T8-3 聖なる出会い

テキスト第8章(戻りの旅路) 0

今回はテキスト第八章から、「聖なる出会い」という一節をご紹介します。




「聖なる出会い」とは、誰と誰の出会いでしょうか?

私たちは、自分は世俗にまみれて神聖さとは縁遠い存在だと思っているので、自分が聖なる出会いを果たすとしたら、悟りを開いて俗世のしがらみから解放された聖者と邂逅し、聖者が持っている神聖さのおこぼれに与かることによって自分の内なる聖性が引き出されて輝き出すような出会いをイメージします。

しかし、本節では、そうではなく、「聖なる出会い」とは、すべての人との出会いを意味するということが述べられます。

むしろ、世間が褒めそやす聖人に目をかけてもらうことで自分が神聖になるように感じるなら、そのスタンスこそ、エゴに自分の許から立ち去らずにずっと自分と一緒に居てくれるよう引き留めようと丁重にエゴをもてなすものであり、仮に出会うその人が真に目覚めた聖者であったとしても、彼との出会いで得るものはエゴの増長と自己満足だけに終わるでしょう。

すべての人が兄弟であり、どの人にも同じひとつの聖霊が宿るという真理を知るには、すべての人との出会いを神聖なものと見る姿勢が不可欠です。

一見すると、このスタンスは偽善で上塗りされた綺麗事で、現実を無視して感覚を麻痺させる誤魔化しのように思えるかもしれません。

しかし、これは少しも偽善的な欺瞞ではありません。

私たち自身の身体の内部世界を思ってみましょう。

身体を国家、細胞を国民と見るとして、身体の支配者である魂は、はたして肛門の細胞は下賤な汚れ仕事を担う不可触選民で脳細胞は高貴で重要な仕事を果たす上級国民だという差別をして、肛門の細胞たちをないがしろにしたりするでしょうか?

むしろ、みんなのためにたいへんな仕事を文句ひとつこぼすことなく粛々とこなしてくれていることに深い感謝の念を覚えるのではないでしょうか?

これに対しては、本来の役目をきっちり果たしている肛門細胞は確かに偉いし、尊重すべきかもしれない。でも、怠惰に脂肪分をため込んで飽食のかぎりを尽くしているお腹の皮下組織の細胞や、病んでしまって本来の働きを果たさなくなった細胞、それどころか、間違った働きをしてほかの細胞たちに迷惑をかけている細胞はどうなんだ?
自己免疫疾患で自衛隊が自国民を攻撃し始めるような状態や癌細胞が反政府グループがシンパを全国に増やそうとするように、リンパ節転移をはじめたような状態でも同じだと言えるのか?そんな罪深い奴らは外科手術で切除して粛清してやるしかないはずだ。
という更なる疑念も出てくるかもしれません。

たしかに、間違った指令を受けて暴走し始めた免疫機構や広がったがん細胞たちは、もはや害悪をもたらすばかりの存在になってしまっています。

けれど、単純に、彼らを抹殺して除去しさえすればよいゾンビであり、健常な細胞とは無縁の悪だと割り切れば問題は解決するでしょうか。

身体の治療で場合によっては切除手術等のドラスティックな方法が必要となり、それが奏功することは確かですし、同じ理屈は細胞を人に置き換えて考えた場合にもあてはまる場合もあるでしょう。

しかし、自己免疫疾患であれ癌であれ、それらの病いが何の意味もなく生じることはありえません。

暴走した白血球や反逆を始めた癌細胞たちは、攻撃を通して助けを求めて哀願しているのであり、身体機構のどこかに愛が欠ける状態が生じてしまっていることを必死に知らせようとしています。

それなのに、単に悪者扱いして切り捨てるというその場しのぎの対症療法のみでの対応で終わらせたのでは、その場では寛解しても、いずれまた同じ病根が芽を吹き出して再発することになるでしょう。これがまさに投影であることは容易に理解できるでしょう。

この意味で、健常な細胞からすれば、邪悪な存在に成り下がった敵にしか見えないとしても、自分たちに大切なメッセージを捨て身で伝えようとしてくれている神聖な兄弟なのだということがいえます。


このように、自分の体の一部のこととして考えてみれば、容易にその働きの尊さ、存在の神聖さに気づくことができるのに、神の子にとっての細胞に相当する自分たちアバター同士の話となると、同じ仕組みがパラレルにあてはまることがわからなくなってしまいます。

こうなるのも、アイデンティティーを抱く対象が全体ではなく個別の部分に限定されるなら視野狭窄を起こしてしまうのもやむを得ないので、仕方がないところではあります。

それでも、自分はこの人間だという自覚に縛られてはいるけれど、細胞と人体、魂の関係性に、自分と世界、神の子の関係性を置き換えてみるとどうだろうという観点を意識することで、自分のアバターの視野の縛りから脱した発想に慣れてゆくことが可能です。



「4. When you meet anyone, remember it is a holy encounter.
 あなたが誰かに会うときには、それが神聖な出会いなのだと思い出してください。

 As you see him you will see yourself.
 あなたがその人を見るように、あなたは自分自身を見ることになります。

 As you treat him you will treat yourself.
 あなたがその人を遇するように、あなたは自分自身を扱うことになります。

 As you think of him you will think of yourself.
 あなたがその人のことをこうだと思うように、あなたは自分自身のことを思うようになります。

 Never forget this, for in him you will find yourself or lose yourself.
 このことを絶対に忘れてはなりません。なぜなら、彼の中において、あなたは自分自身を見出すか、または自分自身を見失うことになるからです。」

他者との出会いはすべて、神聖な出会いなのであり、彼の中に聖霊を見るかエゴを見るかによって、本当の自分を見出すか見失うかが分かれます。

4.では、上の文章に続けて、次のように語られます。

「Whenever two Sons of God meet, they are given another chance at salvation.
 ふたりの神の子が出会うたびに、そのふたりには救済のための新たなチャンスが与えられます。

 Do not leave anyone without giving salvation to him and receiving it yourself.
 相手に救いを与え、自分自身も救いを受け取ることなしに、誰かと別れたりしないでください。

 For I am always there with you, in remembrance of you.
 なぜなら、あなたを忘れることなく、私はいつでもそこにあなたと一緒にいるのですから。」

誰かと会うたびに、そこにイェシュアがいてくれることに気づく機会がもらえるというのです。

これが本当なら、すべての出会いと出会う相手に感謝の念が湧いてくるはずです。



「5. The goal of the curriculum, regardless of the teacher you choose, is "Know thyself. "
 あなたが選ぶ教師がどちらであるかにかかわらず、カリキュラムの目標は『汝自身を知れ』というものです。

 There is nothing else to seek.
 自分自身を知る以外に、求めるべきことなど何もないからです。」

自分自身を知ること、これが奇跡のコースの教えの究極目標です。

この目標に到達するための最大のよすがは、私たちの兄弟です。

5.「The Holy Spirit teaches you that if you look only at yourself you cannot find yourself, because that is not what you are.
 聖霊はあなたに、もしあなたが自分自身だけを見ていたのでは、あなたは自分自身を見つけられないと教えてくれます。なぜなら、あなたが自分だと思っているあなたは、本当のあなたではないからです。

 Whenever you are with a brother, you are learning what you are because you are teaching what you are.
 あなたが兄弟と一緒にいるときはつねに、あなたは真の自分が何者なのか学んでいるのです。なぜなら、そのとき、あなたは自分が何者なのか教えているからです。

 He will respond either with pain or with joy, depending on which teacher you are following.
 あなたと一緒にいるその兄弟は、あなたがエゴと聖霊のいずれの教師に従っているかによって、あなたに苦痛をもって応じるか、あるいは喜びをもって応じるかのいずれかの反応を示します。

 He will be imprisoned or released according to your decision, and so will you.
 その兄弟は、どちらの教師に従うかというあなたの決心次第で、幽閉されるか解放されることになります。このことは、同じようにあなた自身にもあてはまります。」

すべての兄弟は、私たちが目的地である神にたどり着くためのコンパスとなり、道しるべとなり、案内役となってくれます。

その道しるべは、もしかしたら、メンター、導師と仰ぐ優れた人物の助言の形というわかりやすい場合もあるかもしれません。

けれど、多くの場合は、たぶん、自分に害悪をもたらす敵の言動であったり、自分が軽蔑する存在の至らない言動であったり、愛する人との離別等の不遇の形をとっていることでしょう。

そして、それが聖なる出会いだと気づくまでは、その魂にとって学ぶべき課題を携えた同じような人間関係上の問題が、職場、家庭、友人関係等場を変え、時を変えて起こることでしょう。

私たちが出会うすべての人たちとの出会いを聖なる出会いとして完全に生かすことができたなら、その出会いの一つひとつが私たちに、出会う人たちは他人ではなく自分なのだと教えてくれるでしょう。




「6. The Kingdom cannot be found alone, and you who are the Kingdom cannot find yourself alone.
 王国はひとりだけでは見出せません。そして、王国そのものであるあなたは、ひとりきりで自分自身を見出すこともできません。」

王国=神の子=神です。

神をひとりだけで思い出すことはできず、兄弟抜きには神の声を理解し学ぶことができないという仕組みによって万物は保護されているとコースは語ります。

「Join me in hearing.
 一緒に聞くことで私とひとつになってほしい。

 For the Voice for God tells us of things we cannot understand alone, nor learn apart.
 というのも、神に代わって語る大いなる声が、私たちがひとりきりでは理解できず、別々には学べないことを私たちに教えてくれるからだ。

 It is in this that all things are protected.
 私たちが神の声を個別に学ぶことによっては理解できないという仕組みによって、すべての物事は保護されている。

 And in this the healing of the Voice for God is found.
 だから、私たちは一緒に学び理解することによって、神を代弁する大いなる声による癒しを見出すことができる。」(レッスン275「今日、神の癒しの声があらゆるものを守ってくれる」、1.)

自分だけで神を思い出せないというのは、エゴに支配された状態では聖霊の声を聞くことができないことを意味します。



救済はひとりきりではなしえず、他者との関係の中での助け合いを通じてしかなしえないという救いの公式はきわめて重要です。


「2. The light in them shines as brightly regardless of the density of the fog that obscures it.
 病人たちの中にあるは、そのを覆い隠している霧の濃さにかかわらず、燦然とり輝いています。

 If you give no power to the fog to obscure the light, it has none.
 もしあなたがその霧にを覆い隠す力を一切与えなければ、霧は何の力も持ちません。

 For it has power only if the Son of God gives power to it.
 というのも、その霧が力を持つのは、ただ神の子が霧に力を与えるときだけだからです。

 He must himself withdraw that power, remembering that all power is of God.
 神の子は、あらゆる力は神に由来することを思い出し、自分自身で霧に力を与えるのをやめなければなりません。

 You can remember this for all the Sonship.
 あなたは神の子全体のために、このことを思い出すことができます。

 Do not allow your brother not to remember, for his forgetfulness is yours.
 自分の兄弟がそれを思い出さないままでいるのを容認してはなりません。というのも、兄弟の記憶喪失とあなたの記憶喪失は同じものだからです。

 But your remembering is his, for God cannot be remembered alone.
 しかし、神をひとりきりで思い出すことはできないので、神の子が霧に力を与えることで自分たちがひとつであることを忘れていたのだと、あなたが思い出すことによって、その兄弟も自分たちがひとつだと思い出すことになります。

 This is what you have forgotten.
 独力では神を思い出せないことこそ、まさにあなたが忘れてしまっていることです。

 To perceive the healing of your brother as the healing of yourself is thus the way to remember God.
 このようにして、自分の兄弟が癒されることが自分自身が癒されることだと知覚することが、神を思い出す方法なのです。

 For you forgot your brothers with him, and God's Answer to your forgetting is but the way to remember.
 というのも、あなたは神を忘れるのと一緒に自分の兄弟たちも忘れてしまっており、そして、このあなたの忘却に対する神の大いなる答えが、この思い出す方法にほかならないからです。
」(T12-2 神を思い出す方法、2. )




テキスト第八章



III. The Holy Encounter
三 聖なる出会い



1. Glory to God in the highest, and to you because he has so willed it.
 至高なる神に栄光がありますように。そして、神がそう意図したがゆえに、あなたにも栄光がありますように。

 Ask and it shall be given you, because it has already been given.
 求めなさい。そうすれば、あなたに栄光が与えられるでしょう。なぜなら、栄光はすでに与えられているからです。

 Ask for light and learn that you are light.
 を求めなさい。そして、あなたこそがであると学びなさい。

 If you want understanding and enlightenment you will learn it, because your decision to learn it is the decision to listen to the Teacher Who knows of light, and can therefore teach it to you.
 もしあなたが理解し光明を得ることを望むなら、あなたは光を学ぶでしょう。なぜなら、あなたの光を学ぼうとする決心こそが、光を知り、それゆえに、あなたに光について教えることのできる大いなる教師に耳を傾ける決心だからです。

 There is no limit on your learning because there is no limit on your mind.
 あなたの学びにはいかなる限界もありません。なぜなら、あなたの心にはいかなる限界もないからです。

 There is no limit on his teaching because he was created to teach.
 聖霊は教えるために創造されたので、聖霊の教えには限界はありません。

 Understanding his function perfectly he fulfills it perfectly, because that is his joy and yours.
 聖霊は自らの役割を完全に理解しているので、聖霊はその役割を完璧に果たします。なぜなら、自らの役割を完璧に果たすことは聖霊の喜びであり、あなたの喜びでもあるからです。



2. To fulfill the Will of God perfectly is the only joy and peace that can be fully known, because it is the only function that can be fully experienced.
 神の大いなる意志を完璧に成就することこそ、完全に知ることのできる唯一の喜びと平安です。なぜなら、神の大いなる意志を完璧に成就することだけが完全に経験できる唯一の役割だからです。

 When this is accomplished, then, there is no other experience.
 したがって、神の大いなる意志が完璧に成し遂げられたときには、ほかには何も経験することはなくなります。

 Yet the wish for other experience will block its accomplishment, because God's Will cannot be forced upon you, being an experience of total willingness.
 しかし、ほかの経験をしたいという願望が神の大いなる意志の成就を妨げます。なぜなら、神の大いなる意志は、全面的に自発的に意欲する経験であるがゆえに、あなたに神の意志が強制されることはありえないからです。

 The Holy Spirit understands how to teach this, but you do not.
 聖霊はこのことをどのように教えればよいか理解していますが、あなたは理解していません。

 That is why you need him, and why God gave him to you.
 だからこそ、あなたには聖霊が必要なのであり、そのために、神は聖霊をあなたに与えてくれたのです。

 Only his teaching will release your will to God's, uniting it with his power and glory and establishing them as yours.
 ただ聖霊の教えだけが、あなたの意志を神の大いなる意志へと解放し、あなたの意志を神の力と栄光とに結び合わせたうえで、それらをあなたのものとして確立します。

 You share them as God shares them, because this is the natural outcome of their being.
 あなたは、神がその力と栄光を分かち合うように、神の力と栄光を共有しています。なぜなら、それを共有することこそ、神の力と栄光が実在することの当然の帰結だからです。

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3. The Will of the Father and of the Son are One, by Their extension.
 父の大いなる意志と子の意志は、両者が拡張することによってひとつになります。

 Their extension is the result of Their Oneness, holding Their unity together by extending Their joint Will.
 その両者の拡張は、父と子が一体であることの帰結です。そして、父と子の一体性は、両者がひとつに結びついた大いなる意志を拡張することによって、その結びつきが保たれています。

 This is perfect creation by the perfectly created, in union with the perfect Creator.
 これこそ、完全無欠な大いなる創造主との統合の中で、完璧に創造されたものによってなされる完璧な創造です。

 The Father must give fatherhood to his son, because his own fatherhood must be extended outward.
 大いなる父は、神の子に父性を授けているはずです。なぜなら、神が持つ父性は外へ向かって拡張せずにはいられないからです。

 You who belong in God have the holy function of extending his fatherhood by placing no limits upon it.
 神に属するあなたは、それにいかなる制限も課さないことによって神の父性拡張するという神聖な役割を担っています。

 Let the Holy Spirit teach you how to do this, for you can know what it means only of God himself.
 聖霊に、どのようにしてこの役割を果たせばよいか教えてもらいなさい。というのは、この役割が何を意味するのかについては、あなたはただ神自身からしか知ることができないからです。



4. When you meet anyone, remember it is a holy encounter.
 あなたが誰かに会うときには、それが神聖な出会いなのだと思い出してください。

 As you see him you will see yourself.
 それは、あなたがその人を見るように、あなたは自分自身を見ることになるからです。

 As you treat him you will treat yourself.
 あなたがその人を遇するように、あなたは自分自身を扱うことになるからです。

 As you think of him you will think of yourself.
 あなたがその人のことをこうだと思うように、あなたは自分自身のことを思うようになるからです。

 Never forget this, for in him you will find yourself or lose yourself.
 絶対にこのことを忘れてはなりません。なぜなら、あなたは彼の中に自分自身を見出すか、または自分自身を見失うことになるからです。

 Whenever two Sons of God meet, they are given another chance at salvation.
 ふたりの神の子が出会うたびに、そのふたりには救済のための新たなチャンスが与えられます。

 Do not leave anyone without giving salvation to him and receiving it yourself.
 相手に救いを与え、自分自身も救いを受け取ることなしに、誰かと別れたりしないでください。

 For I am always there with you, in remembrance of you.
 なぜなら、あなたを忘れることなく、私はいつでもそこにあなたと一緒にいるのですから。

名称未設定

5. The goal of the curriculum, regardless of the teacher you choose, is "Know thyself. "
 あなたが選ぶ教師がどちらであるかにかかわらず、カリキュラムの目標は「汝自身を知れ」というものです。

 There is nothing else to seek.
 自分自身を知る以外に、求めるべきことなど何もないからです。

 Everyone is looking for himself and for the power and glory he thinks he has lost.
 誰もがみな、自分自身と自分が失ってしまったと思いこんでいる力と栄光を探し求めています。

 Whenever you are with anyone, you have another opportunity to find them.
 あなたが誰かと一緒にいるときはつねに、あなたは自分の探し求めるものを見出す新たな機会を得ているのです。

 Your power and glory are in him because they are yours.
 あなたの力と栄光は、あなたと一緒にいるその人の中にあります。なぜなら、彼の力と栄光はあなたのものだからです。

 The ego tries to find them in yourself alone, because it does not know where to look.
 エゴは、力と栄光をあなた自身だけの中に見つけようとします。なぜなら、エゴはそれらをどこで探せばよいのか知らないからです。

 The Holy Spirit teaches you that if you look only at yourself you cannot find yourself, because that is not what you are.
 聖霊はあなたに、もしあなたが自分自身だけを見ていたのでは、あなたは自分自身を見つけられないと教えてくれます。なぜなら、あなたが自分だと思っているあなたは、本当のあなたではないからです。

 Whenever you are with a brother, you are learning what you are because you are teaching what you are.
 あなたが兄弟と一緒にいるときはつねに、あなたは真の自分が何者なのか学んでいるのです。なぜなら、そのとき、あなたは自分が何者なのか教えているからです。

 He will respond either with pain or with joy, depending on which teacher you are following.
 あなたと一緒にいるその兄弟は、あなたがエゴと聖霊のいずれの教師に従っているかによって、あなたに苦痛をもって応じるか、あるいは喜びをもって応じるかのいずれかの反応を示します。

 He will be imprisoned or released according to your decision, and so will you.
 その兄弟は、どちらの教師に従うかというあなたの決心次第で、幽閉されるか解放されることになります。このことは、同じようにあなた自身にもあてはまります。

 Never forget your responsibility to him, because it is your responsibility to yourself.
 兄弟に対する自分の責任を決して忘れてはなりません。なぜなら、兄弟に対するあなたの責任は、あなた自身に対するあなたの責任だからです。

 Give him his place in the Kingdom and you will have yours.
 その兄弟に王国で彼にふさわしい居場所を与えなさい。そうすれば、あなたも王国に自分の居場所を得るでしょう。



6. The Kingdom cannot be found alone, and you who are the Kingdom cannot find yourself alone.
 王国はひとりだけでは見出せません。そして、王国そのものであるあなたは、ひとりきりで自分自身を見出すこともできません。

 To achieve the goal of the curriculum, then, you cannot listen to the ego, whose purpose is to defeat its own goal.
 ゆえに、自己を知るというカリキュラムの目標を達成するために、あなたはエゴに耳を貸しているわけにはいきません。エゴの目的はエゴ自身の目標の達成を挫くことだからです。

 The ego does not know this, because it does not know anything.
 もっとも、当のエゴは、自分が自分の目標の達成を妨げようとしているとは思いもよりません。なぜなら、エゴは何も知らないからです。

 But you can know it, and you will know it if you are willing to look at what the ego would make of you.
 しかし、あなたは、エゴに耳を貸しているかぎり自己を知ることはないと知ることができます。そして、もしあなたがエゴが自分をどんなものに仕立て上げようとしているか見てみる意欲を持つなら、あなたにもこのことがわかるはずです。

 This is your responsibility, because once you have really looked at it you will accept the Atonement for yourself.
 エゴがあなたをどんなものに作り変えようとしているのか見極めることは、あなたの責任です。なぜなら、いったんエゴが自分をどうしようとしているのか本当に見たなら、あなたは自分自身のために贖罪を受け入れるはずだからです。

 What other choice could you make?
 これ以外に、あなたにどんな選択ができるというのでしょうか。

 Having made this choice you will understand why you once believed that, when you met someone else, you thought he was someone else.
 あなたが自分自身のために贖罪を受け入れるというこの選択をすれば、あなたにも、かつて自分がほかの誰かに会った際に、自分が彼のことを赤の他人だと思い、そう信じたのはなぜだったのかわかってきます。

 And every holy encounter in which you enter fully will teach you this is not so.
 そして、あなたが完全に関わる聖なる出会いの一つひとつがあなたに、あなたの出会う人たちは他人ではなくあなたなのだと教えてくれるでしょう。

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7. You can encounter only part of yourself because you are part of God, Who is everything.
 あなたは、ただ自分自身の一部に出会うことしかできません。なぜなら、あなたはすべてである神の一部だからです。

 His power and glory are everywhere, and you cannot be excluded from them.
 神の力と栄光は至るところにあるので、あなたが神の力と栄光から除外されることなどありえません。

 The ego teaches that your strength is in you alone.
 エゴは、あなたの力はあなたの中にだけあるのだと教えます。

 The Holy Spirit teaches that all strength is in God and therefore in you.
 聖霊は、すべての力は神の中にあり、それゆえに、神の一部であるあなたの中にあるのだと教えてくれます。

 God wills no one suffer.
 神は、誰ひとり苦しまないようにと意図しています。

 He does not will anyone to suffer for a wrong decision, including you.
 神は、あなたを含めた誰のことも、間違った決断をすることで苦しませるつもりはありません。

 That is why he has given you the means for undoing it.
 だから、神は、間違った決断を取り消すための手段をあなたに与えてくれています。

 Through his power and glory all your wrong decisions are undone completely, releasing you and your brother from every imprisoning thought any part of the Sonship holds.
 神の力と栄光を通して、すべてのあなたの間違った決断は完全に取り消されます。それによって、神の子のどの一部であれ、その者が心に宿す閉じこめたい、閉じこもりたいという幽閉の思いのすべてから、あなたと兄弟は解放されることになります。

 Wrong decisions have no power, because they are not true.
 間違った決断は何の力も持ってはいません。なぜなら、間違った決断は真実ではないからです。

 The imprisonment they seem to produce is no more true than they are.
 間違った決断が生み出すように見える幽閉状態は、間違った決断と同じように真実ではないのです。



8. Power and glory belong to God alone.
 力と栄光は、ただ神のみに属しています。

 So do you.
 それと同じように、あなたも神のみに属しています。

 God gives whatever belongs to him because he gives of himself, and everything belongs to him.
 神は、自身に属するどのようなものでも与えてくれます。なぜなら、神は神自身を与えてくれるのであり、そして、一切は神に属しているからです。

 Giving of yourself is the function he gave you.
 あなた自身を捧げることこそ、神があなたに与えた役割です。

 Fulfilling it perfectly will let you remember what you have of him, and by this you will remember also what you are in him.
 この役割を完璧に果たすことで、あなたは自分が神から何を与えられて持っているのか思い出せるし、こうすることによって、あなたは神の中にいる本当の自分が何者なのかも思い出せるようになります。

 You cannot be powerless to do this, because this is your power.
 あなたにこれをなす力がないはずがありません。なぜなら、こうすることこそが、あなたの力だからです。

 Glory is God's gift to you, because that is what he is.
 栄光は、神からあなたへの贈り物です。なぜなら、栄光こそが神の本質だからです。

 See this glory everywhere to remember what you are.
 本当のあなたを思い出すために、神の栄光を至るところに見てください。


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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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ワークブック・パート② (158)
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