レッスン307「矛盾する願望が私の意志であるはずがない」

レッスン301〜310 0

願望することはこの上なく容易なのに、意図することはなぜ、そんなにも難しいのだろうか。
願望するのに必要なのは弱さであり、意図するのに必要なのは強さだからだ。

リンドネル_1202010102

Arne Lindtner Næss
リントネル(ノルウェーの俳優、監督、テレビプロデューサー、作家)



所有する決意は、意図の自由エネルギーによって形成される。所有することを自分に容認する際に、二つのことが邪魔している。一つ目は、魂と理性の不一致である。二つ目は、内的重要性と外的重要性の過剰ポテンシャルである。過剰ポテンシャルは自由エネルギーを奪い取ってしまうのだ。

所有する決意を「欲するとそうなるだろう」という類の普通の想念であると思っているならば、それは間違いだ。本当は、そのような想念は意図のエネルギーで満ち満ちていなければならない。そうでなければ、それはよくある理性の独り言であって、それ以上のものではない。言うまでもなく、想念は魂と理性が一致した状態から生じるものでなければならない。さもないと、意図のエネルギーの変換が純度の高いものではなくなってしまう。もし自由エネルギーのかなりの部分が過剰ポテンシャルに奪い取られると、意図は力を持たなくなってしまう。

所有する決意を得るに当たっての難しさは、初めて二輪の自転車に乗ったときに経験するためらいに似ている。人は自転車を乗りこなすことが原則的に可能だと知っているが、だからといって、当人にはすぐにうまくいくわけでないことも知っている。その人は自分の能力を疑っていると同時に、会得したい願望で満ち溢れている。人の理性は訓練プロセスを自分のコントロール下に置こうとするが、どのように行動すべきかがわからない。すると、すぐに三つの過剰ポテンシャルが生じてしまう。疑念、願望、コントロールだ。これらが意図のエネルギーを奪うことになる。

理性は何とかして自転車のバランスを保とうと努めるが、少しもうまくはいかない。魂と理性の一致がなければ、自由エネルギーもないのだ。しかし、何かの拍子に理性のコントロール緩むと、バランスを維持しなくてはという点で、魂と理性の一致が起こる。そして、結局、すべてうまくいく。どのようにしてそうなったのか、理性にはやはりよくわからない。けれども、そこが問題なのだ!つねに理性は手段について、つまりどのように行動すべきかについて考えている。理性はコントロールしようとして、さまざまなやり方を試してみる。その一方で、魂は考えない。魂は所有する準備が無条件にできている。理性も所有する準備はできているが、理解可能で理屈に合っていれば、という条件つきである。魂と理性の不一致は、理性が目的達成の現実性を疑っている点のみにある。コントロールしようとして握りしめていたものを緩めるや否や、理性が突きつけている条件が消え失せて、魂と理性の一致が起こる。

理性のコントロールなど要らないという事実に直面した理性は驚く。すべてがひとりでに行なわれてしまうからだ。とはいうものの、理性にとってはいったい何がどうなっているのかは皆目見当がつかなくても、事実そのものには十分満足している。とにかく自転車のバランスは保たれたわけだ。だから、理性はそんな事態と折り合いをつけざるをえなくなる。今後、理性は自分によるコントロールを押しつけたりしないだろう。なぜなら、自分によるコントロールは不要だと納得したからだ。もう少し実践すると、残っていた過剰ポテンシャルも消え去り、意図のエネルギーが解き放たれ、自転車に乗ることは悩みの種から喜びに変わる。



ヴァジム・ゼランド(「振り子の法則 トランサーフィン 超スピリチュアルな願望実現/幸福実現法」178ページ)



レッスン307です。

「矛盾する願望が私の意志であるはずがない」が今日のテーマです。




まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。

T7-10 苦しいのが気持ちいいってどういうこと?が参考になると思います。

神が何かを乞い願ってそれが実現すればよいのにと願望することなどありえません。

神は時間の世界におらず、永遠にあって対極を持たない、完全な自由意志を持つ全能の存在だからです。

したがって、神は、「こうだったらいいのに」と願望したり、神以外の悪魔勢力の意向を窺ったりする必要などなく、ただ「こうする」と、意図してその通りに創造するだけです。

これに対して、この世界には時間と空間があり、慣性の法則が働き、心に意図したことは即座に実現せず、投影先のスクリーンである世界に意図が反映されるには、タールのようにどろっと遅延しながら物質世界の変化が起こることを必要とします。

さらに、心は分裂して複数の個別の心がエゴに毒されて各自において矛盾することを欲するので、個々の心と心の意図すること同士が衝突し合う事態も起こりえます。

そのため、個別の心の意図することが物理世界で実現するまでは、時間的な持続と他の心の矛盾する意図による抵抗を受けないことが条件となります。

このように個別の心は、神の大いなる心のように意図することがそのまま現実になるということがなく、意図したことが現実になるかどうかはなりゆき次第で、うまく実現できれば良いのにと願望することしかできないので、エゴにできるのは希望的観測に満ちた願望だけです。

このように、エゴの抱く願望同士は矛盾し合う意図の成れの果てではありますが、根源はひとつの神の意志であり、エゴのスライドによって歪められ色づけられることがなければ、同じ光であり矛盾し合うものではありません。

「矛盾する願望が私の意志であるはずがない」との宣言は、願望と意図が異質なものであること、「私」=神の子の「意志」は混じりけのない光でありひとつだけであり、矛盾し合うことはありえないことを表しています。



T4-4 そうである必要はないが参考になると思います。



Lesson 307



Conflicting wishes cannot be my will.
矛盾する願望が私の意志であるはずがない。



1. Father, Your Will is mine, and only that.
 父よ、あなたの大いなる意志、ただそれだけが私の意志です。

 There is no other will for me to have.
 私が抱くべき意志は、それ以外に何もありません。

 Let me not try to make another will, for it is senseless and will cause me pain.
 私がほかの意志を作り出そうとしませんように。というのも、あなたの意志とは別の意志は無意味で、私に苦痛を引き起こすだけだからです。

 Your Will alone can bring me happiness, and only Yours exists.
 あなたの大いなる意志だけが私に幸福をもたらしてくれます。そして、ただあなたの大いなる意志だけが存在します。

 If I would have what only You can give, I must accept Your Will for me, and enter into peace where conflict is impossible, Your Son is one with You in being and in will, and nothing contradicts the holy truth that I remain as You created me.
 もし私がただあなたの授けることのできるものだけを持ちたいと思うなら、私は、あなたが私について意図する大いなる意志を受け入れ、あなたの子が実在においても意志においてもあなたとひとつになって、私があなたに創造されたままの私であるという聖なる真理と矛盾するものが何ひとつ存在しない葛藤のありえない平安の中へと入ってゆかねばなりません。


 
2. And with this prayer we enter silently into a state where conflict cannot come, because we join our holy will with God's, in recognition that they are the same.
 そして、この祈りとともに、私たちは静かに葛藤の入りこむ余地のない境地へと入ってゆきます。なぜなら、私たちは、それらが同じものだという気づくことで、自分たちの聖なる意志を神の大いなる意志と結び合わせるからです。

名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



次

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 松山 健 Matsuyama Ken
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