T26-8 救いはもう、済んでいる


「ご主人さま、」ライオンは静かにいった。「ファンタージエンは物語の国だということを、ご存じないのですか? 物語は新しくても大昔のことを語ることができるのです。過去は、物語と共に成立するのです。」
「それならペレリンもずっと前からあることはあったというのかい?」バスチアンはわけが分からなくなっていった。
「ご主人さまが名前をおつけになったその瞬間から、ペレリンはずっと大昔からあるのです。」グラオーグラマーンは答えた。



Michael Ende
ミヒャエル・エンデ(「はてしない物語」より)

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Jesus then said, “I will be with you a little longer, and then I am going to him who sent me. You will seek me and you will not find me. Where I am you cannot come.”
イエスは言われた。「私はもうしばらくあなたがたとともにいるが、そのあとは、私を遣わした方の下に行くことになる。あなたがたが私を探しても私は見つからないだろう。私のあるところにあなたがたが来ることはできないのだから。」

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John 7:33
イエス・キリスト(ヨハネによる福音書第7章33節

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Jesus said: “Look to the Living One while you are alive. If you wait until you are dead, you will search in vain for the vision”.
イエスは言われた。「あなたが生きているうちに、生命に満ちる一なるものに目を向けなさい。もしあなたが自分が死ぬまで待つなら、あなたがそれを見つけようとどれだけ探しても無駄に終わるのだから。

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Gospel of Thomas
イエス・キリスト(トマスによる福音書第59節)




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テキスト第二十六章から「救済の即時性」をご紹介します。


「救いはもう、済んでいる・・・」

北斗の拳の「お前はもう、死んでいる」のケンシロウ(CV:神谷明さん)の声を頭の中で響かせながら「救いはもう、済んでいる」と読んでください。

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「The instant the idea of separation entered the mind of God's Son, in that same instant was God's Answer given.
 分離するという想念が神の子の心に入りこんだ瞬間、その同じ瞬間に神の大いなる答えが与えられたのです。

 In time this happened very long ago.
 時間の中では、これは、はるか遠い昔に起こったことです。

 In reality it never happened at all.
 しかし、現実においては、神からの分離などまったく一度も起こってはいません。



3. The world of time is the world of illusion.
 時間の世界は、幻想の世界です。

 What happened long ago seems to be happening now.
 はるか昔に起こったことが、まるで今起きているかのように思えます。

 Choices made long since appear to be open; yet to be made.
 選択を下してからずっと経っているのに、まだ選択の余地があり、これから選択できるように思えます。

 What has been learned and understood and long ago passed by is looked upon as a new thought, a fresh idea, a different approach.
 すでに学んで理解し、はるか昔に過ぎ去ってしまったものが、今までにない思考であるとか、目新しい着想であるとか、以前とは違った取り組みであるかのようにみなされています。」(M2 生徒とは誰か

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兄弟とひとつに結ばれることを妨げる隔たりという幻想が時空間の本質

1.「For time and space are one illusion, which takes different forms.
 なぜなら、時間と空間はひとつの幻想であって、それがさまざまな形をとっているだけだからです。

 If it has been projected beyond your mind you think of it as time.
 もしそのひとつの幻想があなたの心の外側に投影されると、あなたはそれを時間として考えます。

 The nearer it is brought to where it is, the more you think of it in terms of space.
 その幻想がそのありかである心により近くもたらされると、あなたはそれを空間という観点で考えるようになります。」

時空という幻想が私たちが兄弟とひとつになることをまだ受け入れられないために設けている隔たりだということが語られます。

時間と空間は同じひとつの分離幻想だということです。

それは、本当はひとつに結ばれているにもかかわらず、私たちが自分たちを分離した存在だとみなしたいと望み、自分たちの間にあって欲しいと願望する隔たりが存在するという幻想です。


時間と空間の存在が救済を信じがたいものにする

この隔たりの幻想を個別の心が自分の心の外側に向けて投影すると、それは時間となり、投影先がより自分の心に近づくと、それは空間として知覚されるようになります。

この時間と空間の存在が、救済を信じることを困難にします。

誰かが何かを提供してから、他者がそれを受け取るまでに存在すると思われている、この時間と空間という隔たりを信じることによって、赦しが差し延べているものが今この瞬間に受け取ることができるものだということが、私たちにとって思いもよらないことになっています。


自分の外のどこか、今ではないいつか

つまり、救いは世界の神秘を見出さなければ見つからない、いつかは救われるにしても、それは今すぐにではないと。

自分の意識のレベルが上昇して悟りを開かなければならないとか、人類の意識が進化してアセンションしなければならないとかいうふうに、至らない今の自分や世界から到達すべき救いの準備が整った未来のいつかに救いの時を先延ばししなければ納得できないわけです。

けれど、兄弟との間に隙間があるというのは錯覚であり、その錯覚に気づいてありのままの真理を受け入れることが必要なだけ、つまり、認識の変化だけが必要なことなので、救済が未来まで待たなければならないということはありません。


物語の世界から脱するために必要なのは、ただ読んでいる本を閉じるだけ

おもしろい連続ドラマにハマって視聴を継続している状態では、客観的には、視聴をやめるのはいつでも可能ですが、どっぷりと沼にハマっている当人の主観では、ドラマの結末を見届けずに途中でやめるなんてとても無理です。

途中でやめられないのは、感情移入のなせる業です。

おもしろいドラマの登場人物が途中で亡くなったりすると、「●●さまロス」というそのキャラクターを惜しむ心情を抑えきれない喪失感に見舞われる人が続出します。


ロスへの恐怖心

私たちも自分が生きる人生の登場人物や主役である自分自身に深く感情移入しているので、大切な友人、家族や自分ロスに対する恐怖心を抱きます。


けれど、すべてを持ちすべてである実在そのものである神の子が、すべてを持たずすべてではない一点の卑小な生き物にならなければ、幻想世界は生まれなかったわけで、幻想を生きることこそ、実は、すべてをロスしている状態なわけです。

「一点」と表現はしていますが、一点であろうと百点であろうと幻想は無のまま、実在0%なので、幻想の生き物になることで神の子は、完全に100%実在を喪失しているわけで、「すべてをロス」している状態というのが正確です。

とはいえ、幻である私たちの側からすれば、できるだけ長くドラマを演じ、見続けたいのであって、救済を望んでいると口では言っていても、即座に救われるとなると、「ちょっと待って。まだまだ心の準備ができてないんだから!」と、すぐには受け入れる気になれません。

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つまり、私たちが恐れているのは、実は、今ひとつに結ばれることです。





聖霊の3大レッスンの実践あるのみ

未来に幸せを得られるという期待を抱いて現在を犠牲にして待つことは、今すぐに幸せを得ることへの不安と恐怖を抱いていることであり、それは自分と兄弟がひとつだということを信頼できずにいることです。

私たちにできるのは、他者の非難や攻撃を愛と助けを求める哀訴であると正しく知覚して、正しく愛をもって助けで返すことであり、それは、攻撃に対して自分が傷ついたことを示して相手に罪悪感を抱かせるのではなく、自分が傷ついていないことを示して相手に自分は潔白だと自覚させてあげることであり、自分を怒らせる他者は、自分が振り上げた剣を振り下ろして相手と自分を一緒に幽閉するか、剣を背けて、ふたりを解放するかを選ぶチャンスを与えてくれる自分の救い主だと正しく認めて感謝することです(聖霊の3大レッスン)。



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テキスト第二十六章

VIII. The Immediacy of Salvation
八 救済の即時性



1. The one remaining problem that you have is that you see an interval between the time when you forgive, and will receive the benefits of trusting in your brother.
 まだあなたが抱えたままになっている問題のひとつは、自分が赦す時から兄弟を信用することによる恩恵に浴するまでの間に時間的な隔たりがあるとあなたが思っていることです。

 This but reflects the little you would keep between you and your brother, that you and he might be a little separate.
 これは、兄弟からわずかでも離れているために、自分と兄弟の間にわずかな隔たりを保っておきたいというあなたの思いの反映にほかなりません。

 For time and space are one illusion, which takes different forms.
 なぜなら、時間と空間はひとつの幻想であって、それがさまざまな形をとっているだけだからです。

 If it has been projected beyond your mind you think of it as time.
 もしそのひとつの幻想があなたの心の外側に投影されると、あなたはそれを時間として考えます。

 The nearer it is brought to where it is, the more you think of it in terms of space.
 その幻想がそのありかである心により近くもたらされると、あなたはそれを空間という観点で考えるようになります。



2. There is a distance you would keep apart from your brother, and this space you perceive as time because you still believe you are external to him.
 あなたが自分の兄弟から離れたままに保とうとしている隔たりが存在します。そして、あなたはこの間隔のことを時間として知覚します。なぜなら、あなたはまだ自分はその兄弟の外側にいると信じているからです。

 This makes trust impossible.
 このことが信頼を不可能にしてしまいます。

 And you cannot believe that trust would settle every problem now.
 だから、信頼さえすればすべての問題が今すぐに解決してしまうとは、あなたには信じられません。

 Thus do you think it safer to remain a little careful and a little watchful of interests perceived as separate.
 かくして、あなたは、自分とは分離していると知覚しているさまざまな利害関係に対して、多少の注意を払い、多少用心したままでいるほうが安全だと思っています。

 From this perception you cannot conceive of gaining what forgiveness offers now.
 こんなふうに知覚しているせいで、赦しが今差し延べてくれているものを手に入れることなど、あなたには思いもよりません。

 The interval you think lies in between the giving and receiving of the gift seems to be one in which you sacrifice and suffer loss.
 贈り物を与えることと受け取ることの間に存在するとあなたが思っている隔たりの中で、あなたは犠牲になったり損失を被ったりするように思えます。

 You see eventual salvation, not immediate results.
 つまり、あなたは、やがては救われるとしても、即座に成果は得られないと思っているのです。

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3. Salvation is immediate.
 しかし、救済は即座に起きるものです。

 Unless you so perceive it, you will be afraid of it, believing that the risk of loss is great between the time its purpose is made yours and its effects will come to you.
 あなたがすぐに起きるものとして救いを知覚しないかぎり、あなたは、救いを自らの目的とした時から救いという結果があなたの許に訪れるまでの間に損失を被る危険が大きいと信じて、救いを恐れるようになります。

 In this form is the error still obscured that is the source of fear.
 このような形の中で、それが恐れの源であるというのは誤りだとはわからないままとなります。

 Salvation would wipe out the space you see between you still, and let you instantly become as one.
 救済は、あなたがまだ自分たちの間に見ている空間を一掃して、あなたたちが即座にひとつになれるようにします。

 And it is here you fear the loss would lie.
 実は、あなたが損失であると恐れているのは、あなたたちが即座にひとつになることなのです。

 Do not project this fear to time, for time is not the enemy that you perceive.
 この恐れを時間に投影してはなりません。というのは、時間はあなたが知覚しているような敵ではないからです。

 Time is as neutral as the body is, except in terms of what you see it for.
 あなたが時間を何のためのものとみなすかという点を除けば、時間は身体と同じように中立的なものです。

 If you would keep a little space between you and your brother still, you then would want a little time in which forgiveness is withheld a little while.
 もしあなたがなおも、自分と兄弟の間に少し空間を保っておきたいと思うなら、あなたは、赦しがしばらくの間与えずにおかれる多少の時間が欲しくなるでしょう。

 And this but makes the interval between the time in which forgiveness is withheld from you and given seem dangerous, with terror justified.
 そして、このことが、あなたが赦しを与えずにおかれる時と赦しが与えられる時までの隔たりを危険に思わせ、恐怖心を抱くことを正当化してしまいます。



4. Yet space between you and your brother is apparent only in the present, now, and cannot be perceived in future time.
 しかし、あなたと兄弟との間にある空間は、ただ今現在においてだけ見えているものであって、未来の時間において知覚できるものではありません。

 No more can it be overlooked except within the present.
 また、その空間を看過できるのも、現在においてのみです。

 Future loss is not your fear.
 あなたが恐れているのは、未来に失うことではありません。

 But present joining is your dread.
 そうではなく、あなたが恐れているのは、今ひとつに結びつくことなのです。

 Who can feel desolation except now?
 いったい誰が、今をおいてほかに、不安を感じることができるでしょうか。

 A future cause as yet has no effects.
 未来の原因には、今のところ何の結果も生じていません。

 And therefore must it be that if you fear, there is a present cause.
 したがって、もしあなたが恐れているとすれば、現在に原因があるに違いありません。

 And it is this that needs correction, not a future state.
 だから、修正を要するのは、この現在の原因であって、未来の状態ではないのです。

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5. The plans you make for safety all are laid within the future, where you cannot plan.
 あなたが安全のために立てる計画はすべて未来に置かれていますが、あなたが未来に行って計画を立てることは不可能です。

 No purpose has been given it as yet, and what will happen has as yet no cause.
 未来にはまだ何の目的も与えられてはいないし、未来に何が起こるにしても、その原因はまだ何もないからです。

 Who can predict effects without a cause?
 いったい誰が原因もないのに、結果を予測できるでしょうか。

 And who could fear effects unless he thought they had been caused, and judged disastrous now?
 それに、結果がすでに引き起こされたと思い、今それが災いだと判断したのでないかぎり、誰がその結果を恐れたりできるでしょうか。

 Belief in sin arouses fear, and like its cause, is looking forward, looking back, but overlooking what is here and now.
 罪を信じることが恐怖心を生み出し、罪の原因と同じように、先のことを見たり、振り返って見たりはしますが、今ここにあることは見落としてしまいます。

 Yet only here and now its cause must be, if its effects already have been judged as fearful.
 しかし、もしすでにその結果が恐ろしいことだと判断されているとすれば、その原因はただ今ここにしかないはずです。

 And in overlooking this, is it protected and kept separate from healing.
 そして、今ここにしか原因がないということを見落とすことで、罪への信仰が守られ、癒されないまま保たれることになります。

 For a miracle is now.
 なぜなら、奇跡とはまさに今のことだからです。

 It stands already here, in present grace, within the only interval of time that sin and fear have overlooked, but which is all there is to time.
 その奇跡はすでにここに、現在の恵みの中に、罪や恐れが見落とした唯一の時間の間隔の中にあるのですが、存在する時間はこれだけなのです。



6. The working out of all correction takes no time at all.
 すべての修正を成し遂げること自体には、少しも時間はかかりません。

 Yet the acceptance of the working out can seem to take forever.
 しかし、修正が完了していることを受け入れるには、永遠の時を要するように思えます。

 The change of purpose the Holy Spirit brought to your relationship has in it all effects that you will see.
 聖霊があなたの関係の目的を変えてくれたことで、あなたには、すべての結果が見えるようになります。

 They can be looked at now.
 それらの結果は、今、見ることができます。

 Why wait till they unfold in time and fear they may not come, although already there?
 すでにそこに結果があるというのに、どうして、それらが時間の中で展開するまで待ったり、それらが起こらないかもしれないと恐れたりするのでしょう。

 You have been told that everything brings good that comes from God.
 あなたはこれまで、神に由来するものはすべて、幸いをもたらしてくれると告げられてきました。

 And yet it seems as if this is not so.
 ところが、まるでそれは本当ではないように思えています。

 Good in disaster's form is difficult to credit in advance.
 災い転じて福と成すということがあるとしても、それを前もって信用するのは難しいものです。

 Nor is there really sense in this idea.
 それに、こんなふうに考えることは、実際は意味をなしません。

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7. Why should the good appear in evil's form?
 どうして、善なるものが害悪や不幸の形をとって現われなければいけないのでしょうか。

 And is it not deception if it does?
 それに、もしそのように現われるとすれば、それは誤魔化しではないでしょうか。

 Its cause is here, if it appears at all.
 いやしくも、それが現われるとすれば、その原因はここにあるはずです。

 Why are not its effects apparent, then?
 そうだとすれば、どうしてその結果は明らかではないのでしょうか。

 Why in the future?
 どうして未来のことになるのでしょうか。

 And you seek to be content with sighing, and with "reasoning" you do not understand it now, but will some day.
 それでも、あなたはため息をつきながら、今は理解できないとしても、いつの日にか理解できるようになるだろうという「理性的判断」をすることで納得しようとします。

 And then its meaning will be clear.
 その時が来たら、きっとその意味が明らかになるだろう、と。

 This is not reason, for it is unjust, and clearly hints at punishment until the time of liberation is at hand.
 しかし、こんなことは理性的判断などではありません。なぜなら、それは不公平だし、明らかに、解放の時が近づくまでは罰を受けうること暗黙の前提にしているからです。

 Given a change of purpose for the good, there is no reason for an interval in which disaster strikes, to be perceived as "good" some day but now in form of pain.
 善なるもののために目的が変更されたのであれば、今は苦痛の形をとってはいても、いつの日にか「善」となるものとして、災難に見舞われる時間的間隔を知覚すべき理由などどこにもありません。

 This is a sacrifice of now, which could not be the cost the Holy Spirit asks for what He gave without a cost at all.
 こんなことは今を犠牲にすることです。このような犠牲が、何の見返りもなしに与えたものに対して聖霊が求める代価であるはずがありません。



8. Yet this illusion has a cause which, though untrue, must be already in your mind.
 しかし、この錯覚には原因があり、その原因は真実ではないにもかかわらず、すでにあなたの心の中にあるに違いありません。

 And this illusion is but one effect that it engenders, and one form in which its outcome is perceived.
 そして、この錯覚は単にその原因が引き起こすひとつの結果であり、その原因の結果がひとつの形として知覚されるものでしかありません。

 This interval in time, when retribution is perceived to be the form in which the "good" appears, is but one aspect of the little space that lies between you, unforgiven still.
 天罰がいずれその中に「よいこと」が現われてくる形として知覚されるこの時間の中の間隔は、単に、あなたたちの間にあるいまだに赦されていないわずかな空間の別の側面にすぎません。

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9. Be not content with future happiness.
 未来の幸せに甘んじてはなりません。

 It has no meaning, and is not your just reward.
 未来の幸福になど何の意味もないし、それはあなたにふさわしい報いではありません。

 For you have cause for freedom now.
 なぜなら、あなたには今自由になる正当な理由があるからです。

 What profits freedom in a prisoner's form?
 囚人の身のまま解放されたところで、それに何の益があるというのでしょうか。

 Why should deliverance be disguised as death?
 なぜ、解放が死の仮面を被らなければならないのでしょうか。

 Delay is senseless, and the "reasoning" that would maintain effects of present cause must be delayed until a future time, is merely a denial of the fact that consequence and cause must come as one.
 遅らせることに意味などありません。そして、今ある原因の結果を未来の時間にまで遅らせる必要があると主張する「理性的判断」は、ただ単に、結果とその原因は必ずひとつのものとして生じるという事実を否認しているだけです。

 Look not to time, but to the little space between you still, to be delivered from.
 そこから解放されるために、時間ではなくて、あなたたちの間に依然としてあるわずかな空間を見てください。

 And do not let it be disguised as time, and so preserved because its form is changed and what it is cannot be recognized.
 そして、そのわずかな空間が時間のふりをして自らをそのまま保持しようとするのを容認しないようにしなさい。さもなければ、そのわずかな隙間は形を変えて、それが何なのか見分けがつかなくなってしまうからです。

 The Holy Spirit's purpose now is yours.
 いまや、聖霊の目的はあなたの目的なのです。

 Should not His happiness be yours as well?
 そうであるなら、当然に、聖霊の幸福はあなたのものでもあるということにならないでしょうか。


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