T20-8 潔白さのヴィジョン

2015年03月01日
テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) 0

アシタカ

曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める。

アシタカ(「もののけ姫」より)





The only thing worse than being blind is having sight but no vision.
唯一、目が見えないことに劣る災いといえるのは、物事を見る視力は持っているけれど物事を見通して本質を洞察するヴィジョンを持っていないことです。

The most pathetic person in the world is someone who has sight but no vision.
世界で最も哀れな人物は、ものが見えるのにヴィジョンがない人です。



Helen Keller
ヘレン・ケラー




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今回はテキスト第二十章から「潔白さのヴィジョン』という一節をご紹介します。






ヴィジョンによって兄弟の潔白さを見る

前節では、目的と手段の不一致を、神聖な救済という目的にエゴの不浄な目的を割り込ませて揺るがせないことについて述べられました。

神聖な関係の目的も手段も、私たちが作り出すものではなく、与えられるものであり、私たちは求めさえすれば、目的も手段も与えてもらえるのだから、私たちがなすべきことは、兄弟を罪なき者と見ようと望むことだけだということでした。

そうすれば、ヴィジョンが与えられると。

このヴィジョンで眺めることになるのが、私たちの兄弟の潔白さです。


潔白さこそ真の兄弟の姿なので、必要なのは色眼鏡を外すこと

そして、この兄弟の潔白さのヴィジョンは聖霊と分かち合うようにと輝く光の中ですでに私たちに与えられており、平安はそれを真に切望し、聖霊と目的を真摯に分かち合い、救済についての見解が一致するすべての者の許へと訪れるものなので、兄弟を罪なき者として見る意欲を持つことが、ヴィジョンを得る方法ということになります。

兄弟の身体に一切の価値を置くことなく、罪なき神聖な存在として兄弟を見るのです。

手塚治虫先生の火の鳥復活編(マンガペディア)で交通事故で脳の大半を人工頭脳に置き換えられた主人公レオナは人間を含めた生物が無機物の塊に見えるようになり、人のように見えるのはロボットのチヒロだけというエピソードが出てきます。

私たちは、目で見える姿に大いに惑わされますが、レオナのように強制的に姿を一律に無機質なものとして見ざるをえない境遇に追い込まれなくても、今でも、ARメガネで、出会う人すべての顔の上にイエス・キリストの顔が二重映しで見えるように設定できるかもしれませんが、こうすれば、すべての兄弟の中にキリストがいるということを思い出すリマインダーになるかもしれません。


外に何を見るかで自分が神聖さと罪のいずれを選択したかを確認できる

さて、この世界での目的はふたつであり、それは神聖さか罪かのいずれかです。

「10. What has no meaning cannot be perceived.
 何の意味も持たないものを知覚することなどできません。

 And meaning always looks within to find itself, and then looks out.
 だから、意味はつねに、意味それ自体を発見するために内面を見て、そのあとで、外側を見るのです。

 All meaning that you give the world outside must thus reflect the sight you saw within; or better, if you saw at all or merely judged against.
 あなたが外側の世界に与える意味はすべて、このようにして、あなたが自分の内面に見た光景を必ず反映しています。より正確に言うなら、いやしくもあなたが見たのか、それとも、単に否定的な価値判断を下して裁いただけなのかを反映するということです。」

このように、外に何を見るかが私たちが神聖さと罪のいずれを目的にしたかを判定する指標となります。

つまり、兄弟が自分とは切り離された他人であり、さらに自分を攻撃してくる敵であるという状況が見えるなら、私たちは自分が罪を目的に価値判断による裁きを用いているということに気づくことができます。


自覚したりコントロールしたりできなくても心臓や胃は大切な自分であるように他者も大切な自分の分身

これに対して、家族や友人といった親密な関係の人たちだけでなく、生きているうちに接することのないであろう人も含めて、すべての存在について、自分とつながっている存在であるという感覚、自分の身体の中の細胞たちに対して感じる感謝と愛に近い気持ち、さらには、すべてのアバターを介して多様な体験しているのがひとつの私だという自覚を抱いて世界を眺めるなら、私たちは自分が神聖さを目的としてヴィジョンを用いていることに気づくことができます。

実際、自分の身体でも、運動神経・感覚神経系の支配から外れて、意識による命令系統から独立して不随意に動く自律神経系の内蔵器官等について、自分で意識も命令もコミュニケーションもできないからといって自分のものではないというふうには思わないのと同じように、この世界の自分のアバター以外の他の人間や世界も、自分の身体の内蔵と同じくらい自分自身であるというのが本当のところです。

だから、自分に見えている世界が、周囲から容赦のない非難と攻撃にさらされて恐怖の真っただ中で怯えている地獄絵図であったとしても、なすべきことは、じっと耐えて反撃の機会を逃さず報復して自分の力を増大させて他者を征服することではなく、ただ罪から神聖さへと目的を変え、その目的に罪や不浄さが入り込むのを容認しないで目を光らせることだけだということになります。


神聖さについてはT16-2 神聖さの力で述べたように、実在がこの世界に反映される上での純度の高さ、実在そのものである度合いのような捉え方ができます。

幻という不純物(=罪)の混じりけが少ない「存在」には神聖さが認められ「聖なる」何々と呼ばれることになります。

そして、神の子は愛や生命、平安等の実在そのものなので、よくコースでは”most holy”「最も神聖な」「至聖なる」神の子という呼び方がされます。






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テキスト第二十章

VIII. The Vision of Sinlessness
八 潔白さのヴィジョン



1. Vision will come to you at first in glimpses, but they will be enough to show you what is given you who see your brother sinless.
 ヴィジョンは、最初のうちは垣間見る程度にあなたの許に訪れるでしょう。しかし、自分の兄弟を罪なき者と見るようになったあなたに自分に何が与えられているのかを示すには、それで十分です。

 Truth is restored to you through your desire, as it was lost to you through your desire for something else.
 あなたが切望することを通して、あなたは真理を取り戻します。なぜなら、あなたが真理以外の何か別のものを切望することによって、あなたは真理を見失っていたからです。

 Open the holy place that you closed off by valuing the "something else," and what was never lost will quietly return.
 その「何か別のもの」に価値を置くことによってあなたが閉ざした聖なる場所を開いてください。そうすれば、一度も失われていなかったものが静かに戻ってくるでしょう。

 It has been saved for you.
 真理は、あなたのためにずっと保護されてきたのです。

 Vision would not be necessary had judgment not been made.
 価値判断して裁くことがなかったなら、ヴィジョンは必要なかったはずです。

 Desire now its whole undoing, and it is done for you.
 今こそ、裁きが全面的に取り消されるよう望みなさい。そうすれば、あなたのために裁きは取り消してもらえます。

名称未設定

2. Do you not want to know your own Identity?
 あなたは、本当の自分が何者なのか知りたくはないでしょうか。

 Would you not happily exchange your doubts for certainty?
 あなたは自分が抱いている疑念を、喜んで確信に交換したくはないでしょうか。

 Would you not willingly be free of misery, and learn again of joy?
 あなたは自ら進んで、悲惨さから解放されて、喜びを学び直したくはないでしょうか。

 Your holy relationship offers all this to you.
 あなたの神聖な関係が、これらのすべてをあなたに差し延べてくれます。

 As it was given you, so will be its effects.
 神聖な関係があなたに与えられたのだから、神聖な関係がもたらす結果もあなたに与えられるでしょう。

 And as its holy purpose was not made by you, the means by which its happy end is yours is also not of you.
 そして、神聖な関係の神聖な目的があなたによって作られたものではなかったように、その喜ばしい結果をあなたのものにするための手段もまた、あなたが作り出すものではありません。

 Rejoice in what is yours but for the asking, and think not that you need make either means or end.
 ただ求めるだけでそれが自分のものになることを喜びなさい。そして、自分には手段や目的を作り出す必要があるなどと思わないことです。

 All this is given you who would but see your brother sinless.
 ただ自分の兄弟を罪なき者と見ようとするあなたには、神聖な関係の喜ばしい結果を自分のものとするための目的と手段のすべてが与えられます。

 All this is given, waiting on your desire but to receive it.
 あなたがそれを受け取ることだけを切望するなら、これらすべてが与えられます。

 Vision is freely given to those who ask to see.
 見ることを求める者に対して、ヴィジョンは何の妨げもなく与えられます。



3. Your brother's sinlessness is given you in shining light, to look on with the Holy Spirit's vision and to rejoice in along with him.
 あなたの兄弟の潔白さは、それを聖霊のヴィジョンで見つめ、聖霊とともに喜ぶようにと、輝く光の中であなたに与えられています。

 For peace will come to all who ask for it with real desire and sincerity of purpose, shared with the Holy Spirit and at one with him on what salvation is.
 というのは、平安は真に平安を切望し、聖霊と目的を真摯に分かち合って、救いとは何かについて聖霊と見解が一致している者であれば、誰の許にも訪れるからです。

 Be willing, then, to see your brother sinless, that Christ may rise before your vision and give you joy.
 だから、快く自分の兄弟を罪なき者として見てください。そうすれば、キリストがあなたのヴィジョンの前に姿を現し、あなたに喜びを与えてくれるでしょう。

 And place no value on your brother's body, which holds him to illusions of what he is.
 そして、兄弟の身体に一切の価値を置かないでください。そんなことをすると、兄弟が錯覚する偽りの姿に彼をつなぎとめることになってしまいます。

 It is his desire to see his sinlessness, as it is yours.
 自らの潔白さを見ることは、あなたの願いであるように、彼の願いなのです。

 And bless the Son of God in your relationship, nor see in him what you have made of him.
 だから、あなたの関わる関係性の中で神の子を祝福し、兄弟の中に、あなたが彼だと解釈している姿を見ないことです。

名称未設定

4. The Holy Spirit guarantees that what God willed and gave you shall be yours.
 聖霊は、神が意図してあなたに授けてくれたものは必ずあなたのものになると保証しています。

 This is your purpose now, and the vision that makes it yours is ready to be given.
 神があなたに授けたものを自分のものとすることこそが、いまやあなたの目的であり、それをあなたのものにするヴィジョンはいつでもあなたのものになります。

 You have the vision that enables you to see the body not.
 あなたに身体を見ずにいることを可能にするヴィジョンをあなたは持っているのです。

 And as you look upon your brother, you will see an altar to your Father, holy as Heaven, glowing with radiant purity and sparkling with the shining lilies you laid upon it.
 だから、あなたが自分の兄弟を眺めると、あなたは彼の中に天国のように神聖な大いなる父に捧げられた祭壇を見るでしょう。その祭壇では、あなたが供えた百合の花が、まばゆいばかりの清らかさで光を放ちながら煌いています。

 What can you value more than this?
 あなたはこれ以上のいったい何に価値を置くことができるでしょうか。

 Why do you think the body is a better home, a safer shelter for God's Son?
 どうしてあなたは神の子にとって、身体のほうがよりよい住み処であり、より安全な避難所だと思うのでしょうか。

 Why would you rather look on it than on the truth?
 なぜあなたは真理よりも身体のほうを見たがるのでしょうか。

 How can the engine of destruction be preferred, and chosen to replace the holy home the Holy Spirit offers, where he will dwell with you?
 聖霊が差し延べてくれる聖なる家で聖霊があなたと一緒に住んでくれるというのに、どうして聖なる家の代わりに、破滅を生み出す操り人形のほうを好ましいものとして選ぶことができるでしょうか。



5. The body is the sign of weakness, vulnerability and loss of power.
 身体は、脆弱さ、傷つきやすさ、そして、力の喪失を表す印です。

 Can such a savior help you?
 そんな無力な救い主に、あなたを助けることなどできるでしょうか。

 Would you turn in your distress and need for help unto the helpless?
 あなたは、自分が苦難の中にあって助けが必要なときに、そんな無力なものに頼るつもりなのでしょうか。

 Is the pitifully little the perfect choice to call upon for strength?
 力強さを求めて哀れなほどちっぽけなものに頼るのは、申し分のない選択といえるでしょうか。

 Judgment will seem to make your savior weak.
 価値判断して裁くことで、あなたの救い主が弱いもののように見えてしまいます。

 Yet it is you who need his strength.
 しかし、彼の力を必要としているのはあなたなのです。

 There is no problem, no event or situation, no perplexity that vision will not solve.
 問題や出来事や状況、複雑で困難な事態がどんなものであれ、ヴィジョンに解決できないものは何ひとつ存在しません。

 All is redeemed when looked upon with vision.
 ヴィジョンで見るなら、あらゆるものは救われています。

 For this is not your sight, and brings with it the laws beloved of him whose sight it is.
 というのも、ヴィジョンはあなたの視力ではないし、ヴィジョンは、その持ち主である聖霊が使いこなす法則も一緒にもたらしてくれるからです。

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6. Everything looked upon with vision falls gently into place, according to the laws brought to it by his calm and certain sight.
 ヴィジョンで眺めるすべてのものは、聖霊の穏やかで確かな視力によってもたらされる法則に従って、あるべき場所に収まります。

 The end for everything he looks upon is always sure.
 聖霊が眺めるすべてのものに終わりが訪れるのは、つねに確かなことです。

 For it will meet his purpose, seen in unadjusted form and suited perfectly to meet it.
 というのも、聖霊はすべてのものを世界に適合するよう調整されない形のままで聖霊の目的に完璧に適するものと見るので、聖霊の見るすべてのものは聖霊の目的に適うようになるからです。

 Destructiveness becomes benign, and sin is turned to blessing under his gentle gaze.
 聖霊に優しく見つめられると、破壊的なものは柔和なものとなり、罪は祝福へとその姿を変えます。

 What can the body's eyes perceive, with power to correct?
 修正するための力とともにあるとき、肉体の目に何が知覚できるというのでしょうか。

 Its eyes adjust to sin, unable to overlook it in any form and seeing it everywhere, in everything.
 肉眼は罪に焦点が合うように調整されており、少しも罪を見過ごすことができないので、至るところであらゆるものに罪を見ることになります。

 Look through its eyes, and everything will stand condemned before you.
 肉眼を通して見るなら、あなたの前で、あらゆるものが有罪判決を受けることになります。

 All that could save you, you will never see.
 そうなると、あなたには自分を救うことができたはずのものが少しも見えなくなってしまうはずです。

 Your holy relationship, the source of your salvation, will be deprived of meaning, and its most holy purpose bereft of means for its accomplishment.
 あなたの救いの源であるあなたの神聖な関係は意味を奪われ、その最も神聖な目的は、その達成のために必要な手段を失ってしまうでしょう。



7. Judgment is but a toy, a whim, the senseless means to play the idle game of death in your imagination.
 価値判断による裁きは単なるおもちゃでしかなく、あなたが空想の中で気まぐれに、くだらない死のゲームに興じるための無意味な道具でしかありません。

 But vision sets all things right, bringing them gently within the kindly sway of Heaven's laws.
 しかし、ヴィジョンはすべての物事を正しく調整して、それらを天の法の思いやりに満ちた支配の下へと優しく導きます。

 What if you recognized this world is an hallucination?
 もしあなたが、この世界は自分が妄想している幻覚だと気づいたらどうなるでしょう。

 What if you really understood you made it up?
 もしあなたが、この世界が自分がでっちあげたものであることを真に理解したらどうなるでしょう。

 What if you realized that those who seem to walk about in it, to sin and die, attack and murder and destroy themselves, are wholly unreal?
 もしあなたが、自分のでっちあげた世界の中を歩き回って、罪を犯して死んだり、攻撃して殺したり、自分自身を破滅させたりするように見える者たちがまったく実在しないと悟ったらどうなるでしょう。

 Could you have faith in what you see, if you accepted this?
 もしあなたが、この世界が自分の作り出した幻覚にすぎないことを受け入れたなら、あなたは自分の見ているものを信頼できるでしょうか。

 And would you see it?
 それでも、あなたは自分の作り出した幻覚の世界を見ていたいのでしょうか。

名称未設定

8. Hallucinations disappear when they are recognized for what they are.
 幻覚は、その正体を見破られたときに、消え去ります。

 This is the healing and the remedy.
 これこそが癒しであり、治療です。

 Believe them not and they are gone.
 幻覚など信じないでください。信じられなくなれば、幻覚は消えてなくなります。

 And all you need to do is recognize that you did this.
 とすれば、あなたがする必要があるのは、自分がそんな幻覚を作り出したのだと認めることだけです。

 Once you accept this simple fact and take unto yourself the power you gave them, you are released from them.
 いったんあなたがこの単純な事実を受け入れて、自分が幻覚に与えていた力を自分自身に取り戻したら、あなたはそれらの幻覚から解放されます。

 One thing is sure; hallucinations serve a purpose, and when that purpose is no longer held they disappear.
 ひとつだけ確かなことがあります。それは、幻覚はある目的のために奉仕しているので、それ以上その目的が保たれなくなれば、それらの幻覚は消滅してしまうということです。

 Therefore, the question never is whether you want them, but always, do you want the purpose that they serve?
 したがって、あなたが幻覚を望むかどうかはまったく問題ではなく、問題はつねに、幻覚が奉仕している目的をあなたが望むかどうかだけなのです。

 This world seems to hold out many purposes, each different and with different values.
 この世界は、それぞれに異なっていて違った価値を持つ多様な目的を差し出しているように見えます。

 Yet they are all the same.
 しかし、それらはすべて同じものです。

 Again there is no order; only a seeming hierarchy of values.
 またしても、これらの目的の間にはいかなる序列も存在せず、ただそれぞれの価値に順位の序列が存在するように見えているだけです。



9. Only two purposes are possible.
 ただふたつの目的しかありえません。

 And one is sin, the other holiness.
 目的のひとつは罪であり、もうひとつは神聖さです。

 Nothing is in between, and which you choose determines what you see.
 ふたつの目的の中間には何もありません。そして、あなたがどちらを選ぶかで、あなたに何が見えるかが決まります。

 For what you see is merely how you elect to meet your goal.
 というのも、あなたに見えるものは、あなたが自分の目標に到達するためにどちらの手段を選んだかを示しているだけだからです。

 Hallucinations serve to meet the goal of madness.
 幻覚は、狂気の目標を達成するのに役立ちます。

 They are the means by which the outside world, projected from within, adjusts to sin and seems to witness to its reality.
 幻覚は、心の内側から投影された外側の世界を罪に適応するように調整して、罪の実在性を証明するように見せかけるための手段となるからです。

 It still is true that nothing is without.
 それでもなお、外側に何も存在していないことは真実のままです。

 Yet upon nothing are all projections made.
 しかし、無に対してすべてが投影されているのです。

 For it is the projection that gives the "nothing" all the meaning that it holds.
 なぜなら、投影こそが、「無」に対して、それが保つすべての意味を与えているからです。

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10. What has no meaning cannot be perceived.
 何の意味も持たないものを知覚することなどできません。

 And meaning always looks within to find itself, and then looks out.
 だから、意味はつねに、意味それ自体を発見するために内面を見て、そのあとで、外側を見るのです。

 All meaning that you give the world outside must thus reflect the sight you saw within; or better, if you saw at all or merely judged against.
 あなたが外側の世界に与える意味はすべて、このようにして、あなたが自分の内面に見た光景を必ず反映しています。より正確に言うなら、いやしくもあなたが見たのか、それとも、単に否定的な価値判断を下して裁いただけなのかを、外の世界は反映するということです。

 Vision is the means by which the Holy Spirit translates your nightmares into happy dreams; your wild hallucinations that show you all the fearful outcomes of imagined sin into the calm and reassuring sights with which he would replace them.
 ヴィジョンは、聖霊があなたの悪夢を幸せな夢へと変換する手段です。聖霊はヴィジョンを用いて、あなたのでたらめな幻覚が見せる想像上の罪の恐ろしい結末を、聖霊がそれらに置き換えようとする穏やかで安心できる光景と交換してくれます。

 These gentle sights and sounds are looked on happily, and heard with joy.
 このような穏やかな光景や優しい響きは、幸せに眺めることができるし、喜びをもって聞くことができます。

 They are his substitutes for all the terrifying sights and screaming sounds the ego's purpose brought to your horrified awareness.
 エゴの目的があなたの怯えきった自覚にもたらしてきた恐ろしい光景や絶叫のすべての代わりに、聖霊がこのような穏やかな光景や優しい響きを与えてくれます。

 They step away from sin, reminding you that it is not reality which frightens you, and that the errors which you made can be corrected.
 そうした穏やかな光景や優しい響きは、あなたを怖がらせているものは現実ではないし、あなたの犯した過ちは修正してもらえることをあなたに思い出させて、罪から離れます。



11. When you have looked on what seemed terrifying, and seen it change to sights of loveliness and peace; when you have looked on scenes of violence and death, and watched them change to quiet views of gardens under open skies, with clear, life-giving water running happily beside them in dancing brooks that never waste away; who need persuade you to accept the gift of vision?
 あなたが恐ろしく思えるものを見ているときに、それが美しく平和な光景へと様変わりするのを目にしたり、あなたが激しい暴力や死の場面を見ているときに、その光景が広々と開けた青空の下の静かな庭園の眺めに変わり、その庭園の傍に、枯れることのない澄みきった生命を与える水が楽しげに踊るように流れているのを見たなら、誰も、ヴィジョンという贈り物を受け入れるように、わざわざあなたを説得する必要などないでしょう。

 And after vision, who is there who could refuse what must come after?
 そして、そのようなヴィジョンを見たあとに、それに続いて必ず起こることを誰も拒否できないでしょう。

 Think but an instant just on this; you can behold the holiness God gave his Son.
 ほんの一瞬でいいので、次のことだけを考えてみてください。それは、あなたは神がわが子に授けた神聖さを見ることができるということです。

 And never need you think that there is something else for you to see.
 そうすれば、あなたはもう、自分にはほかに見るべき何かがあるとなど完全に思わなくなるでしょう。


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It’s not how much we give, but how much love we put into giving. – Mother Teresa

 松山 健 Matsuyama Ken
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