S2-3 救いのための赦し

2019年02月18日
祈りの歌 第2章 0

The truth is the truth whether you agree with it or not.
あなたがそれに同意しようがしまいが、真理は真理のままだ。

The truth is not subject to your interpretation.
真理はあなたの解釈に左右されることはないのだ。



Gary R. Renard, The Disappearance of the Universe: Straight Talk about Illusions
ゲイリー・レナード





usagi (1)


救いのための赦しは誰がするもの?

本節では、救いのための赦しは、私たちエゴではなくキリストがなすものなので、私たちがキリストの役割を奪わないように、キリストに全権を委ねる必要があることが語られます。

助けや赦しが求められて必要な場面で私たちがなすべきことは、ただ「あなたの聖なる子である彼のために、私は何をすべきなのでしょうか。」と質問することだけです。

兄弟から求められた助けに応え、また、その奥底で愛を求めながらも、彼が攻撃や非難という形でしか表すことができなくなっている哀訴に対して、赦しで応じようとする場面で、どうしても、その兄弟について赦しが必要になった事情を解釈し、判断しようとしたり、どのような形の赦しがふさわしいか自分で決めようとしてしまって、この混同が起こり、赦しが濁って「滅びに至る許し」になってしまいます。




救いを求める呼び声に対する答えはどこにある?

5. 「The light of Christ in him is his release, and it is this that answers to his call.
 その人の中にあるキリストの光こそ彼の解放であり、彼の求めに答えるのはこの光だからです。」


キリストが大いなる答えであり、私たちはその答えを聞く者であり、この役割を混同してはならず、なすべきことは、エゴがハンドルをぶんどるのを許さないよう警戒して、ただキリストの声に耳を澄ますことだけで、この地上の基準に縛られた自分の狭い了見で裁こうとはしないことです。

私たちがなすべきことは、赦しという救済の鍵をキリストと神に渡すことであって、自分で鍵を使うことではないということです。




天使 (1)

2.- III. Forgiveness-for-Salvation
 救いのための赦し



1. Forgiveness-for-Salvation has one form, and only one.
 救いのための赦しには、ひとつの方式があります。その形は、ただひとつだけです。

 It does not ask for proof of innocence, nor pay of any kind.
 救いのための赦しは、潔白である証拠も、いかなる種類の代償も求めません。 

 It does not argue, nor evaluate the errors that it wants to overlook.
 赦しは何かを主張するわけでも、自らが看過することを望む誤りの価値を判定するわけでもありません。

 It does not offer gifts in treachery, nor promise freedom while it asks for death.
 赦しは、偽りの贈り物を差し出したりしないし、死を求めながら自由を約束したりもしません。

 Would God deceive you?
 神があなたを騙そうとなどするでしょうか。

 He but asks for trust and willingness to learn how to be free.
 神が求めるのは、信頼してもらうことと自由になる方法を学ぶ意欲だけです。

 He gives His Teacher to whoever asks, and seeks to understand the Will of God.
 神の大いなる意志を理解することを求め、理解しようとする者であれば誰にでも、神は、神の大いなる教師を与えてくれます。

 His readiness to give lies far beyond your understanding and your simple grasp.
 神にはいつでも与える用意ができていることは、あなたの理解力を大きく超えているので、あなたには簡単に把握できません。

 Yet He has willed you learn the way to Him, and in His willing there is certainty.
 それでも、神はあなたが神に至る道を学ぶことを意図したのであり、神が意図しているのだから、あなたが神の下に戻るのは間違いありません。



2. You child of God, the gifts of God are yours, not by your plans but by His holy Will.
 神の子よ、神の贈り物はあなたのものです。それは、あなたの計画によってあなたのものになるのではなく、神の聖なる意志によってあなたのものになるのです。

 His Voice will teach you what forgiveness is, and how to give it as He wills it be.
 神の大いなる声があなたに、赦しとは何か、神が意図する通りに赦しを与えるにはどのようにすればよいか、教えてくれるでしょう。

 Do not, then, seek to understand what is beyond you yet, but let it be a way to draw you up to where the eyes of Christ become the sight you choose.
 それゆえ、あなたにはまだ理解の及ばないことを理解しようと試みたりしないで、ただ赦しを手段として、あなたがキリストの目を自らの視覚として選択するところまで、あなたを引き上げてもらってください。

 Give up all else, for there is nothing else.
 それ以外のことはすべて手放しなさい。というのも、それ以外には何も存在しないからです。

 When someone calls for help in any form, He is the One to answer for you.
 誰かが何らかの形で助けを求めるとき、あなたの代わりに答えてくれる唯一の大いなる存在がキリストです。

 All that you need do is to step back and not to interfere.
 あなたはただ、身を引いて邪魔しないだけでよいのです。

 Forgiveness-for-Salvation is His task, and it is He Who will respond for you.
 救いのための赦しをなすのはキリストの仕事であり、まさにキリストがあなたの代わりに応答してくれるからです。



3. Do not establish what the form should be that Christ's forgiveness takes.
 キリストの赦しがどのような形をとるべきか、自分で決めようとしてはなりません。

 He knows the way to make of every call a help to you, as you arise in haste to go at last unto your Father's house.
 あなたがついに自らの大いなる父の家に駆けつけようとするとき、どんな呼び声をもあなたの助けになるように解釈する方法をキリストは知っています。

 Now can He make your footsteps sure, your words sincere; not with your own sincerity, but with His Own.
 今こそ、キリストはあなたの歩みを確かなものにして、あなた自身の真摯さではなくキリスト自身の真摯さによって、あなたの言葉を偽りのないものにできます。

 Let Him take charge of how you would forgive, and each occasion then will be to you another step to Heaven and to peace.
 あなたがどのように赦すかはキリストに全権を委ねてください。そうすれば、すべての機会があなたにとって天国と平安に至るための新たな一歩となるでしょう。



4. Are you not weary of imprisonment?
 あなたは幽閉状態によってへとへとに疲れきっているのではないでしょうか。

 God did not choose this sorry path for you.
 神は、このような悲惨な道をあなたのために選んではいません。

 What you have chosen still can be undone, for prayer is merciful and God is just.
 あなたがすでに選択したことでも、依然として取り消してもらえます。というのも、祈りは慈悲深く、神は公正だからです。

 His is a justice He can understand, but you cannot as yet.
 神の道が正義に適うことが当然神にはわかっていますが、まだあなたには理解できません。

 Still will He give the means to you to learn of Him, and know at last that condemnation is not real and makes illusions in its evil name.
 それでも神はあなたに、神から学んで、有罪の宣告は現実ではなく、有罪という烙印が幻想を作り出しているのだと最終的に知るための手段を与えてくれるでしょう。

 And yet it matters not the form that dreams may seem to take.
 それでも、夢がどんな形をとるように見えようが、それは問題ではありません。

 Illusions are untrue.
 どんな幻想も偽りだからです。

 God's Will is truth, and you are one with Him in Will and purpose.
 神の大いなる意志は真理であり、あなたは意志と目的において神とひとつなのです。

 Here all dreams are done.
 ここで、すべての夢が終わります。



5. "What should I do for him, Your holy Son?" should be the only thing you ever ask when help is needed and forgiveness sought.
 「あなたの聖なる子である彼のために、私は何をすべきなのでしょうか。」というのが、助けが必要になって赦しを求める際にあなたが尋ねるべき唯一のことです。

 The form the seeking takes you need not judge.
 その求めがどのような形でなされたかをあなたは判断する必要はありません。

 And let it not be you who sets the form in which forgiveness comes to save God's Son.
 そして、赦しが神の子を救うために訪れる形を自分で決めようとしないでください。

 The light of Christ in him is his release, and it is this that answers to his call.
 その人の中にあるキリストの光こそ彼の解放であり、彼の求めに答えるのはこの光だからです。

 Forgive him as the Christ decides you should, and be His eyes through which you look on him, and speak for Him as well.
 あなたがなすべきこととしてキリストが決めている通りに、彼を赦してください。そして、キリストの目を通してその人を見て、同じようにキリストを代弁してください。

 He knows the need; the question and the answer.
 キリストは必要なことを知っています。それは質問と答えです。

 He will say exactly what to do, in words that you can understand and you can also use.
 キリストは、あなたが理解できるだけでなく、あなたが使うこともできる言葉で、正確に何をすべきか言ってくれるでしょう。

 Do not confuse His function with your own.
 キリストの役割を、自分が果たすべき役割と取り違えてはなりません。

 He is the Answer.
 キリストは大いなる答えです。

 You the one who hears.
 あなたはその答えを聞く者なのです。



6. And what is it He speaks to you about?
 では、キリストはあなたに何を語ってくれるのでしょう。

 About salvation and the gift of peace.
 それは、救済と平安という贈り物についてです。

 About the end of sin and guilt and death.
 それは、罪と罪悪感と死の終わりについてです。

 About the role forgiveness has in Him.
 それは、キリストにとって赦しが持つ役割についてです。

 Do you but listen.
 あなたがすべきなのは、ただ耳を澄ますことだけです。

 For He will be heard by anyone who calls upon His Name, and places his forgiveness in His hands.
 というのも、キリストの名を呼び、自らの赦しをキリストの手に委ねる者なら誰にでもキリストの声が聞こえるからです。

 Forgiveness has been given Him to teach, to save it from destruction and to make the means for separation, sin and death become again the holy gift of God.
 赦しがキリストに与えられたのは、破滅の道具として用いられる状態から赦しを救出して、分離や罪や死に奉仕する手段から再び神の聖なる贈り物に戻すことを教えるためです。

 Prayer is His Own right Hand, made free to save as true forgiveness is allowed to come from His eternal vigilance and Love.
 祈りは、まさに神の右腕として、神の永遠の注意深さと大いなる愛から真の赦しが訪れて、自由に救うことができるようにします。

 Listen and learn, and do not judge.
 耳を澄まして学びなさい。裁いてはなりません。

 It is to God you turn to hear what you should do.
 自分は何をすべきか聞くために、あなたが頼るべき相手は神です。

 His answer will be clear as morning, nor is His forgiveness what you think it is.
 神の答えは、夜明けのように澄みきった明解なものですが、神の赦しはあなたが赦しだと思っているものとは違っているでしょう。



7. Still does He know, and that should be enough.
 今なお、神は確かに知っています。それだけで十分です。

 Forgiveness has a Teacher Who will fail in nothing.
 赦しには大いなる教師があり、その聖霊は何事においても失敗することはありえません。

 Rest a while in this; do not attempt to judge forgiveness, nor to set it in an earthly frame.
 しばらくの間、このことに安心して、赦しを裁こうとしたり、地上の基準に赦しをはめこもうとしないでください。

 Let it arise to Christ, Who welcomes it as gift to Him.
 赦しをキリストに捧げてください。キリストは赦しを神への贈り物として喜んで受け取ってくれるでしょう。

 He will not leave you comfortless, nor fail to send His angels down to answer you in His Own Name.
 神はあなたを慰めのないまま置き去りになどしません。また、神自身の名であなたに答えるために自らの天使たちをあなたに遣わし損ねることもありません。

 He stands beside the door to which forgiveness is the only key.
 赦しだけが唯一の鍵である扉の傍に神が立っています。

 Give it to Him to use instead of you, and you will see the door swing silently open upon the shining face of Christ.
 神にその鍵を渡して、あなたの代わりに使ってもらいなさい。そうすれば、あなたはその扉が静かに開いて輝かしいキリストの顔を現れるのを目にすることでしょう。

 Behold your brother there beyond the door; the Son of God as He created him.
 そのドアの向こう側にはあなたの兄弟がいることをよく見てください。彼こそ、神に創造されたままの神の子なのです。


次

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It’s not how much we give, but how much love we put into giving. – Mother Teresa

 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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