S2-2 滅ぼすための許し

祈りの歌 0

The weak can never forgive. Forgiveness is the attribute of the strong.
弱い者には赦すことが絶対にできない。赦しとは強さの属性だからだ。

マハトマ・ガンジー
Mohandas Karamchand Gandhi






本節では、「真の赦し」と「滅ぼすための許し」の相違が示されます。

本サイトでは、「真の赦し」とは、「赦し」として表記しているものです。

滅ぼすための許し」は、「許し」として表記しているものです。

赦し=真の赦しは、罪が実在しないという真理を見極めて、この正しい認識の通りに実在しない幻として無視、看過することでした。

真の赦し以外の許しはすべて、許し=「滅ぼすための許し」、"Forgiveness-to-destroy"です。

真の赦し以外のものはすべて、滅ぼすための許しなのだとしたら、両者の区別は、それが真の赦しか否かを基準に判断するしかないので、滅ぼすための許しを定義する意義は乏しいといえます。

もっとも、真の赦しも滅ぼす赦しもともに、表面的に見るかぎり、慈悲深いもののように見えて、区別がつかない場合が多いため、滅ぼす赦しの典型的な類型を把握しておくことは、真の赦し以外の許しになっていることに気づくうえで有益といえます。

本節では、この典型的な類型が示されます。

まず、より優良な人物が自分より卑しい者にその者の卑しい本質から救ってやる施しを情け深くもかけてやるという類型があります。

この種の許しには傲慢さの臭いがプンプン漏れ出しているので、比較的わかりやすい類型です。

この許しが人の貴賤に序列を設けて分離を助長するものであり、慈悲どころか死に基盤を置くものだというのはわかりやすいでしょう。

これに対して、つぎの類型は、許しを与える者は、へりくだって、自分も許されるべき者もふたりとも神罰を受けるにふさわしい無価値な罪深い存在であり、自分はこの罪人と罪深さを分かち合うと言います。

この姿勢は、他者の悪意に報復することなく、苦痛に耐え忍びながら微笑みで対応する忍耐強さと優しさに溢れた気高いものに見えて、一見すると、とても謙虚で信心深く思えるので、本質を見逃すと、残酷さではなく従順な慈悲深さとしてまかり通ってしまいかねません。

しかし、よくよく見てみると、この許しは、独善的に神の創造物を罪深いものとみなして神聖さを汚し、自分たちは、無理解で粗暴な神とは無縁な野蛮人たちから迫害される殉教者だとみなして思い上がって分離幻想を抱き続けるというものであり、身内以外に対してはきわめて不寛容で残酷な考え方を基盤に置いているし、世界を薄汚れた地獄と見ていることがわかります。

このような者たちの差し出す許しは、私をこれほどまでに迫害、蹂躙した邪悪なお前を清廉な私は尊くも許してやるのだ、今に見ておれ、死後の裁きで、気高い私はきっと神に受け入れてもらえるだろうが、罪深いお前の地獄行きは間違いない!と腹の底で思い、言外に許す相手にも、このような相手を見下すメッセージを送っているのです。

真の赦しによって自他がひとつであることの自覚を自分に与えてくれたはずの自分の救い主になりえた兄弟を敵とみなして、このような非難と罪悪感を押し付けることはとても愛と呼べるものではなく、苦痛と罪悪感からの解放を必要とする兄弟への裏切りというべきです。


三つ目の類型は、取引と妥協という形です。

「もしあなたが私の必要を満たすなら、私はあなたを許してやろう。というのも、あなたが奴隷になることで私は解放されるのだから」という条件提示による取引です。

この場合、許しは自分を奴隷にすることになります。

この許しをなす者は、免罪のためには、神が求めてもいない償いや犠牲を払わなければならないと勝手に誤解してひとり決めして、兄弟を自分の解放のために束縛していますが、他者を束縛すれば、囚人と一緒に看守である自分も牢獄につなぎとめられることになり、結局、自分を奴隷にすることになるだけです。

本来、赦しは解放であるはずです。

自分を解放するには、他者を解放するしかありません。

そして、神が与えるようにする以外に私たちも与えることはできません。

神は、無条件に与えます。すべてを与え、神自身を与えます。

私たちも、条件を一切付すことなく、すべてを、自分自身を与えることしかできません。









2.- II. Forgiveness-to-Destroy
 滅ぼすための許し



1. Forgiveness-to-destroy has many forms, being a weapon of the world of form.
 滅ぼすための許しは、形からなる世界の武器であるがゆえに、多くの形をとります。

 Not all of them are obvious, and some are carefully concealed beneath what seems like charity.
 それらの形の中には、それが滅ぼすための許しだとはすぐにわからないものもあるし、中には慈悲のように見える形の背後に注意深く隠されているものもあります。

 Yet all the forms that it may seem to take have but this single goal; their purpose is to separate and make what God created equal, different.
 それでも、滅ぼすための許しがとるように見える形はすべて、次のたったひとつの目的しか持っていません。その目的とは、分離して、神が同じものとして創造したものを異なるものにすることです。

 The difference is clear in several forms where the designed comparison cannot be missed, nor is it really meant to be.
 真の赦しに似せようという目論見が見え透いていたり、本来意図したほどには真の赦しに似せることができていないようないくらかの類型では、両者の相違がはっきりわかります。



2. In this group, first, there are the forms in which a "better" person deigns to stoop to save a "baser" one from what he truly is.
 このグループには、まず、「より優れた」人物がもったいなくも、わざわざ身をかがめて「より卑しい」人物を彼の卑しい本質から救ってやるという形があります。

 Forgiveness here rests on an attitude of gracious lordliness so far from love that arrogance could never be dislodged.
 ここでの許しは、高貴な者が罪人を不憫に思って慈悲を施してやるという愛からかけ離れた態度に基盤を置くので、決して傲慢さを払拭できません。

 Who can forgive and yet despise?
 誰が他者を赦しながら、その相手を軽蔑できるでしょうか。

 And who can tell another he is steeped in sin, and yet perceive him as the Son of God?
 そして、誰が他者に、お前は罪深いと告げながら、その相手が神の子だと気づけるでしょうか。

 Who makes a slave to teach what freedom is?
 誰が他者を奴隷にしながら、自由とは何か教えることができるでしょうか。

 There is no union here, but only grief.
 ここにはまったく和合はなく、ただ悲嘆があるだけです。

 This is not really mercy.
 これは実際のところ、慈悲ではありません。

 This is death.
 これは死なのです。



3. Another form, still very like the first if it is understood, does not appear in quite such blatant arrogance.
 もうひとつの類型は、ちゃんと理解できれば、依然として最初のものととても似ているのですが、最初のグループほど露骨に傲慢さが丸わかりになっているわけではありません。

 The one who would forgive the other does not claim to be the better.
 このグループでは、他者を許そうとする者は、より優れた者であろうとはしません。

 Now he says instead that here is one whose sinfulness he shares, since both have been unworthy and deserve the retribution of the wrath of God.
 今度は、その代わりに、その人は、自分が罪深さを分かち合う罪人がここにいると言います。それは、ふたりとも無価値で神の怒りによる天罰を受けるにふさわしいからというわけです。

 This can appear to be a humble thought, and may indeed induce a rivalry in sinfulness and guilt.
 この姿勢は一見、謙虚な考え方のように見えるし、実際に、どちらがより罪深くてより罪を悔い改めているかの競い合うライバル心を引き起こすことすらあるかもしれません。

 It is not love for God's creation and the holiness that is His gift forever.
 しかし、それは、神の創造物への愛ではないし、永遠に神の贈り物である神聖さでもありません。

 Can His Son condemn himself and still remember Him?
 神の子が自分自身を咎めていながらなお、神を忘れずにいられるはずがないからです。



4. Here the goal is to separate from God the Son He loves, and keep him from his Source.
 ここでの目標は、神を神の愛する子から引き離して、神の子を彼の大いなる源から分離したままに保つことです。

 This goal is also sought by those who seek the role of martyr at another's hand.
 この目標はまた、他者の手によって迫害される殉教者の役目を担うことを求める者たちによって求められることになります。

 Here must the aim be clearly seen, for this may pass as meekness and as charity instead of cruelty.
 この考えの裏側に分離という目的が潜んでいることをはっきり見抜かなければなりません。というのも、それを見逃せば、この考えは残酷さではなく慈悲深い柔和さとしてまかり通ってしまいかねないからです。

 Is it not kind to be accepting of another's spite, and not respond except with silence and a gentle smile?
 他者の悪意を受け入れながら、ただ沈黙と穏やかな微笑みだけで報いることは、思いやり深いことだということにならないでしょうか。

 Behold, how good are you who bear with patience and with saintliness the anger and the hurt another gives, and do not show the bitter pain you feel.
 見よ、他者から与えられる怒りと害悪を忍耐と気高さをもって受け入れて、自分が感じている激しい苦痛を見せずにいるあなたはなんと善良なことか、というわけです。



5. Forgiveness-to-destroy will often hide behind a cloak like this.
 滅ぼすための許しは、たいてい、このような隠れ蓑の背後に姿をくらましてしまいます。

 It shows the face of suffering and pain, in silent proof of guilt and of the ravages of sin.
 その許しは、有罪であることと罪による被害を沈黙をもって示す証拠として、苦悩と苦痛の顔を見せます。

 Such is the witness that it offers one who could be savior, not an enemy.
 それこそ、敵ではなく救い主となりえた者にこの許しが差し出す証拠です。

 But having been made enemy, he must accept the guilt and heavy-laid reproach that thus is put upon him.
 しかし、すでに敵にされた以上、彼は、このように自分に押しつけられる罪悪感と重くのしかかる非難を受け入れざるをえません。

 Is this love?
 はたしてこれは愛でしょうか。

 Or is it rather treachery to one who needs salvation from the pain of guilt?
 これはむしろ、苦痛と罪悪感から救われることを必要としている者を騙して裏切ることではないでしょうか。

 What could the purpose be, except to keep the witnesses of guilt away from love?
 許しの目的は、罪悪感の証拠を愛から遠ざけておくこと以外にはありえないのではないでしょうか。



6. Forgiveness-to-destroy can also take the form of bargaining and compromise.
 滅ぼすための許しは、また、取引と妥協という形をとる場合があります。

 "I will forgive you if you meet my needs, for in your slavery is my release."
 「もしあなたが私の必要を満たすなら、私はあなたを許してやろう。というのも、あなたが奴隷になることで私は解放されるのだから」と。

 Say this to anyone and you are slave.
 誰かにこのように言うなら、あなたは奴隷となります。

 And you will seek to rid yourself of guilt in further bargains which can give no hope, but only greater pain and misery.
 そして、あなたは自分自身から罪悪感を取り除こうとして、さらなる取引を試みますが、その取引は、いかなる望みも与えることはできず、ただより大きな苦痛と惨めさを与えることしかできません。

 How fearful has forgiveness now become, and how distorted is the end it seeks.
 いまや許しはどんなに恐ろしいものになり、そして、許しが求める目的はどんなに歪められてしまったことでしょう。

 Have mercy on yourself who bargains thus.
 このような取引をしている自分自身を憐れみなさい。

 God gives and does not ask for recompense.
 神はただ与えるのであって、代価の支払いを求めたりしません。
 
 There is no giving but to give like Him.
 神と同じように与える以外に、与える方法はありません。

 All else is mockery.
 それ以外はすべて偽物です。

 For who would try to strike a bargain with the Son of God, and thank his Father for his holiness?
 というのも、神の子と取引しようと試みながら、神の子の大いなる父に神の子の神聖さについて感謝しようとする者などいないはずだからです。



7. What would you show your brother?
 あなたは自分の兄弟に何を見せたいのでしょうか。

 Would you try to reinforce his guilt and thus your own?
 あなたは彼の抱く罪悪感を強めて、そうすることで、自分の罪悪感を募らせたいのでしょうか。

 Forgiveness is the means for your escape.
 赦しは本来、あなたが脱出するための手段です。

 How pitiful it is to make of it the means for further slavery and pain.
 赦しをさらなる隷属と苦痛の手段に変えてしまうとは、なんと情けないことでしょうか。

 Within the world of opposites there is a way to use forgiveness for the goal of God, and find the peace He offers you.
 対立からなる世界の中でも、神という目標に到達して神があなたに差し延べる平安を見出すために赦しを用いる方法が存在します。

 Take nothing else, or you have sought your death, and prayed for separation from your Self.
 これ以外のどんな方法も用いてはなりません。さもないと、あなたは自らの死を求め、自らの大いなる自己からの分離を祈ったことになるからです。

 Christ is for all because He is in all.
 キリストはすべての内にあるので、キリストはすべてのもののためにあります。

 It is His face forgiveness lets you see.
 赦しがあなたに見せてくれるのはキリストの顔です。 

 It is His face in which you see your own.
 あなたはキリストの顔を見て、そこに自分自身の顔を見るのです。



8. All forms forgiveness takes that do not lead away from anger, condemnation and comparisons of every kind are death.
 怒り、非難、あらゆる種類の比較から離れるように導かないような形をとる許しはすべて、死なのです。

 For that is what their purposes have set.
 というのは、そのような形の許しが自らの目的として掲げるのは死だからです。

 Be not deceived by them, but lay them by as worthless in their tragic offerings.
 形に騙されてはなりません。形が差し出している痛ましい捧げ物の無価値さに気づいて、形を退けてください。

 You do not want to stay in slavery.
 あなたは奴隷のままではいたくないはずです。

 You do not want to be afraid of God.
 あなたは神のことを恐れていたくないはずです。

 You want to see the sunlight and the glow of Heaven shining on the face of earth, redeemed from sin and in the Love of God.
 あなたが望んでいるのは、陽の光と天国の光が地上に輝くのを見て、神の大いなる愛に包まれて、罪から救われることです。

 From here is prayer released, along with you.
 ここから、あなたと一緒に祈りは解放されます。

 Your wings are free, and prayer will lift you up and bring you home where God would have you be.
 あなたの翼は自由になり、祈りはあなたを持ち上げて、神があなたをいさせようとする場所にあなたを運んでくれるでしょう。



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 松山 健 Matsuyama Ken
この記事を書いた人:  松山 健 Matsuyama Ken

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