M2 生徒とは誰か

マニュアル 0

What sculpture is to a block of marble, education is to a human soul.
大理石の塊が彫刻によって形作られるように、人間の魂は教育によって形作られる。

Joseph Addison
ジョセフ・アディソン




今回は、教師のためのマニュアルから第2節の生徒とは誰かについてをご紹介します。




「God's Teacher speaks to any two who join together for learning purposes.
 神の大いなる教師は、学ぶ目的のために一緒に結びついているどのようなふたりに対してであっても、語りかけます。」
の「God's Teacher」(Tが大文字)は聖霊のことを、
「two who join together for learning purposes」は神の教師と生徒を指しています。


本節では、
「The instant the idea of separation entered the mind of God's Son, in that same instant was God's Answer given.
 分離するという想念が神の子の心に入りこんだ瞬間、その同じ瞬間に神の大いなる答えが与えられたのです。

 In time this happened very long ago.
 時間の中では、これは、はるか遠い昔に起こったことです。

 In reality it never happened at all.
 しかし、現実においては、神からの分離などまったく一度も起こってはいません。



3. The world of time is the world of illusion.
 時間の世界は、幻想の世界です。

 What happened long ago seems to be happening now.
 はるか昔に起こったことが、まるで今起きているかのように思えます。

 Choices made long since appear to be open; yet to be made.
 選択を下してからずっと経っているのに、まだ選択の余地があり、これから選択できるように思えます。

 What has been learned and understood and long ago passed by is looked upon as a new thought, a fresh idea, a different approach.
 すでに学んで理解し、はるか昔に過ぎ去ってしまったものが、今までにない思考であるとか、目新しい着想であるとか、以前とは違った取り組みであるかのようにみなされています。」
と、永遠においては救済がすでに完了していることが述べられます。



13.「Such is each life; a seeming interval from birth to death and on to life again, a repetition of an instant gone by long ago that cannot be relived.
 一つひとつの人生というのは、そんなものです。すなわち、誕生から死まで続くように見える合い間、そして、再び生まれてくることで、はるか昔に過ぎ去って二度と再び生きることなどできないはずの一瞬を繰り返しているのです。

 And all of time is but the mad belief that what is over is still here and now.
 だから、時間というものはすべて、すでに終わったことが依然として今ここにあるという狂気の信念でしかないのです。」(T26-5 些細な障害

レッスン268「すべての物事が本当にあるがままになりますように」のエッセイでこの点に触れていますので、参考にしていただければと思います。

T28-1 現在の記憶も参考になると思います。






Section 2
第2節



Who Are Their Pupils?
神の教師たちの生徒たちとは誰のことか



1. Certain pupils have been assigned to each of God's teachers, and they will begin to look for him as soon as he has answered the Call.
 神の教師はそれぞれ、特定の生徒たちを担任することになっています。そして、ある教師が召命に答えるとすぐに、生徒たちはその教師のことを探しはじめます。

 They were chosen for him because the form of the universal curriculum that he will teach is best for them in view of their level of understanding.
 その教師のためにその生徒たちが選ばれたのは、その生徒たちの理解のレベルに照らして、その教師が教えることになる普遍的なカリキュラムの形が、その生徒たちにとって最適なものだからです。

 His pupils have been waiting for him, for his coming is certain.
 彼の生徒たちはその教師をずっと待っていました。というのも、彼の到来は確実だからです。

 Again, it is only a matter of time.
 またしても、それは単に時間の問題にすぎません。

 Once he has chosen to fulfill his role, they are ready to fulfill theirs.
 いったん教師が自分の役目を果たすことを選択したなら、彼の生徒たちのほうにも自分たちの役目を果たす準備が整います。

 Time waits on his choice, but not on whom he will serve.
 時間は、教師が選択するのを待ちはしますが、彼が奉仕することになる生徒たちが選択するまでは待ちません。

 When he is ready to learn, the opportunities to teach will be provided for him.
 その教師に学ぶ準備ができ次第、教えるための機会が彼のために用意されるのです。



2. In order to understand the teaching-learning plan of salvation, it is necessary to grasp the concept of time that the course sets forth.
 教えることによって学ぶという救済の計画を理解するためには、このコースの掲げる時間概念を把握しておくことが必要です。

 Atonement corrects illusions, not truth.
 贖罪は幻想を修正するのであって、真理を修正するわけではありません。

 Therefore, it corrects what never was.
 したがって、贖罪は、一度も存在したことのないものを修正するわけです。

 Further, the plan for this correction was established and completed simultaneously, for the Will of God is entirely apart from time.
 さらに、修正のための計画は、それが立てられたと同時に完了しています。というのも、神の大いなる意志はまったく時間と関わりを持たないからです。

 So is all reality, being of Him.
 現実は神に属するものであるがゆえに、現実も同じくまったく時間とは無関係です。

 The instant the idea of separation entered the mind of God's Son, in that same instant was God's Answer given.
 神の子の心に分離の想念が入りこんだ瞬間、その同じ瞬間に神の大いなる答えが与えられたのです。

 In time this happened very long ago.
 時間の中では、これは、はるか遠い昔に起こったことです。

 In reality it never happened at all.
 しかし、現実においては、神からの分離などまったく一度も起こってはいません。



3. The world of time is the world of illusion.
 時間の世界は、幻想の世界です。

 What happened long ago seems to be happening now.
 はるか昔に起こったことが、まるで今起きているかのように思えます。

 Choices made long since appear to be open; yet to be made.
 選択を下してからずっと経っているのに、まだ選択の余地があり、これから選択できるように思えます。

 What has been learned and understood and long ago passed by is looked upon as a new thought, a fresh idea, a different approach.
 すでに学んで理解し、はるか昔に過ぎ去ってしまったものが、今までにない思考であるとか、目新しい着想であるとか、以前とは違った取り組みであるかのようにみなされています。

 Because your will is free you can accept what has already happened at any time you choose, and only then will you realize that it was always there.
 あなたの意志は自由なので、あなたは自分で選択したときにいつでも、すでに起こったことを受け入れることができます。そして、そのときになってはじめて、あなたはそれがつねに存在していたことに気づくでしょう。

 As the course emphasizes, you are not free to choose the curriculum, or even the form in which you will learn it.
 このコースが強調するように、あなたはカリキュラムを自由に選択できないし、そのカリキュラムをどのような形で学ぶのかについてすら自由には選べません。

 You are free, however, to decide when you want to learn it.
 それでも、あなたはそのカリキュラムをいつ学ぶことにするかは、自由に決めることができます。

 And as you accept it, it is already learned.
 そして、あなたがカリキュラムを受け入れたなら、それはすでに学ばれているのです。



4. Time really, then, goes backward to an instant so ancient that it is beyond all memory, and past even the possibility of remembering.
 そのとき、実際に時間は、あまりに遠い昔のことであるために、すべての記憶を超越し、思い出せる可能性すら及ばないほどの太古の一瞬へと遡ります。

 Yet because it is an instant that is relived again and again and still again, it seems to be now.
 しかし、その一瞬は、幾度も繰り返され、さらに延々と繰り返し再体験されているために、まるで今のことであるように思えます。

 And thus it is that pupil and teacher seem to come together in the present, finding each other as if they had not met before.
 こうして、生徒たちと教師は、まるで以前には出会ったことなどなかったかのように、お互いを見い出し、現在において落ち合うように見えることになります。

 The pupil comes at the right time to the right place.
 生徒は、ちょうどよいタイミングでふさわしい場所へとやってきます。

 This is inevitable, because he made the right choice in that ancient instant which he now relives.
 これは必然的なことです。なぜなら、生徒は、あの太古の瞬間においてすでに正しい選択をしており、彼は今それを追体験しているだけだからです。

 So has the teacher, too, made an inevitable choice out of an ancient past.
 その教師もまた同じように、太古の昔にひとつの必然的な選択をしているのです。

 God's Will in everything but seems to take time in the working-out.
 あらゆることにおいて、神の大いなる意志は、それが成就するために時間を要するように見えているだけです。

 What could delay the power of eternity?
 しかし、いったい何が永遠の存在の力を遅らせることなどできるでしょうか。



5. When pupil and teacher come together, a teaching-learning situation begins.
 生徒と教師が合流すると、教えることによって学ぶ状況が始まります。

 For the teacher is not really the one who does the teaching.
 というのも、実際に教えるという役目を果たすのは教師ではないからです。

 God's Teacher speaks to any two who join together for learning purposes.
 学ぶことを目的に心をひとつに結び合わせたどのようなふたりに対してでも、神の大いなる教師である聖霊が語りかけてくれるのです。

 The relationship is holy because of that purpose, and God has promised to send His Spirit into any holy relationship.
 そのふたりの関係性は、学びの目的のゆえに神聖なものです。そして、神は、どんな神聖な関係にも、神の大いなる霊を遣わすことを約束しています。

 In the teaching-learning situation, each one learns that giving and receiving are the same.
 教えることで学ぶ関係において、各自は、与えることと受け取ることは同じだと学びます。

 The demarcations they have drawn between their roles, their minds, their bodies, their needs, their interests, and all the differences they thought separated them from one another, fade and grow dim and disappear.
 彼らが、お互いが別々であると思う要因であった自分たちの役割、自分たちの心、身体、必要性、関心や利害などのすべての相違の間に彼らが引いていた境界線は、徐々に色あせて霞んでゆき、やがて消え去ります。

 Those who would learn the same course share one interest and one goal.
 同じ道を学ぼうとしている者たちは、ひとつの利害とひとつの目標を共有しています。

 And thus he who was the learner becomes a teacher of God himself, for he has made the one decision that gave his teacher to him.
 こうして、学び手であった彼自身が神の教師となります。というのも、彼は、彼の教師が彼に与えられた際になされたのと同じひとつの決断をしたからです。

 He has seen in another person the same interests as his own.
 彼は、他者が自分自身と同じ利害を持っているとみなすようになったのです。


次

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 松山 健 Matsuyama Ken
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