T11-4 神の子が受け継いでいるもの

テキスト第11章(神かエゴか) 0

今回は、テキスト第十一章から、「神の子が受け継いでいるもの」という一節をご紹介します。



神の子が神から相続したものは、自分自身であると同時に自分が所有するものでもある王国そのものです。

神が創造した光は神と一体のものです。

神は実在するすべてであり、従って、神の子は実在すべてを受け継いでいます。

それなのに、神の子は、分離幻想を抱いて、自分が何者かを忘れ、幻想の世界を作り出し、自分を分裂させて、世界の中に無数の人間というアバターを作り出して、自分を分裂したアバターに同一化させています。

したがって、神の子は神からすべてを受け継いだまま、すべてであり、すべてを持ってはいるのですが、そのことを忘れて、本当の自分を忘れて卑小な生き物となり、自分は欠乏していると信じて自分自身の一部たちと競い合って敵対して争っています。

「4. Only you can deprive yourself of anything.
 あなた自身から何かを奪って欠乏させることができるのは、ただあなただけです。

 Do not oppose this realization, for it is truly the beginning of the dawn of light.
 これを理解することに抵抗してはなりません。なぜなら、これを理解することで真に光が姿を現しはじめるからです。

 Remember also that the denial of this simple fact takes many forms, and these you must learn to recognize and to oppose steadfastly, without exception.
 もうひとつ覚えておいてほしいのは、あなた以外の誰も何かをあなたから奪うことはできないというこの単純な事実の否認は、さまざまな形をとって現れてくるということです。だから、あなたはそれらの発現形態をしっかりと見極めて、例外なく、断固として反対することを学ばなければなりません。

 This is a crucial step in the reawakening.
 これは再び目覚めるうえで、決定的に重要な一歩です。」



さて、5.では、次のように、他者非難と自己非難は表裏一体でいずれもエゴを守ることなので、自己非難を含めて、非難そのものを捨て去る必要があると語られます。

5.「That is why blame must be undone, not seen elsewhere.
 それゆえに、どこか別に責める当てを探すのではなく、非難すること自体を取り消す必要があるのです。

 Lay it to yourself and you cannot know yourself, for only the ego blames at all.
 非難を自分自身に向けると、あなたは自分自身を知ることができなくなります。なぜなら、そもそも非難というものはエゴにしかできないからです。

 Self-blame is therefore ego identification, and as much an ego defense as blaming others.
 したがって、自己非難は、自分をエゴと同一視することであり、他者を非難することに劣らず、エゴを守ることなのです。」

両者が表裏一体なのは、外面は内面の投影ゆえに外と内には何の相違もないからだということです。

4.「It is difficult at first to realize that this is exactly the same thing, for there is no distinction between within and without.
 外側と内側には何の相違もないがゆえに、外に責任を問うことと内に責任を抱えこむことはまったく同じことなのだと理解するのは、最初のうちはなかなか難しいものです。」

他者がアバターであるとは容易に理解できても、自分も同じように一アバターでしかなく、物語の登場人物と同じような架空の存在にすぎないということは簡単には受け入れられません。

けれど、実は、この自分だけは実在するという感覚がエゴという狂気そのものです。

すべての人がエゴに感染して、自分や兄弟というアバターはみな、独自の思考をしているというつもりになって暴走している状態にあります。

これは、パソコンにウィルス等のマルウェアが侵入して本来想定されていない不正で有害な動作をしている状態、身体の一部の左腕が麻痺したり脳からの指示とは違う運動反応をしたりする状態です。

この集団感染状態は、自分だけは実在し、神聖で、悪くない、実在せず、不浄で悪いのは他者だという観念による自動投影によって、スパムメールのように、この観念そのものを勝手に自己複製して転送して拡散することによって拡大、発展、維持されています。

浅薄な理解で他者非難だけはやめて無自覚に自己非難を維持した状態は、依然としてエゴに感染された状態のままで、いつでも投影システムが作動しうる点はもちろん、そもそもエゴが心の支配権を握りしめて手放していない点で、キリストが心の中に復活することができないようにしている点では、まったく聖霊に心の支配を委ねていると言えません。

自分のことを架空のキャラクターとみなす方法は、自分というアバターへの肩入れ具合を軽減、解消するうえで役に立つかもしれません。

「7. At God's altar Christ waits for the restoration of himself in you.
 神の祭壇において、キリストはあなたの中に自らが復活するときを待っています。

 God knows his Son as wholly blameless as himself, and he is approached through the appreciation of his Son.
 神は、わが子が神自身と同じように、まったく非難される余地のないものだと知っています。だから、神の子の真価を認めることによって神に近づくことができます。

 Christ waits for your acceptance of him as yourself, and of his wholeness as yours.
 キリストは、あなたがキリストを自分自身として受け入れ、キリストの完全性を自らの完全性として受け入れてくれるのを待っています。

 For Christ is the Son of God, Who lives in his Creator and shines with his glory.
 というのは、キリストは自らの大いなる創造主の中に生き、自らの創造主の栄光に輝く神の子だからです。」



テキスト第十一章

IV. The Inheritance of God's Son
四 神の子が受け継いでいるもの



1. Never forget that the Sonship is your salvation, for the Sonship is your self.
 みんな神の子として一体であることがあなたの救いだということを決して忘れないでください。というのは、全体としての神の子が、あなたの真の自己だからです。

 As God's creation it is yours, and belonging to you it is his.
 神が創造したものであるがゆえに、その真の自己はあなたのものです。そして、あなたのものであるがゆえに、その真の自己は神のものでもあります。

 Your self does not need salvation, but your mind needs to learn what salvation is.
 あなたの真の自己には救済など必要ありません。しかし、あなたの小さな心は、救済とは何なのかを学ぶ必要があります。

 You are not saved from anything, but you are saved for glory.
 あなたは何かから救い出されるわけではありません。そうではなく、あなたは栄光を得るために救われるのです。

 Glory is your inheritance, given you by your creator that you might extend it.
 栄光は、あなたが栄光拡張できるようにと、あなたの創造主によってあなたに授けられたものであり、栄光こそ、あなたが受け継いでいるものだからです。

 Yet if you hate part of your Self all your understanding is lost, because you are looking on what God created as yourself without love.
 しかし、もしあなたが自分の大いなる自己の一部でも憎むなら、あなたの理解はすべて失われてしまいます。なぜなら、あなたは、神があなた自身として創造してくれたものを愛をこめずに見ているからです。

 And since what he created is part of him, you are denying him his place in his own altar.
 そして、神が創造したものは神を構成する部分なのだから、もしあなたが自分の大いなる自己の一部でも憎むなら、あなたは、神自身の祭壇の中での神の居場所を神に与えずにいることになります。



2. Could you try to make God homeless and know that you are at home?
 神を家なきものにしようとしておきながら、そんなあなたに自分がわが家にいると知ることができるでしょうか。

 Can the Son deny the Father without believing that the Father has denied him?
 父が自分を拒絶したと信じることなくして、子に大いなる父を拒絶することなどできません。

 God's laws hold only for your protection, and they never hold in vain.
 神の法は、ただあなたを保護するためにのみ効力を有するのだから、その神の法が無効になることは決してありません。

 What you experience when you deny your Father is still for your protection, for the power of your will cannot be lessened without the intervention of God against it, and any limitation on your power is not the Will of God.
 あなたが大いなる父を拒絶するときにあなたが体験することでさえ、なおも、あなたを保護するためのものなのです。というのも、あなたの意志の力は、神がそれに反して介入しないかぎり減ずることはありえず、わずかでもあなたの力を制限することは神の意志ではないからです。

 Therefore, look only to the power that God gave to save you, remembering that it is yours because it is his, and join with your brothers in his peace.
 したがって、神があなたを救うために授けてくれた力だけを信頼して、その力は神の力であるがゆえに、あなたの力でもあることを思い出して、神の平安の中であなたの兄弟たちとひとつに結ばれなさい。

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3. Your peace lies in its limitlessness.
 あなたの平安は、それがまったく制限のないものであることの中にこそ見出すことができます。

 Limit the peace you share, and your self must be unknown to you.
 あなたたちが共有する平安を制限するなら、あなたたちには本当の自分が何なのかわからなくなってしまうはずです。

 Every altar to God is part of you, because the light he created is one with him.
 神が創造した光は神とひとつのものなのだから、神を祀るすべての祭壇はあなたの一部なのです。

 Would you cut off a brother from the light that is yours?
 兄弟の光はあなたのものになるというのに、あなたはその光から兄弟を切り離そうというのでしょうか。

 You would not do so if you realized that you can darken only your own mind.
 もしあなたがそんなことをしても、ただ自分自身の心を暗くすることにしかならないと理解したなら、あなたは神が創造した光から兄弟を切り離そうとはしないはずです。

 As you bring him back, so will you return.
 あなたが兄弟を連れ戻すとき、あなたも戻ることになります。

 That is the law of God, for the protection of the wholeness of his Son.
 それこそが、神の子全体を完全な状態のままに守るための神の法です。



4. Only you can deprive yourself of anything.
 あなた自身から何かを奪って欠乏させることができるのは、ただあなただけです。

 Do not oppose this realization, for it is truly the beginning of the dawn of light.
 これを理解することに抵抗してはなりません。なぜなら、これを理解することで真に光が姿を現しはじめるからです。

 Remember also that the denial of this simple fact takes many forms, and these you must learn to recognize and to oppose steadfastly, without exception.
 もうひとつ覚えておいてほしいのは、あなた以外の誰も何かをあなたから奪うことはできないというこの単純な事実の否認は、さまざまな形をとって現れてくるということです。だから、あなたは形に惑わされずにそれが否認である見抜いて、例外なく、断固として反対することを学ばなければなりません。

 This is a crucial step in the reawakening.
 これは再び目覚めるうえで、決定的に重要な一歩です。

 The beginning phases of this reversal are often quite painful, for as blame is withdrawn from without, there is a strong tendency to harbor it within.
 往々にして、このように考え方を逆転する初期の段階は、実に苦痛に満ちた期間になりがちです。なぜなら、それまで外側に向けていた非難を引っこめるにつれ、その非難を自分自身の内側に抱えこんでしまう傾向が強くなるからです。

 It is difficult at first to realize that this is exactly the same thing, for there is no distinction between within and without.
 外側と内側には何の相違もないがゆえに、外に責任を問うことと内に責任を抱えこむことはまったく同じことなのだと理解するのは、最初のうちはなかなか難しいものです。

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5. If your brothers are part of you and you blame them for your deprivation, you are blaming yourself.
 もしあなたの兄弟たちがあなたの一部であり、あなたが自分の欠乏状態について兄弟を責めるなら、あなたは自分自身を咎めているのです。

 And you cannot blame yourself without blaming them.
 そして、あなたは、自分自身を責めるなら、兄弟たちを責めずにはいられません。

 That is why blame must be undone, not seen elsewhere.
 それゆえに、どこか別に責める当てを探すのではなく、非難すること自体を取り消す必要があるのです。

 Lay it to yourself and you cannot know yourself, for only the ego blames at all.
 非難を自分自身に向けると、あなたは自分自身を知ることができなくなります。なぜなら、そもそも非難というものはエゴにしかできないからです。

 Self-blame is therefore ego identification, and as much an ego defense as blaming others.
 したがって、自己非難は、自分をエゴと同一視することであり、他者を非難することに劣らず、エゴを守ることなのです。

 You cannot enter God's presence if you attack his Son.
 もしあなたが神の子を攻撃するなら、あなたは神の臨在に入ることができません。

 When his Son lifts his voice in praise of his Creator, he will hear the Voice for his Father.
 神の子が声高く自らの大いなる創造主を賛えるとき、彼は父を代弁する大いなる声を聞くことになります。

 Yet the Creator cannot be praised without his Son, for their glory is shared and They are glorified together.
 しかし、大いなる創造主は、神の子がいなければ讃えられることができません。なぜなら、創造主と神の子の栄光は分かち合われており、彼らは一緒にその栄光を讃えられるものだからです。



6. Christ is at God's altar, waiting to welcome his Son.
 キリスト神の祭壇にいて、神の子を歓迎しようと待ち受けています。

 But come wholly without condemnation, for otherwise you will believe that the door is barred and you cannot enter.
 ただし、神の祭壇には、完全に咎めることのない状態で来てください。というのは、そうしないと、あなたは扉には閂が掛かっていて、自分は中に入れないと信じてしまうからです。

 The door is not barred, and it is impossible that you cannot enter the place where God would have you be.
 その扉には閂など掛けられてはいないし、神があなたに居させようと意図するところに、あなたが入れないはずがありません。

 But love yourself with the Love of Christ, for so does your Father love you.
 ただ自分自身をキリストの大いなる愛をもって愛しなさい。というのも、あなたの大いなる父も同じようにして、あなたを愛しているからです。

 You can refuse to enter, but you cannot bar the door that Christ holds open.
 あなたは中に入るのを拒むことはできますが、あなたにはキリストが開いたままにしている扉に閂を掛けることはできません。

 Come unto me who hold it open for you, for while I live it cannot be shut, and I live forever.
 その扉をあなたのために開いている私の許に来てください。なぜなら、私が生きているかぎり、その扉が閉ざされることはありえないのであり、そして、私は永遠に生きているからです。

 God is my life and yours, and nothing is denied by God to his Son.
 神は私の生命であり、あなたの生命でもあります。そして、神はわが子に何も拒みません。

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7. At God's altar Christ waits for the restoration of himself in you.
 神の祭壇において、キリストはあなたの中に自らが復活するときを待っています。

 God knows his Son as wholly blameless as himself, and he is approached through the appreciation of his Son.
 神は、わが子が神自身と同じように、まったく非難される余地のないものだと知っています。だから、神の子の真価を認めることによって神に近づくことができます。

 Christ waits for your acceptance of him as yourself, and of his wholeness as yours.
 キリストは、あなたがキリストを自分自身として受け入れ、キリストの完全性を自らの完全性として受け入れてくれるのを待っています。

 For Christ is the Son of God, Who lives in his Creator and shines with his glory.
 というのは、キリストは自らの大いなる創造主の中に生き、自らの創造主の栄光に輝く神の子だからです。

 Christ is the extension of the Love and the loveliness of God, as perfect as his Creator and at peace with him.
 キリストこそ、神の大いなる愛と神の素晴らしさの拡張であり、自らの創造主と同じように完璧であり、創造主とともに平安のうちにあります。



8. Blessed is the Son of God whose radiance is of his Father, and whose glory he wills to share as his Father shares it with him.
 その輝きがその大いなる父に由来し、そして、大いなる父が自らと栄光を分かち合ってくれているように、自らの栄光を他者と分かち合うことを意図する神の子は祝福されています。

 There is no condemnation in the Son, for there is no condemnation in the Father.
 神の子には咎める思いは一切ありません。なぜなら、大いなる父の中には一切の非難が存在しないからです。

 Sharing the perfect Love of the Father the Son must share what belongs to him, for otherwise he will not know the Father or the Son.
 父の完璧な大いなる愛を分かち合っているのだから、神の子は父に属するものを分かち合わなければなりません。そうしないと、神の子は、父のことも子のことも知ることができないからです。

 Peace be unto you who rest in God, and in whom the whole Sonship rests.
 神の中に安らぎ、自らの中で、神の子みんなに安息を与える存在であるあなたに平安がありますように。


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 松山 健 Matsuyama Ken
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