レッスン325「私が自分に見えていると思っているすべてのものは、想念の反映なのだ」


心暗きときは、即ち遭う所ことごとく禍(わざわい)なり、眼明らかなれば、即ち途に触れて皆宝なり(心眼が暗く曇っているとどんなことも災いに見えるが、心眼が澄んでいれば、すべてが宝だとわかる)。

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空海性霊集巻第八 招提寺噠嚫文)



五蘊の中の色薀は、このように身体を構成する五つの感覚器官(眼・耳・鼻・舌・身の五根)とそれらの五つの対象(色・声・香・味・触の五境)と法処所摂色は、意識の対象ですが、禅定のなかで意図的に作り出す影像もこのなかの一つに含まれています。また、目を閉じても何かの色が見えますね。この色は第六意識が見ていると唯識では考えるのです。眼をつぶっていても色や形が見えるのです。本当に不思議ですね。また禅定に入っているとき、種々の影像を意図的に作り出すことができます。すなわち唯識所変です。そしてこのことを禅定の世界から現実の世界にも当てはめ、一切は唯だ識のみがあるにすぎないと主張するのです。

そうすると、外界実在論者が次のように反論してきます。外界に事物がなければ認識は起こりえない。外界に事物があり、それからの刺激があって初めて心のなかに影像ができるのであるからと。それに対して、例えば世親の『唯識二十論』では、「夢の如し」と、一言で片づけてしまうのです。本当に、外界に事物がないのに夢を見ますね。いや、夢と現実とは違うのだ、とさらに反発する人がいるかもしれません。でも、夢と現実とのどちらが本当の夢なのでしょうか。もしかしたら、いま現実と思っているこの世界のほうが夢であるかもしれません。私たちが知りうるのは「夢の世界」と「覚醒の世界」の二つしかありません。だから、どちらが夢でどちらが本物か、判断がつかないのです。

この問題はプラトン全集のなかにもありますし、あの「胡蝶の夢」もそうです。荘周(荘子)がうたた寝をして夢を見た。そのなかで蝶になって野原を飛んでいたが、目が覚めると、もとの荘周に戻っていた。そこで彼は、蝶が荘周になったのか荘周が蝶になったのか、どちらであるか分からなくなってしまったーーという『荘子』のなかの有名な話です。
確かに、夢も覚醒もいずれも夢であります。だが私たちは覚っていないから夢と覚醒を分けてしまうのです。両者が共に夢であると覚るのは、仏陀すなわち「目覚めた人」のみに可能です。

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横山 紘一(「唯識でよむ般若心経―空の実践」156ページ)




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レッスン325です。

「私が自分に見えていると思っているすべてのものは、想念の反映なのだ」が今日のレッスンです。


まず、創造ってなに?をご覧ください。






世界は心の反映

私たちが見る世界は内心の反映だということは、コースが繰り返し述べることです。

レッスン304「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」T12-7 内面を見るが参考になると思います。

この仕組みによって、エゴに従うなら非難し攻撃する狂気の世界が見えることになり、聖霊に従うなら罪を赦し慈悲と愛に満ちた優しい世界が見えることになります。


世界を厭うことも嫌うこともせず、自分の内面を映し出す鏡として愛し活用する

自分が敵だらけの殺伐とした世界に生きていると感じるなら、なすべきことは、自分の身を守ろうと身構えて戦うことではなく、それを自分の心が荒廃しているサインとして正しく受け止めて、ガイドをエゴから聖霊に交代させることです。

それは、自分の正しさを主張し、自分の願望に固執するのをやめて、自分に不利で自分に嫌なことに思えるとしても、それを焦土と化してカチコチになっている自分の心を耕して豊かな土壌に変える作業と捉えて受け入れて明け渡すことです。

レッスン24「私は、自分の最善の利益がわかっていない」を肝に銘じることです。




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Lesson 325

All things I think I see reflect ideas.
私が自分に見えていると思っているすべてのものは、想念の反映なのだ。



1. This is salvation's keynote: What I see reflects a process in my mind, which starts with my idea of what I want.
 救済の基本となる考え方は次のとおりだ。すなわち、私が見るものは、私の心の中のプロセスの反映であり、このプロセスは、自分が望むものについての私の想念から始まる。

 From there, the mind makes up an image of the thing the mind desires, judges valuable, and therefore seeks to find.
 そこから、心は自らが切望し、価値あるものと判断するがゆえに、それを見つけ出そうと探し求める物事のイメージを作りあげる。

 These images are then projected outward, looked upon, esteemed as real and guarded as one's own.
 そのあとで、これらのイメージが外側に投影されて、目に見えるものとなり、本物とみなされ、自分のものとして守られるようになる。

 From insane wishes comes an insane world.
 狂気の願望からは、狂気の世界が生じる。

 From judgment comes a world condemned.
 価値判断による裁きからは、有罪として非難する世界が生じる。

 And from forgiving thoughts a gentle world comes forth, with mercy for the holy Son of God, to offer him a kindly home where he can rest a while before he journeys on, and help his brothers walk ahead with him, and find the way to Heaven and to God.
 そして、赦す思いからは、聖なる神の子のための慈悲に満ちた優しい世界が生じ、神の子に彼が旅路を続ける前にしばらく安らげる心地よい安息の場を提供し、彼の兄弟たちが彼とともにそこから先の旅路を歩んで、天国と神の下に至る道を見出せるように助けてくれる。



2. Our Father, Your ideas reflect the truth, and mine apart from Yours but make up dreams.
 われらの父よ、あなたの想念は真理を反映し、あなたの想念から離れた私の想念はただ夢を作り出すだけです。

 Let me behold what only Yours reflect, for Yours and Yours alone establish truth.
 私があなたの想念を映し出すものだけを見ることができるようにさせてください。というのも、あなたの想念、ただあなたの想念だけが真理を確立するからです。

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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。








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