レッスン315「私の兄弟たちが与える贈り物はすべて、私のものだ」


人に助けてもらうことを恥ずるな。

なぜなら、君は兵士が城砦を戦いとるときのように、課せられた仕事を果たす義務があるからだ。

もし君が足が不自由であって、胸壁をひとりでは昇ることができず、ほかの人の助けを借りればそれができるとしたらどうするか。

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Marcus Aurelius, Meditations
マルクス・アウレリウス(「自省録」)

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Unity and Diversity in the Body
身体の中の統一性と多様性


12 Just as a body, though one, has many parts, but all its many parts form one body, so it is with Christ.
身体はひとつであっても数多くの部分を持ち、それでいながら、それらの数多くの部分がひとつの身体を構成しているように、キリストの聖体も同じ仕組みで成り立っています。

13 For we were all baptized by one Spirit so as to form one body—whether Jews or Gentiles, slave or free—and we were all given the one Spirit to drink.
つまり、ひとつの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、みなひとつの身体となるために洗礼を受け、みなひとつの霊を飲んだのです。

14 Even so the body is not made up of one part but of many.
身体は、ひとつの部分ではなく、多くの部分から成っています。

15 Now if the foot should say, “Because I am not a hand, I do not belong to the body,” it would not for that reason stop being part of the body.
もし足が、「私は手ではないから、私は身体の一部ではない」と言ったところで、足が身体の一部でなくなるはずがありません。

16 And if the ear should say, “Because I am not an eye, I do not belong to the body,” it would not for that reason stop being part of the body.
耳が、「私は目ではないから、身体の一部ではない」と言ったところで、耳が身体の一部でなくなるはずがありません。

17 If the whole body were an eye, where would the sense of hearing be? If the whole body were an ear, where would the sense of smell be?
もし身体全体が目だったら、身体のどこで物音を聞けるでしょうか。もし全体が耳だったら、どこで匂いを嗅げるでしょうか。

18 But in fact God has placed the parts in the body, every one of them, just as he wanted them to be.
けれど、実際のところ、神は、自らが身体の各部分はこうあるべしと望む通りに、各部分を身体のうちに配置してくださったのです。

19 If they were all one part, where would the body be?
すべてが同じひとつの部分になってしまったら、どこに身体というものがあるでしょう。

20 As it is, there are many parts, but one body.
だから、多くの部分があるけれど、ひとつの身体なのです。

21 The eye cannot say to the hand, “I don’t need you!” And the head cannot say to the feet, “I don’t need you!”
目が手に向かって「お前など要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。

22 On the contrary, those parts of the body that seem to be weaker are indispensable, 23 and the parts that we think are less honorable we treat with special honor.
それどころか、身体の中でほかよりも弱く見える部分こそ、欠かせないものなのです。 私たちは、身体の中でほかよりも見劣りがすると思う部分について、より見栄えがするように特別な配慮を施すものです。

And the parts that are unpresentable are treated with special modesty, 24 while our presentable parts need no special treatment.
そして、見栄えのよい部分は特別扱いを必要としませんが、それに対して、見劣りのする部分は特別な謙虚さをもって扱われます。

But God has put the body together, giving greater honor to the parts that lacked it, 25 so that there should be no division in the body, but that its parts should have equal concern for each other.
神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせるようにして、身体を組み立てられたのです。 そうすることで、身体のうちに分裂が起こらず、各部分が互いに等しく配慮し合えるようになるからです。

26 If one part suffers, every part suffers with it; if one part is honored, every part rejoices with it.
ひとつの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、ひとつの部分が尊ばれれば、すべての部分がそれをともに喜ぶのです。

27 Now you are the body of Christ, and each one of you is a part of it.
あなたがたはキリストの身体であり、あなたがたの一人ひとりはキリストの聖体を構成する一部なのです。

28 And God has placed in the church first of all apostles, second prophets, third teachers, then miracles, then gifts of healing, of helping, of guidance, and of different kinds of tongues.
神は、教会の中にさまざまなものを配置されました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡、それから、癒しの贈り物、助け、導き、そして、異言を語る者などです。

29 Are all apostles? Are all prophets? Are all teachers? Do all work miracles? 30 Do all have gifts of healing? Do all speak in tongues? Do all interpret?
教会は、使徒だけで成るものでしょうか。全員が預言者でしょうか。全員が教師でしょうか。全員が奇跡を起こすでしょうか。全員が癒しの贈り物を持っているでしょうか。全員が異言を語るでしょうか。全員がそれを解釈するでしょうか。 そうではないでしょう。

31 Now eagerly desire the greater gifts.
さあ、一部だけに留まらないもっと大きな賜物を受けられるよう熱心に努めなさい。

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1 Corinthians 12:12-31
コリント人への第一の手紙 第12章




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レッスン315です。

「私の兄弟たちが与える贈り物はすべて、私のものだ」が今日のレッスンです。



まず、最後の審判とは何かをご覧ください。






世界を人体内世界、自分を細胞としてイメージして生きる

今日のテーマほど、「はたらく細胞」の観点が威力を発揮するテーマはないでしょう。

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エゴと自己同一化したままの意識で素朴に考えると、自分以外のところで他者が他者に施しをしたところで、「よかったね」という感想は持つかもしれないとしても、自分にとっては何の関わりもないことでどうでもいいという感覚になるでしょう。

これは、贈り物のようにプラスの出来事でもそうだし、反対に、自分の関わりのない場所での犯罪被害や戦争、大災害等のマイナスの出来事についても同じようにあてはまり、大変な苦痛をその人たちは味わっているかもしれないけれど、自分とは関係ない、自分でなくてよかったとすら感じます。

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しかし、これが自分の身体の中の世界での出来事だったらどうでしょう?

体内世界を観察できるカプセル内視鏡で自分の体内世界を旅しているとして、たまたま自分がモニターでカメラからの映像を観察できる内視鏡が頭部にあって、腹部の状況が把握できないからと言って、腹部でイレウス(腸閉塞)が起こっているのを他人事として無視していられるでしょうか。


体内世界に置き換えれば、自分で自分を傷つけ合う狂気がよくわかる

赤血球が酸素を無事に体内世界の各地に届けてくれていることや白血球が身を挺して外敵と戦ってくれることを喜び感謝するのではないでしょうか。

真実、この幻想世界の中で私たちが他者だと思っている兄弟たちは、この体内世界の自分の細胞や器官と同じくらい、それどころか、それ以上に、自分自身であるわけです。

コースは、他者の攻撃は私たちに救いを求める哀訴であり、私たちを怒らせる他者は私たちを死の監獄から救い出してくれる救い主なのだから、返すべきは自分の被った被害を思い知らせて罪悪感を味わわせてやろうと攻撃することではなく、自分が傷ついていないことを示して彼が無実だと自覚させてあげる愛に満ちた助けだけだとみなすことを教えてくれています。

もし私たちがナノサイズのカプセル内視鏡で、傷病によって荒廃した自分の身体の体内世界を見て回るとしたら、死にかけた細胞たちが喘ぐ惨状をどんなに悲しい気持ちで眺め、苦境にある細胞たちをほかの細胞たちが懸命に助けようとするさまを見てどんなに頼もしく嬉しく思うことでしょうか。


自分たちの狂気に気づく機会を得られていることに感謝

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自分の体内での出来事であったら容易に理解できる同じ仕組みがこの世界にあてはまるのに、一細胞に相当する一人間にアイデンティティーを持って分離幻想を抱えることだけで、このことがまったくわからなくなってしまって、他者が苦しんでいるのを見て自分はましだと安心できるとはなんという狂気の沙汰でしょうか。

コースに触れて、兄弟たちが苦しむことは自分の苦しみであり、兄弟たちが喜ぶことは自分の喜びなのだと気づくことができるチャンスを与えられている私たちはこの幸せに感謝すべきではないでしょうか。




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Lesson 315

All gifts my brothers give belong to me.
私の兄弟たちが与える贈り物はすべて、私のものだ。



1. Each day a thousand treasures come to me with every passing moment.
 毎日、一瞬が過ぎゆくごとに、無数の宝物が私の許へとやってくる。

 I am blessed with gifts throughout the day, in value far beyond all things of which I can conceive.
 私は一日中、自分に想像できるいかなるものも遠く及ばない価値を持つ数々の贈り物で祝福されている。

 A brother smiles upon another, and my heart is gladdened.
 ある兄弟がほかの兄弟に微笑みかけるとき、私の胸は喜びに溢れる。

 Someone speaks a word of gratitude or mercy, and my mind receives this gift and takes it as its own.
 誰かが感謝や慈悲の言葉を語るとき、私の心はこの贈り物を受け取り、それを自分のものにする。

 And everyone who finds the way to God becomes my savior, pointing out the way to me, and giving me his certainty that what he learned is surely mine as well.
 そして、神への道を見出す者はみな私の救い主となり、私にその道を指し示し、彼の学んだことは間違いなく私のものにもなるという彼の確信を私に与えてくれる。



2. I thank You, Father, for the many gifts that come to me today and every day from every Son of God.
 父よ、今日、そして毎日、神の子の一人ひとりから私の許へともたらされるたくさんの贈り物について、私はあなたに感謝を捧げます。

 My brothers are unlimited in all their gifts to me.
 私の兄弟たちは限りなく無条件に私に贈り物を与えてくれています。

 Now may I offer them my thankfulness, that gratitude to them may lead me on to my Creator and His memory.
 今こそ、私が兄弟たちに感謝を捧げられますように。そうすれば、兄弟たちに感謝することで、私は自らの創造主の下へと導かれ、創造主を思い出すことができます。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。








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