T6-5 聖霊のレッスン

2015年01月22日
テキスト第6章(愛のレッスン) 0

Since only God exists, and everything else is an illusion, then the effects of lovelessness are only happening within the ego’s hallucination.
神だけが存在し、それ以外のものはすべて幻想なのですから、愛がないことによって生じる結果はエゴの幻覚の中で起きているにすぎないということになります。

The word sin means loveless perception.
罪という言葉は、愛のない知覚を意味します。

It is an archery term.
それは弓道の用語です。

It means “you missed the mark.”
それが意味するのは「的を外した」ということです。

So God isn’t angry at our sins because they’re not really happening.
罪というのは実際には起きていないのですから、神は私たちの罪を怒っているということはありません。

He doesn’t see sins, but only errors in perception.
神に見えるのは罪ではなく、誤った認識だけなのです。

He doesn’t want to punish us, but to heal us.
神は私たちを罰したいのではなく、癒したいのです。

The way He heals us is through a force of conciousness called the Holy Spirit.
神が私たちを癒すとき、聖霊と呼ばれる意識の力を使います。



Williamson, Marianne. A Return to Love
マリアン・ウィリアムソン(「愛への帰還」61ページ)





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今回は、テキスト第六章から「聖霊のレッスン」という一節をご紹介します。


聖霊のレッスンすべてに通じる基本姿勢

つぎの喩えに、聖霊のレッスンのスタンスが明確に示されています。

「2. How can you wake children in a more kindly way than by a gentle Voice that will not frighten them, but will merely remind them that the night is over and the light has come?
 子供たちを怖がらせないような穏やかな声で、ただ『夜が明けて、もうお日さまが出てるよ』と気づかせてあげるよりも優しい起こし方があるでしょうか。

 You do not inform them that the nightmares that frightened them so badly are not real, because children believe in magic.
 子供たちは現に魔法を信じこんでいるのですから、あなたがなすべきなのは、子供たちに、自分たちをひどく怖がらせていた悪夢は現実ではないと知らせることではありません。

 You merely reassure them that they are safe now.
 あなたはただ単に、子供たちに、もう自分は安全なのだと安心させてあげればよいのです。

 Then you train them to recognize the difference between sleeping and waking, so they will understand they need not be afraid of dreams.
 そのあとで、あなたから子供たちに、眠っているときと目覚めているときの違いを区別できるように教えてあげればよいのです。そうすれば、子供たちも、夢を怖がる必要はないと理解するようになります。

 And so when bad dreams come, they will themselves call on the light to dispel them.
 そうすれば、子供たちは、悪夢を見てもすぐに、自分から光にそんな夢を追い払ってほしいと頼むようになるでしょう。」

「Consider the fear and confusion a child would experience if he were told, "Do not do this because it will hurt you and make you unsafe; but if you do that instead, you will escape from harm and be safe, and then you will not be afraid. "
 たとえば、もし子供が『そんなことをしちゃ駄目でしょう。そんなことをしたら、あなたが怪我をしたり、危ない目に遭うことになるから。でも、その代わりに、こんなふうにすれば、危ない目に遭わないで無事でいられるし、怖がらずに済むからいいんだよ。』などと言われたら、その子がどんなに混乱して怖い思いをするかよく考えてみてください。

 It is surely better to use only three words: "Do only that!"
 そんなことよりも、ただ一言、『これだけをやりなさい!』と言ってあげたほうがずっとよいのです。」




正しさにこだわり理屈っぽいのはエゴ

聖霊は、間違いを並べ立てて生徒を怯えさせるようなことはしません。

御託を並べたがって理屈っぽいのはエゴのほうです。

聖霊のスタンスは、目的からの逆算です(T17-6 目的地を設定してください)。

聖霊の出発点は真理であり、真理から演繹的に働きます。

到達すべき目的地を設定済なので、どれほどルートを外れて寄り道しようが、最終的には必ず目的地に到達します。

これに対して、真理という基盤を持たず根なし草のように漂うことしかできないエゴは、経験から学び見出した原理原則や法則を真理として仮定して使ってみながらPDCAサイクルを回して試行錯誤で精緻化、体系化して帰納的に働くことしかできません。

基盤が真理ではないので、間違いのない原理や法則に則っているつもりでも、エゴの信奉する原理原則は、特定の領域でのみ通用するローカル・ルールでしかないので、いざというときに基盤が崩れて原理原則は役立たずになり、到達寸前に思えていた目的地は幻だとわかり、また別の目的地を探してという永遠の探索が続くだけです。


聖霊はシンプルで寛容

聖霊のシンプルなスタンスの基礎には、そもそも、私たちに必要な救済というものが、宇宙規模のたいそうな大仕事に見えてはいても、永遠の世では、すでに完了済みの事実をただありのまま承認するだけの素朴な仕組み、単に想像上の制限を取っ払うだけのことだという事実があります。

もし救済がたとえ困難を乗り越えて突き進んでも、はたして達成できるかどうかも疑わしい新規事業であったとしたら、入念に下調べをしてあらゆるリスクを想定した計画を練りに練って、慎重なうえにも慎重に実行に取り掛かるべきということになるでしょう。

しかし、すでに完了済みで単にそれに気づかない誤解を解くことが必要なだけというシンプルな理屈だとすれば、まずは、もう大丈夫だという結論を示して安心させることが肝要です。

こうしてもらわないことには、学ぶ側は、成功するかどうかもわからない見込み薄の大博打を打たなければならないのだと信じて、大いなる探索に向けて意気込みはしても、不安や恐怖にさらされて、遅々として学習は進まなくなってしまいます。

さらに、もし救済がこれから挑戦する新規事業だったとしたら、はたしてこの手段がうまく役立つだろうかという疑惑があり、試行錯誤するしかなくなりますが、こうすればよいという手段が原理上はっきりしているなら、最初から理屈はどうあれ、こうすれば役に立つよと手段も提示してあげるほうが、実践して成果を上げることで、その手段が本当に本当に使えるということを学べます。

理論的なことを学んでより成果が上がるよう工夫するのは、手段を実践していく中でより学びたいという意欲が出てからで十分です。




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テキスト第六章

V. The Lessons of the Holy Spirit
五 聖霊のレッスン



1. Like any good teacher, the Holy Spirit knows more than you do now, but He teaches only to make you equal with Him.
 どんな優れた教師もそうであるように、聖霊は今あなたが知っている以上のことを知っています。しかし、聖霊が教えるのは、ただあなたを聖霊自身と同等にするためだけです。

 You had already taught yourself wrongly, having believed what was not true.
 真実ではないことを信じこんでしまったせいで、あなたはすでに自分自身に間違って教えてしまっています。

 You did not believe in your own perfection.
 あなたは自分が完全であることを信じなかったのです。

 Would God teach you that you had made a split mind, when He knows your mind only as whole?
 神は完全なものとしてしかあなたの心を知らないというのに、その神があなたに、あなたは分裂した心を作り出してしまったのだと教えようとなどするでしょうか。

 What God does know is that His communication channels are not open to Him, so that He cannot impart His joy and know that His children are wholly joyous.
 神が知っているのは、神とのコミュニケーションの経路が神に向けて開かれていないせいで、神が自らの喜びを神の子供たちに分け与えて彼らが完全な喜びに満たされるのを知ることができなくなっているということです。

 Giving His joy is an ongoing process, not in time but in eternity.
 神が自身の喜びを与えることは、時間の中でではなく、永遠の中で現に続いているプロセスです。

 God's extending outward, though not His completeness, is blocked when the Sonship does not communicate with Him as one.
 神の子全体がひとつのものとして神とのコミュニケーションを行わないとき、神の完全さが損なわれてしまうことはないにしても、神が外へ向けて拡張することは妨げられてしまいます。

 So He thought, "My children sleep and must be awakened."
 そこで、神は「私の子供たちが眠りこんでいるので、目覚めさせなければいけない」と考えたのです。



2. How can you wake children in a more kindly way than by a gentle Voice that will not frighten them, but will merely remind them that the night is over and the light has come?
 子供たちを怖がらせないような穏やかな声で、ただ「夜が明けて、もうお日さまが出てるよ」と気づかせてあげるよりも優しい起こし方があるでしょうか。

 You do not inform them that the nightmares that frightened them so badly are not real, because children believe in magic.
 子供たちは現に魔法を信じこんでいるのですから、あなたがなすべきなのは、子供たちに、自分たちをひどく怖がらせていた悪夢は現実ではないと知らせることではありません。

 You merely reassure them that they are safe now.
 あなたはただ単に、子供たちに、もう自分は安全なのだと安心させてあげればよいのです。

 Then you train them to recognize the difference between sleeping and waking, so they will understand they need not be afraid of dreams.
 そのあとで、あなたから子供たちに、眠っているときと目覚めているときの違いを区別できるように教えてあげればよいのです。そうすれば、子供たちも、夢を怖がる必要はないと理解するようになります。

 And so when bad dreams come, they will themselves call on the light to dispel them.
 そうすれば、子供たちは、悪夢を見てもすぐに、自分からそんな夢を追い払うために光を求めるようになるでしょう。

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3. A wise teacher teaches through approach, not avoidance.
 賢明な教師は、課題を回避させるのではなく、課題に取り組ませることを通じて教えます。

 He does not emphasize what you must avoid to escape from harm, but what you need to learn to have joy.
 賢明な教師は、危害を免れるためにあなたが避けるべきことを強調するのではなく、喜びを得るためにあなたが学ぶべきことを強調します。

 Consider the fear and confusion a child would experience if he were told, "Do not do this because it will hurt you and make you unsafe; but if you do that instead, you will escape from harm and be safe, and then you will not be afraid. "
 たとえば、もし子供が「そんなことをしちゃ駄目でしょう。そんなことをしたら、あなたが怪我をしたり、危ない目に遭うことになるから。でも、その代わりに、こんなふうにすれば、危ない目に遭わないで無事でいられるし、怖がらずに済むからいいんだよ。」などと言われたら、その子がどんなに混乱して怖い思いをするかよく考えてみてください。

 It is surely better to use only three words: "Do only that!"
 そんなことよりも、ただ一言、「これだけをやりなさい!」と言ってあげたほうがずっとよいのです。

 This simple statement is perfectly clear, easily understood and very easily remembered.
 このように簡単に言えば、それは実にはっきりしてわかりやすいし、とても簡単に思い出すことができます。



4. The Holy Spirit never itemizes errors because He does not frighten children, and those who lack wisdom are children.
 聖霊は、決して誤りを並べ立てるようなことはしません。なぜなら、聖霊は子供たちを怖がらせるようなことはしないし、英知に欠ける者たちは、まさに子供のようなものだからでです。

 Yet He always answers their call, and His dependability makes them more certain.
 しかし、聖霊は、彼らの呼びかけには必ず答えてくれるので、聖霊の頼り甲斐のある信頼感が、彼らにより確信を抱かせてくれます。

 Children do confuse fantasy and reality, and they are frightened because they do not recognize the difference.
 子供たちが空想と現実とを混同してしまっているのは確かです。そして、子供たちは、空想と現実の違いを見分けることができないからこそ怯えているのです。

 The Holy Spirit makes no distinction among dreams.
 聖霊は、ある夢と別の夢との間に区別をつけるようなことはしません。

 He merely shines them away.
 聖霊は、ただ光でそれらの夢を消し去るだけです。

 His light is always the Call to awaken, whatever you have been dreaming.
 たとえあなたがどんな夢を見ていようとも、聖霊の光は、いつでも目覚めるようにとの呼びかけです。

 Nothing lasting lies in dreams, and the Holy Spirit, shining with the light from God Himself, speaks only for what lasts forever.
 夢の中には永続するものなど何ひとつありません。そして、神自身から来る光で輝いている聖霊は、ただ永遠に続くもののみを代弁するのです。


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It’s not how much we give, but how much love we put into giving. – Mother Teresa

 松山 健 Matsuyama Ken
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