万美子訳 189~196ページ)でこう語っています。


「そしてもし、子がすべてのものの中に存在しないのであれば、

わたしはこのように語ったりはしなかった。

『木を切り裂いたとき、わたしはそこにいる。

石を持ち上げたとき、

そこにわたしを見つけるであろう』」

コントロールを手放す(無条件の愛―キリスト意識を鏡として)が参考になると思います。




3. THE PRACTICE OF PSYCHOTHERAPY
心理療法の実践



I.The Selection of Patients
1 患者選択



1. Everyone who is sent to you is a patient of yours.
 あなたの許へと送られてくる人はひとり残らず、あなたの患者です。

 This does not mean that you select him, nor that you choose the kind of treatment that is suitable.
 これは、あなたが患者を選別したり、あなたがどの種類の治療がふさわしいか選ぶことを意味するわけではありません。

 But it does mean that no one comes to you by mistake.
 しかし、あなたの許に送られる誰もがあなたの患者だということは、誰ひとりとして間違ってあなたの許に訪れる者はいないことを意味します。

 There are no errors in God's plan.
 神の計画には、いかなる誤りも存在しないからです。

 It would be an error, however, to assume that you know what to offer everyone who comes.
 しかしながら、訪れる一人ひとりに対して何を差し延べるべきか当然、自分は知っていると決めてかかるのは誤りとなるでしょう。

 This is not up to you to decide.
 訪れる一人ひとりに何を差し延べるのかを決めることは、あなたに任されてはいません。

 There is a tendency to assume that you are being called on constantly to make sacrifices of yourself for those who come.
 とはいえ、あなたは、自分はつねに、訪れる人たちのために自分自身を犠牲に捧げることを求められていると決めつけてしまいがちだとはいえます。

 This could hardly be true.
 しかし、どう見ても、これが本当のことであるはずがありません。

 To demand sacrifice of yourself is to demand a sacrifice of God, and He knows nothing of sacrifice.
 あなた自身を犠牲に捧げるよう求めることは、父なる神に犠牲を差し出すよう求めることですが、その神はといえば、犠牲などまったく関知していないからです。

 Who could ask of Perfection that He be imperfect?
 いったい誰が、完全無欠なる存在に対して、不完全になることを求めることができるでしょうか。



2. Who, then, decides what each brother needs?
 それでは、一人ひとりの兄弟に何が必要なのか決めるのはいったい誰なのでしょうか。

 Surely not you, who do not yet recognize who he is who asks.
 それがあなたではないのは確かです。あなたはまだ、求めているのが誰なのかすら気づいていないのです。

 There is Something in him that will tell you, if you listen.
 もしあなたが耳を澄ますなら、兄弟の中にいる大いなる存在があなたに告げてくれるでしょう。

 And that is the answer; listen.
 そして、それこそが答えです。耳を澄ましなさい。

 Do not demand, do not decide, do not sacrifice.
 求めてはなりません。決めつけてはなりません。諦めてはなりません。

 Listen.
 耳を澄ますのです。

 What you hear is true.
 あなたが耳にすることは真実です。

 Would God send His Son to you and not be sure you recognize his needs?
 わが子が必要とすることにあなたが気づいてくれることを確信できないまま、神があなたの許へとわが子を送ろうとなどするでしょうか。

 Think what God is telling you; He needs your voice to speak for Him.
 神があなたに何を告げているのか考えてください。神は、自らを代弁してもらうためにあなたの声を必要としています。

 Could anything be holier?
 これ以上に神聖なことがありうるでしょうか。

 Or a greater gift to you?
 あなたにとってこれ以上に偉大な贈り物があるでしょうか。

 Would you rather choose who would be god, or hear the Voice of Him Who is God in you?
 あなたは、自分の中で神の大いなる声を語る聖霊から聞くよりも、神になったつもりでいるエゴを選択しようというのでしょうか。



3. Your patients need not be physically present for you to serve them in the Name of God.
 あなたが神の名において患者たちに奉仕するために、あなたの患者たちが物理的にあなたの前に姿を現わす必要はありません。

 This may be hard to remember, but God will not have His gifts to you limited to the few you actually see.
 このことを覚えておくのは困難かもしれませんが、神が自らの贈り物を、あなたが実際に出会うわずかな者たちだけに限定することを意図したはずがないからです。

 You can see others as well, for seeing is not limited to the body's eyes.
 あなたはほかの者たちにも、同じように会うことができます。というのも、会うことは、肉眼に限定されるものではないからです。

 Some do not need your physical presence.
 ある者は、あなたが物理的に目の前に姿を現すことを必要とはしません。

 They need you as much, and perhaps even more, at the instant they are sent.
 彼らが送られたその瞬間において、彼らはあなたのことを、あなたが彼らを必要とするのと同じか、もしかしたらそれ以上にすら必要としています。

 You will recognize them in whatever way can be most helpful to both of you.
 それがどのような方法であれ、あなたたち双方にとって最も役立つ方法によって、あなたは彼らに気づくことになります。

 It does not matter how they come.
 彼らがどのようにやってくるかは問題ではありません。

 They will be sent in whatever form is most helpful; a name, a thought, a picture, an idea, or perhaps just a feeling of reaching out to someone somewhere.
 ひとつの名前であったり、思考であったり、光景であったり、アイデアであったり、あるいは、もしかしたら、単に、どこかにいる誰かと心を通わせているという感覚であったり、いずれにせよ、彼らは最も助けとなる形で送られてくることになります。

 The joining is in the hands of the Holy Spirit.
 ひとつに結びつくことは、聖霊の手に委ねられています。

 It cannot fail to be accomplished.
 ひとつに結びつくことが成就し損ねることはありえません。



4. A holy therapist, an advanced teacher of God, never forgets one thing; he did not make the curriculum of salvation, nor did he establish his part in it.
 進歩した神の教師である聖なるセラピストは、ひとつのことだけは決して忘れません。それは、彼が救済のカリキュラムを立てたわけでも、そのカリキュラムにおける彼の役割を定めたわけでもないということです。

 He understands that his part is necessary to the whole, and that through it he will recognize the whole when his part is complete.
 彼は、自らの役割が全体にとって必要なものであり、自分の役割を果たしたとき、自分の役目を通じて、自分が全体を認識するようになると理解しています。

 Meanwhile he must learn, and his patients are the means sent to him for his learning.
 それまでは、彼は学ばなければなりません。そして、彼の患者たちこそ、彼の学びのために彼に送られた手段なのです。

 What could he be but grateful for them and to them?
 いったい彼に、自分の許に患者たちが送られてくることについて、そして、患者たちに対して、ただただ感謝する以外に何ができるというのでしょうか。

 They come bearing God.
 患者たちは彼の許に、神を連れてきてくれるのですから。

 Would he refuse this Gift for a pebble, or would he close the door on the savior of the world to let in a ghost?
 はたして彼は、石くれのほうがよいと言って、この大いなる贈り物を拒むでしょうか。あるいは、彼は、亡霊を入らせるために、救世主に対して扉を閉ざそうとするでしょうか。

 Let him not betray the Son of God.
 彼が神の子を見捨てませんように。

 Who calls on him is far beyond his understanding.
 彼には自分に呼びかけているのが誰なのかまったく理解できていないのです。

 Yet would he not rejoice that he can answer, when only thus will he be able to hear the call and understand that it is his?
 しかし、ただ患者からの呼びかけに応えて、患者を救い主として歓迎することによってのみ自分にその呼びかけが聞こえ、その呼びかけが自分のものだとわかるのだとしたら、彼は自分が答えることができることを喜ばずにいられるでしょうか。


次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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