M1 神の教師とは誰のことなのか?

マニュアル 0

仏の教えは一言で言えば、自分の利益と他人の利益を一致させることである

空海




人は教えることによって最も良く学ぶ。

ルキウス・アンナエウス・セネカ




今回は、教師のためのマニュアルから、神の教師は誰のことなのかというテーマについての一節をご紹介します。





結論は、自分でそうなると決めた人であれば、誰でも神の教師になるということです。

ただし、単なる自称「神の教師」ではなく、ただひとつの要件があります。

それは、次のようなものです。

1.「His qualifications consist solely in this; somehow, somewhere he has made a deliberate choice in which he did not see his interests as apart from someone else's.
 神の教師の資格は、ただ次のことでだけ成り立っています。それは、その人が、どのような方法であれ、どこであれ、熟慮のうえで、自分の利害を他者の利害と切り離して捉えないと選択したということです。」

ただひとつとはいうものの、なかなか厳しい要件です。



まず、テキストの関連箇所を引用します。


「4. Since you cannot not teach, your salvation lies in teaching the exact opposite of everything the ego believes.
 とはいえ、あなたは教えずにいることはできないのだから、あなたの救いは、エゴが信じるあらゆることの正反対を教えることに見出せます。

 This is how you will learn the truth that will set you free, and will keep you free as others learn it of you.
 エゴの信念の対極を教えることこそ、あなたが真理を学ぶための方法です。その真理はあなたを自由にし、そして、ほかの者たちがその真理をあなたから学ぶことによって、あなたを自由なままに保ってくれます。

 The only way to have peace is to teach peace.
 平安を得る唯一の方法は、平安を教えることです。

 By teaching peace you must learn it yourself, because you cannot teach what you still dissociate.
 平安を教えることによって、あなたは自分でも平安を学ぶはずです。なぜなら、あなたは自分が手放して縁切りしたままのものについて教えることはできないからです。

 Only thus can you win back the knowledge that you threw away.
 ただこうして平安を教えることによってのみ、あなたは自分が投げ捨ててしまった知識を取り戻すことができます。

 An idea that you share you must have.
 あなたがある想念を分かち合うなら、あなたはその想念を持っているに違いありません。

 It awakens in your mind through the conviction of teaching it.
 知識を教えることに確信を持つことを通して、知識があなたの心の中で目を覚まします。

 Everything you teach you are learning.
 あなたは自分が教えることすべてを学ぶのです。

 Teach only love, and learn that love is yours and you are love.
 ただ愛だけを教えなさい。そして、愛はあなたのものであり、あなたこそが愛であると学びなさい。」(テキスト 第六章 III. The Relinquishment of Attack 三 攻撃の放棄


では、マニュアルに移ります。



Section 1
第1節



Who Are God's Teachers?
神の教師たちとは誰のことだろうか



1. A teacher of God is anyone who chooses to be one.
 神の教師とは、誰であれ、神の教師になることを選んだ者のことです。

 His qualifications consist solely in this; somehow, somewhere he has made a deliberate choice in which he did not see his interests as apart from someone else's.
 神の教師の資格は、ただ次のことでだけ成り立っています。それは、その人が、どのような方法であれ、どこであれ、熟慮のうえで、自分の利害は他者の利害とはかけ離れた別のものだとみなさないことを選択したことです。

 Once he has done that, his road is established and his direction is sure.
 いったん彼がそう選択したなら、彼の歩む道は確立し、彼の向かう方角も確実なものになります。

 A light has entered the darkness.
 闇にが射し込んだのです。

 It may be a single light, but that is enough.
 それは一条のにすぎないかもしれませんが、それだけで十分です。

 He has entered an agreement with God even if he does not yet believe in Him.
 もし彼がまだ神を信じていないとしても、彼は神とある合意を交わしたのです。

 He has become a bringer of salvation.
 彼は救いをもたらす者となったのです。

 He has become a teacher of God.
 彼は神の教師となったのです。



2. They come from all over the world.
 神の教師たちは、世界中に現れます。

 They come from all religions and from no religion.
 彼らは、あらゆる宗教に、そして無宗教にも現れます。

 They are the ones who have answered.
 彼らこそ、答えた者たちです。

 The Call is universal.
 神からの召命は普遍的なものです。

 It goes on all the time everywhere.
 召命は、いつでも、どこでも、続いています。

 It calls for teachers to speak for It and redeem the world.
 召命は教師たちに、神の声を代弁して世界を救うようにと呼びかけています。

 Many hear It, but few will answer.
 多くの者がこの呼び声を耳にしますが、答える者はほとんどいません。

 Yet it is all a matter of time.
 しかし、それも時間の問題でしかありません。

 Everyone will answer in the end, but the end can be a long, long way off.
 誰もが最後には答えることになるからです。しかし、その最後のときは、ずっとずっと先に延びてしまいかねません。

 It is because of this that the plan of the teachers was established.
 これが、神の教師たちを遣わす計画が立てられた理由です。

 Their function is to save time.
 神の教師たちの役目は、時間を省くことです。

 Each one begins as a single light, but with the Call at its center it is a light that cannot be limited.
 一人ひとりの教師は、一条のとして着手します。しかし、の中心にある大いなる呼び声と一緒になれば、そのは制限することのできないとなります。

 And each one saves a thousand years of time as the world judges it.
 そして、一人ひとりの教師は、この世界が数えるところの千年もの時間を省くことになります。

 To the Call Itself time has no meaning.
 その呼びかけをなす大いなる存在自体にとって、時間は何の意味も持たないからです。



3. There is a course for every teacher of God.
 神の教師一人ひとりのために学びの道があります。

 The form of the course varies greatly.
 学びの道の形は、それぞれ非常に異なっています。

 So do the particular teaching aids involved.
 だから、それぞれが必要とする特定の教材も多様なものとなります。

 But the content of the course never changes.
 しかし、学びの道の中身は決して変わりません。

 Its central theme is always, "God's Son is guiltless, and in his innocence is his salvation."
 学びの道の中心テーマは、いつでも「神の子は無罪であり、彼が潔白であることこそが神の子の救いである」というものです。

 It can be taught by actions or thoughts; in words or soundlessly; in any language or in no language; in any place or time or manner.
 このことは、行動や思考によって、言葉や沈黙を介して、いろんな言語を介して、あるいは、言葉を介さずに、いろんな場所や時間や方法を通じて教わることができます。

 It does not matter who the teacher was before he heard the Call.
 その教師が召命を聞き入れる前に、どんな人物であったかは重要ではありません。

 He has become a savior by his answering.
 彼は、自ら答えることによって救い主となったのです。

 He has seen someone else as himself.
 彼は、他者を自分自身とみなすようになったのです。

 He has therefore found his own salvation and the salvation of the world.
 つまり、彼は、自分自身の救いと世界の救いを見出したのです。

 In his rebirth is the world reborn.
 彼が生まれ変わることで、世界は再生するのです。



4. This is a manual for a special curriculum, intended for teachers of a special form of the universal course.
 これは、特別なカリキュラムのためのマニュアルであり、普遍的な学びの道を特別な形で教える教師たちのために用意された手引きです。

 There are many thousands of other forms, all with the same outcome.
 普遍的な学びの道を教えるカリキュラムには、何千ものほかの形がありますが、いずれもみな同じ成果をもたらします。

 They merely save time.
 どれもみな、ただ時間を節約するだけです。

 Yet it is time alone that wearily, and the world is very tired now.
 しかし、ただ時間だけが疲労させるものであり、この世界は、いまや疲弊しきっています。

 It is old and worn and without hope.
 この世界は、古びて擦り切れて、何の希望もありません。

 There was never a question of outcome, for what can change the Will of God?
 この普遍的な学びが成果をあげることに疑問の余地はまったくありません。というのも、神の大いなる意志を変えられるものなどないからです。

 But time, with its illusions of change and death, wears out the world and all things in it.
 しかし、時間は、その変化と死の幻想とともに、この世界とその中にあるあらゆるものを磨耗させてしまいます。

 Yet time has an ending, and it is this that the teachers of God are appointed to bring about.
 しかし、時間には終わりがあります。そして、この時間の終わりをもたらすようにと、神の教師たちは任命されたのです。

 For time is in their hands.
 なぜなら、時間は教師たちの掌中にあるからです。

 Such was their choice, and it is given them.
 彼らが時間を選択したがゆえに、時間は彼らに与えられているのです。


次

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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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